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氷室は土日を一歩も外に出ずに帆船模型の製作に没頭した。
まるで自分の職業が最初から船大工かなにかであったかのように、意識を船上に投影させて細部にまでこだわった。少し眠ってはまた工作、そして背中に張りを感じたら、どさっと横になる。食事も酒も絶っている。
艦橋の接合部分にちょっとした隙間が開いてしまい、そこをどう埋めようかと思って手を止めたのが、作業の終わりとなった。
カーテンを開く。外は暗い。
いったい何日の何時なんだ――と携帯電話をとって確かめると、丸二日が経過していると気づいた。
死地に向かっているわけでもあるまいし、これでは不健康極まりない。
氷室は猛烈な空腹を感じて、インスタントの麺を二つ分茹であげた。冷蔵庫を開けて野菜やら肉の端切れをさらい、一緒くたにして炒めたところへ、粉末ソースと茹であがった麺をからめて、なんだかわけのわからない料理をこしらえた。
皿に移すことなく、そのままキッチンに立って食していると、現状にぎゅっと絞られて涙やら鼻水やらが垂れて混じっていく。それでも構わずに、氷室はガツガツと食い続けた。
ぺったんこになっていた腹部が丸みを取り戻していく。すっかり衰萎した腹筋のせいで、腹が減れば凹み、満腹になればだらしなく膨らむのだ。
流しで顔を洗い、ついでに手鼻をかんだときになって、ようやく氷室はこれからのことを考える気になっていた。
氷室はシャワーを浴びて髭を剃った。
小ざっぱりしたのちに便箋を持ってきて座ると、鉛筆で社名と社長名を書きだした。しかし、それだけで手が止まる。痰が絡んだように嘆息して頬杖をついた。そこから進めなかったのは、みじめさからではなく、単に書き方とレイアウトがわからなかったからだ。
彼は幾人かの退職届を受理した経験はあったが、役付きの辞表は見たことがない。それで、いざ自分が書くとなると、どうしたものかと思考を曇らせている。
立つ鳥跡を濁さずなんて諺があるように、せめてスマートでありたいと思う反面、自分ひとりがもがいたところで濁るような規模の会社ではない、と自嘲した。どのみち、あとの細かいことなんて知るか! と、なれない性格なので、苦悩も抵抗も無駄でしかないのだ。
氷室はネットで検索して、良さそうな例文が見つけた。それを模してさらさらと書きあげたのだが、会社規定の書式があったような、なかったようなと思いたって、一枚を千切り、丸めた。
「あぁもぉ……寝る」
そう声に出して、彼は目覚ましを忘れずにセットした。眠れないかもしれない……などと思った三分後には眠りに落ちていた。
出勤時刻までの約五時間。彼は一度も目を覚まさなかった。




