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プロローグ 強制送還は突然に

当初は、素敵で男前な騎士が出てくる話を書く予定でした。

好きに書いていたら、騎士様が残念な純情苦労人になりました。

後悔はしてません。たぶんこうなる定めだったのでしょう。


どうぞ、ぬるい目で見守っていただけましたら幸いです。

レイノーマ王国。

王都、ハーランド。


――その王城の地下で、その日、一つの事件が起こった。




***





ランプの薄暗い明かりに照らし出された、城の地下室にて。

広い部屋の床を埋め尽くすように描かれた巨大な魔法陣が、今まさにその効力を発揮しようと眩く光り輝いていた。その魔法陣の中央に立たされた少女は、今一体何が起こっているのかもわからずにただただ慌てて目の前にいる青年に向かって叫ぶ。


「ま、待ってください!グレイさん、話を、そんな、突然こんな……!」


小柄な彼女は狼狽しながらも、何とかこの場から逃げ出そうと暴れる。

しかしどんなに暴れても、彼女が魔法陣から離れることは出来なかった。

既に発動している魔法陣のせいで、彼女の足はまるで根が生えたように陣の中央から動くことが出来ないのだ。


「グレイさん……どうして……!」


少女は泣きそうになりながら、必死に青年に向かって手を伸ばした。

届かないと分かっていても、それでも伸ばした。

彼女の目の前に立っている青年――グレイが、そんな彼女を見て少しだけ寂しそうな顔で笑う。


「エト、お前は今まで本当にこの国に恩恵をもたらしてくれた。だから、もう十分だ。お前は、お前を待っている人のいる世界に帰れ」


グレイと呼ばれた黒髪の青年が血が滴る彼自身の腕を掲げると、ぽたり、ぽたりと血が魔法陣に垂れて魔法陣の光はますます強くなっていった。

血を媒介として、魔法陣に彼の魔力が吸い取られているのである。


人を一人、異世界に飛ばすだけの魔力。

それがどれほど膨大なものか、魔法に疎い少女には想像もつかない。

ましてや、グレイは魔術師ではない。

魔力があると言っても、あくまで彼は城の騎士だ。

こんな無茶をして、ただで済むとは思えなかった。


――元いた世界に帰れる。


そう告げられても、彼女は素直に喜ぶ事は出来なかった。

最初は訳も分からずに連れてこられたこの世界。

自分で来たいと望んだわけでも無い。周囲から歓迎されていたわけでも無い。

それでも、少しずつこの国の中で自分の出来ることを見つけて、護衛として任命されたグレイと一緒に二人三脚で今の生活を作り上げたのだ。彼には叱られてばかりだったけれど、この二年間本当に楽しかった。

周囲から『聖女様』と呼ばれるまでになったのも、彼がいればこそだ。


思えば、自分が彼に恋をするのもきっと自然なことだったのだろう。

たとえ幼い恋だと誰に馬鹿にされようと、いつか自分の口でこの想いを伝えるのだと。


――そう、思っていたのに。


「話を、お願いします、話を聞いてください……!」


魔法陣から巻き起こる強い風で、彼女の声はかき消される。

グレイは、彼女を見つめて眩しそうに目を細めた。

口元がとても優しげな微笑みを浮かべている。


ああ、今までずっと呆れたような笑顔しか私にくれなかったくせに。

今になってそんな優しく笑うなんて、卑怯じゃないか。


風に煽られて、少女の首にかけてあった青い石のペンダントの紐が千切れとぶ。

大切なものであるそれを追いかけて、一瞬だけ彼女の視線がグレイからそれた。


そして、その一瞬が最後だった。


「絶対に、幸せになるんだエト。俺は、いつまでもお前のことを……」


光が、弾ける。

ふわりと足が浮く感覚。

風が強くて、もう何も聞こえない。


それでも、『あいしている』と、彼が最後に言ったように見えた。



***




「……んん」


チュンチュン、と鳥の鳴き声が聞こえる。

そこでエト――本名、江藤夏樹の意識は浮上した。


(すずめの、鳴き声?)


日本ではありふれているその鳥を、何故か今は酷く『懐かしい』と思う。

閉じた瞼ごしに照らしてくる日光があまりに眩しくて、夏樹は腕を上げて目元を覆った。


(すずめなんて毎日見ているはずなのに、懐かしいなんて、変なの)


そういえば、今日は何曜日だっただろうか。

昨日は友達と夜まで電話で盛り上がり、翌日の学校の準備もせずに寝てしまった。

だから今日は日曜明けの月曜日のはずで、学校が……学校?


「……ん?」


先ほどよりも強い違和感に、思わず顔を顰めた。

おかしい。

今日の予定は確か、『王太子殿下の城下視察に同行する』ということだったはず。

学校など……最近、行ったことがあっただろうか。


(あれ?)


ぱちり、とようやく目を開けて、夏樹は寝ぼけた頭で周囲を見渡した。

そこは、そもそも屋内では無かった。

窓も無ければ壁もない。

ぽかぽかと温かい日差しがダイレクトに彼女に注いでいる。

体の下は、柔らかい草の感触。


これは、完全に屋外だ。

少なくとも、先ほどまで居たはずの、ファンタジーな世界の城の地下室などではない。


(……そうか、私、グレイさんに魔法で元の世界に飛ばされて)


寝ぼけた頭が、やっと正常に回り始める。


夏樹が現代の日本で女子高生をしていたのは、もう二年も前の話だ。

十七歳のある日に突然不思議な世界で目が覚めて以来、夏樹は二年間、元の世界とは異なる世界で過ごした。最初はワケが分からなかったが、次第にその生活にも慣れて「このままこの世界で暮らす未来も悪くないかもしれない」などと考え始めていた。


それなのに。


「日本、帰って来たんだなあ……」


グレイが発動したあの魔法陣は、時空転移の魔法陣。

最近見つかったばかりのあの魔法陣であれば、夏樹は元の日本へ帰れると言われていた。

しかし、帰ることが出来るのと実際に帰るのでは訳が違う。


――帰るなんて、私、一言も言っていなかったじゃないか。


「グレイ、さん」


ぽつりと呟いたその名は、異世界において、最も信頼していた人間の名前だ。

日本に帰ってきたということは、もう二度とあの世界には戻れないということ。

融通が利かなくて頑固者で、それでも、いつだって異世界で夏樹の心の支えになってくれたグレイにも、二度と会えないということだ。


「私まだ、何も恩返しとか、出来ていない、じゃ、ないですか……」


呟いた言葉も、もう二度とグレイには届かないのだろう。

言った途端に、猛烈な寂寥感が押し寄せてきた。


彼には伝えたいことが沢山あったのに、何一つ伝える事は出来なかった。

強制的で一方的で、どこまでも唐突な別れだった。

別れの言葉すら、口にする暇もなかった。


「あんまり、じゃないですか。そんなの……」


ゆっくり起き上がると、ぽろりと一粒涙が零れた。

それを皮切りに、ぽろぽろと涙が零れ落ちる。


「グレイさんの、馬鹿……」


こんなの、あんまりだ。

もうあの世界には戻れないと知り、やっと本当の自分の気持ちが分った。

日本での日常なんていらない。

こんな形で日本に帰ってこられても、ちっとも嬉しくない。

自分が進みたい道は、きっと彼の隣にあったのだ。


――そんなこと、今更気が付いても遅いのに。


「グレイさん、会いたいです」


涙がにじむ。唇をかみしめて、夏樹は子供のようにしゃくりあげた。

それは後から後からこみあげて、涙は一向に止まらない。


「う、ふぇ……っ……」


温かい太陽の光を浴びながら、夏樹はひたすら泣き続けた。

立ち上がる元気もない。

もう、どうしたらいいのか分からない。

寂しくて悲しくて、ただ目の前が真っ暗だ。


バサバサッ


「……ん?」


バサバサバサッ!


「え、な、何⁉」


その場に響き渡った、突然の大音量。

そのあまりの音の大きさに驚いて、夏樹は勢いよく顔を上げた。

先ほどまで可愛らしく鳴いていた鳥が慌てふためいて一斉に飛び立つ。


そしてその開いた空間にバサッと大きな音を立ててとまったのは、一匹の大きな鳥だった。


「グエッ、グエッ」

「……」

「グエェエ」


鮮やかな赤い嘴。ショッキングピンクの翼。

蛍光ブルーの尾羽に、この世の全てを馬鹿にしたような締まりのない半眼。


――この鳥を、私は知っている。


夏樹はぽかんと口を開けて凝視した。

瞬時に、彼女の脳裏に一つの記憶がよみがえる。


『あの、グレイさんこの鳥、私初めて見ました』

『ああその鳥な。珍しい鳥で、本来なら国境近くの森にしか住んでいないんだ。今度の国賓に余興として見せるために一匹だけ城に運ばれてきたんだな』

『へええ、そんなに珍しい鳥なんですね』

『鳴き声が特徴的でな。古い言葉で【永久の幸せ】という意味の言葉に聞こえるらしい』

『うわあ、どう鳴くんですか?とっても気になります!』

『まあ、落ち着けエト。焦らなくてもそのうち鳴くだろ』


グレイの言葉通り、その鳥はその会話のすぐ後に鳴いた。

それがあまりに特徴的だったので、夏樹もその時のことはよく覚えている。

目の前の鳥は、その時の鳥と明らかに瓜二つだった。


(ええと、この鳥って、まさか)


咄嗟に思考がフリーズしてしまい動けない夏樹の前で、今回もその鳥は高らかに鳴いた。

記憶と寸分違わぬ、高らかな鳴き声で。


「エンガチョー、エンガチョー!」


「………………」


あ、これは間違いない。あの時の鳥だ。


こんなふざけた鳴き声の鳥が、そういてたまるか。


「……ええと、つまり、なんだ」


日本には絶対に居ない鳥が、この場に居る。

それはつまり、ここは日本では無くまだ異世界で、――しかも王城からはるか遠くの国境付近の森であるということで。


「……グレイさんに、会いたいです」


ボソッ、と夏樹は先ほどと同じ言葉を、しかし先ほどとは比べ物にならないほど黒いオーラを纏って口にした。


グレイさんに会いたい。

会って、全力で殴りたい。

パーではない、グーだ。拳で殴る。


ちょっとした手違いで、着の身着のまま、一人の護衛もなく、単身で国境付近まで吹き飛ばされた少女は天高く高らかに吠えた。


「グレイさんの、ばっかやろぉおおおおお!!!」


――どうやら自分は、転送先を盛大に間違われたようだった。


グレイの切ない思いやりが、彼女を絶体絶命の森(遠方)に吹っ飛ばす。

エトは無事城に帰還し、想い人に一撃当てることが出来るのか!?


ドタバタ純愛ラブコメディ、開幕です。


※2016.5.31 ムーン版をなろう版に一部改変してアップしております。

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