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初めて彼女らが泊まっていったときの自省は、四度目ともなると薄らいでいた。
ただ、氷室のベッドでは物理的に三人一緒というのが厳しいので、明日も出勤する身の彼としてはつらい。休みの者が冬用の掛布団を床に敷いて寝る。それが思いやりというものではないのか? と、その考え方でいくと、丸山女史に床で眠れと頼まなければならないが、氷室の常識ではとても言い出せそうにない。それに、珍しく今夜は丸山女史が、いの一番に眠ってしまっている。当然のようにベッドで、だ。
氷室はベッドを背もたれにして床に座っていた。その肩に頭をもたげ、佐々岡は酔眼朦朧としながらも、学生時代の話を語っていた。その間にも、彼女の左手は氷室の肩から胸を行ったり来たりしていたが、誘いや愛撫ではなく、話すときの手振りという感じだった。
「もう限界だろ。布団を引っ張り出してくるよ」
そう言って、佐々岡の左手を退けると、今度は背後から頭頂部を張られた。丸山女史が寝返りを打ったようだ。その腕も掴みベッドへと戻した。するとまた佐々岡の手がするっと伸びてきて、肩に掛かった。
――うっとうしい。お前ら、寝る前にちゃんと歯を磨けよな!
氷室は佐々岡をなんとか抱えて、丸山女史の上に積んだ。そうしておいて、自分は洗面台へ行った。タオルで顔を拭っていると、丸山女史の圧迫からくる呻き声のような寝息が聞こえていた。
時刻は二十三時を少しすぎたくらい。静かすぎる外の様子が気になって、氷室はサンダルを引っ掛け、ドアを開けた。
雨は止んでいる。表に出て大きく伸びをしてみると、湿り気をおびた生温い夜風でも、火照った肌には心地良かった。
男冥利に尽きる環境にどっぷりと浸っていながら、氷室の中心にはくすんだ鉛のような、わだかまりがあった。丸山女史は社内で高根の花といわれるだけの容姿を備え、佐々岡の初々しさは、たしかに男心をくすぐる。
しかし、それとは違った感覚が、氷室の胴回りにはまとわりついていた。小動物が震えながら抱きつくような、小さくても力強さをかんじるような……。
彼が包み込んでしまいたいと思うのは、やはり美優なのだ。この女が欲しいなどと煩悶するのは、ずいぶんと久しい。その代用として彼女らに接しているようで、忸怩たる思いでいた。良心の呵責。それもあるだろう。だが、心に燻っているのは、もう少し狡猾な感情。
この関係はいずれ終焉を迎える。氷室には、その覚悟がまだなかった。
次の日の朝は、キッチンからの音で目を覚ました。
カリカリに焼いたパンにハムを載せ、スプーンでとスクランブルエッグを盛った。かじったときにパラパラとパン屑が落ちるので、各自が顎の下に皿を構えて食っていた。
氷室は右のあばら骨を擦って、時折、佐々岡を睨めつけている。佐々岡は左の肩をくいっと上げては、首を傾げている。丸山女史は不思議そうに、二人の仕草を目で追っていた。
――彼が床に就いて三時間ほど経った頃、佐々岡はベッドから氷室の上へ転げ落ちた。
彼女は夢現にへらへらと笑っているようだったが、氷室はしばらくの間、息が吸えないほどだった。
そのあとも、彼女は悪びれることもなくベッドの端に頭だけを載せて、アヒル座りの姿勢で眠っていた。氷室は彼女をベッドへ戻そうとしたが、脇を抱えると身を捩り、彼女はいうことをきかなかった。
そこで今度は、腰のクビレを両手で抱えた。すると彼女はくすぐったいのか、それから逃れるように形の良い尻をヘコヘコと上下させて、上がっていった。――面白い発見だった。氷室は、さかさかと彼女の腰のクビレをしごいて、ベッドへ誘導することに成功していた。
氷室はベッドから少し距離を取って、再び床に就いた。ところが睡眠のサイクルが微妙に合わず、やっと寝入ったのは、今から一時間ほど前のことだった。
氷室が欠伸を連発する。
丸山女史が口の端を指で拭って言った。
「隣の二号室って空いてますやんね?」
上の六号室の生活音は聞こえてくるのに、隣からは何も聞こえてこない。黙々と進む朝食に侘しさを感じて言っただけなのかどうかはわかないが、他の二人は違う意味に取った。
「デミさん、それはちょっとないんじゃないですか」
「住所変更は原田部長に届くから、マズいって……」
二人の焦り様に、丸山女史がムフフと笑った。




