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十四話 あの娘の記憶を覗いてみよう

 《魔王戦争中期……二年前》


 お母様が殺された。

 私の目の前で殺された。

 見るも無残に殺された。


 殺したのは魔王の軍勢……そいつらは突然現れて、隠れ里で暮らしていた力の弱い私達を襲って殺した。

 里を襲った魔族の総数は百を超え、私以外は既に虐殺された後……

 

 そして、最後の矛先が、私に向く……


 「いやぁ……やぁ……やめてよぉ」


 ギラリと光る魔族の瞳が怖い。

 お母様を殺された悲しみも消えてないのに……


 私は死ぬ……


 「いやぁ……っ」


 嫌! 嫌! 嫌!

 死にたくない! 死にたくない! 死にたくない!

 もっと生きたい! もっと生きたい! もっと生きたい!


 「助けて……っ!」


 同族の血で赤く染まった魔族の槍が……私を穿つ。


 「ううっ……誰か! お願い! 助けてぇええええええええええーーッ!!」

 「はいよ。任せな!」


 ブンッ!


 「えっ……!」


 スッと槍は空を切り、私は人間の男の腕に抱えられていた。

 ……誰?

 

 「っ……! 貴方は……人間?」

 「ん? 喋ってると舌噛むよ」


 私を抱えて槍を避けた男は、魔族の真横に左足で着地し……


 ぐるんッ!!


 円を欠くように一回転。

 その反動を使い、右足で魔族の頭を蹴り……飛ばした。


 首が吹き飛んだ魔族が力尽きる。


 殺した……魔族を……人間が!!

 もしかして……私っ! 助かるの!?


 「ちっ! 足技は奥の手なのに!! いきなり使っちゃったよ……でも!」


 吐き捨てながら、すぐさま物陰に身を隠す。

 ……?

 

 「おいおいおい。魔族がこんなにいるなんて聞いてねーぞ。女王陛下……」

 「あの、貴方は……私を助けてくれるんですか?」

 「ああ!?」


 凄まれたぁ……

 怖い。

 さっきの魔族よりも鋭い瞳……その色は黒。

 黒! よく見たら黒髪じゃない!


 魔力無しの落ちこぼれ……色落ちの人間?


 「ふぅ……っ。悪い。別に、君に怒ったわけじゃないんだ」

 

 まだ鋭い目つきだけど、少しだけ柔らかく……なった? 

 私を救った人間の男は、仕切りにきょろきょろと辺りを警戒しながらも、降ろしてくれる。

 ……ちょっと頼りない気がするわ。


 「俺は、《フィーリルア王国、女王直属騎士団、対魔王軍特設特務隊、平隊員》ムドウ・テンプだ。君は?」

 「フィーリルア王国じょうおう? テンプ?」


 え?

 なに?


 「……とにかく、龍族を助けに来たんだよ。他の生き残りは?」

 「っ!」


 そう言われて、お母様の死を思い出した……

 さっきまで生きてた……のに。


 それは言葉にしたくない現実。

 でも、言わないと、皆、死んだって……っ!

 私以外……皆……っ!


 バサッ。


 「っ!」


 人間……テンプが、私を抱きしめていた。

 龍族である私を人間如きが……


 「だいたい解った。ごめんな遅くなって……」

 「なんで貴方が謝るの?」

 「ごめん」


 でも、嫌な気持ちにはならなかった。

 何だろう……


 「じゃあ、可愛い龍のお嬢ちゃんの仇……取ってあげるよ。人類最強の格闘家がね」

 「えっ……」

 「なーに、ただの方便だよ。元々、女王陛下の勅命が、この里の龍の護衛をして、龍族に恩を売ること。生き残りの君を助けるのもその一貫……だけどね。

  あの魔性の悪魔の為に闘うって思うより、可愛い龍の幼女を助けて恩を売り、戦争終結後に妻に娶る為に闘うって方が良い。……それだけだよ」


 かぁぁぁーっ!


 熱いっ!

 顔が熱い。


 何? なんなの? この人間。

 娶るって……っ?

 龍と人間が一緒になれるわけ無いじゃない……って! 違う!

 それに私は……っ!


 「まあ、君がその気になればで良いんだよ……俺は自堕落に生きたい……それだけだからね」

 「っ!」


 そして、テンプは……百体の魔族を素手で撃退し始める。

 踊るように、飛び回り、両手両脚を魔族の鮮血に染めていく……

 次々と積み上がっていくのは、お母様の仇の魔族達。


 ……強い。


 私に流れる最強の種族、龍族の血が熱く沸き上がる。

 ……テンプは凄いっ!

 心臓を貫かれれば死ぬ、脆い人間の身で、強大な魔族達を拳と脚の一突きで屠って行く。


 あれが、人間! 

 あれが、英雄!


 能力的には雄の龍の戦士達……お父様と比べれば格段に劣る。

 それでも、私は今、テンプがお父様にナニかが負けているとは思わない。

 むしろ、もっと強い……力だけじゃない。

 ナニかがテンプにはある。


 ドスンッ!!


 テンプが、傷だらけになりながら、最後の魔族の体を貫き、絶命させた瞬間。

 沸き上がる衝動に駆られて駆け寄った。


 「テンプっ! テンプっ! テンプ~っ!」

 「ん? お嬢ちゃんっ!」


 胸がトクントクンと鼓動するのは何故だろう。

 お母様が殺された悲しみが、テンプの姿に緩和されるのは何故だろう。

 ……わからない。

 けど! 今はただ、私を救ってくれた英雄を褒め讃えたかった。

 

 「馬鹿ッ!! 出てくるなッ!!」

 「えっ!?」


 その時、龍の本能が私に後ろを向かせた。

 そこには、鋭い槍を穿つ、お母様を殺した魔族がいた……


 ……死ぬ。


 「クッ! 限界突破リミット・オーバー!! 加速アクセル


 ドスンッ!!

 

 鮮血が舞った……

 咄嗟に身代わりになったテンプの……


 「テンプっ!」

 「……ッ!! ッノオオオオオオオオッ!!」


 片腕で私を突き飛ばし、魔族の槍で心臓を貫かれたテンプは、一瞬倒れそうになった。

 でも、そこから雄たけびを上げて、一歩で踏み止まり、その足を軸足に、拳を穿つ。

 

 「ーーっ!」


 その拳は魔族の息の根を止めた……けど。


 「ぐふっ……」


 テンプも力尽き、倒れてしまう。

 死……っ!


 「いやぁああああああああああああああああーーッ!」


 今日、沢山の同族が死んだ。

 今日、お母様が死んだ。

 そして、私を救ってくれた英雄も死ぬ。


 私のせいでぇっ!

 そんなの!


 「いやぁっ。いやぁっ。いやぁぁああああああああああ」

 

 死なないでよ。

 私の前で……死なないでよ。

 せっかく! 貴方を認めたのに。

 人間は凄いって……思ったのにッ!


 「死なないで。テンプ!! 目を開けて、ね? お願いだから! 死なないで……ッ!」


 テンプの頭を抱きしめながら泣き叫ぶ。

 龍の掟では番いの前以外で涙を流すことを禁じられている。

 だから、お母様の死でも涙は流さなかった……でも……テンプの死は……何故か……堪らない。


 「ぐふっ……ぐふ……っ……ぐふっ」

 「っ! テンプッ!!」


 口から血を吹き出しながら、咳込んだ。

 生きてた! 生きてたよ! 


 「くっ……そ。あのクソ女王……お前の……命令は……っ。何時も……っ。何時も……っ。過酷過ぎるんだよ……くそ……」

 「テンプッ!! テンプッ!! テンプッ!!」

 「ああ、チキショー……エッチで可愛くて、献身的で綺麗で、クーデレで妖艶な……妻を娶って、貧しくても良いから、平和で暖かい何の変哲も無い……日常を……手に入れたかった……」

 「……テンプ?」


 テンプは朧な瞳で、何も無い空に腕を伸ばして……呟き……腕を落とす。


 「テンプッ!!」


 その力無いテンプの腕を握って支える。

 これが、落ちたその時、テンプの命が途絶える気がしたから。


 「……?」

 「テンプ……将来、私の番いになると誓って! ……人間と龍。しかも、私は、聖龍様と邪龍様の一人娘の公女……それでも、貴方が私を番いにするなら、私は貴方を救えるの! だから、ね?」

 

 人間にとって、雌の龍の涙は不老不死の秘薬。

 でも、龍の掟で番い以外には渡せない。

 龍族の公女である、私に流れる高潔な血が、私に掟を破らせない。

 

 「……」

 「ね? テンプ。私の涙を飲んで……ね?」


 ポロリと零れる私の涙を……テンプの口に流し込む。

 このままじゃ死んじゃうから……良いよね? 

 私を娶りたいって言ってたよね?


 すぐにテンプの傷が癒えて、歪んでいた表情に安らぎが戻り……


 「うっ……! うっ……君……は?」

 「っ! うふふっ♪ よかった。……私はクロナ・ドラゴニア。貴方の番いになる龍よ。嫌かしら?」

 「君が? 俺の? 良いの?」

 「んふふっ♪ 嬉しそうね」

 「そりゃ……ね」


 急激に傷が癒えたせいか、テンプの瞳が閉じてしまう。

 ほんと、人間は弱いのね。

 今はゆっくり眠って……


 「でも、二年よ。私は今から、修練の洞窟に入道し、龍の試練を乗り越えて、貴方と番いになる準備を済ませるわ。だから、テンプは二年後に私を迎えに来てっ。ずっと待っててあげるから、テンプに相応しい雌龍になって待ってるから」

 「……」

 「必ず、迎えに来るのよ?」

 「……ああ。解った……。クロナ……」


 雄らしい返事に私はファーストキスを捧げて……

 そして、二年間、厳しい修練に身を投じることになった。

 必ずテンプが迎えに来ると信じて……


 《ハクアの格闘大会当日早朝》


 「じゃあ、行ってくるよ?」


 フィーリルア王国格闘大会には、俺とハクアだけで行く。

 そっちの方が万が一ハクアが負けた時に、売りやすいし……


 「ハーイ♪ 行ってらっしゃいませ♪ ティンポ様♪」


 もこもこのメイド服を着込むアリスが、ニコニコと破顔しながら……近寄ってきて、瞳を閉じると顎をあげる。

 ……愛くるしい。


 「仕方ないなぁ~」


 夜も朝も、いっぱい可愛がって上げたのに、まだまだ、足りなかったか……


 アリスのお尻を掴んで抱き上げる。

 そして、唇をくっつけた。


 とろとろとろとろ、舌を絡ませるキス。

 ……美味しいジュースを呑むように、唾液を飲み込み、流し込む。

 ねっとり、ねっとり、舌を絡ませた。


 「ちゅっ。……んっ♪ んっふふ♪」

 

 はい、終わり。

 もう少ししたいけど、そろそろ行かないと大会に間に合わなくなってしまう。


 「明日、帰ってきたらまたしようね?」

 「ハーイ♪ 心からお待ちしています」


 やっぱりアリスは、物分かりが良いね。

 それに比べて……


 「お師匠様っ! お師匠様っ♪ 私にも御寵愛を」

 「今日、優勝出来たらな」

 「その時はもっと深く、傷つけて貰うんですよ~(≧∇≦)」


 傷付けるって……


 「主様。我とはせんのか?」

 「絶対にしない。俺は蛇が嫌いだって言ってるだろ」


 蛇の獣人である邪神ちゃんは、基本的に美少女だけど、腰から謎の触手を囃していたり、舌は細長く、舌先は二つに分かれている。

 

 いくら可愛くても、欲情の対象としては見れない。

 キスなんて絶対にしたくない。

 邪神ちゃんは何も悪くないけど……人には生理的に受け付けないものもあるからね。

 これは仕方ない。


 「ん? しかし、我と同化した主様も、本質的には蛇だぞ? 自分で自分を嫌ってどうするのじゃ?」

 「え……? マジ……で? 俺って蛇っぽいの?」


 恐ろしい事を言う邪神ちゃんの言葉をにうろたえて、アリスを見ると、にこにこ……


 「そういえば、ティンポ様の八重歯が牙みたいに尖ってますね。それにベロも蛇みたいに……」

 「二つに分かれてるの!?」

 「ヌメヌメ吸い付いて、普通よりも長くなってる気がします」


 がーん!!

 最悪だ。

 俺はいつの間にかに、この世で最も嫌悪する存在になってしまったらしい。


 「それだけでは無いぞ? 精力は絶倫に、唾液には我と同じく、媚薬成分が分泌される。つまり、主様の接吻は極上の快楽を与える事ができるのだ!!」

 「何その、大人向け小説主人公の能力っぽい力……」


 あ、だから、キスをするとアリスが何時も蕩けて居たのか……

 それと、ハクアの見つけた赤いシミは、破瓜の血では無く、キスの際に牙で切れた血だったのかな?

 良かった……盛ったから襲っちゃったのかと不安だったけど、乱暴はしてなかったのか。


 「媚薬効果……極上の快楽……っ。じゅるり……お師匠様っ♪ お願い致しますっ。やはり、今すぐに、私の初めてを奪ってください!!」

 「五月蝿い」


 鼻息を荒くして襲いかかってくるハクアを、返り討ちにして片腕で脇に抱える。

 ……蛇に近いことを落ち込んでてもしかたない。

 こうなってしまったんだ、これから先どうするかを考えるべきだよね。


 「邪神ちゃん。帰って来るまでに考えて置くから、邪神ちゃんもそれまでに、これから先どうするかを考えておいて」


 流石に今すぐ勢いで決めることでもない。

 アリスがメイドとして、自分の意思で俺とキスをしたいと言ったように……

 ハクアが三年前の約束を護ろうとしているように……?

 邪神ちゃんと絆を深めるなら、双方の覚悟が必要だと思う。

 ……邪神ちゃんが大切だからこそ、だよ?


 今の邪神ちゃんは、命を保たせる為に俺に寄生しているだけ、傷が癒えればまた、争うことになるかも知れない。

 そんな子と色欲に堕ちたくはない。

 ……その時が辛くなるから。


 「うむ? もしかして、主様は我の傷が癒えたとき、主様の元を去ると思っているのか?」

 

 思っている。


 「主様が邪魔だから去れと言うならば仕方ないが、そうでないのならば、我は主様と一命同体のまま運命を共にする覚悟なのだぞ?」

 「……本気?」

 「当然じゃ。受けた恩は忘れぬ。だから、主様に我の肉を貢ぐと言っておるのだ。文字通り一生一緒の主従関係なのだ、ならば互いに仲の良い方が良かろう」

 「……」


 邪神ちゃんの瞳はいっつも真っすぐで、嘘がない。

 あの死闘の時から何一つ嘘をつかれたことはない。

 それに、俺が信じたい。だから……信じるよ。


 でもそうなると、覚悟が決まっていないのは俺の方か……

 邪神ちゃんと運命を共にする覚悟……ずっと添い遂げる覚悟……か。

 ……なにそれ夫婦みたい。


 「別に、邪神は好きな雄蛇と結ばれても良いんだよ?」

 「ふはははっ。誠に察しの悪い殿御よのう。全く主様は……何も解っていない」

 「ん?」

 「千年の刻の中で、我が主にしていいと思ったのは主様だけじゃ。主様だから我の主様なのだ! わかるか? 主様。我は主様が主様じゃないと嫌だと言うておるのだぞ?」


 主様。主様。言いすぎて解りにくいけど……


 「まあ、何と無く解ったよ。邪神ちゃんの気持ちと覚悟は、なら余計に、少し考えさせて」


 本当に俺が邪神ちゃんを側に起きたいと思っているのか?

 これから先、苦楽を共にする覚悟があるか。

 俺の《夢》に邪神ちゃんが必要なのか……ちゃんと考えないと不幸になるのは、お互いだから。


 「うむ♪ 良い答えを期待して待っておるぞ」

 「うん……。そんなに悪い答えにはきっとならないよ」


 即断即決をしたくないだけだし……

 時間を開けるのは大切だよね。

 適当に答えて忘れたら大惨事だよ。

 ……ん? なんか……何だろう、誰かを忘れているような?


 「とにかく、邪神ちゃんは、俺の留守の間、ちゃんとアリスを護るんだよ?」

 「任せるのじゃ。不完全とは言え、今の我に勝てる者は百人といない筈じゃ」


 そういって、この前、龍の少女に負けてたけどね。

 言わぬが花……か。


 「じゃあ、行ってくる」

 「お母様に会うことがあれば、アリスはティンポ様のペットになりました。と、伝えてください♪」

 

 ……クソババァか、出来れば会いたくないし伝えたくない。

 聞かなかった事にしようかな。


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