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第三話 古代恐竜!カッシーを探せ その1


「ねえ右城くん。ここにきみの名前を書き込んで」

 机に向かう俺を導くように、背後に立っているゆにこは手を重ねてボールペンを神の上に走らせていく。

 彼女の胸が制服越しに背中に当たり、さらさらの黒髪が俺の頬を撫で、女の子独特のいい匂いが鼻孔をつき、紅潮するのを覚える。

 俺は言われるがままに己の名前書き込んだ。

「か、書けたよ」

「ありがとう。これでもうずっと一緒だね――マーヤちゃんと!」

 ゆにこは俺の名前が書かれた入部届の用紙を頭に掲げた。

 翌日の朝、登校するなり写真部に入らないかとゆにこに勧誘された。彼女の狙いはわかっている。俺が写真部に入部することで、放課後毎日マーヤと会えるからだろう。

 ゆにこにとって俺はやっぱりマーヤの入れ物でしかない。

 がっかりしたものの、俺としてもこれからゆにこと一緒に部活動に励めるのだから願ったりかなったりだ。

「ご主人様、どうして! どうしてこんな人間のいる部活に入るんだ!」

「ええい泣くな。男には耐えねばならん時があるのだ」

「耐えるのはマーヤだぞ~~~~!」

「じゃあ右城くん、絶対に放課後部活をしに来てね」

 そう言ってゆにこは「ちゅっ」と投げキッスを飛ばし、入部届を部長である藪坂先輩に渡すために教室から出て行った。あれが俺に向けてのものだったらよかったんだが、狙いはマーヤである。

「ぎゃああなんか飛ばされたぞー!」

 マーヤは大げさに投げキッスを避けて俺の頭から転落していた。

 それにしても――と俺は周囲を見渡す。

 今はまだ朝早い時間で、教室には俺とゆにこしかいない。もしも今のような場面を他の誰かが見たら勘違いされてしまうだろう。ゆにこは天然なのか、自分が男子にモテモテだという自覚がないのだろうか。他の男子たちに目を付けられかねない。

 ゆにこを狙っている男子はそれこそ同学年の男子の過半数だ。

 ライバルは多い。とはいえ、彼女自身は今のところマーヤにしか興味をもっていないのが救いだろうか。

「ともかく、だ。おいマーヤ、俺に協力しろよ。ゆにこと同じ部活に入るなんてこんなチャンスもう二度とないかもしれない。ゆにこを絶対に彼女にするんだ!」

「え~~~~~。やめておいた方がいいと思うぞ」

「いいか。あいつの興味がお前から俺に移れば、お前はもう苦しめられずに済むんだぞ。そう思えば一石二鳥だろ?」

「確かにその通りだね。マーヤは全面的にご主人様の恋を応援するぞ!」

 単純なマーヤはすぐさま乗ってきた。

 ゆにこと部活動――そう思うとドキドキが止まらず、俺は早く放課後にならないかと期待を膨らませる。


     ☆


「うーしーろーくん。一緒に部室に行きましょう」

 帰りのホームルームが終わると、すぐさまゆにこが声をかけてきた。

 その直後またもや一斉にクラスメイトたちの視線が集中する。

「おいおい、昨日に続いて今日もかよ。どうなってんだ」

「なんでネクラ野郎に芹沢さんが」

「一緒の部活! そういうのもあるのか!」

「くそ。あのネクラ。許せねえ」

 グツグツと煮えたぎった嫉妬の視線が突き刺さる。けどある種の優越感もないとは言えない。ふふん。どうだ、数日前の俺とは違うんだ。

「よし。じゃあ行くか」

 俺はゆにこと肩を並べて部室棟へと向かった。今日から俺も写真部の仲間だ。今まで部活動なんてやったことがないから、多少は不安がある。しかも部員は女子ばかりだ。意識すると緊張してしまう。

「あっ、でも俺カメラなんて一個も持ってないや」

 写真部で活動するにおいて一番重要なことを失念していた。カメラなんていう思い出を保存するためのアイテムなど今までの人生では不要だった。何せ思い出はあるが残しておきたくないトラウマばかりなのだから。

「大丈夫だよ。わたしたちの写真部にあんまりカメラって必要ないの」

「それってどういうことだよ?」

 写真部なのにカメラが必要ないって? 意味が分からず俺はポカンとしてしまう。

「まあ、とにかく入ればわかると思うよ」

 そう言って意味深にゆにこは微笑んだ。

 部室の前にやってきた俺は。首を傾げながらも引き戸を開く。

「こんにちはー。今日からよろしくお願いしま――ぶほっ!」

 俺の顔面にゴムボールが直撃した。

 勢いに負けてそのまま後方に倒れてしまう。なんだ。なんでいきなり扉を開けるなりボールが飛んでくるんだよ。新手のいじめか?

「きゃああ! ご、ごめんなさ~~~~~~~~~~い!」

 鼻血を垂れ流す俺のもとにボインボインと跳ね回るおっぱいが二つ――じゃなくて、体操服姿の山田さんが駆け寄ってきた。

 なぜか山田さんの手には野球用のグローブが着用されている。

「おいおい。だからノックをしてから入るようにって昨日言ったばかりではないか。貴君は同じ過ちを犯した、これはその罰だ」

 部室の奥には昨日と同じ甚平を羽織った藪坂先輩が立っていた。しかし彼女の手には木製バットが握られていて、なんとも違和感がある。

「部長、なにしてたんですか?」とゆにこが訪ねた。

「決まっておるだろう芹沢二年生。『密室野球』である!」

「『密室野球』?」俺は痛む顔を押さえて言った。「なんですかそれ」

「文字通り閉じられた室内で行う野球だ。狭ければ狭いほどいい。もっとも、さっきまで二人だったからあたしがバッター、山田一年生にピッチャーをやってもらったんだがな」

「そんな危ないスポーツやめてくれ! おかげで俺の顔が!」

「ただでさえ残念な顔が余計に残念になったかね?」

「ひでえ!」

「ご、ごめんなさい根賀倉先輩。わたしがストライクをとらなかったばかりに藪坂先輩が打ち返したせいで……」

 山田さんはボロボロと涙を流しながら俺に頭を下げた。

「いやいや。別に山田さんが悪いわけじゃないんだから」

「お詫びにお気に召すまで私の身体に落書きしてください!」

「何言ってんの!」

「どうぞこれサインペンです。どこでも好きなところに、どこでもいいですから落書きしちゃってください。おすすめは額に『肉便器』ですぅ。だから許してくださいぃ~~~」

「いやいやだからそう言うのはいいって!」

 この子はどこまで謝りたがるんだよ! 逆に怖いよ!

「しかしおもったよりもつまらなかったな、『密室野球』。やはり野球は九人できちんと校庭でやるべきものであるな。はっはっは」

「そんなの当たり前ですよ……ていうか遊んでないで部活動を始めましょう。俺、今日が初なんですから指導お願いしますよ」

「ふむ。何を言っているのだね。もう部活動は始まっているのだよ」

「いや、だって遊んでただけじゃないですか。カメラの使い方とか――」

「馬鹿者! 写真部だからってなぜ写真を撮らなくてはならんのだ!」

「ええええ!」

「さあ、芹沢二年生、山田一年生。あんな糞真面目は置いておいて、今日は『脱衣ジェンガ』でもやろうではないか。かっかっか!」

 藪坂先輩は扇子を煽ぎながら山田さんに指示を出してダンボール箱から玩具の数々を取り出させている。

「ね? わかったでしょ、右城くん。うちら写真部はあんまり真面目に部活動ってやらないんだ。基本的に遊んでばかりなの。文化祭の時の展示や、卒業アルバムを作るための写真を作成するぐらいかなぁ」

「そんなんでいいのかよ……」

 でも真面目な写真部よりはずっと楽しそうだ。カメラに興味があるわけではないのだから。

「俺もジェンガ混ぜてください! やります! やりますから!」

「なんだ根賀倉二年生。ふっふっふ。この『脱衣ジェンガ』を舐めてはいかんよ。貴君はすぐさま素っ裸にされるだろう」

「このゲームは壮絶ですよぉ。私なんて全裸にされちゃいましたもん。えへへ」

「ほんとに壮絶だな……ゴクリ」

「あっ、でもでも」とゆにこが割って入る。「右城くんは参加しなくてもいいよ。マーヤちゃんだけ置いていってくれればいいからね」

 とんでもなく爽やかで素敵な笑顔でゆにこは酷いことを言った。

「なんだなんだー! お遊びするのかー! 面白そうだな!」

「あ、マーヤちゃんだー!」

 抱きついてくるゆにこを蹴っ飛ばし、マーヤはぴょんぴょんと跳ねながら、ジェンガの積まれたテーブルについた。

 みんながわいわいと『脱衣ジェンガ』に興じるのを見て、俺はなんだかむしょうに寂しくなってしまう。

「お、俺も混ぜてくれよー!」

 仲間外れにされたくなくて、俺は四人に訴えたのだった。


「な、なんてこった……」

 下校を促す放送が入る頃には、俺はもう全裸にひん剥かれていた。合法的にゆにこの裸が見られるチャンス! かと思い『脱衣ジェンガ』に挑戦したはいいが、誰一人服を脱いでおらず、俺だけが負け続けたのだった。

「右城くん、ちょっと弱すぎだよ」

「ごめんなさい先輩。私みたいなゲロ豚が生き残ってすいません!」

「ふっふっふ。背中が煤けているぞ、根賀倉二年生よ」

「ご主人様弱すぎだぞー! お話にならないぞ!」

「ぐううううううう」

 俺は羞恥心と屈辱から半泣きになってしまう。なんなんだこの状況。女子四人に囲まれている中、股間を雑誌で隠しながら椅子に座らされている。こんなの誰かに見られたら俺は逮捕されてしまう。

「はっはっは。まあ今日は新入部員たる貴君の歓迎会も兼ねたレクリエーションだ。どうだね、楽しかったかね」

「こんな状態にされて楽しいわけないだろ!」

「まあまあ。これもいずれ思い出になるだろうさ。はっはっは!」

 だからこういうのは思い出ではなくトラウマじゃないか。

 そんな感じで俺の写真部入部一日目は終わった。

 その後も来る日も来る日も写真部での活動は遊びに終始し、俺は一度もカメラを触ることなくまたもや休日がやってきた。


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