十三話 新たな幼女と遊んでみよう
《修練寺 第一石板闘練場》
「ハァアアア! セイヤァ! ハっ! ティア! セイヤァ!」
「そこまでっ!」
掌底をいなした掌がジンジンと痛むのを感じて、一度組み手を止める。
すると、ハクアの張り詰めていた表情がはわわ~っと緩んで、飛びついて来る。
……可愛い。
「お師匠様~お師匠様~っ。どうでしたかー?」
「うん。すごく強くなってるよ」
と言うより強くなり過ぎてる。
……ハクアの底がまだまだ見えない。
そろそろ、壁にぶつかって躓くと思うんだけど……
「ふふっ、お師匠様も……見ないうちにお強くなられたようですね~」
「え? そうかな?」
気のせいだよ。
だって何もしてないもん。
「はい。すごくお強くなれました。昨日の……お夜刻時から!」
「……っ」
「ナニやらスッキリとなさっているように見えますよ? ナニか階段を登ったような」
「き……気のせいだよ」
まさか、まさかね。
アリスとの事、ばれてる?
いやいや! 有り得ない。昨日、アリスといちゃついている時、ハクアは森の中だった。
そう、有り得ない。
その筈なのに背中の汗が止まらない。
「アリスさんとは良いお夢……見られましたか?」
「……っ」
「オシショウサマ? イれて無いですよね? シショウの初めては私にくれないと駄目なんですよ?」
「さあ? 何のことだかわからないな」
これはもう、ほぼ決定的にばれてる気がするけど、証拠は無い。
ここは、一つ。ごまかしきろう。
「お師匠様のベッドシーツの赤い染み」
「っ」
迂闊。
証拠もあったらしい。
アリスの醸し出る色気に盛っちゃたから、そこまで気が回らなかった。
ハクアがここぞとばかりに、ズイズイ密着して来る。
もうダメだ……ん?
出血?
「ふふ、お師匠? ナニをなさいましたか?」
「あ、アリスとはキスしただけ!」
ニタリ。
「ふふふ……なるほど、私に隠れて接吻をしたと」
「っ!」
あっ!
計られた!!
「ふふ、もちろん、私にも同じ事をしてくれますよね~?」
「……ハクアとは約束したよね? 次の大会、優勝したらって」
「それはもちろん、分かっています。だから、キスだけで良いですよ?」
「……」
「そして、もちろん。お師匠様のなら、ナニとキスをしても良いんですよ?」
ガサッ!
何時か逆の立場で、ハクアに押し倒される。
しかも、肩を万力の力で固定され動けない。
「見てください。お師匠様。私のお口の中を……」
ゴクリ。
「紅く充血して、ネバネバで、とろとろで、どろどろで、ぷにぷにですよ?」
本当にそうだ。
「ココにお師匠様が入ってくれるのを、三年前から待っていたんですよ?」
「……」
「このお口っ、お師匠様、専用なんですよ?」
紅い舌をペロッと出して、物欲しそうな顔をしている。
甘くて美味しそうな、とろとろの液体が滴ってる。
「英雄色を好む。私は怒ってないんですよ? むしろ歓喜しているんです。アリスちゃんの味を知ったお師匠様。一味違う、私の味も食べてみませんか?」
「……っ!」
身体がゾクゾクするのは本能か?
食べてみたいと思ってしまうのは駄目なことなのか?
……わからない。
けど、食べたい。
なら、食べようか!
だってそれが、俺のしたい事だから。
悠々自適に自堕落に生きる。
それが、死んだ仲間達への弔いでもある。
「ハクア!」
「ふふふっ」
腹筋に力を入れて、ハクアの赤い舌に吸い付く……
食べてみたい。その好奇心に負けた……
後、数セルチ。
それが、ハクアとの距離。
こそばゆく生温い息が鼻にかかる。
ゆっくりとゆっくりと舌を出してくっつけようと伸ばしていく。
ハクアも微笑みながら、ゆっくり、近付けて……
そこで。
ドシャアアアアアアアアン!!
表門が吹き飛んだ。
ドテン。
更に、紫色の血を流した邪神ちゃんが岩板に叩き付けられた。
「邪神ちゃん!!」
ハクアを退け飛び起きて、邪神ちゃんを抱き上げる。
「主様……すまぬ……」
門番が門を壊された事を謝ってるんだろうけど。
まだ不完全な邪神ちゃんに門番をさせてた俺が悪い。
「そんなことは良いよ。それよりも大丈夫? 何があったんだ?」
「シュルシュル……優しいのう。我のコアは主様の中にあるから平気じゃ」
良かった。
取り敢えず一安心できる。
でも、いくら不完全とは言え、邪神ちゃんをここまで痛め付ける事が出来るほどの、強者がいる……のか?
「主様……よ。奴は何者なのだ……あの……」
「んふふ♪ うるさいわよ? 自分の名は自分で名乗るわ」
邪神ちゃんの言葉を遮って、威風堂々と現れたのは幼女。
歳も背も容姿のレベルもハクアと同じくらいに見える。
しかし、受ける印象は真逆。
深紅の瞳からは、残虐性を、黒い長髪からは凶悪性を感じる。
全身を死神の様な黒い服で覆い、黒い羽衣を纏い、黒いスカートを履いている。
「うふふ……でも、テンプ。貴方には名乗る必要は無いわよね?」
「っ! お前は……!」
妖しい瞳で幼女が笑いかけて来る。
私を知っているでしょ? と……
この幼女は!
「誰だ?」
「~~っ!!」
見覚えすらないね。
ハクアの時は強烈な違和感があったけど、この幼女は無い。
ここまで強烈な個性を持った幼女を忘れるわけが無いし。
「コロス!」
突如、膨れ上がる殺気と闘気。
紅く朱い瞳孔が開き、指の爪が鋭く伸びる。
同時に石版を砕いて飛来した。
凄まじい気迫……速さ、そして、威力。
でも……
「無駄が多いですね」
お?
流石はハクア、毎日教えているだけのことはある。
任せるか。
「っ!」
回り込んだハクアは、幼女の背中に掌底放ち……撃ち落とした。
そのまま背中を掌で触る。
王手……そういうこと。
「よくも私とお師匠様の夫婦の営みを、邪魔してくれましたね?」
夫婦の営みはしてないね。
そもそも、夫婦じゃないね?
だから、言葉にするなら師弟の営み。
……かな?
「めおと……ですって! テンプ!! 許さない! 許さないわ! コロス!」
「っ! ハクア! 離れろ!!」
「はいっ!」
幼女から溢れ出したのは、闇の力。
魔王ダムドールと同じ力。
「コロス。コロス。コロス。こんな場所で、私を忘れて! 白の幼女と遊んでるなんて! コロしてやるわ!!」
それは、殺戮に快楽を与える最悪の力。
でも、その力を纏えば能力は数百倍になる。
魔王ダムドールが人知を越えていた理由がこの力。
「お師匠様……アレは魔法ですか?」
「違う。闇の力に墜ちてるんだ。だとすると……あの娘は……人間じゃない」
……爪を伸ばした時点で気付くべきだった。
「魔法を使うのは人間。闇の力を使うのは魔獣の血筋」
邪神ちゃんがそうである様に、世界には人類以外の知的生命体が存在する。
獣人……そういわれる彼、彼女らは、魔獣と人の間に産まれた子供。
でも、獣人はこんなに簡単に闇の力に囚われない。
魔に呑まれない。
そうやって考えれば幼女の正体は限られる。
「あの娘は……純粋な龍の子供だよ」
「ドラゴン……さんですかー?」
「ドラゴンも、竜も、龍も、正確には違うけど……解りやすく言うなら、この世界で最強の基礎能力を持った種族だよ」
「最強……」
強靭な肉体とそのスペックは人間とは比べものにならない。
知略ですら、彼等には敵わない。
弱肉強食の頂点。
それが、龍族。
でも、龍族は魔王との闘いで二年前に絶滅している……筈。
けど、
ニョキニョキ。
予想通り、幼女の背中から黒い翼が二つ生え出てきた。
間違いなく龍の翼。
闇に堕ちたせいで折角の知性が消えてしまい、龍化していく。
このままじゃ、あの娘の自我は闇に呑まれ、高潔な龍から欲望を啜るだけのドラゴンに堕ちる。
まあ、邪神ちゃんを痛め付けたんだから良い末路なのかも知れない。
けれど……
「龍族……って言うなら見捨てられないか」
「お師匠様?」
龍族には返しきれない大恩がある。
俺が最強となったのも龍族の長、龍神様に修業をつけてもらったから。
心配してくれるハクアの頭を撫でてから、闇払いの儀式を始めることにする。
難しいことはない。何時も通り軽く捻ってから、掌底拳技《闇払打》を打ち込めば良い。
《ファースト・モード》
そのために先ずは、戦闘力を二倍に上げる。
一応、相手は幼女とは言え、最強の龍族。
侮ることも無いだろう。
拳を握り、膝を投げ、直進!
音よりも早く龍の幼女に接近し、足払いを掛けて転ばせる。
そのまま、馬乗りなって、黒い服のレースをめくり上げ、白くて柔らかそうなお腹を露出させる。
「なあ? 俺になんの恨みがあるか知らないけど、誇り高い龍族だろ? 闇に墜ちてどうするんだよ?」
「コロス! コロス! 待ってたのにぃ! ずっとアンタを待ってたのに!! 信じてたのにぃ!!」
「待ってた? 信じてた? ……」
「アンタだけは許さない!! 愛してるのに!!」
「愛!?」
駄目だ、支離滅裂……か。
仕方ない。
右手の五指に息を拭きかけて、自我没頭……深く、深く……深く!!
「取り敢えず痛むけど。恨むなよ? 《闇払拳》」
幼女のおへそに円を欠くように、五指を打ち付ける。
「ゴフッン!!」
衝撃で、口が開き唾がべとりと飛んできたけど……まあ良いか。
幼女の闇の力は綺麗に無散して黒羽も消えていく……
「……ッ! アンタ!? なんで! 私を組み伏せてるのよ! 離しなさい! 変態! ヘンタイ! ロリコン」
「……覚醒した瞬間にそれかよ。落ち着けって、君じゃ俺には勝てないから」
それに、口は動くようだけど、まだ身体は痺れて動かせなさそうだし。
「そういえば昔。君と同じくらいの龍族の少女にあったけど、あの娘は健気で可愛くて優しかったなぁ。お嫁さんしようかと思ってたし」
「~~ッ!」
なんせ、誇り高い龍族の誇りを捨てて、瀕死の重傷を負った俺に、秘薬である涙を呑ませてくれたし。
「君とは似ても似つかな天真爛漫の龍だったけど。確か、聖龍様と邪龍様の子供で……」
「っ! バカァアアアアアア!!」
凄まじい気迫で吹き飛ばされた。
流石は龍の幼女。
もう回復したのか……
地面に着地してから、立ち上がり今度は力を解放するために、黒い翼を広げる龍の幼女に視線を送る。
「まだやるの? 言った通り、君の種族には命を救われた恩があるから乱暴したくないんだけど……それに君達龍にとっても俺は……」
「黙れ!! テンプの馬鹿!! 私を差し置いて! こんな所で妻と愛妾をとるなんて! 最低! でも、テンプは……」
いやいや、弟子とメイドだから。
メイドにしか手を出してないし……
ギロリ。
そこで、龍の瞳がハクアに向いて……
「許さないわ! 絶対許さないわ! テンプの弟子! 名乗りなさい!」
「えっ? 私ですかー? お師匠様に身も心も全て捧げた一番弟子♪ ハクア・アーデルです」
きゃらぴかぁ~~♪♪
ハクアの笑顔は可愛いね。
「むきーっ! もういいわッ!! アンタを倒してテンプを取り返してやるんだから! テンプは私のモノなのよ!!!」
いや、俺は君のモノじゃないね。
「お師匠様を自分のモノ扱いですか? ふふっ。お馬鹿さんですか?」
そうだ、そうだ、言ってやれ。
こう言うのは、同じ年頃の女の子から言った方が良いからな。
「逆ですよ。女として、モノ扱いされた方が良いに決まってますっ。快感ですぅ~(恍惚)」
「まあ、話からなくもないわね。でも! テンプをモノ扱いする方が私は良いのよ!」
「一理ありますね」
は?
……ハクアも龍も、なんの話をしてるのか解らない。
女の子って……ファンタジー。
「ですが!! 鬼畜なお師匠様は、ここにハーレムを築くんです。朝か晩までお師匠様を満たし続ける場所を作るんです! 誰にもお師匠様の邪魔させません!」
「ハッ! なら良いわ! 私と貴女、どちらが正しいか、一ヶ月後の武道大会で決着を付けましょう」
「良いですよ。但し! 私が勝った暁には、龍ちゃんさんには、私の言うことを一つ聞いてもらいます」
「ふんっ! なら、私が勝った時は、アンタは私とテンプの繁殖行為を見せつけてやるわ!」
……?
「覚悟しなさい!」
龍の幼女はそのまま、翼を羽ばたいて飛び去っていた。
ん?
んん?
んんん?
「ハクア。今サラっと師匠を景品にしなかった?」
「うふふ。これで私が負けたら、お師匠様も奴隷になっちゃいますね?」
「こらああああ!!」
「きゃあぁん♪♪」
ハクアには、大会まで山篭もりをさせることにした。