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●過去の章● その感情の正体は

事件発生から1年と7ヵ月前。

つまり夏樹が異世界生活を始めてから、6ヵ月目の一コマ。


過去編。グレイ視点。

この時はまだ、ただの保護者気取りだった騎士様のお話。

レイノーマ王国、王都ハーランド。


レンガ造りの美しい城下街の街並みが特徴的な、明るく活気に満ちた王都。

昼間は走り回る子供たちの姿が目立つこの街だが、夜になれば景色は一変する。


ほろ酔いで逢引きを楽しむ男女、仕事終わりに酒を飲み、仲間同士盛り上がる男たち。

――そんな中、城下町のある酒場では、聖騎士たちによる宴が繰り広げられていた。




*****



「よう、グレイ飲んでるか?」

「……ジークか」

「おう」


がやがやという賑やかな喧騒の中、片隅のテーブルで酒の杯を傾けていたグレイに、ジークと呼ばれた青年は軽い調子で話しかけた。ひょいと片手をあげて挨拶しながら「ここ空いてる?」と尋ねれば、グレイは無言のまま目線で「座りたければ勝手に座れ」とちらりと隣の席を示す。


今日は、聖騎士団に新しく入った新米騎士の歓迎会――という名の、宴会だ。


指名された新米が壇上で「あー、特技と言っちゃあれですが、俺は視力が良いのではるか先の女性が美人かどうか見極めるの、得意っす」などと頭をかきながら場を沸かせているが、そもそもそんな彼の話を聞いている人間はこの場の聖騎士のうちの半分程度だった。


聖騎士団員御用達の酒場を貸し切って行われている宴会だ。

右も左も酔っぱらいばかり。

飲めや歌えの大騒ぎと言っても過言では無い。


そんな喧騒を眺めながら、グレイは終始機嫌が悪そうだった。

やけに不貞腐れた様子で酒を飲んでいる同僚に、ジークは怪訝そうに問いかけた。


「で?」

「――ん?」

「なんでお前は、そんなムスッとした顔で酒飲んでんだよ」

「別にいいだろう、俺がどんな顔で酒を飲もうが関係ない」

「……ははあ」

「なんだ」

「エトちゃんに振られたのか」

「……ぶっ!」


傾けていた杯から慌てて口を離し、グレイがゴホゴホと咽る。

「アイツ相手に、そんな浮いた話があってたまるかっ!」と噛みついてくるグレイに、ジークはニヤァと不敵な微笑みを向けた。


「ムキになんなって。それじゃまるで、この冗談が本当みたいじゃねえか」

「馬鹿か、寝言は寝て言え」


グレイは嫌そうに視線を逸らしてガシガシと頭をかいた。


「あのなあ、何度も言わせるなよジーク。確かに陛下のご命令で俺は朝から晩までアイツの護衛についているが、それはあくまでそれが俺の仕事だからだ。特別な感情なんか持ち合わせちゃいない」

「ほーう、……そのわりには、最近お前がちょっと機嫌いいって、もっぱらの噂だけど?」

「良いんじゃない、慣れただけだ」


ムスッとグレイが言い返す。


「最近のあいつの治療師としての仕事ぶりは評価してるが、何でもかんでも恋愛に結び付けるのはやめろ。前から思ってたが、それお前の悪い癖だぞ」

「えー、つまんねぇの。折角年頃の可愛い女の子と朝から晩まで一緒なんだから、少しは異性として意識してやれよグレイ」

「はっ?あれを?……馬鹿言え、断じて無い!」

「へいへい、そーですか、そりゃすいませんね」


嫌そうな顔できっぱりと告げたグレイを横目に、ジークは呆れた顔で杯を傾けた。

心の中だけで「相変わらず、お堅い奴め」と陰口をたたいておく。

強い酒精が喉を焼くが、仕事に疲れた体にはこれくらいで丁度いい。


「おいジェイミー!今度は魔物と間違って俺に斬りかかってくんなよー!」などという先輩聖騎士からのヤジにどっと沸く仲間たちの様子を眺めながら、ジークは目にかかった前髪をいつもの癖で無造作に後ろにかきあげた。


――グレイという青年はジークの同僚であり、聖騎士団の中では丁度同期に当たる。


最近までは隊務で顔を合わせることも頻繁にあったのだが、ここ数カ月の間、グレイは全くこういった聖騎士団の集まりに顔を出していなかった。

というのも、数か月前からグレイには『特別任務』が与えられたからだ。


『聖女様』もとい、治療師エトの専属護衛。

――それが、今のグレイの唯一の任務である。


「……で、改めて聞くけどなんでお前そんなに不機嫌なんだよ今日。久しぶりに飲み会に出たと思ったら、一人片隅でマズそうに酒飲みやがって。お前別に宴会とか嫌いなクチじゃねえだろ?」

「……」

「グレイ?」


顔を覗き込むと、ムスッとした表情でグレイが渋々口を開いた。


「……次回の魔物討伐から、アイツが同行することになった」

「アイツ?」

「エトだ」

「ああなるほど、へええついに聖女様が討伐隊に、ねえ……」


やっと納得がいったジークは、杯を片手にだらしなく背もたれに身を預ける。


エトは、王都で働く治療師の中でもずば抜けて強大な治癒魔力を持った少女である。


『聖女様』という彼女の呼び名は、この国の古いおとぎ話に出てくる伝説の治療師『聖女イヴ』からもじってつけられたものだ。

出自不明の彼女が治療師として働き始めた時にも色々と一悶着あったのだが、それらを乗り越えて彼女は今は普通に治療師として城で働いている。


ただし、下積み経験などが皆無である彼女の仕事は、もっぱら城内で偶然出た怪我人を治療するというものであり、正直に言ってその才能と仕事内容はまるで釣り合っていなかった。

それがようやく聖騎士団の魔物討伐に同行するまでになったというのだから、それは喜ばしい事である。

しかし、それを告げるグレイの表情は浮かない。


――まあ、つまりエトちゃんのことが心配なんだなコイツ。


ちびちびと酒を飲みながら、ジークは横目でちらりとグレイの様子を伺った。

変わらず不機嫌そうな表情をしているグレイだが、彼が内心エトのことを心配していることは、グレイと親しい人間であれば一目瞭然だった。


馬鹿正直というか、トラブルに愛されているというか。

とにかくグレイという男は昔から厄介ごとを呼び込みやすく、そしてそういったものの面倒を採取的には見てしまうお人好しなところがある。


今回の『専属護衛』の一件なんて、それの最たるものだろうと思う。


城内ではグレイがエトの護衛に任命されたことを『幸運』とか『当然の実力』とか言われているが、ジークはそうは思っていなかった。


なにせ、周囲からは完璧に勘違いされているが、この友人はなんとこの年でまだ清らかな童貞野郎なのである。しかも、ベロベロに酔って「やっぱりだな、最初は特に、好きな女としたいよな」とか言ってしまうくせに初恋の一つも出来ないような純情こじらせた一級品のムッツリ野郎なのだ。救いようがない。


そんな彼が聖女様の護衛役とは、さすがのジークでも同情を禁じ得なかった。

聖女様の能力に、おまけで催淫作用があるのは兵士の中では良く知られた話だ。


(そろそろ惚れたかと思ったんだけどなあ……)


恋を知らなかった男が、朝から晩まで少女と行動を共にする。

当然、間には恋が芽生えるだろうとジークは踏んでいた。


しかし、エトという少女、そしてグレイという青年はジークの予想をはるかに超えるほど、そういったものには疎かった。


確かに彼らはこの数カ月で驚くほどに信頼関係を築いた。

――しかし彼らの関係は、どこからどうみても完全に、仔犬と母犬のそれである。


活発に駆け回る仔犬と、ハラハラとそれを見守る母犬。

勿論、前者がエトで後者がグレイだ。


「まあ、いいじゃねえかグレイ。お前だって聖女様の護衛を命じられた当初は『前線から退いたら腕がなまる』って文句言ってただろ。彼女が魔物討伐に同行するなら、お前も晴れて生ぬるい城内の生活から泥臭い魔物討伐の最前線に戻れるんだぞ?」

「それは、そうなんだが……」


どこまでも浮かない顔で、グレイが言う。

そんなとき、二人の会話に後ろから先輩騎士たちがドヤドヤと割り込んで来た。


「え、なんだ聖女様、討伐に同行すんのかあ?」

「おー、そいつぁいいや、職場が潤うねえ!」


がはは、と豪快に笑う先輩聖騎士たちの姿にグレイがため息交じりで嫌そうに言う。


「あんな新米、同行したところで足手まといにしかなりませんよ」

「おいグレイ分かってねえなあ、可愛い女の子は存在するだけで癒しなんだよ」

「……可愛いですか?あれが?」

「んだよ、嫌そーな顔しやがって。ならグレイ、お前は聖女様の事どう思ってんだ?」


酔いが回った赤ら顔で、けたけたと笑いながら彼らが言うと、彼ら同様に酒精で上気した頬のままグレイは不貞腐れたように呟いた。


「珍獣」

「はっはっは、言うなぁおい!怒った聖女様にはったおされるぞお前!仮にも年頃の女の子なんだからな!」

「アイツに年頃の自覚なんかありませんよ。この間もネコ助けるなんて言って木によじ登ろうとするし、夜更けに平然と俺の部屋に押入ろうとするし……」

「何ッ!おいグレイそこの詳細を詳しく!いやあ、お前もついに大人の階段を――!」

「アイツは色気皆無の珍獣だと今言ったばかりでしょうが!俺は即刻追い返しました!」


ガタッ!と音をたてて立ち上がった先輩騎士にグレイはクワッと噛みつくように叫んだ。

不服そうに口をとがらせて、彼らは渋々と椅子に再度腰掛ける。


「……んだよつまんねぇ、だからお前いつまでも恋人の一人も出来ねぇんだよ」とブツブツ言っているが、グレイはしかめ面でそっぽを向いていた。どうやら聞かなかったふりをするつもりらしい。


「まあ、確かに聖女様ってこう、なんか――女として見るには残念なところもあるよなあ」


先輩騎士のうちの一人がぽつりと告げた言葉に、グレイがつられたようにそちらを見る。

その表情には「やっとわかってくれたのか……!」という同志を見つけた時の輝きがあった。


そんな彼らの様子を、ジークは酒を片手にこっそりと見物する。

この後の展開は、容易に予想できる。


――グレイには悪いが、こりゃいい酒の肴だな。


ニヤニヤと僅かに緩んだ口元がバレないように、ジークは慌てて杯を傾けた。


「聖女様ってこう、色気つぅか、食い気だし」

「ええ」

「顔立ちは可愛いんだが、ずっと見てるとどうにも異性というよりは、走り回るただの小動物に見えてくるというか」

「そうなんですよ」


杯を傾けながら、グレイが染み入ったような調子で深く頷いた。

色々と思い当たることがあるのだろう。

先輩騎士の話はまだ続く。


「体つきも悪くないんだが、まあ欲情するような胸じゃあねえよなあ」

「よくっ……」


ピクッ、とグレイの眉が僅かに寄った。


「押し倒せるかと言われたら、あー、でもなあ、顔は可愛いから押し倒したらいけるか?」

「おい馬鹿、お前かみさんいんだろうがよ。んなこと言ってっと、また家から閉め出されるぞ」

「こりゃ参った!そいつぁ勘弁だな!」

「………………」

(グレイ、殺気殺気!)


明らかにグレイの目が据わっている。

がははと笑う相手もしこたま酔っているため気が付いていないようだが、途中からグレイの周囲に漂い始めたどす黒いオーラは明らかに『怒り』である。


(こいつ、まさか酒場で喧嘩おっぱじめたりしないよな?)


口では何と言おうが結局のところ彼は、彼のことを鳥のヒナのように一心に慕ってくるエトを気に入っているのだ。問題は、彼自身にその自覚がないという事か。


――なあグレイ、お前多分、自分で思ってるよりだいぶエトちゃんに入れ込んでるぞ。


きっと、今はまだ保護者感覚の想いだろう。

しかし、いつか彼が自分の感情としっかり向き合った時、グレイとエトの関係性がどう変わるのか。

グレイには悪いが、正直想像するだけで楽しくて仕方がない。


「……ジーク」

「ん?」


おもむろにこちらを向いて話しかけてきたグレイに、なんてことない顔を装って首をかしげてみせる。

どこかまだ据わった目をしている彼は、手元の杯を一気に干すと、ダンッ!と叩きつけるようにテーブルに置いた。


「……久しぶりに、俺と飲み比べでもしないか」

「ああ、いいけど珍しいな。翌日に響く量の酒は飲まない主義だろ、グレイ」

「馬鹿言え、これくらいで潰れて堪るか」

「おーおー、言うじゃねえか。言っとくがお前よりは俺の方が酒は強いからな」

「どうだか」

「言ったな?いいぜ、なに賭ける?」

「次回の飲み代」

「乗った!」


日頃の堅実な彼であれば決して言わなかったであろう発言を引き出し、ジークはニンマリと笑った。

酒なんかそんなに強くないくせに、まあムキになっちゃって。


――精々、次の飲み会ではコイツの金で高い酒ばっか飲んでやろうと思う。



ここから1年と7ヵ月後に起こる事件を、この時はまだ誰も知らない。


なお、当然負けたグレイさんは翌日エトに「おはようございま――えええグレイさん!目の下の隈どうしたんですか!?」と叫ばれる羽目になりました。


次回、現在編。

老婆、柴犬、少女。

三者合わせても全く戦闘力の足しにならない彼らに襲い掛かる卑劣な賊の魔の手に対し、夏樹は――?


お楽しみに!

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