第60話 マードックってネズミだよね?
「いやぁ、久しぶり……ってのもちょっと仰々しいですかねぇ、さっきぶり? うん、これでいきましょう、では」
突如目の前に現れたレッドは、ぶつぶつ独り言を言ったかと思うと、こほんと咳払いをした
そして
「はろはろー 凶夜くん さっきぶりー!」
と、手をひらひらとさせながら、さっきのは事は無かった事の様に、所謂映画やドラマで言うところのテイク2を始めたのだ
「うっせぇええ、お前!ちょこっと裁判で会っただけで馴れ馴れしいんだよっ! 誰のせいでこんなことになってると思ってるんだぁぁぁぁ」
「凶夜くん?」
「お・ま・えの、せいだろうがぁぁぁぁ」
「あははっ、ネズミが喋ってる」
「ネズミじゃねぇ、凶夜だっ!」
全身ネズミの着ぐるみに包まれた凶夜は、その事すら忘れ絶叫する
はっ…いかんいかん、完全にレッドとかいう奴のペースにハマってしまうところだった
「おい、あんちゃん 」
レッドと無意味なやり取りの最中にマードックが口を挟んできた
「こいつ、魔物の匂いがするんだけどよぉ、いや人間ではあると思うんだが…それにしたって」
まじかよ…魔物の匂いがするって事は、物凄い数の魔物を倒してきている…とか、そもそもこいつ自身が魔物とか?漫画ならそういうのがお決まりのパターンだけど
どっちにしろ、きな臭い話である事に変わりはない
ただでさえ裁判で死刑宣告をくらった凶夜としては、これ以上のトラブルはゴメンだ
まぁ既にそれ以上の不幸もない気がするが
くそっ、そもそも肝心の脱走すらまだ始められてすらいないってのに…
マードックのいう事を信じるならレッドは普通じゃない…はずだ
つーか、気がついたら俺の牢獄の前に立っているって時点で尋常じゃないよなぁ
これはちょっとしたホラーですよ?
この牢獄はかなり静かで声も通る、何より地面は整備されておらず足音を立てずに牢獄の前まで来るなんて、不可能なはずだ
「ここは穏便にお引き取り願おう」
「そうだな、こんな得体の知れねぇ奴とは関わりたくねぇ、気があうな あんちゃん」
マードックと凶夜が話している間、レッドはうんうんとしきりに頷き、静かにしていたかと思うと
「おやぁ、おやおやおやぁ? 何やら凶夜くん以外にも、お客さんがいるようですねぇ…? でも私と言う客人が居ながら、それは些か失礼というものではありませんかぁ?」
と、呟いた
まさか、こいつ…魔物の言葉が分かるのか?
魔物の言葉が分かるって事は……マードックの事も…と、そこまで考えて
ふと
ある考えが脳裏を過ぎる----
'上位の魔物は人間の言葉が話せる'
ミールがそう言っていた事を思い出したのだ
マードックはもしかして元から人間の言葉を話していたんじゃないか?
それならレッドがマードックに気がついた状況の説明がつく
てっきりマードックの言葉は自分のスキルで魔物語が自動翻訳されているものとばかり思っていたが…いや考え過ぎか?
だが、もしこの考えが否定されるとしたら、レッドは魔物語が分かるって事になる
それはそれでゾッとしない
「どうしたんですか?そんな難しい顏をして? あぁ、それにしてもこの香り、あぁネズミの、ジューシィなネズミの魔物の香りですっ …どうやら凶夜くんのお客人は私にとっても喜ばしい人の様ですねぇ」
レッドは天を仰ぐかの様に、両手を掲げ
サッと懐から銀色の眼鏡を取り出し、大袈裟に顔にかけると
人差し指で眼鏡の位置を調節する
よくある、眼鏡クイッというやつである
「いやぁ、これはこれは 、こんなところで貴方の様な大物に会えるとは、私は幸運です」
一切の迷いなく
声の主であるマードックを見つけて、レッドは そう言った。




