1号室 「アルディスさん」その①
―何処かの空間―
『あっ』
(‥‥おい。今、完全に何かをミスったよな?)
寝転がる俺の死体の前で、俺を殺した張本人、銀色の身体に赤いラインの入った宇宙人は、無表情な能面の様なその顔の額辺りに脂汗を浮かべながらフリーズした。
『‥‥‥』
(宇宙警備隊さーん!銀河連邦警察さーん!ここに人殺しが居まーす!)
『わーっわーっ落ち着きたまえ!ミミミミ、ミスなどするわけ無いだろ‥‥‥慌てんぼさんだなあ。フッフッフ』
‥‥さて。
何で俺が、こんな何処かで観たような宇宙人と、閉鎖空間の中に居る事態に巻き込まれちまったのか。
ちょいと時間を巻き戻してみようか。
――――――――――
─何時か何処か─
スパァァァァン!!
空気を切り裂き鞭が舞う。一つ舞う毎に異形の者達は裂け、微塵に爆ぜ、吹き飛ぶ。
その鞭【エネルギーウィップ】は、充填されたサイコエナジーに依って紅く輝きを放つ。
鞭を振るうのは、緩くウェーブのかかった濃紺の髪を、腰まで伸ばした女性。
羽織った丈の短いジャケットの肩部が異様に盛り上がり、二の腕の中間部分からは腕にフィットして指先までを覆っている。
ストラップの無い、ビスチェ風のハイレグボディスーツからは、盛り零れそうな豊かなバストとスラリと伸びる長い脚。
その脚を覆うニーハイブーツの、凶悪なまでのピンヒールが地を噛んでいる。
その衣装の全てが真紅で統一され、表面はエナメルの様な光沢を放っていた。
「懲りない侵略者だこと。ウフフ、まだ欲しいのね?‥‥‥舞えっ、キネティックロープ!」
サイコキネシスによって操られた荒縄が瞬速で宙を舞い、侵略宇宙人達を縛り上げる。
「さあ、薄汚い豚ども!歓喜に咽び泣きなさい!アトミックキャンドル!」
宇宙人達の身体中に蝋燭が風を切って突き刺さり、轟音を伴う爆炎を巻き起こし、荒れ狂う二丁鞭が無慈悲に命を狩り獲った。
敵を殲滅し、巻き取った鞭を腰の左右に装着した女性は大きなため息をついた後、ゴーグルを外して薄暗い空を見上げた。
――――――――――
―緒神怜―(おがみれい)。
それが俺の名前だ。
警備会社に所属して、その給料でメシを食っている。親兄弟も近しい親戚もおらず、恋人も親友も居ない。天涯孤独ってヤツだ。
親は、俺が21の時に事故で死んだ。
僅かな遺産と保険金が俺の手元に残った。働かなくても暮らしていける程では無かったから、時間に余裕が持てるこの仕事を選んだ。
所謂、【2号業務】ってヤツで、道路工事や建築関係の警備がメインだ。
‥‥‥その時俺は、夜間舗装工事の現場に配置され、片側交互通行を行っていた。
「緒神さん、お疲れっす。メシ休憩、40分回しっす」
「おいよ。んじゃあヨロシク」
真ん中の仕切り役を代わってもらった俺は、最寄りのコンビニに向かって近道の裏道を通り、住宅街の中にある公園をショートカットに使う為に突っ切る。
公園を通り抜けて反対側の路地に出た時、突然左側が明るくなった。
(住民の車か?)
何の気なしに左に顔を向けた時、一瞬だけ景色が歪んで見えた。
「‥‥‥おい、嘘だろ!」
そう叫んだ直後、赤い発光体に跳ね飛ばされて‥‥‥呆気なく俺は死んだ。
――――――――――
─別の何時か何処か─
小さな影が、人混みの隙間を縫って走る。
やがて人混みを抜けた小さな影は、廃ビルに駆け込み、階段を昇る。
何階層駆け上がったことだろうか。小さな影は、壊れかけのドアを潜り抜けて部屋へと飛び込み、薄汚れたベッドの影に座り込んだ。
息を切らしながら、ボロボロのツナギのポケットから刃こぼれしたナイフと錆び付いた缶詰を2つ取り出し、缶詰にナイフを何度も突き立てて強引に穴を開けると、素手で中身を貪り食らう。
「ミャー」
何処に隠れて居たのだろうか。青黒い毛並みの猫が、一心不乱に缶詰を貪る小さな影に近寄り、鼻先から身体を擦り付けた。
小さな影―ボブカットの黒髪の少女は暫く猫を撫でた後、2つ目の缶詰を開けて猫に食べさせる。
猫が缶詰の中身を食べている様子を眺めていた少女は、やがて膝を抱え込むと顔を伏せて啜り泣き始めた。
彼女の手首とうなじには、文字らしきものがプリントされている。
「もう嫌‥‥‥助けて‥‥‥誰か助けて」
薄暗い部屋に、少女の絞り出す様な、か細い声が響いた。
――――――――――
『あ〜マズイマズイマズイ!やっちゃったよ〜!どうしよう?どうする、私!!‥‥‥やっぱ【ユナイト】して誤魔化すしか無いんだろなあ』
‥‥‥死後の世界は随分と騒がしいね。俺自身は、意外と冷静に【死】を認識して受け止めてるんだが。
『やだなぁ。この個体の年齢‥‥‥28かぁ。少なくとも40地球年くらい【ユナイト】しなきゃ駄目なのか。ないわ〜』
俺の事言ってるよな、これ。【ユナイト】って何だ?つーか、独り言の内容から察するに‥‥‥俺を跳ね殺したの、明らかにコイツだよな。
何が『ないわ〜』だ、この野郎。面倒くさそうに喋りやがって。
『早く目ェ覚ませよなー。時間ないんだから。タマ○ン蹴ってみようかな?』
(ふざけんな、このクソ宇宙人!)
もう勘弁ならねー。出るとこ出ようじゃねーか
『うわっ!いきなり怒鳴らないでくれないか?これだから辺境の野蛮な種族は困るよ』
(テメェ‥‥‥人様を跳ね殺しといて、反省してねーだろ!?喧嘩売ってンよな?)
死んで身動き取れずに寝ッ転がってる俺が言うのも何だが‥‥‥あれ?
(‥‥‥俺、死んだンだよな?何で元気にポンコツ宇宙人と会話してるんだ?)『正確には、地球時間で後3分弱で御臨終だね。今は私の展開した閉鎖空間の中だよ。この中なら君の身体の時間進行を遅れさせる事が出来る。感謝したまえよ、未開の番族』
閉鎖空間?3分弱?時間進行を遅らせる?どっちにしろ死の宣告状態じゃねーか!あ、頭に29って文字が。‥‥‥28に減りやがった!?アーリマン先生〜!
(つーか、さっきから何だ、反省の欠片も感じられねー発言は?)
『いーから!無駄口叩いてる暇なんか無いんだよ。このまま君が死んだら、私はブタ箱行きなんだよ!』
(ほ〜。因みに刑期は?)
『2万年だよ!なんでたかが地球土人を跳ね殺したぐらいで交通刑務所に入らなきゃならないの!!』
うん。こいつ世の中ナメてんな。
(ネビュ○遊星のみなさーん!悪人は此処でーす!!)
『ヤメたまえぃ!だから、私と【ユナイト】すれば、君は寿命まで生きられるんだよ!さっきから言ってるじゃないか、この宇宙の塵芥!』
(あ、のこり26カウント)
『でーい!話が先に進まないじゃないか、ハリガネムシ!あ、因みに蟷螂の腸に寄生する寄生虫ですよ!!』
だから、お前の最後の一言が余計なんだよ!
――――――――――
─更に別の何時か何処か─
それは、とある銀河団の中の2つの銀河系の戦争が発端だった。
悠久とも言える時間を戦い続けて疲弊した両銀河系は、資源の枯渇が無視出来ないまでの事態に陥った。
当の昔に他の銀河系に向けて、無人の資源探査兼採掘集積の船団を送ってはいたが、その船団が該当惑星を発見し建設したプラントが稼働して作業が軌道に乗った頃には、既に両銀河は滅びてブラックホールとなっていた。
しかし、無人のプラントは稼働を続け、統制・防衛・管理を行う【レギュレーター】は既に消滅している故郷に資源を淡々と送り続け、世代を重ねる毎に自らのバージョンアップを続け、やがて資源を吸い尽くすと他の惑星へ移動していった。
そんな、探査・移動・資源採集を延々と繰り返す中で、様々な要因により船団の数は減り、【レギュレーター】のプログラムは僅かずつの変異とバージョンアップを重ね続け、気の遠くなる様な長い年月の中、徐々に歪な存在へと変化していった。
そして、とある天体に辿り着いた1隻がプラントを建設し終え、続けて【レギュレーター】の生産ラインを稼働させ始めて暫く後に、異変が起きた。
最新型の1号機がロールアウト直後に消失したのだった。
――――――――――
(‥‥‥つまりお前と一心同体になれば生きられるわけだな?)
『そうだよ。‥‥‥さあ、このガンマカプセルを受け取りたまえ、緒神怜。共に地球の為に、悪と闘おうではないか』
(だが断る!)
なんでいきなりエコーかかってんだよ。何がガンマカプセルだ。極太の万年筆擬きじゃねーか。ダサイ。
『なにゆえっ!?あぁっ残り23カウント』
(お前と残りの寿命をフュー○ョンなんてヤだよ!大体なんだ、悪と闘うって。ここは法治国家日本だぞ。宇宙人と合体して闘うのがヤ○ザとか麻薬カルテルとかチャ○ニーズマフィアになるぞ?)
『当たり前だろ!?こんなクソど田舎に侵略に来る暇な宇宙人なんか居るもんか!』
一々(いちいち)ムカつくな。何で【死にかけ被害者地球人+加害者の宇宙人】=悪と闘うヒーローって謎方程式が成立するんだよ。
(別の方法は無いのかよ)『ある事はあるけど‥‥‥え〜、面倒臭いなあ』
(残り20カウント)
『わぁかったよ!5世代前の方式の【ユナイト】でいいね!?』
(それしか無いの?)
『こっちはユナイト後のケアが大変なんだけどね』
ふむ。しかし、この著作権侵害になりそうな宇宙人と合体するよりはマシだろう。2択なら間違いなく後者だな。あ、残り19カウント!アーリマン先生が準備運動を始めましたよっ!。
(じゃ、スチャリとやっちゃって)
『まずは君の肉体破損の修復からだ。今の君の顔、モザイク処理をしなくてもリアルにモザイク状態だからね』
(おぞましい事聞いたなぁ‥‥‥)
ポンコツ宇宙人は、何もない空中にエメラルドグリーンに発光する、半透明の3面のコントロールパネルを展開すると、あたふたとパネルをタッチし始めた。
(今気がついたけど、周りは何もないんだなあ。この湯気みたいなのはスモークかね?)
『閉鎖空間だからね‥‥‥と言うか、話かけないでくれないかね!気が散るのだよ。只でさえ無免許運転で事故って気が動転してるんだから』
何か、聞き捨てならねー事をサラリとほざいたな!?。
(‥‥‥無免?)
『いや〜時間の狭間を飛ぶのが、あんなに難しいとはね。シュレディンガーシステムが安定しない事夥しいよ。おかげで此方の空間に実体化した瞬間に平凡な顔の現地人を跳ねてしまったよアッハッハ‥‥‥よし、出来た。サービスでイケメンにしといたからね。これでチ○コが乾く暇がなくなったよ。感謝したまえ』
‥‥‥身体が動くなら、今すぐにでも殴りてぇ。話の流れでサラっと自白しやがったぞ、この著作権侵害マン。と言うか、余裕が出来たのか話の中身がゲスくなったな!?
(この野郎‥‥‥おい、これで復活の儀式は終了か?)
『儀式って‥‥‥まだだよ。失ったライフエナジーを【ユナイト】で補填しなけりゃ、閉鎖空間を解除した瞬間に死ぬよ。大体だね、ほとんど死んでるんだから、バイタルもステータスもゼロじゃないか。それを修正しないと』
(成程な。急げよ‥‥‥お前の刑期2万年まで後13カウント!)
『あわわ‥‥‥さ、再設定!えーとえーと、筋力、知力、体力、耐久力、持続力、寿命と、後は‥‥』
2万年て、奴の体感時間でも長いんだな。焦っとる。
≪ピコッ≫
(随分安っぽい電子音が聞こえたが?)
『あっ』
(‥‥おい。今、完全に何かをミスったよな?)
寝転がる俺の死体の前で、俺を殺した張本人、銀色の身体に赤いラインの入った宇宙人は、無表情な能面の様なその顔の額辺りに脂汗を浮かべながらフリーズした。
『‥‥‥』
(宇宙警備隊さーん!銀河連邦警察さーん!ここに人殺しが居まーす!)
『わーっわーっ落ち着きたまえ!ミミミミ、ミスなどするわけ無いだろ‥‥‥慌てんぼさんだなあ。フッフッフ』
無免許で人を跳ね殺した奴のセリフじゃねーな。つーか、あと9カウントですよ!アーリマン先生、コーナーポストに登って何をする気ですか!?
『よ、よし!ユナイト対象は、つい先刻生まれたこいつだ!異論は認めない!!』(ちょっと待てぇい!つい先刻って‥‥)
抗議も虚しく、俺の死体の右側に現れたのは‥‥‥。
(は○れメタル?リキッドメタル的なターミ○ーター?なんだこれェェー!!)
俺の右側に現れたのは、ゆらゆらと不規則に蠢く、メタリックシルバーの不定形な流体だった。
『【ユナイト】対象に決まってるだろ。さあ、ネーミングをしたまえ』
再び安い電子音が響くと、流体金属らしき物の前面に半透明の画面が現れた。
(なんか殆ど文字化けしてて読めねーぞ。チェンジ!せめてお前みたいに迂闊で粗忽でボンクラポンコツインチキゴミクソクサレクズじゃないヤツ!!)
『却下!時間が無いんだよ!ネーミングを行わないとユナイトは実行されないんだから。文字化けは君たちの言語に翻訳しようが無い部分だから仕方ないよね!?君のステータス再設定でサービスしてあげたんだから我慢したまえ』
(サービスぅ?不手際の間違いじゃねーのか)
■ 名前‥‥AL ┓≒◇§△〆☆#ds※〒●○
デフォルトネーム‥‥‥と言うか、製造番号?製品番号なのか、これ。‥‥うわ、残り3カウントですと!?アーリマン先生、コーナーポストの最上段で観客にアピールするのは止めて頂けませんかね?
(ヤバイヤバイ!アーリマン先生のキングコングニードロップが来る!!ALとds以外は意味不明だな‥‥‥じゃあ、ALds【アルディス】で!)
俺が大慌てで流体金属にネーミングした瞬間、それは人の形を形成した。
『たは〜、間に合ったぁ‥‥‥じゃ、後はせいぜい長生きしてくれたまえ。あ、クレームとか返品とかは受付してないからね』
そう言い放ったポンコツ宇宙人は、スチャッと2本指で挨拶した。それと同時に、視界が暗くなっていく。
遠くでアーリマン先生の舌打ちが聞こえた気がした。