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●過去の章● 騎士様と後輩たち

回想編。グレイ視点です。

グレイがエトの護衛になった理由編

「グレイさーん!」


遠くからエトが自分を呼んだのが聞こえて、グレイはハッと我に返る。

見れば、城内の廊下からエトがこちらに向かって大きく手を振っている。


グレイは額の汗をぬぐいながら、そっと視線をそらして苦いため息をついた。

模擬戦の合間の休憩中とはいえ、今はまだ鍛錬の時間だ。


(鍛錬中には話しかけるなよ、と言ったのに)


ここ数十年、この国には大きな戦がない。

したがって大きな危機にさらされていないこの国の人間は、皆のんびりしている。

それは城内の人間も例外ではなく、皆大体性格が大らかだ。

城内で知り合いにすれ違えば、軽い挨拶を交わすのはむしろ普通だ。


だが、だからといって騎士団まで平和ボケしているわけではない。

鍛錬中の騎士や兵士に話しかけるのも、こちらが返事を返すのも当然ありえないことだ。


(エトのやつ、あとで説教だな……)


「話しかけるな」の意図を伝えるべく、グレイは意識的にそちらに背を向ける。

懐いてくれているのはいいが、俺まで一緒に平和ボケしていると思われてはたまらな……


「あ、聖女様だ」

「聖女さまー!俺だよ、怪我しちゃった助けてー!」

「おいお前ら!」


へらへらと笑いエトに手を振っている同僚の姿に、グレイの雷が落ちる。

ゴンゴンッ!と鼻の下を伸ばした同僚に立て続けに拳骨を落とした。


「だっ!グレイさん、いいじゃないっすか手ぇ振るくらい!」

「馬鹿か!鍛錬中に気をそらす奴がどこにいる!」

「グレイさんはいつでも聖女様に会えるんだからいいじゃないっすか、俺たちそんなに会えませんもん。おおーい、エトちゃーん!」

「馬鹿なこと言ってる暇があるなら早く模擬戦に戻れ!」


えええ、と不服そうな顔をする同僚を睨みつけ、同時にエトの方を振り返ると「邪魔するな」の意図を込めてシッシッと手を振る。


遠目に見えるエトがムッとした顔で「そんな態度だと夕飯のデザートは私が勝手に食べますよ!」とかなんとか言っていたが、聞く耳を持たずに再び背を向けて同僚を引きずりながらその場を離れる。

あんまり食うと太るぞ、くらいは言い返してやりたかったが、ここで言い返しては追い払おうとした意味がない。


「あああ、聖女様ぁああ」

「グレイさん、殺生な!」

「女にうつつを抜かしている暇があったら、一振りでも多く剣を振れ」


同僚たちにそれぞれの剣を押し付け、自分もまた愛剣を握りしめる。

たるんでいるとしか思えない彼らに、開始の礼もそこそこに切り込んだ。


慌てて応戦する彼らに合わせてしばらく剣を交わした後、一気に速度を上げて相手の剣を叩き落とす。

派手な音を立てて剣が転がり落ちるのと同時に彼ら二人も息を切らして座り込む。


「ま、待ったグレイさん、あんた模擬戦の直後だろう、なんでそんな元気なんだよ……」

「俺は普通だ、お前らがたるんでいるだけだ」

「団長が言ってましたよ、『あいつの脳味噌は鍛錬と戦いの事しか詰まってない』って!」

「そうか、それは大層な褒め言葉だな」


はっ、と鼻で笑うと、後輩騎士二人はげんなりしたように顔を歪めた。


「百戦錬磨でついに女に興味無くなったっていう話はホントだったんすねグレイさん」

「グレイさんが俺たちくらいの年だった時なんて、もうちぎっては投げ、ちぎっては投げって感じだったんでしょ。はああ、人生は不公平だ!」

「……ん?」


今、百戦錬磨とか女に興味ないとか聞こえた気がする。

誰の事だそれは。


「聞きましたよ、『もう女には飽きた』って名言を残して何人もの恋人を捨てたとか」

「あまりのテクニックに、花街の姐さんが直々に相手をしてほしいと頼みに来るとか」


……何か、盛大な勘違いをされていないか俺。


思わずグレイの表情がこわばる。

居心地の悪さに、身じろぎしつつ冷や汗をかいた。


「きっともう、女の全てを知り尽くしてるんだろうなあ……」


何も知らないなんて、今更言える空気じゃない。


「聖女様の近くにいても平然としてますもんね、俺には無理ッス」

「聖女様に手当てされると、なんかすげぇ良い匂いするんだよな。あんな至近距離にいて耐えられるのが理解できませんや」

「触られてるだけなのに、まるで女の胸に顔を埋めた時のような圧倒的幸福感!」

「もうこのまま昇天してもいいやと思えるような、あの感覚!」


「分りますよね!?」と同意を求められて、グレイは「ああ」とも「うん」ともつかない返事を返した。残念ながら、そんな贅沢なことは産まれてこの方したことは無いので同意しかねる、とここで堂々とカミングアウトする勇気はない。


「ああ、うん、あれな、うん」と適当にそれらしい顔をしておいた。

彼にも、なけなしのプライドというものがある。


「正直、聖女様の専属護衛とか妬ましくて仕方ないっすよ」

「俺も国賓のおっさんとかじゃなくて、可愛い女の子護衛したかったなあ」

「まあでも、俺が護衛だったらとっくに襲い掛かってるしな、ある意味陛下の采配は正しいよ」

「聖女様に欲情しないとか、実は昔はじけ過ぎて枯れたんじゃないですかグレイさん」

「あ、逆に本当は聖女様の魔力に当てられて、グレイさんも夜な夜な一人で……」

「馬鹿か、殺すぞお前ら」


後輩たちからのあまりに明け透けなからかいに、グレイは地の底を這うような重低音で威嚇した。

内心では冷汗だらだらだ。何故ばれている。いや、ばれていないからこその、この冗談か。

エトを妹のようだと言っていたはずの自分が、今では彼女が一人の威勢にしか見えなくて毎晩欝々としているだなんて、どうして言えようか。


「いや実はもう、二人は一線超えてたりして……」

「マジすか!うわあー」

「…………」


羨望と尊敬の眼差しで見られて、いっそ泣きたくなる。お前ら、そんなに俺を追い詰めて楽しいか。そうか楽しいか。よしそこに並べ、一人ずつ叩き切ってくれよう。


瞳孔が開き気味の瞳でグレイが剣を再度構えた時、「グレイさーん」と再び間延びしたエトの声が聞こえる。


「だから!鍛錬中は俺を呼ぶなと!……え、……殿下!し、失礼しました」


後ろを振り返り同様のままに怒鳴ると、そこにいたのはエトではなく、人を食ったような顔で笑う王太子フィルディナンドの姿があった。

慌てて後輩騎士ともどもその場に跪く。


わざわざ声色までエトに真似て声をかけた彼は、何が面白いのか上機嫌で鍛錬場を柵越しに覗き込んでいる。

さらりと短い風に金髪を揺らした彼は、「やあ」と軽い調子で手をあげた。

  

「殿下、その、このような場所に如何されましたか」

「いや、『聖女様』の呼びかけをグレイが無視したって女官たちが話してるのが聞こえたもので何となく。悪いね、模擬戦でもするところだったのかな?」

「はっ、いえ、それは構いませんが、その……殿下はいつから、そちらに?」

「うんまあ、結構前から?」


フィルディナンドはその端正な顔立ちに良く似合う爽やかな笑みを浮かべた。

しかしそれとは逆に、それを聞いてグレイは青ざめる。


グレイがエトの監視兼専属護衛を務めているのは、誰もが口々に言うように、グレイだけがエトの魔力で欲情しなかったからだ。

正確には、『欲情しなかった、と思われている』からだった。


エトが初めてこの国の中で魔力を使った時、その場にいた全員は欲にまみれたケダモノと化した。


その時、そんな中で全く動じなかったのが魔術団長のキーラとグレイだった。

キーラが電撃魔法でその場にいた全員をのさなければ、恐らくあの場でエトは考えるのも恐ろしい悲惨な目にあっていただろうと思う。キーラがその時の話をする度、どれほどの修羅場だったのかとグレイは想像して気分が悪くなる。……そう、想像して、だ。


(あの時は立ったまま気絶してたんだ、なんて今更言えるわけがない……)


そう、真実は周囲の認識とは少し異なる。


エトが、自分の能力を――それがどんな効果を齎すのかも分らずに――初めて使った時のグレイの記憶は、エトが怪我人に触れようとした瞬間で途切れている。

恐らく、エトの魔力に触れた瞬間、微動だにする暇もなく意識が落ちたのだろう。

自分以外の人間は、最低でも動揺して腰を抜かし倒れるぐらいの時間的猶予があったというのに。我ながら、なんと情けない許容量かと泣きたくなる。


当時は、何が起きたのかさっぱり理解できず、瞬きをした瞬間に倒れ伏した同僚たちを見て首を傾げていた。

倒れ伏す人々の中心で呆然とするエト、そして「お前は動じないの?流石だねえ」と自分に声をかけてくる魔術団長の姿。


『何か感じた?』と問われて、何も感じていないと首を振った。

瞬間的に気絶したのだから、何も感じていないと思って当たり前だった。

しかしその結果、『唯一エトの魔力に屈しない男』と盛大に城中に勘違いされて、今に至る。


「何か面白い話をしていたよね、グレイがエトと、一線超えたとか何とか」

「殿下、それはこの者たちの戯れです。どうか、本気になさいませんよう」

「そうなんだ?僕はてっきり、ついにグレイも聖女様にやられたのかと……」

「いいえ違います、アレをそういう目で見たことはありません」

「ふーん、……本当に?」


嘘です、本当は毎晩欲情してます。

夢の中であんなことやこんなことまで彼女に強いています。


もちろん、そんなことは言えるわけがない。

グレイは必死で表情を消して首を垂れた。


「本当です」

「……そっか、へえー……」


フィルディナンドが黙り、その場に沈黙が落ちる。


――胃が痛い、朝飯吐きそう。


グレイはただ無心で祈り続けた。


最初は嫌々ついていた護衛の任務だが、今はもう誰にも譲る気はない。

危なっかしいところのあるエトを任せられる男などどこにも居ないし、自分以外にエトがくっついて回る姿を想像するだけで胃が痛い。

今更エトの魔力に屈していたとバレて、護衛の任を解かれるわけにはいかないのだ。


絶対に彼女本人には手は出さない、出さないから罷免だけは勘弁してほしい。


どんなに愛おしくても、添い遂げる事は出来ないのなら、せめて一番傍で守る権利が欲しい。それだけでもう、他には何も望まないから。


「別に、……――――けど」

「?……殿下?今、なんと……」

「いや、なんでもないよ。ちょっと独り言が漏れただけ」


フィルディナンドは、微妙になった空気を叩き切るかのように「さて!」と声を上げた。


「鍛錬を邪魔して悪かったね、これ以上いたら団長殿に僕が怒られちゃうから退散するよ。それじゃ、君たちも頑張ってー」

「「はっ、勿体なきお言葉、感謝いたします!」」


声をかけられた後輩たちがガチガチに緊張しながら叫ぶのが聞こえ、グレイはやっと肩の力を抜いた。

フィルディナンドの背中が廊下の向こうに消え、後輩たちが途端に足元に崩れ落ちる。


「び、ビックリしたああ」

「グレイさんが殿下と親しいって話、本当だったんすね」

「ああ、……子供の頃に、ちょっとな」

「へぇええ」


興奮冷めやらぬと言った様子でまくしたてている彼らに空返事を返しながら、グレイは先ほどのフィルディナンドの言葉が何だったのかと首をかしげていた。



『別に、君らがそういう関係でも今更引き離したりしないんだけど』



なお、グレイの『百戦錬磨説』は完全に先輩騎士たちのでっち上げです。

噂の一人歩きあるある。


次回に続きます。

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