1号室 「アルディスさん」その②
「い‥‥」
今のは何だったンだろうか。
ブラックアウトした視界が一瞬にして切り替わるのを、俺は違和感なく受け入れていた。
公園を通り抜けた裏路地で、インチキ宇宙人の無免許運転に巻き込まれ、顔面ザクロ・全身打撲・全身骨折・内臓破裂エトセトラの必殺フルコースを堪能し、アーリマン先生がコーナーポスト最上段で、殺る気満々だったはずだが。
「‥‥‥トイレじゃんか」
見渡す限り‥‥‥うん。明らかに公衆トイレだわ。多分、公園のトイレだ。
(時間は‥‥さっきメシ休憩の交代に来た後輩と入れ替わってから、4分弱しか経過してないな)
ガラケーで時間を確認した俺は、誰も居ない深夜の公園のトイレでタバコに火を着けた。
(ちょっと待てよ。‥‥今のが事実だとして‥‥‥あのクソ宇宙人、色々やらかしてなかったか?)
制服のズボンに引っ掛けてあるストラップから携帯灰皿を外しつつ、俺は手洗い場の鏡を覗き込んだ‥‥‥やっぱりか。
「誰だこれは?」
鏡の中から俺を見つめているのは、見たこと無い優男だった。何と言うか、イケメンだわ。輪郭、特に頤がシャープだし、鼻梁は高く真っ直ぐ。鼻翼は小ぶり。切れ長の目。下手すりゃあ女と言っても通用するんじゃね?オマケに髪の毛はプラチナブロンドのロン毛。サラサラしたストレートだよ、クソ。体型まで変わってるよ、俺!若干ポッチャリしてたのが防寒服の上からでも引き締まったのが解るよ!色々変わりすぎだろが!!
「なに人だよ、こりゃ!どこの悪魔城城主だ!やってくれたぜ、あのポンコツ宇宙人!!」
うわ。
瞳の色がスミレ色じゃねーか!!ここで一粒スミレ色の涙でも流せば良いんですかね!?
「って亊は、だ」
俺は小便用の便器の前に立ち、ファスナーを下げ、恐る恐る自分の【モノ】を出してみた。
「加減を知らねーのか、あのボンクラ!!」
ノーマル状態で臍が隠れる程のデカさって‥‥‥臨戦体制になったら、どうなっちゃうんですかね!?それに‥‥‥。
「敢えて無視してたけど、さっきから俺に付き纏って、今は横から俺のチ○コを覗き込んでるお前は誰だよ!」
一言で言えば、ド美人。顔だちが整い過ぎて、某謎かけ芸人も裸足で逃げ出すな。髪型はパッツン前髪の姫カットで色はダークブルー。身長は、175の俺より拳3個分ぐらい高い。顔から深く切れ込んだ胸元辺りまでは真っ白な肌を見せているが、それ以外はヒールと一体化したシルバーメタル鏡面仕上げの全身タイツを着ているように見える。
「ワタクシは、貴方とユナイトし、【メタリックビーイング】へと進化した、【元ダダンアピョーンスーバーハー銀河帝国資源探査採掘集積強奪船団第10807番大隊内第1006中隊所属第251小隊第4956番艦プラント制作最新型レギュレーター‥‥‥】」
「長いよ!既に訳わからん!!」
「申し訳御座いません。翻訳周りのシステムを、後程再構築致します。ワタクシはアルディスで御座います。マイ・マスター」
そう俺に自己紹介をした10頭身美人は、優雅に一礼した。
「アルディスって‥‥‥あのは○れメタル?」
「因みに黒髪で野心家の姉は居りません」
「?」
「ガ○スの仮面の‥‥」
「お黙りっ!」
いきなりコアなネタ盛り込むんじゃねー。
「お前本当に他天体のヤツなのか?何で日本の少女マンガの劇中劇知ってんだよ」
「はい。マスターの右腕に入居させて頂きましたので、マスターの脳に蓄積された情報を元に、翻訳システムを構築致しました関係上、非常に片寄った無駄知識を入手しました。会話に花が咲くかと」
なんかコイツもトンでもねー亊言ったな、今。
「入居?」
「マスター。その辺りを含めた詳しい説明は、マスターの本日の御仕事が終了した後、御自宅にて。それよりも、マスターの残り休息時間は後34分弱で御座います。御早めのエネルギー補給をお勧め致します」
「あ‥‥‥外見別人になっちまってるんだよなあ。なんか声まで綺麗になってるし、現場に戻ったら不審者扱いだぞ」
ヤバイな。言い訳のしようが無い。
「問題御座いません。マスターの以前の姿形を記憶している者たちは、出会ったそばから一人残らずその記憶を弄って改竄致します」
それなら良いか。親兄弟も近しい親戚も居ないしな。28年一緒に暮らして来た顔に未練はあるけどね。‥‥‥良いのか?
「いきなり有能だな」
「恐縮ですマスター。では、一旦右腕に戻らせて頂きます。ワタクシが【部屋】に居る場合には、【心話】をお使い下さいませ。尚、ワタクシのニックネームは○ギーで‥‥」
「やめなさい」
再びお辞儀をしたアルディスは、どんな原理なのかエクトプラズムの様に変化し、俺の右腕へと吸い込まれるように同化した。俺の右腕が部屋?1Rかな、1DK位あるのかね?
言ってる場合か。
「‥‥‥分子構造を透過出来るのかな?重さも感じないのはどんな理屈なんだろなぁ」
そんな事を呟きながら、コンビニにホットドリンクを買いに向かう俺は、自分の体に起きた本当に恐ろしい変化に、まだ気付いていなかった。
──────────
─理を違えた何処か─
真っ白な、光溢れる、広さが判らない場所。
【それ】は、只々漂っていた。
気がついたらそこにいて、判らないくらいに長い年月を、そこで過ごしていた。
気が向いたら助言を与え、気が向いたら少し手助けをする。それくらいしか関わりを持てなかった。
誕生を見た。
隆盛を見た。
衰退を見た。
滅びを見た。
そして【無】からのやり直し。
何時しか【それ】は、1つの思いに満たされていった。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥『暇だわ〜』‥‥‥‥‥‥‥。
─────────
さて。
親の残してくれた家に始発電車で帰宅した俺は、暖房を入れると部屋着に着替えた後、改めて右腕を様々な角度から眺め回した。
(居るか?‥‥アルディス)
(イエス・マスター)
(ちょっと出て来て)
(イエス・マイマスター)
一瞬だけ右腕周りの空間が歪んだ様に見え、直後にはメタリックな女が俺の目の前に立っていた。
「あー。ヒールは不味いな。脱げる‥‥のか?」
「いえ。一体型の外装なので、直ちにシェイプシフト致します」
アルディスの鏡面仕上げのボディが微妙に振動すると、瞬き程の時間でその姿は上下のスエットに変化した。
ただし、やっぱり鏡面仕上げだが。
「これで問題御座いませんでしょうか?」
「まあ‥‥家の中なら。さて、何から訊いたら良いのやら」
「では、ワタクシがマスターとユナイトに至るまでを掻い摘んで‥‥‥」
「あ、ちょい待ち。お茶入れるわ」
なんとなく長くなりそうだしなぁ。煎茶まだあったっけか。
「マスター。情報としてはワタクシ理解しておりますので、是非とも実践させて頂きたく思います。【お茶を挿れる】行為を‥‥」
「多分だけど、文に起こしたら字面が卑猥な気がするけどなぁ?」
「‥‥気のせいで御座います」
結果、お茶を啜りながら聞いたアルディスの話は、大概なトンデモSFだった。宇宙の何処かで銀河系同士がドンパチやって、資源枯渇を予見してた軍部が外宇宙に資源採集の為の船を蝗の大群の如くに送り出したが、戦争してた両銀河は惑星間重力兵器の乱れうちの挙げ句に重力崩壊を起こしてブラックホールに成り果てて消滅。宇宙の星々を食い荒らすリアル○ャラクタス軍団は、プログラム通りに資源を既にブラックホールになった座標に送り続け、絶賛惑星食い荒らし間近なとあるプラントが生み出した最新型統制官が、ポンコツ宇宙人に空間転移でお取り寄せされた‥‥と。
「軽く殺意が湧く程デタラメだよな、あのポンコツ宇宙人」
「仰る通りかと」
「しかし‥‥器用にお茶を啜るなぁ」
卓袱台の向かいに座布団ひいて、正座してお茶飲んでる、元は○れメタルの美女。
‥‥あれ?こいつロボ?生物だっけ?ハ○ラー親衛騎団かな?
ふーふーすんな。
「恐縮です、マスター。ワタクシはマスターとユナイトする前は、単にプログラムを実行するだけの流体金属に過ぎませんでした。今御伝えさせて頂きました内容は、マスターとユナイトする僅かな残り制限時間の間に、ガラクタ宇宙人の記録端末からダウンロードした記録で御座います。自身の記憶では御座いませんので、悪しからず」
「いや、でかした。しかし、その傍迷惑な泥棒船団が地球に来る可能性考えたら怖いな」
これに関してのアルディスの返答は『可能性は限りなくゼロに近い』との事だった。
なんでも、そのドンパチやってた2つの銀河系を含む銀河団が、天の川銀河から約800億光年離れてるらしい。
「ワタクシがロールアウトした惑星自体が、この恒星系‥‥太陽系から25億光年離れております。更に、転移ゲートを建設しながらの超長距離の移動です。長い年月の間には様々なトラブルがあった模様で、単純計算でも残っている艦艇の数は最大200隻を割り込むでしょう」
25億光年か。
光の速度で25億年なら、俺は完全無欠にくたばってるな。地球自体、在るか判らん年月だ。
‥‥‥にしても、25億光年の距離を無視して一瞬でアルディスを無断でお取り寄せって、マジでやりたい放題だな、あのバカ。
「仮に、何か特殊な事象が重なり明日にでも艦艇がこの惑星に到達したとしても、肝心の必要とする資源自体が地球には存在しておりません。素通りして終わりで御座います」
「なるほど。で、ユナイトって何だか解るのか?」
行為の結果を考えると、意味合い的には【結合】が近いのかな。
「どうやらユナイトと呼称される技術は、不老不死の研究過程で生み出された治療法のようです」
「不老不死ってのも大概だが‥‥‥治療法?」
「はい。マスターに処置されたユナイトの形式は5世代前の延命法に分類される術式‥‥‥のはずなのですが」
「‥‥雲行が怪しくなってきたな」
「今回の様なケースの場合、実際には宇宙人側にマスターが一時的にユナイトされて延命を行ったのち、然るべき施術設備が整った施設にてステータスの調整と身体の再生を行う筈なのですが」
する側される側が真逆とすら言えねー。流体金属掻っ払って来て、リーチかかった死にかけにドッキングとか、良く生きてるよな、俺。
「マスター。恐らくは、その素人の出鱈目な処置が原因の1つと推察出来るので御座いますが‥‥」
ほら来ましたよ。
まだ阿呆の粗相の爪痕がありましたか‥‥ダムファッカー!!
「マスターの現在のステータスが、非常に歪な数値になっております」
「いびつ?」
「実際に御覧になった方が宜しいかと存じます」