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=現在の章= 聖女様と鉄壁のダリア砦

夏樹視点。

ドナドナされた彼女の運命や如何に。

レイノーマ王国、その国境を守る防衛線の要である鉄壁の要塞と名高いダリア砦。

王国が長年保ってきた平和は、この要塞の活躍無しには語れない。


ダリア砦とそこに駐屯する兵の話は、王都でも敬意をもって人々に語られている。

この平和な国において、最も過酷とされるダリア砦での任に就く兵士たちは皆強靭で、その性根は気高く高潔。自分たちこそが防衛の最前線に立つ者だという気概とともに、日々国境および周辺地域の警備にあたっているらしい。


夏樹が王都にいた頃、「いつかダリア砦の方々とお会いしてみたいですね!」とグレイ相手に話したことがあった。確かに、いつかは行くつもりだった。行くつもり、だったが。


(そこの地下牢に閉じ込められる予定は全然なかった……)


冷たい石畳の地下牢の中で、夏樹は完全に不貞腐れていた。




*********




夏樹がこの地下牢に閉じ込められて、二日目の昼。

この二日間でいくつか分かったことがある。


まずここが、噂に名高いダリア砦であること。

夏樹を女狐認定して地下牢に放り込んだ憎いあん畜生の名前が、ガロンだということ。

逃げ足の速いイザーク盗賊団を一網打尽にするため、隊長であるガロン自ら盗賊の格好に身をやつして潜入していたということ。

そして捕縛作戦を決行した日が運悪く、イザーク盗賊団による村襲撃の日と同じ日になってしまったということだった。


アジトにいない盗賊団を探して来たら、何故か村では盗賊団も村人も縛られていて、しかも女の子が縛った青年に金蹴りを食らわせていた現場を目撃したガロン隊長の気持ちはいかほどであったのだろう。

目撃した彼の混乱を思うと、流石に憎い相手だが同情を禁じ得ない。

素直に名乗る前に、カマでもかけてみようと思ってしまう気持ちも分からないでもない。


―――まあ、だからと言って、この仕打ちを許すわけではないけれども!


「おい、飯だ」

「…………どうも」


憮然とした顔を隠しもせず、夏樹は冷えたスープの椀を鉄格子越しに受け取った。

見張りの兵士は、この場に年若い女がいることに違和感を拭いきれないのか、スープを渡し終わった後もジロジロと夏樹のことを上から下まで観察している。


珍獣でも見るような目で見られて非常に腹立たしいが、その視線に性的なものが感じられないのは正直安心した。流石、ダリア砦の精鋭兵。腐っても紳士だ。鎧もきっちり着こなし、あのゴロツキたちとは清潔感がまるで違う。――― 首にふんわりとした黒いリボンを結んでいる趣味は理解できないが、流行っているのかもしれない。趣味は人それぞれだ。


幸いにも、夏樹が収監された地下牢は個室設計で、今のところ身の危険はない。

寝床に敷かれた毛布が強烈な異臭を放っていて、ご飯が致命的に不味くて、石畳の床が殺人的に冷たいことを除けば、大きな問題は無かった。


見張りの兵たちが夏樹に悪さをするようなことも無く、ただただ珍獣扱いされている。

動物園のパンダを見るような目とはまた違う。

二足歩行するアザラシと森の中で出会ったら人間こんな顔をするんだろうなという顔だ。

怪訝そうな、残念なものを見るような、なんとなく夏樹としては腹立たしい目である。


「あの、つかぬことをお聞きしますが」

「……なんだ」

「いつになったら『事情聴取』とやらが始まるんでしょうか」

「大人しく待て。隊長はお忙しいのだ」

「そんなの……もう、もう私だって限界です、ここから出してください!」


夏樹はガシャン!と鉄格子に飛びついた。

兵士がこちらを咎めるように睨むが、そんなこと構っていられない。


ここに閉じ込められて、二日。

「貴様の懺悔は後からじっくり聞いてやる、この女狐め!」と、兵士の皆様にぽいと地下牢に投げ入れられて、はや二日だ。

最初は冤罪の恐ろしさに震えていた夏樹も一日目が終わる頃には早々に地下牢生活に順応し、そして今となっては全く違うことで精神が追い詰められていた。


この毛布の臭さは尋常ではない。

牛乳を拭いた雑巾でついでに犬の涎を拭いて、そのあと部屋干しで生乾きにしたらきっとこんな匂いになる、というほどの悪臭だ。それでも、ここでの夜は寒すぎて毛布なしにはやっていけない。異臭に包まれながら夜を明かし、夏樹は完全に絶望していた。


ここから出れるのであれば、何だって罪を認めてしまうだろう。

なんて恐ろしい拷問だ。

こんな非人道的な手段がまかり通るなんて、この国の良識を疑う。


「なんでも素直に話します、話しますから話を聞いてください」

「煩い!まだ待てと言っているだろう!」

「なら、せめてこの毛布を交換してください、ほら、ほらこれ!」

「やめろ!その凶器をこちらに近づけるな!」


夏樹が牢の隅から毛布を抱えて走り寄ると、焦った顔で兵士が鉄格子の傍から飛びのいた。

逃げるなこの野郎!ご飯なんかなくてもいいから毛布を変えろ!囚人を殺す気か!

丸めた毛布を握りしめ、夏樹が兵士に向かって毛布を大きく振りかぶった瞬間、地下牢に野太い別の兵の声が響く。


「おい、娘。隊長がお呼びだ、出ろ」


―――チッ、命拾いしたか。

しぶしぶ毛布を足元に落とした夏樹に、飯担当の兵があからさまに安堵の表情を浮かべた。




*******




「おい女、素直に話す気になったか」


数名の兵に連行された先の部屋には、憎きゴロツキもどき――――もとい、ガロンが横柄な態度で椅子に座って待っていた。部屋の中には机が一つ。それを挟んで椅子が二つ。まさに、『取調室』といった雰囲気だ。


ガロンの向かいに腰かけ、夏樹はしゃんと背筋を伸ばした。

素直に話すどころか、こちら話したいことしかない。

むしろそちらに『全部聞く気になったか』と問いたいぐらいだ。


「任せてください、何でも話しますとも」

「そうか。……ところでお前、やたらと臭ぇな」

「そうですね。毛布が殺人的に臭かったもので」


怒りに声を荒げそうになるのを寸前でこらえる。辛抱、ここは辛抱だ。

話を聞いてもらうためにも、下手に叫んではならない。

ただ、怒りで両手がふるふると震えるのは許してもらいたい。

ガロンに不愉快そうに眉を顰められ、夏樹の乙女としてのプライドはずたずただ。


「毛布…………、ああ、あの部屋か」


少し何かを考えるような顔をした後、ふと納得がいったようにガロンは顔をあげた。


「普段はあの部屋に囚人を入れねぇからな、毛布を交換してなかったんだろうよ」

「いつもは何に使っているんですか?」

「隊で飼っている犬の住処だ」


由緒正しきダリア砦の地下牢を何に使ってんだアンタら。犬に謝れ。


「……私はてっきり、新手の拷問かと思っていました」

「村娘の皮をかぶった女狐には、それくらいで十分だろう」


ハッ、とガロンが胸元の黒いリボンに触れながら鼻で笑う。

――― 隊長まで首からリボン下げていらっしゃる。もちろん破壊的なほど似合っていない。ダリア砦の人間は過酷な環境でセンスが狂っているのだろうか。


「あのですね、まずその女狐というところから誤解なんです」

「てめぇ、イザーク盗賊団の一味じゃねえと主張するのか」

「私はただの村の娘です!そもそも、ガロンさ、―――― ガロン様、は、潜入捜査をされていたんですよね。私が一味ではないことぐらい、ご存知なのではないですか」

「すべての人間を把握してたわけじゃねえ。それに、あの村の事は多少知ってるが、若い娘はいなかったはずだ。…………てめぇ、何者だ」


ずい、と凄まれて思わず怯んだ。この人、眼力が半端ないよ!

しかし先日のゴロツキ騒動の時ならともかく、正体が騎士だと分っていれば何とか耐えられないこともない。夏樹は唾を飲み込み、心の中で気合を入れた。


ここからが正念場だ。

やっと出会えた、王国側の人間。

何が何でも、味方につけなくてはならない。


「あのですね、まず先に言っておきますが、今から告げることは全て真実です」

「前置きはいい。さっさと話せ」

「……私は、あの村の人間ではありません」

「ほう、やっと認めやがったか」

「でもイザーク盗賊団の仲間でもありません!私は……王国の治療師、です!」


噂の聖女様だ、とは今までの経験上言いづらく、とりあえず治療師だと言った。

ガロンは信じているのか信じていないのか、怪訝そうな顔で「……なら、証は?」と聞いてくる。


「証は、その、ええと、…………紛失しまして」

「なら能力で示してみろ。治療師なら、傷くらい治せるんだろ」

「いや、その…………ちょっと、それも、無理かなあと」

「あぁ?」


はははと誤魔化すように笑うと、殺人的視線で睨まれた。

怖すぎる。しかし、どんなに睨まれても出来ないものは出来ない。

防衛線の要をトンデモ治癒魔法で壊滅させたとなっては、流石に国民の皆様に顔向けできたものではない。


「わ、私の能力がとても特殊なものでして!証なしには、発動できないんです」

「そんな力、聞いたことねぇな。証もねえ、力も使えねえとなれば、その話を信じろっていう方がどうかしてるぜ嬢ちゃんよ」

(いや、まあ、そうなんですけれども!)


痛いところを突かれて、グッと呻く。


「でも、確かに治療師なんです!王都で聖騎士団専属の治療師をしていました」

「聖騎士団、専属?」


ピクリと、ガロンが反応する。

今まで不機嫌そうに歪められていた顔を、すっと真顔に戻してジッと夏樹を見つめてきた。

な、なんだろう。聖騎士団専属って、そんなに妙なことなのだろうか。


「お前、名前をエトって言ったな。ありゃあ、本名か?」


いや本名は夏樹です。


その名前はどこぞのグレイさんに初対面で名字を名前と間違われたせいで定着した別名でして、と訂正したいところだがそういう場面ではないだろう。夏樹は必死で頷いた。


「そうです!エトと言います!」

「……悪いが、エトという名の聖騎士団専属治療師といやぁ、俺は聖女様しか思いつかねえ。お前、自分が聖女様だって言ってんのか」


凪いだ様に冷静な顔をして話を聞くガロンに、一筋の光明を見て夏樹はガクガクと頷く。


「そう、そうです!そのエトです、諸事情で城からここまで飛ばされてしまいまして、とても困っていたところでして」

「そうか、そうかよ、……こいつぁたまげた!」


ははは、と和やかにガロンが笑う。

そして、――――彼は勢いよく、ダァン!!と拳を机に叩きつけた。

その顔は地獄の鬼すらも裸足で逃げだすほど殺気立っている。


「ひぇえええ!?」

「貴様ァ……、よりによって、この砦で、しかも故人の名を語るたァ、つくづく死にてぇらしいなァ!!」

「…………えっ?」


何か今、聞き捨てのならない単語を聞いた。


「知ってて言ってんのか、知らずに言ってんのか知らねえが、聖女様なら、聖女様ならなぁ……」


ガロンがギッと夏樹を睨みつけて声を絞り出すように叫ぶ。

握りしめられた拳からは今にも血がにじみ出そうな勢いだ。苦しそうに歪む瞳に、きらりと光るもの。

あ、あれ、もしかしてガロンさん泣いてます?あれ?


「ひと月前に、聖騎士たちを庇って、お亡くなりになられたんだ。どれだけ、俺たちが間違いであってくれと願ったことか。だが、王家からの公式発表に、間違いはねぇ。もう、この世界のどこにもあの方はいねえんだ!」


ならここにいる私は一体何なんだ。


「え、えぇええええ!?」

「故人を語るくれぇならまずは正しい情報を仕入れとけ、馬鹿がっ!」


目に滲む涙を乱暴に腕でこすりながら、ガロンさんは片手でしかと首の黒いリボンを握りしめた。


あれ、もしかして、考えたくないですがそれ喪中の印ですか。

私の喪中なんですか。

しかも私の記憶が正しければ、砦中の兵士の胸元でそれを見かけている。


どうやら砦総出で私の冥福を祈っていてくれたらしい。

こんなに感謝の気持ちが湧かない祈りも初めてだ。


「え、ちょ、ちょっと待ってください、その話詳しくお願いします!」

「いいだろう、貴様、耳の穴かっぽじって、よぉく聞きやがれ」


そして、ズビッと鼻をすすりながら涙声でガロン隊長が語ったことは、まさかの恐るべき事実だった。





『地下の住処を追い出されたダリア砦のアイドル犬、チャロは、今はガロン隊長の執務室で仮住まいして兵士たちを和ませている』という至極どうでもいい裏設定をここで披露致します。残念ながらこの情報、全く本編に関係ありません。


ダリア砦にて明かされた、驚愕の事実。

次回、『聖女様、死す』。

その結末に、きっと涙が止まらない―――(大嘘)

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