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●過去の章● 秘密の青いペンダント 後編

グレイ視点、回想編。

青いペンダント前後編の後編です。

―――「聖女にしてあげる」とキーラは言った。


キーラのその言葉の意味を図りかね、俺は首をひねる。

エトにもどうやら通じなかったらしく、彼女も彼女で困惑したように「あ、ええと、聖女?」と口にした。


「そう、聖女だよ聖女。エトは、この国で有名な聖女イヴは分かる?」

「申し訳ないんですが、正直さっぱり……」

「うんまあ、そうだと思った」


しかめ面をした彼女に、うんうんとキーラが頷く。


「グレイ、お前は知ってるよね?」

「まあ有名ですから……」

「じゃ、エトにざっくりと説明よろしくー」

「俺がですか。その、キーラ殿がやればいいのでは……」

「えーやだよ、面倒じゃん!」


悪気など欠片もありませんという晴れやかな笑顔で、キーラは俺の言葉を一蹴した。

そもそも、彼女はこういう女性だ。

ここで文句を言っても時間の無駄なので、ため息をつきつつ諦めてエトと向き合う。


「あのな、聖女イヴというのは、この国では誰でも知っているおとぎ話の中に出てくる登場人物だ。慈愛に満ちた美しい少女で、手を触れるだけでどんな怪我人でも一瞬で治したという」

「なんですかその天使っぷり」

「そして、その彼女の容姿は黒髪黒目だとされている」

「黒髪、黒目……」


俺の言葉を聞くと、エトは視線を下げて自分の髪をしげしげと見た。

その表情は、どこか複雑そうだ。


「黒髪黒目。――お前と同じ見た目だ」

「今、やっとお城のご老人にやたらと握手を求められていた理由がわかりました」

「ご利益があると思われたんじゃないかなー」

「撫で地蔵と同じ扱いだったのか」


憮然とするエトに、はははとキーラが笑う。


「それで、聖女イヴの話は分かりましたけど、それがその青い石と何の関係があるんですか?」

「そうそう、よくぞ聞いてくれたね!これは魔術団長である私が、この数か月仕事をボイコットし続けて作った傑作だよ」

「あんた何してるんですか!」


さりげなく出てきた問題発言にギョッとした。

最近過労で寝込む魔術師が多いと思ったら原因はここか!仕事しろ!



「まあそう怒んないでよグレイ。これは、非常に偉大な発明なんだ」

「……一見、普通の綺麗なペンダントですよね?」

「でしょう?だけどね、これは君が身に着けた時効果を発揮するんだ、よっ!」


そういうと、キーラはエトにあっという間に片手でペンダントをかけた。


「わわ!」

「なっ!?」


止める間もなかった早業に慌てた。

しまった、完全に油断していた。

護衛対象にこうも易々と近づかれては騎士の名折れだ。


キーラがエトに害を与えるとは思えないが、絶対にそうではないとは言えない。


「エト、大丈夫か!」


思わず焦って彼女に詰め寄る。

しかし、当人はいたって平然とした顔で首をかしげている。


「……あの、何か変わりましたか、私」

「うん、変わった変わった。大違い!!」


キーラは再びうんうんと頷くと、けらけらと快活に笑った。


「これはね、エトの魔力を妨害する物だよ。君の、怪物みたいな魔力をね」

「妨害されるとどうなるんですか?」


エトはキーラの言葉を捉えかね、不思議そうに胸元にかかったそれをつついている。

小振りで楕円の形をした石が、太陽の光を浴びてキラキラと輝く。


「エト、君は君が最初にその力を使った時のことを覚えている?」

「もちろんです。あんなの、そうそう忘れられませんよ、本当に怖かったんですから!ねえ?」

「え、あー…………、そうだったか?」

「なっ!グレイさんは外野視点ですからあの怖さが分らないんです!か弱い女の子の立場で考えてください、トラウマですよトラウマ」

「そうは言われても、だな」


俺が答えかねて首を傾げると、エトが憤慨して食い下がる。

エトは何度も当時の記憶を『怖かった』と評するが、残念ながら俺には共感する事は出来ない。むしろ、瞬きをするような一瞬に起こったことを、よくもまあそこまで鮮明に覚えているものだと思う。


「まあ、グレイには聞いても意味ないよ、グレイにはエトの能力が『効かない』んだもの、ねえ?」


キーラはこちらを見て、意味深にニヤリと笑った。


しかし俺にはその笑顔の意味が理解できない。

俺に彼女の魔力が効果が無いというのは、実際にその場にいたキーラが一番よく知っているだろうに。


「ざっくり言うとね、君の魔力は桁外れすぎるんだ。治癒魔力の方だけなら問題ないけど、副作用の催淫効果も桁外れに強い。正直なところ、人間の治療をするなら魔力なんてもっと少なくていいんだよ」

「それはつまり、このペンダントで魔力を抑えれば……」

「そう、あの力を普通に『治療』として使えるようになるよー」

「……ほ、本当ですか!!」


キーラの言葉に、エトが満面の笑みで飛び上がった。


「まあ、ここで長々説明するより、やってみた方が早いか。……おおい、そこの通りすがりの青年、ちょっとこっち来て」

「キ、キーラ様!?今まで、どこにいらっしゃったのですか!我々、キーラ様ご不在の間、不眠不休で職務に当たり、仲間のうちには幻覚を見るものも!」

「ああうん、わかったわかったから。そういうのは後で聞くから。そこに立っててね、そうそう、そんな感じ」


キーラに呼ばれて駆け寄ってきた青年は、よく見れば魔術団員の一人だった。

目の隈は酷く、死体が服を着て歩いているような酷い顔をしている。

 しかし、当のキーラは全く気にしたような様子が無い。


壮絶な顔の部下を前にしても罪悪感の欠片もない笑顔を浮かべる彼女に、心底俺の上司が彼女でなくて良かったと思う。

俺が部下だったら、とっくにこんな上司、斬っている。


「私とグレイじゃ、ペンダントの効果が分からないでしょ?ペンダントが上手く作用すれば、エトが能力を使っても彼は理性的な好青年のまま。うん、非常にわかりやすい」

「あの、一応お聞きしますが、もしもこのペンダントが失敗作だったら……」

「まあそのときは、ね」


キーラが楽しそうに笑う。


「全力で、走って逃げるんだよエト」

「ひぃいいい嫌です、やっぱり実験なんかしたくないです!止めましょう!中止です中止!あの、せめて、せめてもう少し心の準備をしてから改めてですね、大安吉日を見計らってですね」

「あ、もう遅いや、実はもう切ってあるんだ。じゃじゃーん」

「うわああああキーラさん、腕!腕!」


中止してもらおうと慌てるエトだったが、そのくらいでキーラが止まるわけがない。

何気ない動作でキーラが服の袖を捲ると、なんとその左腕はざっくり切れ、だくだくと血を流している状態だった。


――どうりで左手をずっと背中に隠していると思ったら!


おい、誇らしげな顔をするんじゃない。

白目をむいているエトと通りすがりの青年に今すぐ謝れ。


「ということで、治してよエト」

「もう、どうなっても私知りませんからね!……グレイさん!」

「あ、ああ、なんだ?」


既に半泣きの彼女が、突然キッと俺を睨む。


「もし何かあったら、よろしくお願いします」

「ああ、わ、分った」


迫力に押されて、思わず頷く。

何をどう宜しくすればいいのかいまいちよく分かっていないが、まあなるようになるだろう。


「では……、行きます!」

「あー、ちょっと待った」

「え?」


腕まくりをして右手を振り上げた彼女に、突然ストップがかかる。

キョトンとするエトをしり目に、キーラは俺の方を向いて首を傾げた。


「グレイ、お前そこに立っていて大丈夫?」

「すみません、どういう意味か、分かりかねるのですが」

「ん、ああやっぱりいいや、グレイが……になっても、それはそれで。うん、やっぱり何でもない」


そう言って、キーラは胡散臭い笑顔を浮かべる。

待て、今ぼそっと「グレイが廃人になっても」とか聞こえたのだが気のせいだろうか。


「改めまして。……せーの!」


エトが勇ましい掛け声の割にはそっとキーラの傷に触れ、目を閉じた。


彼女の身体がキーラに触れた場所から、ポウッと柔らかい青い光が零れ出す。

これは前回は見れなかった光景だ。

青い光に包まれるエトはどこか神秘的で、光に照らされる横顔が素直に綺麗だと思った。


(……こうしていると確かに『聖女様』だな)


いつも生意気ばかり言う彼女が、急に遠い人間になったようだった。

光に包まれたキーラの腕が見る見るうちに元の綺麗な肌を取り戻していくのが見える。


無詠唱でここまでの速度で傷を治す人間は、城の治療師の中にもまず居ない。

彼女だけにもたらされたこの才能が、この国で今後一体何を招くことになるのかと思うと少し恐ろしかった。


監視役の俺が願うのも変な話だが、彼女は自由に羽ばたいているのが一番良く似合う。

だからどうか、彼女の未来がそうあってほしいと……、あ、光の玉が俺にも触れ、



「…………は、っ!?」


正常な思考はそこまでだった。


頭をガツンと殴られた衝撃。体中の皮膚という皮膚から何かが染み込んでいくような、世界の全てに浸食されているような感覚で全身に鳥肌が立つ。

心臓が馬鹿みたいにどくどくと音を立て血を送っているのが分かる。

しかしそれでも酸素が足りない。呼吸が出来ない。

どうしてここはこんなに空気が薄いのか。


はっ、はっ、と引き攣れたような呼吸をしている自分を、どこか他人事のように感じていた。

体内に虫がいて、一気にうごめいているような気持ち悪さ。


居ても立っても居られないのに、金縛りにあったように体中がピクリとも動かない。

今がいつで、ここがどこで、俺はなぜここに居るのか、靄がかかったように思い出せない。

思い出せないことに焦ったことすら、次の瞬間には意識の隅に追いやられた。


青い光に触れては駄目だ、正気が保てない、逃げなくては、でもどこに。


いや、……そもそも正気など保つ必要があるのだろうか?

脳を、心を、理性を嘲笑い冒涜するような暴力的なこの淡い光がもっとほしい。

ほしい、もっと、もっとほしい。


――― もっと、どうか、


「……さん?……グレイさん、どうしたんですか?」

「…………っ」


エトの声が聞こえて、ハッと我に返った。

今まで霞んでいた周囲の風景が、途端に鮮明に飛び込んでくる。

一気に空気が体に入ってきて、頭がガンガンと痛む。


「ああ、すまない……少し、ぼうっとしていたようで……」


混乱する頭で、どうにか現状の把握を試みる。

何かを企むような微笑みを浮かべたキーラと、その隣でぼんやりしている青年、そして心配そうな顔で俺を覗き込んでいる、エト。

ああ、そうか、中庭でエトがキーラの治療をしたところか……。


いまだに全身の肌がざわざわする。

今のは、一体、なんだったのだろう。

両手が恐ろしいほどに汗ばんでいるのを、今更自覚した。


「グレイさん、あの大丈夫ですか?」


エトがそっと、俺の肩に手を置いた。

その途端、


「!?」


走った衝撃に思わずビクッと肩を揺らした後、慌ててエトから飛びのいた。な、なんだ今の!?

エトが唖然とした顔をしているが、俺だって似たような顔をしているだろう。

待て待て待て、なんで、なんで今ゾクゾクした!?快楽を感じる要素がどこにある!


だが、今感じたのは明らかに「快楽」だ。その証拠に、僅か一瞬で俺の下半身が反応している。しかも生半可な状態ではない。自分のに、いっそお前は誰だと問いたい。お前、今までそのポテンシャルどこに隠していた!


飛びのいたままの腰が引けた姿勢から、全く起き上がれない状況だ。

喘がなかったのが奇跡だ。


「…………だ、大丈夫ですか?」


エトが、訳が分からないという顔で俺に手を伸ばしてくる。

やめろ、やめてくれ、俺に触るな。放っといてくれ!

声にならない俺の叫びも空しく、彼女の柔らかい小さな手が、冷汗にまみれた俺の額に触れた。


「〇☓※▽◇!!」


あああああ駄目だ、駄目だ無理。脳味噌が焼き切れるくらい気持ちがいい。

柔らかい。ああ、女の手ってこんなに柔らかいのか。

ひたりと触れた肌が発狂しそうなくらい心地いい。舐めてもいいだろうか。指の一本一本に至るまで、こころゆくまでしゃぶりたい。

全財産はたいてもいいから、その手で俺の全身を撫でまわしてもらえないだろうか。奴隷と呼んでくれて構わない。むしろこちらから願いたい。


「エ、……エト……」

「は、はい?」


喘ぎそうなのを必死で押し殺して『その手を舐めさせてください』と伝えるべく、俺は苦悶の表情で顔をあげた。


が、視界に入ってきたキーラの姿に思わず硬直する。

エトの死角で、愉悦に満ちた嗜虐的な笑みを我慢しきれていないキーラの姿。

爆笑をこらえるように、小刻みに震えている。


お前、…………確信犯かふざけるなこの鬼っ!悪魔っ!!


これが見たくて彼女はせっせとペンダントを作成したのだと直感した。

もう国の重鎮だろうが構うものか。殺す。百回くらい殺す。


「キーラ!!お前、この……!」


殴り掛かろうと上体を起こすと、途端に全身に走る激痛。

くそっ、駄目だ下半身が二進も三進もいかない。情けなさに、思わず泣きそうだ。


「ど、どうしたんですか!?グレイさん、顔色酷いことになってますよ、赤黒いですよ!?」


指摘しないでくれ、薄々気が付いている。


「グレイ、目上に呼び捨てはよくないね。キーラ、殿、だろう」


震える声でキーラがそんなことをのたまった。身分とか全く気にしていない奴が今更とってつけたように何を言うか。分っている、お前の声が震えているのは爆笑を堪えているからだとバレているんだからな!


幸いにもキーラへの怒りで、やっと頭が正気に戻る。

危なかった。あと一歩で、エトに奴隷にしてくれと懇願するところだった。

ただ、頭は正気に戻ったが、体は残念ながらもう少しかかりそうだ。


「グレイさん、あの……体調、悪いんですか?」


エトが首をかしげる。心配そうなその顔に、罪悪感がドッと俺の両肩にのしかかってきた。すまない、理性を飛ばして馬鹿なことを考えて本当に申し訳ない。お前の能力を侮っていたと、素直に認めよう。認めるから、頼むから放っといてくれないだろうか。


「いや、なんかね、たぶん朝の食事に食あたり起こしたんだろう。ねえ、グレイ?そうだよね」


男の矜持丸つぶれの危機に救いの手を差し伸べたのは、まさかのキーラだった。

肩が震えているのはもうこの際、許す。それだ!よく言った!


「あ、ああ実はそうなんだ、突然の腹痛がな、そう、腹痛が酷くて」


しどろもどろになりながら、前屈姿勢のまま後退する。


「え!それは大変ですね!……あの、もしよかったら私の力で治ったり」

「大丈夫だ、気にするな、俺に構うな」


やめてくれ、殺す気か。


「あー、グレイ。ごほん、…………かわやは、あっち」


楽しすぎて仕方が無いという顔をして、キーラが城内の廊下を指さす。

くそ、いつか絶対この報復はしてみせるからな!だが正直助かった!


そして俺はエトへの言い訳もそこそこに、脱兎のごとく厠に逃げ込んだ。




**********




「やあ、少しはショックから立ち直った?」

「……キーラ、殿」


短くはない時間ののち、中庭に戻った俺を出迎えたのはキーラ一人だった。

エトの姿がない。


「先ほどは、失礼しました。……エトは、どこに」

「彼女なら、グレイが体調戻るまで大人しくしてるって、自主的に部屋に籠っているよ」

「そう、ですか」


彼女に気を遣わせてしまったと、苦々しく思う。

しかし、それが今は有難かった。

正直、どんな顔をして彼女に会えばいいのか分からない。


「彼女、きっといい治療師になるよ」


突拍子もなく、キーラがそんなことを言う。

しかし、その言葉はすとんと違和感なく心の中に落ちてきた。ああ、やっぱりなと思う。


「聖女様にする、というのは、やはりそういう意味だったんですね」

「まあね。まあ勿論、この城一番の朴念仁が発狂する顔が見たかったというのもあるけど、あのペンダントは純粋に彼女への贈り物だよ」


薄汚れた白衣をはためかせながら、魔術団長は笑う。

「アレがあれば、彼女は治療師として生きていける」


「……しかし、あの副作用が消えない限り、とてもまともな治療師として働けるとは思いません」

「あのね、あんなに顕著に反応するのはお前くらいだよ。その証拠に、私の部下は多少ぼんやりするくらいで理性を失ってはいなかったでしょう?」

「そう、ですか。それなら、いいのではないですか。治療師として働けるなら、彼女も喜ぶでしょう」

「そうだね。それで、お前はどうする気なのグレイ」

「俺、ですか?」


キーラが、何もかもお見通しだとでも言うような瞳でこちらを見つめてくる。


「護衛。――― 辞めるつもりでしょう?」

「…………」


俺は何も言わなかった。

何も言わないのは、すなわち肯定だ。


「俺が、この任務を任されていたのは、俺が彼女の魔力が効かない人間だから、―――いや、効かない人間だと勘違いされていたからです。それが間違いであったとわかった今、俺は彼女の監視役にはなれません」

「陛下に、全部話す気なんだ」

「はい。それで、終わりです。俺は護衛の任から降ろされます」


出来る限り冷静に告げると、キーラは普段の眠そうな顔に戻っていた。

つまらなそうな顔は、彼女の標準の表情だ。

しかし今この時ばかりまるで責められているように思い、気まずさを感じる。


「そうすれば、新しい護衛が彼女につくだろうね」

「それが誰であれ、俺よりはマシです。少なくとも、魅了されたりはしない」

「あのペンダントの魔力妨害なんて、可愛いもんだよ。あの娘が本気で魔力を使ったら、あれくらい余裕で超えてくる。そうしたら、誰が護衛に付いたって同じことだよ」

「……それでも。俺では、駄目です。いつか、魔力に負けて彼女を襲ってしまう」

「ふうん。……まあ、お前がそれで納得するならそれでいいけど」


キーラは腕を組みながら、中庭の壁にもたれる。

そして至極どうでもよさそうな声音で、俺に告げた。


「で、お前は誰にエトを犯させるの」

「……は、い?」


一瞬、何を言われたのか分らず思考が停止する。

犯させる。誰が、誰に、…………誰、を?


「護衛を交代するんでしょう?」

「そ、それが今の発言と何の関係があるんですか!彼女をお、犯すとか、一体何を言って……」

「あの魔力は男を狂わせる。治療師として働く彼女の傍にいる限り、誰だっていつか理性が崩れて彼女を滅茶苦茶に犯す日が来るよ。たとえ、彼女が泣いて嫌がってもね」

「………」

「さっきので、お前も心底痛感したくせに」


呆然とする俺に、キーラは笑顔で言葉を吐いた。


「で、誰にエトを犯らせる気なの」


頭が真っ白になる。

そんな馬鹿げた選択、出来るわけがない。


「そんな、俺は………俺に、決定権はそもそも無いわけで」

「エトを一番知っているのはお前なんだから、お前が決めればいい。陛下には私から伝えておくよ」

「………」


言葉が出なかった。

そんなこと、考えたことも無かった。


「お前と仲がいいジークにする?それとも、若手のジェイミーにする?妻子持ちだけど、ヘンリも悪くないかもね。女に慣れている分、エトも痛くなくていいかもしれないし」

「お、男が皆そうなるとは限らないでしょう!」

「そうだね、お前みたいに『彼女を無理に犯すことは悪だ』と自分を律することが出来る男も、居るかもしれないね」

「そうだ、そういう人間に彼女を任せればいい!」

「そう。なら教えてよ、誰がその男?」


何気なく聞いてくるキーラに、言葉が返せない。

知っている人間の顔が脳裏を駆け巡り、あれも駄目、これも駄目だと消えて行った。

数か月しか共に居なくても、自分を鳥のヒナのように追いかけてくる彼女を俺はわりと好ましく思っている。そんな彼女を他の誰かに滅茶苦茶にされるなんて、考えただけで吐きそうだ。


「ねえ誰?教えてよグレイ」

「それ、は、その……、そうだ、彼女がそもそも治療師として働かなければ」

「無理だよ。あんな強大な魔力、飼い殺しにしておくにも限度がある。グレイだって、こんなちぐはぐな生活をずっと続けられるとは思ってなかったでしょう」


彼女の言葉はぐうの音も出ない正論だった。


異世界から来た、強大な魔力を持った不思議な少女。

言いくるめて敵意を削ぎ、客間の一つを与えて、毎日ひたすら監視下に置く。

そんなちぐはぐな生活、長続きするわけが無かった。


異世界に戻す方法が見つかるまでという話だったが、四カ月たった今も彼女を元の世界に戻す方法は見つかっていない。「役に立たないなら、やはり投獄してしまえ」という意見に城の上層部の総意がまとまるのは、きっと遠い未来の話では無い。


「か、彼女が治療師として働くことがしかたない事だとしても!……それなら護衛の件は一体どうすれば……」

「誰も思いつかないって?」

「…………」

「誰も思いつかないなら、お前にいい案がある」

「いい案、とは」

「簡単なことだよ。―――お前が、このまま黙って護衛すればいい」


言われたことを一瞬遅れて理解して、俺は唖然とキーラを見つめた。


彼女は俺に、陛下を裏切れと言うのか。

黙っているのは、陛下に対して嘘をついているのも同じだ。


「ふ、ふざけるな!俺はこの国の騎士だ、陛下に背くようなことはしない!」

「背いているってことは無いんじゃない。どうせ、グレイが真実を告げたところで、お前の他に適任はいないんだし。下手に言って護衛が交代になった時、彼女をズタボロに犯されつくしてから後悔しても知らないよ」

「し、しかし陛下が……」

「陛下ならたぶんもう気が付いてるよ」

「え……」


どういうことだと視線で問うと、キーラはニタリと笑った。


「随分前から、国王陛下はお前があの時気絶しただけだって気が付いていると思うよ。あの人、結構鋭いからさ。ただそれを大臣とか他の上層部が知ったら、誰も監視できないならエトを投獄して見張れって話になるから、黙っているだけ」

「それなら、つまり………」

「別に今日のことをグレイが言っても言わなくても、陛下の判断は変わらないってこと」

「…………」

「踏ん切りついた?」


俺は何も言えなかった。

心のどこかで、キーラの言葉を詭弁だと感じている。

だが、たとえそれが詭弁だとしても、全てが嘘なわけではない。要は、俺が自分の理性を守り通せばそれでいいのだ。そうすれば、少なくとも彼女自身の貞操は守ることが出来る。


あとは俺が『監視役』としては使い物にならなくなる可能性だが、そちらはそうなる危険性が改めて生じてからでも遅くないのではないだろうか。現状、彼女がこの国に害を成そうとする様子は全くない。どうせ、便宜上の監視だ。だったら、別に、このままでも。


「……キーラ、殿。一つ頼みがあります」

「ん、何かな」

「俺に、彼女の魔力が効いていることを、彼女には黙っていてもらえませんか」

「別にいいけど、なんで?」

「エトは、一番最初に魔力を使った時のことを怖がっています。俺に懐くのも、俺があの場で唯一彼女に襲い掛からなかった男だからです」

「……それだけじゃないと思うけどね。まあ、いいよ了解した。黙っててあげる」

「感謝、いたします」

「ははは、これからのお前の気苦労を思うと、多少の事なら協力してやろうって気になるよ」


満面の笑みになり、彼女は言った。


「いやはや、明日から毎日最高の娯楽が見られそうで、正直私は楽しくて仕方ない!頑張ってペンダント作ってよかったなあ!」


―――― やっぱり、お前そっちが本心か!!!



夏樹の人生が大きく動いた日であり、

グレイ=ランバートの胃痛が、加速度的に悪化することが決まった日。



次回、現在の章。

魔力を暴走させることで、活路を見出そうとした夏樹だったが――?

お楽しみに!

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