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=現在の章= 愛とお金と命と彼女

夏樹視点。


今までのあらすじ:

森のクマさんから逃れ、親切な犬に助けられた少女は、村はずれに住む老婆の下で足腰強化プロジェクトを遂行していた。愛する彼は全く人の話を聞かずに魔法を発動させる始末で、身も心も傷だらけになった彼女を癒すのは、犬の毛並みとシチューの具のみ。

そんな中、今度は村に白馬に跨った素敵なゴロツキが訪れて―――?

「おおお、お婆さん、大変です、賊です!」


閉めた扉を両手で押さえながら、夏樹は老婆を振り返り叫ぶ。


「賊だって?」

「そうです、あれはきっと強盗団です、あるいは山賊とか海賊とか、とにかくその手合いです!」

「こんな辺鄙な場所に、何だって全く……」

「に、逃げましょう!今すぐ!」


不愉快そうに顔を歪めた老婆に、必死で夏樹は提案する。

あれはヤバい奴らだと、夏樹の本能が告げている。


村の男たちはもしかしたら戦うのかもしれないが、参戦する事は出来そうに無い。

ここに居るのはか弱い少女に、可愛い柴犬に、ふてぶてしい老婆だ。

吹けば飛ぶような戦力で戦いに挑もうと思うほど、チャレンジャーな性格はしていない。


「どこから逃げればいいですかね、表から、いや、窓から、いやいや、やっぱり表から……」

「盛り上がってるとこ悪いけどね、アタシは逃げないよ」


扉から離れて右往左往する夏樹を尻目に、老婆が突然そんなことを言い出した。


「え、えええ?何でですか?」

「そんなことも分んないのかい、本当にアンタは馬鹿だね」


焦る夏樹に、老婆は呆れた顔で言う。


「アタシが留守にして長年ため込んだ貯蓄を奪われたら、どうしろってんだい」

「いや、このままだとお金じゃなくて命の危機ですから!」

「アンタね、命とお金、この世でどっちが重いと思ってんだい!」

「命ですよ!?」


なんてこと言うんだお婆さん。

目が本気だ、怖すぎる。


一瞬、老婆を放置して逃げるべきか邪念が脳裏をよぎったが、それは現代日本で培った敬老精神が許さない。過酷な労働を強いられたりもしたが、老婆には衣食住の恩義がある。見捨てるわけにはいかない。


よし、ここは情に訴えて、説得するしか……!


「お婆さんに何かあったら、ブルーメはどうするんですか!」

「野生に帰るさね、なあブルーメや」

「きゅん!」


任せてくれとばかりに、ブルーメが鳴く。説得失敗。


え、お前、野生生物だったの。

てっきり飼いならされた柴犬だと思っていました。


「……はっ、実はこの可愛いワンちゃんの姿は仮の姿。この世界の犬はピンチになると生き残るために巨大野生生物へと変身を遂げ――!?」

「馬鹿なのかい。犬が変身するわけないだろう、どこの童話から来たんだいアンタ」

「きゅん」

「納得いかない!」


剣と魔法のファンタジー世界の住人に馬鹿にされてしまった。

人に触るだけで傷が治るトンデモ世界なんだから、犬がシロクマに変身したっていいじゃないか。駄目なのか。魔法の世界は案外融通が利かない。


「ね、ねえお婆さん、やっぱり命の危機ですし、逃げた方が……」

「まだ命まで取ると決まったわけじゃないだろう」

「取るつもりだったら、どうするんですか!」

「その時は、最終手段を使うさ」

「最終手段?」


なんと、最終手段!?

お婆さん、まさか何か奥の手があるのか。

凄い!カッコいいです!


「さ、最終手段って何ですか!?逆転勝利の一手ですか!?」

「まあ、そうなってくれるといいんだけどねえ」


期待に満ちた瞳で夏樹が見つめる。

すると何故か老婆は逆に夏樹を見つめて、呟いた。


「……本当は、人身売買の商人の方が高値なんだけども」


売る気か。


「お婆さん、一緒に逃げようと声掛けしている人間に対して、それはあんまりです」

「いいかい、何度あんたが声をかけようが、アタシは逃げないよ」

「きゅん!」

「むごい」


一向に動く様子のない老婆と、楽しそうに床にお座りしているブルーメを見て、夏樹の語尾が

自信を失い震える。


あれ、私なの?

もしかして私が変なことを言っているの?


(どうしよう、二人とも全然逃げる気がない。でも、捕まったらどんな目にあうか。そもそも、既にこの家が包囲されている可能性もあるわけで、……うううグレイさんが居ればなあ!)


夏樹は思わず頭を抱えた。

困り果て、この場にいない人間にすら縋ってしまう。


正義感と騎士としての職務に誇りを持っていた彼ならきっと、『さっさと逃げるぞ!』とか、『馬鹿、命を粗末にするな!』とか、『全員で逃げなければ意味がないだろう!』とか、そういうことを言ってくれたに違いない。


(いつも内心で『グレイさんたら、またクサい台詞を』とか笑っていて、ごめんなさい)


今こそ、あの面白味のない一般論が聞きたい。

真面目すぎる彼の正論が、心から恋しい。

この家の住人の説得は、私には荷が重すぎる。


(私って、いつもグレイさんに頼っていたんだなあ……)


今更痛感した事実に、チクリと胸が痛くなった。


治療師になって、聖女様と呼ばれて。

もう、この世界で一人で何でもやっていけるつもりでいた。


―――だけど、彼がいない私は、こんなにも無力だ。


この世界に落ちてから、ピンチの時は大体彼と共にいた。

グレイは夏樹の専属護衛だったのだから当然だったのかもしれないが、それでもいつでも『傍にいる』ということが、この異世界の中でどれほど心強かったことか。


彼がいたから、強くなれた。

沢山の困難に、立ち向かうことが出来たのだ。


「グレイ、さん……」


今は会えない大切な人を想い、夏樹は祈るように俯いた。


どうか、見守っていてください。

貴方がいない私はこんなにも弱いけれど、絶対に、生きてお城に帰りますから。


キッと顔をあげ、夏樹はしっかりと前を見据えた。

絶対に、逃げる。

説得してみせる。

老婆もブルーメも見捨てず、全員でこの場を逃げ延びるのだ。


「お婆さん、やっぱり一緒に逃げましょう!」


強い意志を滲ませて夏樹は凛と老婆に声をかけた。

しかし、一方老婆は呆れたような顔で夏樹を見ている。


「今は逃げて、それで、取られたお金は後から取り戻しましょう!私も、微力ながら協力しますから、だから、今は!」

「……まあ、一人で盛り上がっているところ悪いんだけどね、小娘」

「だから!!……え?」


老婆が、ちょいちょいと夏樹の背後を指差す。

何事かと振り返った夏樹は、そのまま固まった。


「アンタがニヤつきながら思い出に浸っている間に、とっくに囲まれたみたいだよ」


扉の隙間から、がやがやと騒がしい複数の人影が見えていた。


その距離、あと僅か数メートル。

今更扉を開けて飛び出しても、決して逃げ切れないだろう。


「…………」


しまった。

グレイさんとの思い出なんて無視して、さっさと逃げればよかった。


夏樹は途方にくれながら、「やれやれ、アンタも救いようのない馬鹿だね」と老婆の憐れむような声を背中越しに聞いたのだった。

夏樹「素直に一人で逃げればよかった」


家に迫るゴロツキ。いざとなったら夏樹を売るつもりの老婆。まるで危機感のない犬。

――― 絶体絶命の夏樹の運命はいかに!


次回は過去編、グレイの章。

その感情の自覚は突然に――?

お楽しみに!

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