静の三
私と凪とは少しずつ言葉を交わすようになりました。
といっても最初の頃は主に私が怯えていたせいで、会話になりはしませんでしたが。お互いの名を知ったのも、初めて出逢った日から数えて3度目のときでした。凪は二日目には名乗ってくれていたのですが、それに私が応えられたのが次回だったのです。
凪は私が初めて出逢った男の子でした。里には女の子供しかおらず、教導師がたもご老も女性で、物資を運んでくださるのも女性でした。それは徹底していたのです。私は知りませんでしたが、恐らく男性は意図的に排除されていたはずです。
それなのに凪は洞窟の奥にいた。
凪が言うのは逆のことでした。凪の暮らすのは私の暮らすのと同じような里で、けれど逆に男の子供らと男性の教導師と、ご老と、物資を持ち込む男性とがいるのだと。そしてまた、この洞窟は外界につながってはいなかったはずだとも言いました。
私たちは首を傾げ、二人してそうしているのが可笑しくて声を合わせて笑いました。
どうでもいいことでした。そのようなことはどうでもいい。私は凪との出逢いに浮かれていました。最初こそ怯えて竦んでいましたが、凪の名を知り私の名を告げ、そして暗がりで数回語り合う内には私は凪と過ごす時間が心地よいものだと知っていました。
私は凪とのことを誰にも言いませんでした。教導師がたにさじを投げられ見放され、そうすると決まって洞窟に行く、それは今までと変わりませんでした。ただ、その先に凪がいる、それだけで気持ちが弾みました。
最初こそ凪は手燭に火を入れていましたが、その内にそれは止めました。曰く、使わなくてもいい物資は使わないほうがいい、そうです。凪は優秀なのでしょう、いろいろな口実で、いろいろなものを溜め込んでいるのだと言っていました。私はぼんやりですので、それを尊敬しましたが、ただ聞いていることしかできませんでしたのでそれが少し悔しかったのを覚えています。
そんな風に2年ばかりを過ごしたでしょうか。
思えばあの頃が、一番幸せな時間だったのかもしれません。