フィフィルティール・フィッツグラットフェルト視点
初めての女性の他者視点です。
これは、どういう生き物なのかしら……。
わたくしは目の前で口いっぱいに食べ物を一生懸命詰め込んで食べている少女を見ながらそう思った。
まるでリスが頬袋に木の実を詰め込んでいる姿に被って見える。
その少女は、エレナ・クラウンという伯爵令嬢であった。
一生懸命に食事をしている彼女の目の端にはかすかに涙の跡が残っている。
先ほどまでの事を思い出す。
食堂の開いている時間が終了し、食事をとれないと悲嘆する彼女のあまりの憐れな様子に、思わず部屋に連れてきた。
わたくしの部屋は実家の侯爵家から連れてきた侍女付の部屋で、普段から人前で食事をすることをあまり好まないわたくしの為に、いつも食事の用意はされていたから、それを出して差し上げる、と。
エレナ・クラウンは大喜びでついてきて、今その目の前に差し出されたものを夢中になっておいしそうに食べている。
別に、そうたいしたものがあるわけではないのだけれど……。
ただこの様子では話しかけてもまともに聞いてもらえそうにはないから、食事が終了するまでは待っていた方がよさそうだ。
そう判断し、彼女の食事の様子を見守っているわけなのだけど……。
無心に食べるその姿はまさに小動物。
何だか、とても可愛いですわ……。
彼女に聞きたかったこと、それがおぼろげだがわかったような気がする。
わたくしは、フィッツグラットフェルト侯爵の娘として生まれ、それに応じた教育をされてきた。
将来誰に嫁いでも、仮に王族に嫁いでも恥じるところのない淑女となる為に。
実際、他国の王女を迎える予定の皇太子は別として、第二王子であるレフィル様の正妃の第一候補にはわたくしの名前が挙がっている。
年齢、家柄ともにつりあう相手として。
まだ正式なものではないが、ほぼ確定事項とされていることで、わたくしもそのつもりで日々精進して毎日を過ごしている。
レフィル様は非常にお優しい方だった。
常に優しい笑みと言葉を向けてくださる。
レフィル様から酷い扱いを受けたことはない。
ただそれは逆に、レフィル様の本心を窺い知れないという面もあった。
少し、寂しいような気持がしたのは否めない。
けれど、政略結婚ともなれば、これが普通であろう、と。
まだ正式ではないが、婚姻が決まるのであれば夫婦になってから気持ちをきちんと交わしあうのでは遅くはないだろう、と。
レフィル様がお優しい方であるには間違いないのだから、と。
そんな時、レフィル様が気にかける令嬢が現れた、と噂を耳にした。
それは、クラウン家の伯爵令嬢なのだと。
これまで、ニール・エルハラン以外にレフィル様が特別親しくされている様子の方はいなかった。
もしや、レフィル様はその方がお好きなのではないか。
そう思ったら、実際に自分の目で見て確認したくなった。
確認してどうする、とまでは考えてなかったけれど。
そんな中、寮でその彼女の姿を目にした瞬間、思わず声をかけた。
目を丸くして見返した彼女は、とても可愛らしかった。
綺麗だとは言われても、可愛いとは滅多に言われないわたくしとは真逆の存在のように思われた。
その後の反応は、思いもよらないものであったが。
「ぷはーっ、ごちそう様でした。おいしかったのです。どうもありがとうございましたのです、フィル様!」
満面の笑顔でお礼を口にする、エレナ・クラウン。
わたくしは思わず笑みを返した。
レフィル様のお考えはわからないけれど、気持ちはわかったような気がする。
この子、ものすごく可愛いのですもの。
感情が明け透けで、それがまた太陽のように眩しい輝きを放っているから。
こちらまで、明るい気持ちにさせられるから。
その、笑顔を見たいから。
その、奇想天外な行動を見守りたいから。
その、可愛らしい反応をこちらに向けて欲しいから。
きっと、目を向けずにはいられないのでしょう。
きっと、声をかけずにはいられないのでしょう。
きっと、わたくしも……。
「うーにゅ? あう? 何か忘れている気が……。あ! そうなのです! フィル様? 何かご用があったのですよね? ごめんなさいなのです。えと、で、何だったでしょうか?」
こてりと首を傾げて問いかけるその姿も、本当に幼児のようで愛らしい。
ずっと、愛でていたいくらいだわ。
だから……。
「ねえ、エレナ・クラウン?」
「はい、なのです!」
「わたくし、もっとあなたのこと知ってみたいわ。ですから、よろしかったらわたくしとお友達になって頂ける?」
わたくしがそう言った数秒後、彼女が喜びの顔で破顔した。
その顔を見て、わたくしの心の内も喜びが溢れる。
本当にこれは、何て可愛い生き物なのかしら。
たぶんフィル様のエレナに対してわきおこった感情は王子よりニールのものに近いかと思います。




