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●過去の章● 秘密の青いペンダント

グレイ視点。回想編。

青いペンダントに纏わるアレコレ。前後編です。


俺がエトという少女の専属護衛に任命されてから、4ヵ月という月日が流れた。


朝から晩まで、護衛という名の共同生活。

エトは相変わらず、毎日のように俺には理解できない言動をとる。

呆れさせられることも多いし、思わず怒りたくなることも多い。


しかし、そんな生活にも少しずつ慣れてきた。

最初は会話一つとっても喧嘩腰だった彼女と俺だが、今では普通に日常会話を交わすまでになっている。


しかし、それと同時に俺の胸の中は育っていく罪悪感があった。

彼女が俺を兄のように慕って笑うたび、チリリと胸が焼ける感覚。


彼女は本当に知らないのだろうか。

それとも、気が付かないふりをしているだけなのか。


彼女が『専属護衛』だと信じてやまない俺の本当の任務は、


――残念ながら『護衛』では無い。







****




(99、100、……あと50回)


ある日の昼下がり。

城の第二中庭で素振りをしながら、俺はちらりと横に視線を逸らす。

俺の視線の先で、エトは長椅子に腰かけてブラブラと足を振っている。


肩より長い黒髪をざっくりとリボンで横で括り、睫毛が長い目元は今は退屈そうに細められている。

多分暇なんだろうなとは分かるが、文句を言わないのは文句を言えば俺が鍛錬を切り上げてしまうことを知っているからだろうか。


そもそも『中庭に出てボーッとしたい』と言いだしたのも彼女からだった。おかげでこうして一緒に中庭に出ることが出来た俺は、『護衛のくせに護衛対象を放置して鍛錬に励むなんて!』などと非難されることもなく、エトの隣で堂々と鍛錬に励むことが出来る。


最初は「運がいい」くらいにしか思っていなかった。

それが偶然では無く彼女なりの意図的な俺に対する無言の気遣いだと気が付いた頃から、俺は彼女と過ごすこの珍妙な生活を、そんなに嫌だとは思えなくなった。


「……エト」

「はい?」

「あー……暇なら、戻るか?」

「暇じゃないので、戻らなくていいです。私はええと、あれです、鍛錬をしているグレイさんを見ることで今の生活に明らかに足りていない刺激を調達しているので。どうぞどうぞ」


直前まで間違いなく俺では無く空を眺めていた彼女が、慌てたように手を振る。

それで誤魔化せると思っていると思っているのだろうか。

しかしその気遣い自体は非常にありがたいので、俺はあえて指摘せずに黙々と鍛錬を続行することにした。


「……150」


ポツリとつぶやいて、剣を振る手を止める。

ふう、と息をついて顔をあげるとその時偶然エトがボソッと何かつぶやいたのが耳に入った。


「はあ……納得がいかない」

(……ん?)


あまりに唐突な発言だったので、一瞬理解が出来ずに俺は聞き返す。


「……すまん聞こえなかった。エト、なにか言ったか?」

「えっ、いやその」


彼女は少しだけ動揺したように視線を彷徨わせたが、結局話すことにしたのだろう。

空に視線を向けたまま、不服そうに頬を膨らませた。


「納得がいかないんです」

「だから何が」


鞘に納めた剣を近くの壁に立てかけ、首にかけていた布で汗をぬぐいながら彼女に近づいた。

エトはやはり何か不服そうに足をブラブラと揺らしている。


「……やっぱり、こうして鍛錬に付き合うのに飽きたのか」

「違います。それにこれはグレイさんが私のお散歩に付き合ってくれているのであって、グレイさんの鍛錬に私が付き合っているんじゃありません。だから気を使って鍛錬やめるとかそういう事はですね……!」

「分かった分かった。……なら一体どういう意味で言ったんだ」

「……」

「エト?」

「……私が納得いかないのは、今のこの、現状です!」

「うおっ!」


バアン!とエトが突然長椅子を叩き、俺は思わずビクッとした。

なんだなんだ、これが噂に聞く女のヒステリーというやつか。それとも反抗期か。

どちらにせよ、俺の手には余るので勘弁してほしい。


「ちょっと、相談に乗ってくれませんか」

「……別に、構わないが」


今だ渋面を崩さないエトが、すっと自分の座っていた位置をずらして場所を開ける。

……ここに座れと言う意味か。

内心、少し動揺しながら俺はエトの隣に腰を下ろした。


別に人払いをしているわけでも何でもないが、昼下がりのこの時間帯は第二中庭の近くを通りがかる人間は極めて少ない。よって、俺とエトはほとんど二人っきりのようなものだ。


まるで傍から見たら逢引きの風景みたいだなと思ったら、相手がここ数か月朝から晩まで一緒にいるエトだとしても身構えてしまうのは仕方が無いことだと思う。「あいつ、護衛役のくせに護衛対象と乳繰り合ってた」などと噂されたら、大変気まずい。それに、そんな噂を流されたら彼女自身も嬉しくはないだろう。


そう思って、俺は念のため少し隙間を開けて長椅子に座る。


「グレイさん」

「……なんだ」

「なんでそんなに遠いんですか?」

「気にするな。これが普通だ」

「えええ、でも……、あ、そうか、なるほどなるほど」


3人分くらい開けて長椅子の端に座った俺に、エトは一拍置いて納得したように頷いた。


「グレイさん、今絶望的に汗臭いんですね?お気遣いありがとうございます!」

この馬鹿を殴りたい。


「…………」

「わあ待って!待ってくださいごめんなさい汗臭いとか言ってすみませんでした!」


無言で立ち上がり帰ろうとした俺を、エトが必死に呼び止めた。

そんなに汗臭くない!と心のうちで叫びながら渋々もう一度、今度はもう少しだけ近くに座った。


不貞腐れた気分のまま、長椅子にぐったりと背中を預ける。

逢引きに見えるとか二人きりとか、今更どうでもいいかという気になる。

こんな色気のない会話しか交わさない彼女と俺が恋中に見えるなら、そいつの目の方が腐っている。


「あのですねグレイさん、私がこの世界に落ちてきて、もう4ヵ月がたつじゃないですか」

「そうだな」

「その間、私は何をしてきたんだろうってふと思ったんです」

「そうか」


エトに言われて、俺も彼女との数か月を思い返して―――げんなりした。

……慌てた記憶と呆れた記憶しかない。思えば、非常に密度の高い数か月だった。


「それでエト、思い返したお前なりの感想が、『納得がいかない』なのか」

「そう、そうなんですよ!」


こくこくとエトが頷く。


「来た直後はそりゃ、不審者扱いされたりしましたけど、結局受け入れてもらって今居候みたいになっているじゃないですか」

「居候……。まあ、そうだな」


居候というのは、大分現状を柔らかく言った表現だと思うが、彼女がそうだと思っているのであればあえて否定する理由もない。


チリッと最近良く感じるようになった罪悪感の痛みを感じながら、俺は小さく頷き同意した。


護衛、居候。

彼女が語る言葉は、どこまでも平和で微笑ましいものばかりだ。


――本当は平和ではない現状を、ついつい忘れそうになる。


「私、現状に甘えるのはやっぱりよくないと思うんです」

「つまり?」

「せめて衣食住分ぐらいは、ちゃんと働きたいです」

「……その件は、以前にも言って却下されただろう」

「でも!やっぱり働きたいんです!」


譲るものか、という意志がにじむ瞳で睨まれて、俺は苦い顔になる。

エトが働きたいと言ったのは今に始まったことではない。

奔放に見えて意外に義理堅い彼女は、どうやら無償で衣食住が保障されている今の生活が気持ち悪いのだそうだ。その気持ち自体は俺にも共感できるものであるし、殊勝な心掛けだと思う。


だがこちらにも、はいどうぞと簡単には言えない事情があった。


彼女の能力を危険視した城の重鎮たちが、彼女に下した措置は『飼い殺し』。


つまり、他国に行かれては困るが、自国でも彼女の能力の使い道が決められず、暫定的な処置として彼女は城に閉じ込められているのだ。当初は投獄という案もあったのだが、彼女自身には何も罪が無いのだから監禁はすべきではないというフィルディナンド殿下の恩情で、辛うじて城内での自由を許されている状態だ。


彼女が居候と呼ぶこの状況は軟禁であり、

彼女が護衛と呼ぶ俺は、……護衛役では無く、監視役だ。


彼女は『護衛のついでに、変なことに巻き込まれないよう見張られている』くらいに思っているのかもしれない。

でもそれは、逆だ。

『異世界人であり、かつ最重要危険人物である彼女を厳重に監視し、そのついでに最低限の護衛をしているだけ』なのだ。


その状況に、耳障りのいい『専属護衛』という呼び名をつけている。

それが、俺と彼女の本当の関係性だった。


「あー、エト?……その、な」


彼女自身が純粋な善意で「働きたい」と言っているのだろうことは、俺が一番よく分かっているし、トラブルメーカーだが性根は真っ直ぐだし熱意もある。きっとどの仕事を任せても、きちんとやり遂げるだろう。だが、立場的にはどうあっても認めてやれないのだ。


せめて、彼女にしか出来ない仕事でもあれば、話は別だろうが。


「その心がけは悪くないと思うんだが、いかんせんお前は――」

「そんな君に朗報だエト、はいこれプレゼント」

「って……わぁああ!?」

「うおっ!」


突然響いた、怠そうな女の声。

同時に、俺たちの足元からまるでエトに襲い掛かるかの如く、勢いよく人間の手が生えた。

俺たちの足元は、土だ。

もちろん、人間の手が生えるような場所ではない。


あまりにグロテスクなその登場シーンに、隣でエトが泡を吹いていた。当然の反応である。

こんなことやる人間は一人しか思い当たらないが、それにしたって悪趣味この上ない。


「キーラ殿!!」

「はいはいグレイ、あんまり怒んないでよ。ちょっとしたお茶目でしょう」


思わず俺が非難の意を込めて叫ぶと、足元の土からまるですり抜けるように、小柄な女性が現れた。

誰もが振り返るような蠱惑的な美貌を、ぼさぼさの髪と分厚い眼鏡、そして薄汚れた白衣で台無しにしている。いつもは眠そうに細めている瞳を珍しく楽しそうに輝かせ、彼女――キーラはニンマリと笑っていた。


「実はエトに是非プレゼントしたいものがあってね。完成した喜びに、思わず地下室から最短距離で来てしまった!」

「だからって、地中から来ないでください!あなたは、何のために通路があると思っているんですか!」

「あれね。なんであるんだろうね」

「何故あるのか、一度考えてみたらいかがですか」

「ええ、嫌だよめんどくさい」


彼女は確信犯の微笑みで首を傾げた。

そうだった、他人をからかうのが趣味のこの人には何を言っても無駄だ。


「キ、キーラさんだったんですね。新手の怪物だと思いました」


衝撃から一拍遅れて正気に戻ったらしいエトが、慌てたようにキーラ殿に挨拶して笑った。

いやエト、怪物であながち間違っていないかもしれない。何せ彼女の見た目は先々代の国王陛下の御代から変わっていないと聞いている。彼女自身にそれを聞くと電撃魔法を食らうので絶対に聞かないが。


「やあエト、今日も可愛いね。今回はそんな可愛い君にプレゼントだよ」


ニコニコと笑いながら、キーラは右手を突き出した。

先ほどはそれどころじゃなかったので気が付かなかったが、よく見れば彼女の手には青い石のペンダントが握られていた。


悪戯好きな彼女からの、プレゼント。

――嫌な予感しかしない。


「え、ええと、これは?」

「これはね、変身アイテムだよ」

「変身、アイテム?」

「そうそう」


彼女は笑う。とても楽しそうに。


「エト、君をこの国の聖女にしてあげる」




魔術団長、キーラ登場。

なお、キーラさんの外見はまるでロリババアでs(不適切な言葉があったためこの発言は魔術団員一同により消去されました)


後編は今日中に投げます。

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