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支店の営業マンは土地の言葉を使い、フレンドリーな商談を心掛けている。
しかし、それはある程度経験を積んだ年配の者が会得してしている業であり、若輩者が一朝一夕に真似て上手くいくはずもない。老夫婦で営んでいるような個人商店ならば、孫のような態ですり寄ることもできようが、そういう所は概ね熱心な販売活動をしておらず、そこで商品を置いてくれることになったとしても、売り上げはあまり芳しくない。そしてその成果は、そのまま担当者の成績となって表れるので、意欲のある者はやはり担当区域内の大口を狙う。
そこで、氷室は総務部であるにもかかわらず、ときどき補助を依頼されることがある。遊軍たる所以だ。
彼の部長代理という肩書が相手に優越感を与え、東京の本社から来たという威光で、地方ならではの感覚を逆手に取る。営業部の上役がフォローバックするのとは、また違った手法を試すというわけで、これが滅法効果があるのだ。
時刻は十六時。アスファルトが溜めこんだ熱を放出し、外はまだずっしりと暑い。
先月二十五歳になったばかりの渡辺は、意気揚々と車を運転していた。彼は袖を捲り上げ、筋肉質な腕で力強くハンドルを握っていた。
経理の佐々岡と同い年だが、同期というわけではない。高校を出てふらふらとしていた時期があったらしく、見かねた渡辺の両親が友人である原田部長に相談して、この会社に押し込んだのだそうだ。いわゆるコネ入社というやつだった。
「部代、ありあした。これでやっと決まりましたよ」
「うん、おめでとう。小口十件分くらいの価値があると思うよ。遠藤課長もびっくりするだろうね。――ただ、ああいう大きな所はね、もちろん他の業者も狙ってくるんだから、常に気を配っておかなきゃ。切るときだって容赦ないよ」
「はい。わかってますって」
彼が本当にわかっているのかは不明。氷室は調子に乗っている渡辺に一抹の不安をおぼえながら、自身も久しぶりの充実感を味わっていた。
「あとは書類を経理に通すだけっすよ。そしたら今日は久しぶりに、明るいうちに帰れるかなって」
「そうかぁ? 課長に報告入れたら、今夜は飲みに誘われるんじゃない?」
「ああ、それ、あるっぽいっすよね。言ぅたら悪いんすけど、ありがた迷惑っていうか、何ていうか……」
「渡辺くんは、酒、飲まないんだっけ?」
「まったくってわけやないっすけど、仕事関係以外では、あんま飲む機会がないっすね。世の中に酒がなくなっても全然平気って感じっすかね」
――料理にだって使うだろ!
氷室は、車のスピーカーから繰り返し流れてくる、ジャパニーズレゲエに苛立ちを感じながら言った。
「……そりゃ、貯金がたまって、いいね」
会社の到着すると、渡辺とは二階で別れ、階段で三階へ上がっていった。
三階のオフィスに戻ると、珍しく原田部長から首尾を訊かれた。渡辺が友人の息子だということで、気になっていた様子。
「……ほうですか。良かった、良かった。ほしたら、たまには飲みに連れたろうかいな」
「渡辺くんは、そういうのは苦手らしいですよ。そういうのは私らより、さっさと家に帰って、彼女にでも祝ってもらったほうがいいんじゃないですか」
「ええ? あれに彼女が?」原田は大袈裟に仰け反った。
「あ、いや、知りませんけどね」
すると、仮病でサボった佐々岡の代わりに入力作業をしていた、清田部長が話に入ってきた。
「あれは、方々にちょっかいを出しているようで、ちょっと困った奴ですね。うちの佐々岡くんにも、付きまとっていた時期がありましたし」
清田から佐々岡の名が出て、氷室はビクッと反応した。尻をぐっと締めて振り向いた。
「ああそう言えば、あったなぁ。ワシがええ加減注意したろうと思ぅたら、清田さんが(用が済んだら、さっさと戻れ!)て怒鳴ったんよな。まぁ、典型的なお調子者やさかい、心配な坊主やけどね。あれ、やる気はあるんよ」
原田が代理人のようにフォローする。
「へえ、そんなことが?」氷室はククッと笑った。
そのときの様子は容易に想像ができた。初対面でも気軽に声を掛けられる性格は、氷室にとって羨ましくもある。
そこで、噂の本人がタイミング良く登場する。
先ほどよりも得意満面度が増しているように見えたので、営業課でも褒めちぎられてきたな、と思った。
「あれ、佐々岡さんは?」
清田部長の頬が引き攣った。
浮かれている最中なのは知っているが、さすがに部長クラス三人を前にして、その物言いはマズい。
いち早く原田が立ち上がって芝居じみた笑い声を上げた。それが、清田が怒鳴るのを制した形になる。
渡辺は来たばかりなのに「え? ちょ……」という言葉を残して、原田に連れ出されてしまった。
替わりに入室してきたのは、営業課の遠藤課長。戸口に立ち、渡辺が引っ張られていくのを訝しんで見送っている。
「あいつ、何かしよりましたか? あぁほれよりも、氷室部長代理、ありがとうございました。渡辺のフォローは大変やったでしょう」
「いえいえ」氷室は半笑いで首を振った。「なかなか、熱意のこもったプレゼンで良かったですよ。――あとは、遠藤課長の出番ですか。渡辺は将来性のある奴だとか、なんとか言って、会社全体でバックアップする体制が整っている、ようなことを先方に伝えておけば、万全かと思います」
遠藤課長がニヤリとしながら首を揺らす。
「はい。明日にでも行ってくるつもりですわ」




