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 九月半ばになっても当たり前のように暑い。

 荒木支店長が、ゴミ袋とゴミバサミを手に、どんどんと駅のほうへ行く。後ろに付き従うのは秘書の丸山女史。

 氷室は日陰を追い求めるように反対の方角へ。数人を引き連れて、とぼとぼとゴミを探していた。

 

 これは本社の方針により、すべての支店が取り組んでいることで、職場を中心とした半径五十メートル内のゴミを拾ってまわるという、月に一度の清掃作業。地域貢献の一環である。

 日程や、その他の細かなことは支店に一任されている。この清掃作業のためだけに、わざわざ早朝出勤している支店もあるとか。

 ここ三重支店では、十六時半からの約一時間を割り当てている。これが終われば家に帰れるという事務職と違い、営業課の中にはサボる者も多い。それを何とか言い包めて全員参加を促すのも、氷室の仕事ではあるのだが……。

 善行であるにもかかわらず、気恥しさをおぼえるのは、これが純粋な目的だけではないから。それと、あまり独りにされたくないのは(山和興産グループ)とプリントされた、黄色いTシャツを着なければならないという決まりがあるから。

 

 煙草の吸殻をまた一つゴミ袋へ落とし「あぁ、あちー」と、氷室は独り言ちた。

 彼のすぐ近くにいた男性社員が「そろそろ引き返したら、ちょうどええ時間になると思いますねんけど……」と、遠慮がちに言ってきた。

 思いは皆同じ。

 氷室が頷いて「じゃあ、できるだけ違う路地を通って帰ろう」と声をかけると、その他の者たちも怠そうに戻っていった。

――やれやれだ。三々五々になってお喋りしていては、なんのアピールにもならないし、通行人に偽善だと気づかれかねないのに。


 氷室は路地を折れ、駅前通りに出た。この幅のある歩道を掃除しながら会社へと向かった。

 人目の多いこの通りで作業している者は、さすがに黙々とこなしているようだ。氷室は、その一人一人に声をかけて、Uターンを促していった。

 

 額の汗を拭い、ふと反対側の歩道に目をやって、氷室は棒立ちになった。

 あのストーカー男がいる!

 こちらに気づいている様子はなく、駅に向かって歩いていた。似ているだけかもしれないと思いながらも、氷室は動き出していた。少し手前の交差点の信号が青だったので、氷室は急いで戻り、横断して反対側へいった。

 男は早足だった。前に邪魔な集団があれば、さっと車道に降りて、また歩道へと上がる。やけに忙しない歩き方だ。もはやゴミ拾いを装いながらでは離される一方だ。


 氷室と美優は、週に一度くらいのペースで会うようになっていた。

 その度にストーカー男が、少しだけ話題にのぼる。といっても、最近は何をしてくるというわけでもなく、ただ、帰りの電車内でじっとこちらを見て、笑っているのだそうだ。それで美優は、とにかく気持ち悪いと訴えている。

 実害がないのに、生理的に受けつけないのでどこか遠くへ行け、というのは無茶な言い分だが、やはり氷室としては美優側に立たざるを得ない。

 氷室はズボンのポケットから電話を取り出して、美優へかけた。

 呼び出し音が鳴る間も、片時も男から目を離さずに追っていった。


「今、うちの、会社の前を、あの男が、歩いてるんだけど」早歩きで、どうにも息が上がってしまう。

(――え? それは……)

「とにかく、あいつの、住んでいる所なんかがわかれば」

(あ、危ないですよ。氷室さん、無茶しないでください)

「大丈夫だよ。気づかれていない。――ごめん、またあとで連絡するよ」一方的に電話を切った。

 前から来た荒木支店長たちと、男がすれ違った。


「お、さすがに氷室さんは、えらい汗かいて頑張ってはるなぁ」

 荒木が首に巻いたタオルで額を拭う。

 氷室は「いや~、暑いですね」と、荒木に倣って汗を拭った。荒木の肩越しに、あの男が離れていく姿が映っていた。

「お疲れさです。こっち側はひと回りしてきましたし、もう戻ります。氷室さんも、そろそろ上がりませんか?」

 丸山女史は涼し気に言うが、顔のテカリ具合は相当なものだった。男のようにタオルでガシガシと拭えない彼女らには、同情する。

 

 それにしても……と、氷室は思う。

 奴はこの近くに住んでいるのだろうか?

 住処と名前がわかれば、だいぶ優位に立てるというのに。

 駅に向かっているということは、これから電車に乗るのかもしれない。それならば、この恰好で追うわけにもいかないし、恥ずかしいので、それまでだ。

――はっ、まさか、私のアパートがすでに知られていて、下見してきた帰りとか……じゃないよな。ええ、勘弁してくれよぉ。


「――ええ、私も戻るところでした」

 三人は並んで目の前の信号が変わるのを待った。


 氷室は横断歩道を渡りながら、振り返って男の消えたほうへ視線をやった。

 意外にも、男はまだそこにいた。立ち止まって誰かと電話をしているようだった。

  

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