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 入社二年目の僕がこのマンションに住み続けるには、これまで通り姉貴が家賃を半分以上負担してくれないと、無理だ。

 しかし、来年の春に結婚する姉貴は、この連休中にここを出ていくことになっていた。僕にとっては義兄になる人と、新しい場所で、新しい生活を始めるそうだ。さすがに、それにくっついて行くわけはいかないので、今日から一人暮らしというわけだ。


 それで、僕も引っ越さなければならなくなった。ここに転がり込んでから、まだ一年しか経っていないというのに。洗濯機と電子レンジはこの部屋のを貰ったが、引っ越し費用だって馬鹿にならない。

 そんな愚痴を実家の両親に電話すると、なんとお爺ちゃんが引越し費用を出してくれた。ついでにお一人様用の冷蔵庫まで買ってもらってしまった。俺も一人前に働くようになったんだから……実家を出るときに言った台詞が恥ずかしそうに隠れてしまいそうだ。


「ちょっと慎ちゃん、もっと綺麗な字で書きなさいよ。これじゃ住所が読めないじゃない」

 七歳も離れているせいか、姉貴は未だに僕を(ちゃん)付けで呼ぶ。

「うるせえなぁ。俺んとこに訪ねてくることなんてあんのかよ」

 新住所はまだうろ覚えなので、財布から免許証を抜き出して、姉貴に渡した。免許証の住所変更は前もってしてある。

「そんなのわからないじゃない。何か送ってあげたりすることもあるでしょ」

「欲しい物があったら自分で買うから、いらねえって」

 引っ越し費用を親に泣きついたくせに、と言いたげな姉貴が立ち上がって、腰に手を据えた。

「んじゃ、もう行くから」

 写し終えるのを待って、ひったくるようにして免許証をしまった。

 靴を履き、半帽のヘルメットを頭に載せる。

「節約しないと、お金なんてすぐに消えちゃうわよ。あんまり洗濯物を溜めこんじゃ駄目よ。お隣さんにちゃんと挨拶して……」

 顔を洗えよ、歯を磨けよってか? 僕は溜息をつき、片手で別れを言った。


 姉貴はとある劇団に所属していて、この部屋には、その仲間たちが毎日のように訪れてくる。素人に毛の生えた程度の人たちが、芝居談議に興じるのは滑稽なものだ。その輪の中へ、僕は入っていけない。気のいい連中なのは確かだが、それがときに煩わしい。酔いが回ってきてからのアイツらときたら……。あの喧騒と息苦しさから逃れられるなら、極端に狭くなる新居もありかと思う。

 家賃は今まで負担していた分と変わらないし、仕事場は近くなる。問題は細々とした家事全般。特には食事のこと。料理が得意だった母や姉貴に甘えすぎて、僕は何かを焼くことくらいしかできない。やはり外食が増えるだろうな。給料日前にSOSを発信するような恥さらしにだけはなるまい。

 そう決意も新たに、原付のスクーターで出発した。


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