=現在の章= 聖女様と交換条件
「聖女様は死んでしまったのです」と告げられた聖女様(本人)のお話。
「ありゃあ、忘れもしない、3週間前の事だ」
陰鬱な表情で、ガロンはぽつりと呟いた。
「部下の一人に、王都の親戚から手紙が届いた。でな、そこには、信じたくねぇような話が書いてあったんだよ」
「……なんて書いてあったんですか?」
「王都で聖女様の葬式が、先日執り行われたと」
「そ、葬式!?」
思わず白目をむいた夏樹に構わず、ガロンが「クソッ!」とまた机を叩いた。
「信じたくねえが、そのあと正式に確認もとった。間違いなく、事実だ」
「いやいやいや事実なわけないじゃないですか」
「ああ、俺だってそう思いてぇさ!なんで、なんであの方が死ななきゃなんねぇんだ!」
(ホントだよ)
半眼で呻く夏樹の心の声は、残念ながら誰にも届かない。
「う、うぅ……くそっ……」
「なんであんな、俺たちの救いが……」
ガロンの声に触発されたように、部屋の中にいた兵士たちが一斉に鼻をすすり始めた。見渡せば皆、悲愴な面持ちで、胸元のリボンを握りしめている。中には口元を歪めて震える兵や、苦しげな顔で隣の兵を慰めているものまでいる始末だ。
「あの人が、どれだけ多くの兵を救い、俺たちの希望だったか……!」
「無詠唱で、触れただけで兵を癒す麗しの聖女なんて、もはや聖女じゃねえ、女神だ」
「この砦にいる治療師は、治療中にポックリ逝っちまいそうなアジュー婆さんだけだもんな」
「俺が死ぬ前に、一度でいいからお会いしたかったなァ……」
「お会い出来たら、俺、その日に死んでも構わねぇ」
「俺もだ」
「馬鹿いえ、俺だってそうだよ」
「でも、もうそんな夢も、叶わないんだぞ」
「「「……………」」」
部屋中の人間が、ただ一人のことを思い、涙した。
部屋の雰囲気は完璧にお通夜だ。
棺桶の中にいるべき本人が神妙な顔でこの場に座っていること以外は、何もおかしなところは無い。
「…………」
――――しまった、私、完璧に場違いだ。
言い方はおかしいが、どのツラさげて自分はここに座っていればいいのか、というやつである。「面白い冗談ですね!」と笑い飛ばしたら殺されるだろうということだけは分かった。
何故こんなところで自分の葬式話を聞いているのだろうか。
本当に理解に苦しむ。
「ええと、なんで私は死んだんですか?」
彼らの嘆きはとりあえずスルーする方向性で、夏樹はとりあえず詳細を聞くことにした。
途端に、ガロンが顔をしかめる。
「あァ?誰が貴様の事なんか話した。聖女様の話だ、聖女様の」
ああもう、めんどくさい!
「聖女様はっ、どうして死んでしまったんですか!」
「あの方は魔物が吐いた炎から兵たちを庇って、犠牲になったと、そう聞いている」
「『この国の未来を、どうか守ってください』、……それが最期の言葉だったらしい」
「聖女様らしいや……」
(ホントにな)
なんてことだ、すでに噂の人物像が本人の原形を留めていない。
実際は村人に急所蹴りをくらわせたのち、犬臭い毛布を見張りの兵に投げつけるような女ですと伝えて、信じてもらおうと思う方が間違いな気がしてきた。分が悪すぎる。勝てる未来が見えない。
(自分が勝手に3週間も前に葬式に出されてたなんて本当に笑えな――……あれ?3週間?)
3週間という期間に強烈な違和感を覚え、夏樹は首をひねる。
例のお婆さんがいる村で1週間、ダリア砦で2日。
森で倒れていた時間を多く見積もっても精々、あの強制送還事件からまだ10日しか経っていないはずだ。3週間前といえば、夏樹はまだ普通に城で治療師として暮らしていたはずである。
――どう考えたって、日付の計算がおかしい。
「あ、あのう……」
完全に夏樹そっちのけで互いに慰めあっている兵に、夏樹は恐る恐る尋ねた。
「つかぬことをお聞きしますが、今年の王国祭まで、あと何日でしょうか」
「王国祭なら数か月後だろ」
「せ、正確にはどれくらい後ですか」
「あぁ?……おい、何日だ」
「今日から、丁度2ヵ月後ですね」
「2ヵ月……」
夏樹は思わずポカンと口を開けた。
2ヵ月という数字から逆算して、夏樹の中の時間と現実の時間が、きっかり20日ずれている。
つまり、あの強制送還事件によって夏樹は場所だけではなく時間までジャンプしてしまったということだ。元の世界に戻せなかったとはいえ、流石は時空転移の魔法陣というべきか。
(あ、ああああ!ということは、つまり…………!?)
思いついた一つの可能性に、夏樹は血の気が引く。
20日というズレは、さして大きいものでは無いように思う。
しかし20日もあれば、この国においては様々なことが出来る。
――――遠視魔法で、特定の人間の居場所を探ることだって出来るのだ。
遠視魔法は、しかるべき設備としかるべき術者が揃っていないと発動できない高度な魔法だ。城内で言えば魔術団長のキーラ並みの術者にしか扱えない。
しかし、逆に言えば『キーラになら出来る』のだ。
グレイがあのあと城内でどんな言い訳をしたのかは分からない。しかし、ある日突然聖女様が居なくなったら城内大騒ぎになったことだろう。
夏樹が異世界人だということは一部の人間しか知らなかったから、当然国中を捜索すべしという意見は出たはずだ。そして、もし実際に捜索する場合、その方法は遠視魔法が最も妥当だ。
しかし、その遠視魔法が発動したとき、恐らく夏樹は本当に『この世界にはいなかった』。
そうとなれば当然、導き出される結論は『夏樹は既にこの世界に存在しない』という事実。
今頃、城の人間は誰一人として夏樹がこの世界にいるとは考えていないだろう。だからこそ、聖女様は『死んだ』のだ。失踪と言うと体面上はエト捜索隊を出さなくてはいけないから、不幸があったことにしてポックリ逝ってもらった。これがきっと真実だ。
『え、やっぱり居ない?ううん仕方が無い、殺すかあ』と困ったように頬をかく王太子の姿が脳裏に浮かんだ。ああうんやる。あの王太子殿下ならこれくらいの事は絶対にやる。
(フィルディナンド殿下の馬鹿やろう!)
ここまで外堀を埋められてしまったら、小娘一人の発言で現状を覆すことはほぼ不可能だ。
ガロンたちの心証は、わざと夏樹が聖女様のフリをしていると勘違いされた時点で完全に地に落ちている。
諦めに似た気持ちで、夏樹は遠い空を見た。
駄目だ、もう詰んだ。
――――冤罪確定だ。
しかしその時、室内にただよう暗い空気を打ち消すかのように、突然部屋の外から声がかけられた。
「隊長、取り調べ中、失礼します!」
「……なんだ、急ぎの用件か」
「はい、取り調べ自体に関わることでして」
ガロンは一度夏樹の方をチラリと見た後、苦い顔で「入れ」と言った。
扉が開き、一人の若い兵士が室内に礼儀正しく入室する。
「隊長、先日襲撃された村の人間から証言を聞くこと出来ました」
「ああその件か。それでどうだった、この女のことは何か分かったか」
「はい、村人たちによりますと、その女性は一週間ほど前に村はずれの老婆の元に拾われた者らしく、自分が聖女だと思い込んでしまっていること以外は、怪しいところのない普通の娘だとのことです」
「思い込んでしまっている……」
「老婆の話では、頭を打ったことが原因ではないかと」
「他には何か言っていたか」
「はい、皆口々に『エトちゃんは頭が可哀想な子だけど悪い子じゃない、何かの間違いだ』と」
「…………っ!」
兵の言葉に、夏樹の胸に様々な思いがこみ上げる。
1週間とはいえ、目の前のことに全力で取り組んだ日々は決して無駄ではなかったのだ。短くても確かに、夏樹は目に見えない絆を彼らと分かち合っていた。そのことが、ただただ嬉しかった。
……しかしこの期に及んでも可哀想な子扱いされていることは納得がいかない。
村の救世主になんてこと言うんだ。あんまりだ。
「――――そうか。ご苦労だった」
「はっ、失礼いたしました」
キビキビとした敬礼と共に、若い兵が退室する。
部屋の中に、先ほどとは違う意味の何とも言えない空気が流れた。
不貞腐れた顔の夏樹に向き直ると、ガロンは若干気まずげな顔をする。
「その……なんだ、」
「なんですか」
「あー、……すまねぇ。頭がアレなんだとは、思わなかったんだ」
「ダメ元で言いますけど、私は頭がアレでも妄言家でも狂言家でもないですよ」
「あんた、……苦労したんだな」
「もうそれでいいです」
無罪にしてくれるなら、もう何とでも呼んでくれ。
「実は、イザークたちもお前のことはクソ生意気な村娘で、仲間なんかじゃねぇって証言してんだ」
「え、それ、つまり私最初から無実だって思われていたんですか!?」
「馬鹿言え、同じ盗賊団同士の証言が信じられるか!だが、村人の証言と一致した以上、てめえは暫定シロだな」
「本当ですか!ありがとうございます隊長様!」
「……だがな、」
「やったぁ無罪だ!」と喜びに頬を染めた夏樹を、ガロンがギロリと睨んだ。
「村人を縛ってたのと、金蹴りしていたことについては説明がまだだ」
(そういえば、そんなこともありました)
完全に忘れていた。
そちらの罪状についての説明を、一体どうすればいいのやら。
「あれは、お前がやったのか」
「ええとですね……」
じとりと睨まれて、夏樹は戸惑った。
誤魔化したい気持ちはあるが、嘘は良くないと今回の冤罪事件でつくづく学んだばかりだ。
ここはやはり、催淫魔力のことを素直に告白して、謝った方が自分の心もスッキリするだろう。
やはり、嘘はよくない。うん。
夏樹は緊張を落ち着けるべく大きく深呼吸したのち、しっかりとガロンを見つめた。
「変な力でも使ったってんなら、自由にはしてやれねえがな」
「ははは面白い冗談ですね、あれは魔物がやったんです、私じゃありません本当です」
人生、嘘も方便だ。
「魔物ォ?」
案の定怪訝そうな顔をするガロンに、夏樹は努めて誠実そうな表情を取り繕ってまくしたてる。
「いやー、最初は私も縄で縛られていたんですが、盗賊団の人の妙な性癖のせいで解放されまして。それであわや危機一髪というときに、偶然村を魔物が襲撃したんです。魔物は謎の煙を吐き散らし、村中の人間を気絶させました。私が目を覚ました時には、全ての人間が理性を失って前後不覚になっていたんです。だから、縛りましたし、思わず蹴りました。以上です!」
「その話、嘘はねぇか」
「ありません!」
夏樹はビシッと敬礼した。
必死でキラキラと目を輝かせ、ガロン隊長を正面から見つめる。
「…………」
「…………」
しまった冷汗が止まらない。
夏樹とガロンはしばらく無言で見つめ合う。
永遠にも思えるような数秒ののち、ついにガロンが舌打ち交じりに視線をそらした。
「その目、確かに嘘は言ってねぇようだな」
いや、むしろ嘘しか言っていない。
この人がトップでこの砦は本当に大丈夫だろうか。
「疑って悪かったな、話は大体わかった。明日には兵の誰かが村まで送っていく、帰っていいぞ」
「む、無罪放免ですか!?」
「そうだって言ってんだろ、それともなんだ捕まりてぇのか?」
「いや滅相もない」
夏樹は両手を必死で顔の前で振る。
しかし、ふと冷静になって考えてみれば、村に戻るというのも夏樹にとってはあまり喜ばしいことではない。夏樹の目的は、城に帰ることだ。そのためには、少しでも城に近づかなくてはならない。
「あの、差し出がましいことを申しますが……こちらに、伝書鳩などはいますか?」
「いるが、それがどうした」
「王城に連絡を入れたいんです、どうか、貸していただけないでしょうか」
「あぁあ?馬鹿いえ、一般人の戯言に付き合って貴重な鳩を飛ばせるか!王城までどれだけあると思ってんだ!」
「うううケチ……」
当然の結果だが、やっぱり駄目だったか。
夏樹が本物の聖女様こと治療師エトだと信じてもらえない以上、この砦の中での夏樹の立ち位置は『自分を聖女様だと思い込んでいる黒髪黒目のそっくりさん』だ。無理をいって聞いてくれるわけがない。
(せめて、『この国に黒髪黒目は二人といない!』みたいな世界だったらなあ……!)
あいにく、この国の中では黒髪黒目は珍しいと言うだけで、皆無ではない。
これを切り札に信じてもらうことは難しそうだ。
「言いてぇことが尽きたなら、もういいか?俺らはイザークたちの移送準備で忙しいんだ」
「え?盗賊団の人たち、どこか行くんですか?」
「当然だろ、あの全員をダリア砦の牢に閉じ込めておけるほど、ここは広くねえし俺たちも暇じゃねえ。俺たちは賊を捕まえるのが仕事、奴らを裁くのはカロングの奴らの仕事だ」
カロング。
その地名を聞いた瞬間、夏樹は驚いてガタッと身を乗り出した。
「カロングって、…………まさか、水の都カロングですか!?王都のすぐ傍じゃないですか!」
「ああ、そうだが、だったらどうした」
「あの!私をそっちの移送に同行させてください!」
「はぁ?」
思わず飛びかからんばかりの勢いでガロンにつめよる。
どん引きされても構うものか、ここは引けない。
このチャンス、必ずモノにするのだ。
水の都カロングは、王都からも馬車で3日ほどの距離だ。
夏樹の力でも、あそこから王都までならなんとかなるかもしれない。
そういう距離の街なのである。
「お願いします!なんでもします!」
「馬鹿か!そもそも、一般人が罪人の移送についてくるなんて聞いた事ねぇ!」
「でも、元々、明日には私を村まで送ってくれる予定だったんですよね」
「そりゃ、まあそうだけどよ」
「少し送り届ける行き先が変わるだけですよ。何か問題ありますか」
「問題だらけだ!」
夏樹の勢いに押され気味だったガロンが、息を吹き返したように叫んだ。
「テメェを置いとくような部屋なんぞ、この砦には無い」
「毛布さえ変えていいなら、このまま牢屋住まいでいいですから」
「男所帯に女が飛び込んでくるなんざ、非常識もいいところだ」
「さっきまでだって、捕まっていましたから状況は同じでしたよ」
「何もしない人間をやしなってやるほど、ここには余裕なんぞねえ」
「もちろん、お世話になる分は働きます。掃除でも料理でも、何でもします!」
一歩も引くものかと食い下がる夏樹の言葉に、ガロンではなく周囲の兵士たちがピクリと反応した。
「料理…………」
「女の子の、手料理……」
「そういや塩以外の味付け、久しく食ってねぇなあ……」
「茹でたり揚げたりする料理も出来んのかな……」
ざわざわと静かに広がっていく騒めきに、逆に不安になった。
おいおい、大丈夫か兵士の皆さん。普段一体何を食べているんだ。
もしかして、牢のご飯だから壊滅的に不味かったのではなく、ダリア砦自体が深刻な食糧危機にさらされているのではないだろうか。少々怯みながらも、夏樹はここぞとばかりに押した。
「これでも、野外遠征の時は炊事ちゃんと手伝っていましたから、栄養があって豪快な料理は得意です!」
「「「おおおおお!!」」」
夏樹の言葉を聞き、兵士たちの目が明らかに輝いた。
本当は得意と豪語できるほどの腕前ではないのだが、この際それはおいておく。
ガロンですら、少し目が泳いでいる。
やはり胃袋の誘惑には、人間誰しも弱いものだ。
ここは、もうひと押ししてみよう。
「あと、犬が喜ぶ美味しいエサもつくれます!」
「しょうがねえな採用してやる」
隊長様が頷いた。よし!
「……出発は三日後だ。怪しい動きしたら、問答無用で囚人に逆戻りさせてやるからな」
「そんなことしませんよ、安心してください!」
「どうだかなァ」
「とりあえず、毛布とお湯を使わせてくれませんか。この臭いは、流石にちょっと辛いです」
「好きにしろ。……おい、そいつを案内してやれ。解散!」
「はっ!」
ガロンの言葉で、兵士の方たちが一斉に動き出す。夏樹を案内してくれる人、「他の奴らにも報告だ!飯が変わる!」と走り去るものと、様々だ。
兵士たちについて歩いていると、前方から、先ほど報告に来ていた若い兵士が走ってくるのが見えたので夏樹はあわてて頭を下げる。
「先ほどはどうも!あの、これから三日間ここでお世話になることになりまして……」
「ああはい、仲間たちから聞きました。それで、貴女に伝言がありまして、伝えに来たんですよ」
「伝言、ですか」
「はい、名乗ってはくれませんでしたが、もしあなたが村に戻らないつもりだったら伝えるようにと」
「え?」
夏樹は眼を瞬かせた。
「『助けた分の貸しがまだ残ってるのに逃げる気かい!このちんちくりん娘!』……だそうです」
「ああはい、誰かわかりました」
相変わらずの憎まれ口に、思わず遠い目をしてしまう。
そうか、ちゃんと無事だったのか。
元気そうで何よりだが、何となく素直に喜べない。
「あと、『助けた分の貸しは百倍返しで死んでも返せ!』だそうですよ」
「し、死んでも返せって物騒な……、一体どういう意味ですかね」
恐ろしさに震えあがった夏樹に、若い兵は首を傾げた。
「またおいで、って、意味じゃないでしょうか」
「…………」
兵士の言葉に夏樹は一瞬呆気にとられ、そして笑った。
笑えて笑えて、少しだけ泣けた。
「あの、お願いがあるんですが」
「なんでしょうか」
「もし次にお婆さんに会ったら、『死んでも返します』って伝えていただけますか」
「ええ、お安い御用です」
――――― ああ、本当に素直じゃない!




