静の一
私の暮らす里には、洞窟がありました。
海辺の里、と言っても険しい崖の中腹にあり、私は海に触れたことはありませんでした。崖のところどころにぽかりとできた泡のような空間に、へばりつくように暮らしていました。そのような土地ですから、生活は常にどこか薄暗く、もしくは命を危険に晒して明るさを得るか、というところ。そのような里で私は暮らしていました。
他所へ抜ける道もほとんどなく、唯一のそれは険しいものでした。里には私を含め5~6人の女の子供らと、指導する立場の教導師が3人、それから世話をしてくれるご老が1人。それだけでした。
当然それだけの人員で里が立ち行くはずもなく、私はついぞ知らないままでしたが、この里はどこか他所にある集落の一部、ただ女の子供らを教育するためだけの場、だったのでしょう。あの頃は気付いておりませんでしたが。
3日に一度、おそらくは母体の集落から物資が運ばれてきます。子供らはそれを楽しみにしていました。私もその一人、ですが鈍い私は教導師の出す課題をこなすことが滅多にできず、物資と共に持ち込まれる甘味や玩具を手に入れられることはほとんどありませんでした。課題をこなせなければ補習がありますから。
補習と言っても、それは教導師のかたがたも物資は楽しみにしていらっしゃいますので鈍い私に付きっ切りでいるのは面倒だと言うことで、訓練を課されて放り出されることが多くありました。教導師の一人、空教導師は面倒見よく付き合ってくださいましたが、ほかのお二方は特にその傾向が強かった。
その日も私は、課題として与えられた的当て、九割の成功率を求められていたところを七割程度しか的中できず、海教導師にさじを投げられて、ひとりで練習をしていました。海教導師はすごいのです。私たち子供らの倍の距離からでも、的の真ん中を外したところを見たことがありません。その境地まで至るのは無理でも、せめて的には当たるようになりたいものです。
私は、放り出されるといつも潜り込むひとつの洞窟に向かいました。
私たちの暮らすこの崖には、普段生活する空間以外にもいくつもいくつも洞窟があります。普段使う以外の場所へ行くことは禁じられていますが、そこは子供のことですから、ひとりにひとつはお気に入りの秘密の場所があるものです。もっとも大人たちが本当に知らないわけはないと思いますけれど。
とにかく、そこへ行ったのは初めてと言うわけではなかったのですけれど、私はそこで、凪に出逢ってしまったのでした。