正面エントランス 「管理者さん達」
基本は、日本では一人称、異世界では三人称となります。
「なんか‥‥ゴメン」
闖入者2名の内、男の方が、既に転送された肥えた男に対して、複雑な表情で謝った。
《はい、では次の素敵な殿方。貴方は、エッドガルドと言う世界からの召喚を‥‥》
「あ、スイマセン。俺、良くある異世界からの召喚じゃ無くて、この‥‥」
姿無き声の説明を途中で遮った男は、隣に居た魔術士の女性の肩に手を添えた。
「この、イマニム王国の魔術士ポチャリンさんの口車にのって、何か面白そうなんで金儲けがてら旅行感覚で来ちゃいました。日本人の緒神怜です。えー‥‥この世界の神様ですか?」
《は?いえ‥‥え?イマニム王国?あれ?何でエッドガルドの住人がドアから入って‥‥え?》
「うーわー。金儲けの部分はスルー?神様も錯乱するんですねー」
「この領域におわしますのは、13柱の神々の内、旅と時を司る神なのです‥‥誰がデブ専のオナペットですっ!?」
「だから言ってねーって」
明らかに慌てている様子の声を聞きながら、呑気に会話を続けるイーヴリンと怜。
そんな2人を尻目に、声の主は明らかに腹を立てた口調でブツブツとボヤきつつ、何処かに連絡を入れていた。
《おかしいと思ったのよね。と言うか、エッドガルドの住人が異世界の日本人を連れて来たって事が異常‥‥あ、私私!次元門担当。‥‥そっち、しっかり管理してるの?今ね、イマニム王国の魔術士のぽっちゃりさんが、異世界の美形男性を【直接】連れて来てるんだけど‥‥はあ?そんなワケ無い訳がないでしょ!実際に今ここに居るんだから。あんた、一寸コッチに来なさい!!‥‥いーから来るの!相手が【神無き世界】の住人さんとは言え、このまま放置してたら責任問題でしょう!?‥‥ふーん。主神様に報告するわね。‥‥最初っからそうやって素直にしてなさい。すぐ来なさいよ‥‥オホホ、緒神怜さんでしたよね?少々お待ちいただけますか?と言うか、待っててくらしゅい》
「あ、噛んだ」
怜が苦笑いを浮かべた直後、真っ白な空間に赤い人形が現れた。
「うわっ、ホントに居る‥‥何やってんだよ、人族の管理者は」
《その前にあんたでしょ?次元転移の魔術なんか開発許してんじゃないわよ》
「だってね【ゲート】さん。そこらへんも含めて管理するのが、種族チームの仕事だとボクは思うんだよね」
赤い人形はそう言いながら、座り込んで胡座をかいた。
「あ、イマニム王国の魔術士君。キミ、一寸凍っといて」
赤い人形がそう告げると、イーヴリンは静止画像の様にフリーズした。
それを見た怜は彼女の頬をグニグニと揉んでみたり、自分の伊達眼鏡型端末を掛けさせて鼻の頭を指で押し上げ『デュワッ』と言ってみたり、軽く乳首当てゲームをやってみたりした。
「うーん、リアクションが無いと面白くねーな」
「‥‥何をやってるのかなキミは」
「あ、いや、神様同士の醜い責任の擦り付けリレーが終わるまで、俺の出る幕じゃないかなと思いまして。このポチャ子で遊んでますから、お構い無く」
赤い人形に答えた怜は、イーヴリンにコマネチのポーズをとらせてみたり、顎をしゃくれさせて『ダー』のポーズをとらせたりし始めた。
「はあ〜‥‥とりあえず、彼女の記憶から次元転移の術式は消去しよう」
《そうして》
「でもね、術式‥‥立体積層魔方陣の構築方法を文書で残してるみたいだよ。そこまでは手を出せないけど」
《監視観察はすれども過度な干渉はせず。この領域に持って来ているなら奪えるけど、下界にあるならば、手を下せるのは主神様のみだものねえ》
「取り敢えず、このイマニム王国の魔術士は送り帰しちゃうね」
「待ってくれ!最後にもう1ポーズを」
「ホント、キミは何やってんの?」
呆れた様子の赤い人形の視線の先では、怜がフリーズしているイーヴリンに『オッパッピー』のポーズをとらせようと、バランスどりに苦戦している真っ最中だった。
そんな怜の暇潰しのオモチャになっていたイーヴリンを転送した後、赤い人形は彼に声をかける。
「さてと。で、キミはどうするの?興味本意で自分の意志でついて来たみたいだけど」
「あ、行きますよ」
《‥‥良いのですか?この次元門は一方通行で、エッドガルドに行ったら戻れなくなりますが?》
「えーと、大丈夫です。戻れるんで」
「は?」
《え?》
「‥‥アルディス、出といで」
(イエス、マイ・マスター)
怜の呼び出しに応じ、その右腕周辺の空間が一瞬ぶれた後、彼の右隣にアルディスが姿を現した。その姿は、頭部から胸の谷間まで以外は鏡面仕上げの様なシルバーメタリックだ。
《はい?》
「はあぁぁ!?し、召喚士‥‥いや違うな。【ゲート】さん、彼は【神無き世界】の住人だろ?あそこの住人は、等しく魔術とは縁がないはずだよね!?」
《‥‥そのはずよ。【神無き世界】だからこそ、好き勝手に召喚出来るし、そこの住人だからこそ、魔術関連の能力はここで付与してあげなければならないのだから‥‥》
「初めまして。アナザーワールドのコントローラーの方々。私はマスター緒神怜とユナイトする事により誕生致しました、【メタリックビーイング】のアルディスと申します。元の世界である日本への転移に関しましては、双方向転移用のマーカーを作成・設置しておりますので、問題は御座いません」
《‥‥はい》
「‥‥はい」
右腕を左胸に当てつつ優雅に一礼するアルディスに対し、エッドガルドの管理者達は気の抜けた様な返事を返す。
「え?‥‥オガミレーくん、彼女は‥‥要するに地球人?」
「そんな、他人の名前を地縛霊みたいなイントネーションで‥‥緒神怜ですよ。アルディスは、地球人じゃ無いです。えーと‥‥?」
「ボクは12柱の管理者の1柱。担当は【魔】の【法】と、それにより行使される魔術全般。名前は無いね」
「【ゲート】さんと【魔法】さん‥‥こんな感じで後10柱と偉いさん1柱居るンですよね?」
《そうなりますね》
「なんか、味気ないと思いません?【ゲートさん】がマーリアドミートリィエヴナで、【魔法さん】がラスプーチンなんてどうですか?」
《あっ、ダメ!》
「バカ!‥‥あ、あれ?」
怜が、イーヴリンがロシア語っぽい言葉を喋ってたから、ロシアっぽいリングネームでいんじゃね?的に名付けられてしまった2柱は、あっと言う間に実体化してしまう。
マーリアドミートリィエヴナは、踵まで届く程の豊なブロンドの巨乳で、ラスプーチンは真っ赤な髪が炎の様に逆立つ美乳。2柱とも全裸である。
「オガミレークン‥‥君、何で生きてられるの?」
「え?‥‥緒神怜ね」
「オガ・ミレイさん。人間が私達管理者にネーミングなんて、寿命を1000年は使いますよ!?何で平然としてるんですか!!」
「あ、俺まだ寿命825000年ぐらい残ってましたから、全然オッケーです。後、緒神怜ね」
「はちじゅ‥‥地球人ですよね、オガ・ミレイさんはっ!?」
「天然物の地球の日本人、緒神怜ですよ!!」
「日本人て、せいぜい生きても100年ぐらいだよね!?」
「宇宙人の無免許運転による次元艇に跳ねられて、ほぼ即死状態のマスターは、懲役20000年を回避するための証拠隠滅によって身体を再生され、失ったライフエナジー補填をするため、元々流体金属の統制官であった私と、技術も知識もあやふやな宇宙人の手により間違いだらけのユナイトを敢行されたあげく、ステータスの設定ミスと過剰なサービスによって、人外の寿命と体力と耐久力と持続力と精力と美しいルックス、ついでにドン引きする位の巨根を手に入れて今に至ります。僅か17時間にも満たない間の出来事ですが」
「うん。波乱万丈過ぎて、全然解らない!」
ロシア語っぽい言語の異世界の神だから、それっぽい名前付けちゃえば良くね?的なノリでラスプーチンと名付けられてしまった女性型の管理者は、アルディスの説明を聞いて頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「大丈夫っすか?」
「‥‥くそっ、感極まったぞ!こうなったら他の管理者も巻き添えだ!オガミレー君、他の10柱にも名前を付けちゃってくれないかね?勿論タダとは言わないよ」
「あなた、何を勝手な事を言ってるのよ!」
「そりゃーあなたは良いよ。ちゃんとマーリアドミートリィエヴナって言う、女性らしい名前になったんだから!ボクはラスプーチンだよ!?怪し過ぎるだろ!!他の奴等も巻き添えの道連れにしてやらなきゃ辛抱堪らないよ」
火の玉ヘアのラスプーチンは、血涙を迸らせながら他の管理者を巻き添えにする事を、声高に宣言した。
「え?良いンですか?」
「勿論だとも!先ずは経済の管理者」
「‥‥じゃあピョートル」
「次っ!芸術!」
「えーと、アンナカレーニナ」
「戦!」
「ボルコンスキー」
「愛と豊穣」
「ナターシャロストワ」
「匠工」
「ベズウーホフ」
「人」
「ニコライ」
「エルフ」
「‥‥イッコライ」
「ドワーフ」
「‥‥サンコライ」
「セリアン(獣人)」
「はぁ‥‥ヨンコライ」
「魔族」
「ゴコライ」
「‥‥マスター。面倒くさくなって、後半は『サンチェスの兄はヨンチェス』のノリになりましたね?」
──────────
─聖エゾブ神官自治領・旅と時の神殿にて─
「おお‥‥おおおお!」
「大司教様!如何なさいましたか!?」
大司教と呼ばれた老人は、止めどない涙を流しながら祈りのために下げていた頭をゆっくりと上げ、背後に控えていた高弟たる司教達に向かい、厳かに告げる。
「神託じゃ‥‥神託が下ったのじゃ!!」
「なんと!?」
「真でございますか、我が師よ!」
「うむ。我々の信仰に、旅と時を司る偉大なる神が‥‥お応え下された!神の‥‥神の崇高なる真名が、我々の知るところとなったのじゃ!!」
旅と時の神殿総本山の大司教は、極まった感動のあまり、涙以外にも涎と鼻水と脂汗を同時に溢れさせている。
「な、なんと!!」
「旅と時の神、その崇高にして高貴なる御名‥‥一刻も早く教皇聖下に御伝えせねばならぬ!マーリアドミートリィエヴナ様と」
‥‥と、まあこの様な騒ぎがエゾブにある13の神殿の内、11の神殿で起きた。
神託が無かったのは、空と大地と海を司り12柱を束ねる主神の大神殿と、存在しない【精霊神】を奉る神殿だった。
この日の聖エゾブ神官自治領は、召喚によって現れた新たな聖女候補の事と併せ、かつてない慶びに溢れたと言う。
──────────
再び次元門。
火の玉頭のラスプーチンが腹を抱え、ひっくり返って転げ回りながら爆笑し、マーリアドミートリィエヴナは頭を抱えて半泣きで叫んでいる。
「主神様ぁぁぁっ!何を全部承認しちゃってるンですかぁぁ!!」
「イッコライとかサンコライとか、ボクより悲惨な量産タイプ〜」
「良いのかなあ‥‥俺、神罰とか大丈夫っすかね?」
「ダイジョーブダイジョーブ。ボクら管理者は、君たち異世界人に直接危害を加えられないからね。第一、承認したのは主神様だから、ボクらは従うしかないしね‥‥あ、ジジイが来た」
そう言ったラスプーチンの視線の先に、人影が実体化する。
その姿は、トーガを着用した頬髭と顎髭の長い老人で、全身が金色に輝いていた。
「否定はせんがのぉ。儂は、主神様に創造して頂いた時からジジイの人格じゃもんな‥‥で、どっちかの?儂らをいっぺんに受肉させた剛の者は?」
老人の姿をした経済の管理者ピョートルは、怜とアルディスを交互に見やる。
「あ、俺です」
挙手した怜を、ジロジロと遠慮無く全方位から眺め回すピョートルは、不思議そうに首を傾げた。
「おぬし異世界の、それも【神無き世界】の日本人じゃろ?あの環状時空連続帯の何処に、12柱の管理者に命名してケロリとしとる寿命持ちの世界があったんじゃ?」
「それがね、ぴ‥ピ‥ピョーホホトルぅフフ」
「マーリア、せめて爆笑してくれんかの!?その方が気が楽じゃわい!!」
当初の厳かな空気は、既にセピアカラーの思い出と化した次元門。
新たにジジイが増えてやけに俗世じみてきた中、『かったりぃわ』と呟いて座り込んだ怜の隣でアルディスは、ヴォイドホールから飲み物や菓子を取り出し始めた。
「マスター。お飲み物は何になさいますか?」
「あれ?俺、百均で何仕入れて来たっけか‥‥なあ、アルディス。環状時空連続帯って解る?」
「恐らくは並行世界‥‥パラレルワールドを指しているものかと‥‥ペットボトルの煎茶と炭酸数種類。缶コーヒーも有りますね」
「じゃ煎茶。あ、メイド・イン面倒クセー半島と大陸は却下で‥‥異世界と並行世界って、厳密には別モノだっけ?」
輸入品のチョコレートやポテチ等を床‥‥と言って良いのか不明だが、怜の座り込んでいる前に幾つかを並べて行くアルディス。
甲斐甲斐しい世話女房の様になってしまっている。
「あの宇宙人の船のデータベースから、僅かな時間で引き出した情報の中に、不完全ですが環状時空連続帯についての考察的なモノが散見出来ます」
一本の輪に無数のピースが数珠繋ぎになっていて、一つ一つのピースがそれぞれの世界であり日本。
そして、少しずつ違いがあり、何かのきっかけでピースは増えていく。
その様な理論であるらしく、異世界と言うピースはその輪に填まっておらず、その世界だけで完結している飛び地であるとの事であった。
「ふーん。俺の知ってるのは、何かのきっかけで世界が分岐してくってヤツだけどなあ。‥‥あ、良かったらどーぞ」
何時の間にやら周りに集まって、興味津々で菓子や飲み物を見つめている管理者に、一緒に飲食を勧める怜。
「え、良いの?」
「異世界のお菓子、興味ありますね」
「こりゃスマンのぉ」
「どーぞどーぞ。神様と駄弁れるなんて、おもしれー体験ですから。アルディス、神様にも飲み物出してあげて」
「イエス、マスター」
──────────
男達は必死だった。
氷雪地帯の外れで護衛対象の商人が偶然に手に入れた超級のレア商品。
殺して奪うと決めるのに、5秒と躊躇わなかった。 馬と荷車ごと奪い、商人の死体はそのまま放置した。どうせ直ぐに雪狼や雪蜥蜴の腹に収まるからだ。
【これ】を手に入れた時は、遂に自分達にもツキが回って来た!‥‥そう信じて疑わなかった。
ギルドには、依頼失敗と報告すれば良い。氷雪地帯と言う、魔族領やアマユ山脈にあると聞く竜の巣窟、オトム・ユフの樹海に張られた森エルフの結界から成る迷いの森などに劣らぬ程の危険領域への旅だと言うのに、護衛にかける人員も費用も極限までケチる商人が依頼主だ。
なんだかんだと難癖を付けて、依頼料を更に削ろうとするに決まっていた。
そんな地雷の様な依頼を受けざるを得ない程、彼らのパーティーは食いつめていた。
だから、そんな依頼主の商人が超級のレア商品、俗に【スノーホワイト】と呼ばれる【これ】を自分のモノにしてしまうと宣言した時には、先の事など考える事無く、武器を手にしていた。
【スノーホワイト】を売れば、捨て値でも白金貨十枚は硬い。山分けしても、一生働かずに暮らしていける。
そんな、金に目が眩んで依頼主を殺した彼らが、今は必死で逃げている。
命あっての物種だと言うのに、まだ【スノーホワイト】を捨てずに抱えて走っているのは、その価値に余りにも未練があるからだった。
だが、装備を着けたままで、更に【スノーホワイト】を抱えながらでは、あっと言う間に追い付かれ、次々と狩られていく。
アクァンナムへの街道を避け、人気の少ないオトム・ユフ寄りに迂回して東の商国へ行こうとしたのが裏目に出た。
自分達より巨大な体躯を持つ、黄土色の皮膚のモンスターが降り下ろしてくる棍棒を見た時、男は悔し気に呟いた。
「畜生‥‥やっぱツイてねー」