ニール・エルハラン視点
大変お待たせ致しました。
今年もどうぞよろしくお願い致します。
手元にあるティーカップからは甘い花のような香りがする。
自身の好みからすると少し甘すぎるが、茶会はそもそも女性の為のもの。
この場に女性は三名、しかもエレナが同席しているのであれば、好みはそちらに合わせるのが当然というもの。
エレナ・クラウン。
我愛しき従妹殿。
年齢を重ねてさえなお女神のような美しさを保ち続けるエレイン叔母上にはあまり似てはいないが、エレナが誰よりも可愛らしく愛おしい存在であることに違いはない。
彼女の望みであれば、どんな無理難題でも決して叶えるつもりだ。
初めてわたしの心を揺り動かした少女。
思いもしないようなその行動に振りまわされたことも一度や二度ではない。
だが、それは決して不快なことではなかった。
むしろ、好ましくすらある。
エレナは貴族の令嬢としては規格外ではあるが、人を傷つけるような真似だけは絶対にしない。
一点の曇りもない、汚れもない、真っ白な新雪のようなその純粋さを持っている。
彼女の言動、存在だけが、色あせたような世界に色を与える。
そんなエレナはわたしにとってどんな金銀宝石にも勝る至宝なのだから。
だからエレナには、一切の不穏分子も近づけさせない。
危険な目にあわせることも、不快な思いをさせることもないよう、その状況にも近づく人間にも細心の注意を払う。
エレナのその笑顔のためなら、どんなことでもしてあげよう。
幼き日にそう心に誓った。
その決意は今もわたしの胸の中に確かに存在しているのだから。
花の香のする茶を飲み下し、わたしはすっと視線を巡らせた。
ジェレミー・クラウン。
エレナの義弟である。
わたし自身とは血の繋がりこそはないが、エレナ同様出来の良い本当の弟のように思っている。
頭も良く、機転もよく利く。
エレナのことではよく共同戦線を張り、こちらの意向もよく汲み取って動いてくれる。
正直、彼がエレナの義弟として常にそばにいてくれることは重畳であった。
その横にいるのは、ラスティ・グランフォード。
エレナの父上とグランフォード侯のふざけたやりとりの末エレナの婚約者となった少年。
初めて会った頃は生意気な子供であったが、今ではだいぶ改善されつつある。
これであれば今しばらく虫よけの役割を果たしてもらっても構わないであろう。
いかなる時もエレナ第一に考え動く為、特定の友を作りづらいジェレミーが存外彼とのやり取りを楽しんでいることでもあるし。
エレナの否には決して逆らわない点も評価できる。
万が一エレナの意に反して手でも出した日には即座に切って捨てる用意はあるが。
それから、レフィル・ディラン殿下。
一応わたしの主ではあるが、ふざけたその態度はどうにか改めさせたいところだ。
能力的には一応有能ではあるのだが、困ったものだ。
エレナにかまいたがるところも頭が痛い。
まあ度が過ぎる時には覚悟して頂こう。
その殿下の有力な妃筆頭候補で、エレナは初めての女性の友人と浮かれるフィフィルティール・フィッツグラットフェルト侯爵令嬢。
ラスティと同じ侯爵家ではあるが、家格はフィッツグラットフェルト侯爵家の方が上である。
わたしと同様、その容姿から恐れられているようであるが、中身はわたしと異なり心優しい淑女である。
貴族の子女の見本のような令嬢であるから、エレナも彼女の良い所は見習ってもらえれば良いと思う。
エレナの友人として、この上なく相応しい相手であることに間違いはない。
唯一の欠点は、恐らく彼女の夫君となるのが殿下であるであろうことだが、こればかりは仕方がない。
さて……。
ここまでは昔からよく知る顔なじみばかりである。
だが、この場には新しい顔ぶれである女性がもう一人。
アニー・カーティス。
昔からエレナがヒロイン、ヒロインと言っていたその存在。
正直以外であった。
エレナの言っていた感じからすると、もう少し無垢な感じの少女かと思っていた。
しかし、傾きかけていたカーティス家を再興したと言われる才覚を持つ少女。
エレナの『理想のヒロイン』にしては、何か違和感を感じる。
先ほどから、主にジェレミーと交わしているやり取りもずいぶんと際どいものだ。
一見淑やかな令嬢を繕ってはいるが、その言葉の端々にあえて隠さない挑発の色もある。
彼女はどこか、わたしに近いものを感じる。
出来れば、近づけさせたくはない相手に思う
しかし、エレナがあれだけ熱望しているのだ。
簡単に排除するわけないもいかない。
さて、どうするべきか。
……まあ焦ることはない、か。
アニー・カーティス。
彼女がエレナにとって害になるのか否か。
とくと、見極めさせてもらうとするか……。
わたしはそう結論づけて、残ったティーカップの茶を飲み干した。
次回もお願い致します。




