レニー・カーティス視点
レニー視点の続きです。
「うん。予算もドレスの布本体にかけた方がいいと思うんだ。このタイプのドレスのレースだったら安いものでも十分いけると思うし……」
ついでとばかりに、仕立てや予算などの案を提示してみる。
感心したような表情で僕の話を聞いていたエレナ・クラウンだったが、一区切りついたところでほんわかした笑みを浮かべた。
「よく知ってるですね、レニー。すごいのです」
その言葉に、僕は思わず口を覆ってしまう。
「別に……。こんなの、たいしたことじゃない……」
そう。
こんなこと、全然たいしたことじゃない。
「お洋服、好きなんですか?」
そんなエレナ・クラウンの質問に、答えに窮す。
「別に、好きなんかじゃない。ただ姉に、アニーに……、アニーに商売の基本はどれだけその基礎知識や情報を押さえているかだって言われて覚えさせられただけだから……」
姉の威風堂々とした姿が目の前に浮かび、思わず自嘲的な笑みが漏れる。
「どうせ僕なんて、アニーのおまけみたいなものなんだよ。双子で生まれてきたけど、全部いい所はアニーにいっちゃったんだ、きっと。頭が切れるのも、化け物並みの身体能力も、度胸があるのも、すべて段違いにアニーのが上。困窮していた家の財政状況もあり得ないスピードで回復させたし」
いつも、一段どころか手の届かない高みにいる姉。
カーティス家にとっては姉だけで十分だったのに、どうして僕は……。
しかも……。
「僕がアニーより上って言い切れるものなんて何もないし……。同じ時に同じ場所で同じ親から生まれたのにこうも違うなんて……。双子の姉に教育されるなんて、何でだよって思うし、自分が情けないし……」
こんなこと、同い年の女の子に愚痴っているなんて、本当に情けない。
しかし、一度溢れるように言葉にかえて出た気持ちを、止めることなどとてもできなかった。
「皆アニーこそが後継である男子だったらって陰で言ってるの知ってるしさ。実際僕もそう思うよ。アニーこそカーティス家を継ぐべきなんだ。何にもできない僕なんかじゃなく。没落していく一方の家を再興し、さらに発展させていけるアニーの方がよほどふさわしい。僕が生まれてこなかったら、もしくは僕とアニーの性別が逆だったら、ごく当たり前にそうなっていたんだから」
そこまで一気に言い切った僕に、エレナ・クラウンは思いもしない切り返しをしてきた。
「……はう? レニーは女の子で生まれた方がよかったのですか? よければわたしのドレスとか着てみますか? ものによっては着れると思うですよ」
「誰がそんな話してるの!? 僕はただアニーがうちの爵位を継ぐのがふさわしいって話をしてるだけなんだけど!? 別に僕は女になりたいわけじゃない!」
何をどう解釈すればそんな話になるんだ!
しかも自分のドレスを貸すって……、本当に何を考えてるんだ。
そんな僕に、彼女はこてりと首を傾げてみせた。
「何が駄目なんですか? レニーがカーティス家の跡を継ぐことの」
話が本筋に戻ったことには安堵したものの、その質問に即答は出来なかった。
「駄目って……、別に駄目ってわけじゃなくて、僕よりアニーのがふさわしいって話をしてるだけで……」
駄目だ、とは誰に言われたわけでもない。
ただ、自分でそう思っただけで……。
「優秀だからふさわしいのですか? だったらアニーより優秀な人がいればその人のがよりふさわしいってこのなのですか? たとえば……、わたしの従兄弟のニール・エルハランとか?」
ニール・エルハラン。
エレナ・クラウンの従兄弟にして、エルハラン公爵家の完璧なる後継者……。
「いや、優秀な人って……。別に赤の他人がどれだけ優秀だろうとうちの跡継ぎには関係ないし……」
そんな人と比較されるのもおこがましいというか……。
困惑する僕に、エレナ・クラウンはあっけらかんと言い放つ。
「ううん? だったらアニーも同じなのですよね? 女の子ってだけで跡継ぎ候補からは外れているですし。……というより、何をそんなに悩んでるかよくわからないのです」
彼女はそう言って続ける。
「レニー、ちゃんとふさわしいのです。跡継ぎになる為頑張ってるんですよね? アニーに言われたからって、言われただけじゃ覚えないですよ、さっきのドレスのデザインや原材料の産地や価格までなんか。努力して、勉強して、それであんなにさらりと何も見ずにいろいろ言えたんですよね。跡取りって決まってるのに、それでよしとするのではなくて、いろいろ悩んで、考えて、頑張ってるんですよね。その場所にいるためにふさわしい人間になるために」
その言葉は、何故か心に深く染みわたっていくようで……。
「それは、すごいことなのです。立派なことなのですよ」
何故か、泣きたいような気持ちにもなる。
「とにかく、要はレニーはちゃんとカーティス伯爵家の跡取りにふさわしいってことなのです」
そう言って、エレナ・クラウンはふにゃっとした顔で微笑んだ。
こんな、変な女の子なのに。
こんな、とても伯爵令嬢とは思えないような、どちらかというと苦手な部類に入るタイプの人間なのに。
顔が、赤い。
動機がする。
何故。
嬉しい、と感じてる。
もっと、彼女と、話をしていたいと……。
僕は、不可解に湧き上がる感情に、思わず顔を手で覆ったのだった。
この話の中で一番の常識人・レニー、陥落。




