=現在の章= 聖女様と女狐物語
お待たせしました、本筋です!
夏樹視点。
治癒魔力の副作用を悪用して敵をぶちのめした夏樹の、一大勝負のその顛末。
勝負はほんの一瞬のこと。
身を包む激しい閃光が消え去った時、――――その場に立っていたのは、夏樹一人だった。
「…………」
ぽかんと、一人立ち尽くす。
見渡す限り、倒れ伏した人々の姿。
自分がやったことだと理解はしているが、頭が追い付いていかない。
先ほどまで夏樹の腕をひねりあげていた男が、足元で泡を吹いて気絶している。
他のゴロツキたちも、剣を抜きかけたまま、まるでこちらに駆け寄ってこようとしていたような姿で村のあちこちに倒れていた。全員が一様に白目をむいている。
ほとんどの人間がピクリとも動かず、一部は涎をたらして痙攣している者もいたが、夏樹が見ている間にバタリと力尽きたように動かなくなった。
「し、………」
死んだ。
え、いやいや嘘だ、死んだとかやめてくれ。
私もしかして、とんでもないことをしてしまったのでは。
「ちょ、ちょっと待ってください、まだ犯罪者にはなりたくない!」
やっつけたいとは願ったが、殺す気は無かった。
過剰防衛という単語が脳裏をよぎる。
何とか正当防衛の範囲で収まらないだろうか。
――― いや無理か。全滅だしな。
盗賊団、全滅させちゃったしな。
恐る恐る夏樹は足元のゴロツキの首に触れる。
もしこれで脈が無かったら、食料だけ持ち出して村から走って逃げる所存だ。
「あ。良かった、脈、ある」
幸いにも脈はしっかりしているようだ。
というか、むしろ非常にバクバクと拍動を感じる。
これは、この人の心臓もつのだろうかと少し心配になる勢いだ。
いや別にこの腐れ外道がどうなったところで構わないのだが。
「う、うぅ…………」
「ぎゃぁああ起きた!!!」
触っていたゴロツキが呻いたのに驚いて、思わず夏樹は拳を叩きこんだ。
運悪くこめかみに直撃したそれに、ゴロツキは再び地に沈む。今度こそピクリともしなくなった。
―――おかしい、私、現代を生きる女子高生だったはずなのに。
娘がこんな戦闘力を身につけたと知ったら、両親にまた『嫁の貰い手が』と泣かれてしまう。
それもこれも、年中騎士団の荒事を傍で見ていたからだと信じたい。
いつの間にか、か弱い女の子だと自称できなくなりつつある。
「まあいいや、縛ろう。なにか、何か縄か何かで、うん」
夏樹は目をそらしたい現実から積極的に目をそらすことにした。
嫌なことは考えないのが一番だ。
きょろきょろと見渡すと、ゴロツキたちが一部の村人を縛っていたロープが落ちているのが見えたので、拾って、手当たり次第に視界に入るゴロツキを縛っていく。
途中、巻き添えを食らって気絶している村人たちの様子も確認したが、幸いなことに見渡す限りでは全員無事だ。
心臓がショックで止まったご老人などが居なくて、本当に良かった。
広場から離れた場所も覗いてみたが、村人たちの家の中でことごとく盗賊たちは気絶していた。
「ぜ、全滅させちゃった………」
薄々分っていたが、つきつけられた現実に途方に暮れる。
いよいよ本当に、この村で意識があるのは夏樹一人だ。
先ほどまでの喧噪が嘘のように、村の中はシーンと静まり返っている。
(前は、範囲が半径10メートル位だったのにな)
村の半径はざっと100メートルはある。
少し範囲も広がっているだろうと期待して能力を発揮したのだが、まさかここまでとは思わなかった。
自分が人間兵器になってしまったようで、ちょっと悲しい。グレイさんには黙っていようと思う。
やるせなさに凹みつつ、ひたすら盗賊たちを縛って村の中央まで転がすという単純作業を繰り返す。
ゴロツキの最後の一人を大玉転がしの要領で転がして村の中心に集めると、夏樹はふうと一息ついた。
「ま、まあこれで、とりあえず、危機は脱したかな」
一部、大量の鼻血をふいている奴もいるが、ほぼ無血での事件解決だ。
完璧と言っていい。作戦成功、おめでとう自分!
もし一人でも気絶させきれていなかったらと思うと恐ろしい。
その場合は、理性を失った性欲オバケたちと村中楽しい追いかけっこをする羽目になるところだった。
訪れなかった未来に、今更ながら背筋を冷汗が流れる。安堵と恐怖で涙が出そうだ。
「くっ、……ああ、あれ、私は一体……」
「おじさん!」
その時、倒れた村人たちの中にも動く人影。
安らかに気絶しているケイン君の隣で体を起こしたのは、彼の父親だった。
夏樹は慌てて、駆け寄って抱き起こす。
「大丈夫ですか!?」
「ああ、エトちゃん……これは、どういう、」
「大丈夫です、もう危機は去りました。皆、やっつけましたから」
「まさか、君が、かい……?」
「はい!」
弱々しい笑みと共に「すごいな」と言ってくれるおじさんに、思わず涙腺が緩む。
この人たちを助けることが出来て、本当に良かった。
達成感と喜びに、夏樹も思わず頬が緩む。
「エトちゃんはこの村の、救世主だね」
「いやあそれほどでもないですよ」
「……実は、そんなエトちゃんにもう一人紹介したい息子がね」
「チェストォオオオオ!!!!」
おもむろにズボンに手をかけたおじさんの首筋に条件反射の手刀をはなった。
ゴロツキ同様再び地に沈んだ彼を見下ろし、恐怖にガタガタと膝が震える。
――― ズボン脱ごうとした!!今この人、ズボン脱ぐ気満々でしたよ!
馬鹿やろう今凄い感動的な場面だったじゃないか!
おじさんの息子はケイン君一人だ。股間にいらっしゃるもう一人とは生涯お会いしたくない。
(まさか、つまり、これは)
やっと理解した事実に、足がすくむ。
考えてみれば当然の事だった。
今まで村人VS盗賊だった勢力図が、夏樹VS残り全員になったのだ。
――― 今この村の中は、見渡す限り、敵だ。
「うう……」「グッ……」と村人たちからの呻き声が聞こえる。
ゆっくり起き上がろうとする彼らの姿は、現代で観たゾンビ映画のワンシーンにしか見えない。
「ひぃいいいい!」
怖い。
もう駄目だ怖すぎる。全身の鳥肌が大変なことになっている。
―――― もう、こうなったら、やれることは一つだ。
夏樹は恐怖にガタガタと震えながら、手に持った縄を強く握りしめた。
*********
「ううう、ごめんなさいごめんなさい……」
意識が朦朧としているらしい青年を背後から縛り上げながら、夏樹は涙ながらに謝罪した。
彼で、最後だ。
今や、村中のありとあらゆる人間が夏樹によって縛られ芋虫のように転がされている。
――― もはや誰が侵略者だか分ったものではない。
せめて犬のブルーメが目を覚ませば気分もマシだが、生憎ブルーメは未だに目を回したままだ。
今はそっと村の片隅に寝かせてある。
「勢いで全員縛っちゃったけど、ここからどうしよう」
悲しいことに手慣れてきた縄の結び目を作りつつ、夏樹は途方に暮れる。
リミッターなしで放った魔力の効果は絶大だったらしく、これだけ時間がたっても誰も正気に戻らない。
たまに意識を取り戻してはうわ言を言ったり、ひたすら夏樹をじっと見てハアハアしていたりするだけだ。
まさかこんな惨劇になるとは。
まったく誰のせいだ!
「……うぐくううう」
「わああ暴れないで、暴れないでください!」
ずっとぼんやりしていた青年が突然暴れ出し、夏樹は全体重をかけて押さえ込んだ。
しかし、どんなに強大な力を持っていようが夏樹は若干19歳の小娘。
男の力に正攻法では適うわけがない。泣く泣く腹を決める。
「すみません失礼します!あとで土下座して謝りますから!」
「ぐぁ、くっ!!」
「すみませんすみません!!」
後ろ側から蹴り飛ばさせていただいた。ナニを。
絶体絶命の時でも絶対にやるなと青い顔で騎士団の皆様に言いつけられていた荒業だ。
効果は絶大で、青年は泡を吹いて気絶する。申し訳ない、本当に申し訳ない!
あああ、ついにやってしまった。これはグレイさんに怒られる。
グレイの「お前というやつは……!」という定番の説教を思い出しながら憂鬱な気分になっていると、突然背後から怒声が聞こえた。
「おい、そこのお前、一体何してやがる!」
「ひゃぁああ!!」
瀕死の青年を縛り上げていた格好のまま、夏樹は驚愕に飛び上がった。
慌てて振り返ると、そこに見えたものに絶望する。
大きな馬に乗った筋肉質の男が、馬上から夏樹を見下ろしているではないか!
(い、生き残り!?)
なんてこった、一人生き延びていたのか。
全員とどめは刺したつもりだった。
筋肉質の男の目は酷く冷酷だ。
無精ひげにぼさぼさの髪をしたその男の目は、逆らえば殺すと、そう告げているようだった。
「こいつらがアジトに戻って来やがらねえから迎えに来てやったら、てめえ……ここで一体何があった」
ギロリと鋭い瞳で睨みつけられて恐怖に委縮する。
これは不味い。こいつは生き残りではない。援軍だ。
まだ仲間がいたなんて聞いてない!仲良く全員で襲いに来てくれ!
「え、ええと」
停止しそうな思考を必死に動かし、考える。
もう一撃食らわせて馬上の彼も叩きのめすのも手だが、現状では非常に困難だ。
夏樹が力を使うには、素肌に触れなくてはならない。
したがって、まずは最低でもこの男を馬から引きずり下ろす必要がある。
しかし、相手は夏樹を殺すのに馬を降りる必要はない。
馬の上からその背につり下げている剣を抜けばそれで終わりだ。
完全に、分が悪い。
「何故イザークたちが叩きのめされていやがる。答えろ、女ァ!」
一触即発、下手に答えれば殺される。
ごくりと唾を飲み込み、夏樹は覚悟を決めた。
こうなれば自棄だ。なるようになれ!
夏樹はグッと腹に力を籠めると、自分が出せる最も低い声を出す。
「こ、こいつらがイザークの兄貴を縛り上げやがったんでさぁ!だから、村人の奴らをオイラがとっちめたところでして、」
へっへっへ、と思いつく限りの最高の悪人顔をして夏樹は笑う。
(私は女優。私は今、女優になる……!)
だが、ここまできたら、もうどうにでもなれ。生存確率が少しでも高い道を貪欲に突き進むのみだ。
もう何でもいい、一瞬でも油断を誘えば、そして馬から男を下ろすことが出来れば、それでいい。
「実は私もここの村人で、イザークさんは私がやりました、てへ」なんて言ったら即死だ。
どんなに無茶苦茶な大ぼらも、自信満々に言えば相手は困惑するはず。
その隙を見て、もう一撃食らわせる。
完璧な作戦だ!
――というか、これしか生き残る道が思いつかない。
「てめえが、やったってぇのか」
「そうですぜ、とっちめてやりました!このっ、この村人風情が!」
「ぐ、うぐぐぐぐ……」
少しでも信ぴょう性を深めようと、夏樹は足元の青年をオラオラと踏みつける。
まさに踏んだり蹴ったり。鬼の所業だ。
ひぃいいごめんなさい後で本当に土下座します許してください!!
「てめえ、何者だ?」
「イザークの兄貴に惚れこんでこの度舎弟の一人になりました、エトと申しやす、へえ」
「その話、この剣に向かっても言えんのかオラァ!」
男は瞳を苛烈な怒りに染め、スラリと背の大剣を抜き放った。
大剣はところどころ刃こぼれを起こしており、うっすらと血のような染みが付いていた。
男の服も泥に汚れ、擦り切れている。
同じ大男でも、騎士団の人たちはもっと剣の手入れもしていたし服装だってきちんとしていた。
武人としてのプライドも高潔さも全く感じない姿に嫌悪感が沸き上がる。
しかし、それでも恐怖は拭えなかった。迫力が、今までのやつとは段違いに違う。
怖いよ、怖いよグレイさん助けてください、こいつ絶対もう既に何人か殺してます!!
「な、何度だって言えまさぁ!オイラ、イザークさんの、アンタたちの仲間だ!」
「へぇ、そうかよ」
震えそうな声を必死で押さえ、夏樹は胸を張った。
さあ、もっと興味を持て!そして馬から降りてくれ!
男が残忍な顔でニヤリと笑い、大剣を鞘に戻した。
「その言葉、信じてやらぁ。その目、嘘をついている奴の目じゃねぇ」
嘘をついている奴の目です。
ニヤリと笑う彼に、夏樹も焦りつつニヤリと悪人らしい笑みで返した。
内心で唖然としているのは秘密だ。
まさか上手くいくとは思わなかった懐柔作戦、どうやら上手くいったらしい。
私、すごい!
治療師をクビになったら女優として生きて行こう。
「そうか、それなら、……聞いたなてめえら、確保だ!」
「そう、確保だ!………ん?」
ん!?
男が声を張り上げると、村中の家の陰という陰から、突然わあっと大量の人間が押し寄せてきた。
銀色の甲冑に、赤い額当て。見慣れたその姿。
――――見まごうことない、この国の一般兵士の格好だ。
「隊長!これを!」
「ああ、すまねぇ」
兵士の一人が飛び出して来て、恭しく馬上の男に大きな剣を捧げる。
男は今まで担いでいた大剣をあっさり外して放り投げると、受け取った剣を改めて背負った。
先ほどの剣とは明らかに違う、手入れされた美しい装丁。――――騎士の剣。
「ま、待て待て待って、ちょ、待ってくださいよ!」
「イザーク盗賊団、全員一人残らず、連れて行け!この女もグルだ!」
「違います、違うんですもう一度全部ちゃんと最初から話しますから話を聞いてください」
「普通の村人みてえな服装しやがって、とんだ女狐だな!」
普通の村人だよ!
「違いますって、違うんですってば!私は被害者です!」
「ならなんで村人ふんじばって蹴り飛ばしていやがった、説明してみろ!」
「正当防衛です、私は悪くありません!私はか弱い村娘です!」
「馬鹿言え!俺は見てたんだ!か弱い村娘が男をふんじばってタマぁ蹴り飛ばすワケねぇだろうが!この鬼女!男の敵!」
「そんな理不尽な」
やけに感情がこもった怒声を浴びせられた。彼も過去に同じ目にあったことがあるのかもしれない。
だけど、だからって八つ当たりはよくない。私は無実の村人だ。
というか、そもそもそっちが最初から王国側だって名乗っていたら正直に事情話しましたよ!
「話は後ほど、牢で聞いてやる。……連れて行け!」
「待ってください、私、実はお城側の人間で……」
「来い女狐!」
「うるさいぞ女狐!」
「詐欺だ!!」
――――そして私は、抵抗空しく兵士の皆様にイザーク盗賊団の女狐として連行されることになった。
夏樹「才能の使いどころを間違えた」
ドナドナされた夏樹の運命は如何に!
次回、『夏樹、城の現状を知る』の巻。




