第二話 ハイスクール・パニック その3
「いいわ。こっち向いてマーヤちゃん。はい、そこで笑顔! 次はちょっと回転してみましょうか。はい、チーズ!」
パシャパシャパシャと、ゆにこは自前のカメラのシャッターを切って切って切りまくっていた。
当然被写体はマーヤである。
「ご主人様~~~~。助けてほしいぞぉ」
心底困った様子で、メイド服を無理矢理着せられたマーヤが助けを訴えていた。
「ほらマーヤちゃん。そんな悲しい顔しちゃダメだよ。笑顔、笑顔! ピースピース!」
「うう。はーい」
ぎこちない笑顔をカメラに向けながら横ピースを強要されるマーヤは、痛々しくて見ていられない。すまん。俺には彼女を止めることはできん。
ゆにこの頼みごとというのはマーヤの写真を撮らせてくれ、というものだった。別段断る理由のなかった俺は無償で貸し出した。あいつは嫌がっているが、メイド服、ナース服、園児服と次々にコスプレしていく様は結構可愛らしい。
「わっはっはっは。このあたしが用意しておいたコスプレの数々がここで役に立つとは思っていなかったな。うむ。しかし美少女がああいう服を着るのはやはり映えるな。いやはや、これを持って眼福と致す!」
「あれ、先輩の私物なんですか」よくもまあ、あんなイメクラでしか使えないような服ばっかり部室に持ち込んだな。「写真部の活動っていつもこんなことしてるんですか?」
「ふふん。見たいか、見たいであろう、見たいに決まっている。では遠慮などせず見るがいい、このあたしの作品を」
そう言って部室の棚から分厚いアルバムを取り出し、バンッと机の上で広げた。
「こ、これは!」
そこにはいくつもの写真が納まっている。大半がコスプレ写真ばっかりだった――山田さんの。今のマーヤと同じようにメイド服やアニメキャラの服装を真似た写真が大量に残っている。なかにはきわどい服装のものもあり、水着写真もあった。
「ふええ~~~ん、見ないでくださいぃ! 私の写真なんか見ても目が潰れちゃうだけですよ。体調崩しちゃいますよぉ~~~!」
恥ずかしそうにしながら物凄い速さで山田さんはアルバムを奪取した。
「どうしたのだね山田一年生。撮影している時はあんなにノリノリだったではないか。何を恥じることがあろうか。コスプレとは魂の装飾である。お主の輝かしい青春の黒歴史をあたしのビンテージカメラでしっかりと残してやったではないか」
「黒歴史って言ってるじゃないですか~~~~。あれは部長が『いいよ、いいよ。もうちょっと脱いでみようか。いいねー可愛いよ~~~』なんて言葉巧みに私を煽るから……」
「どこのグラビアカメラマンだよ」
この部長あってのゆにこだな。やってることがまるで同じである。
「ねえねえマーヤちゃん。次はこれ、これ着て」
はあはあと荒い息を漏らしながらゆにこはスクール水着を手にしてマーヤへと迫る。いやいやと首を横に振っていたマーヤは、
「うわああん。もういやだぞー!」
と叫び声を上げて曲刀を取り出した。
「ちょ、待てマーヤ! それはまじでヤバイ!」
「いふたふ・や~・しむしむ~~~~~~~~~~~!」
半ば自棄になったマーヤは曲刀でゆにこの頭を切り裂いた。
「きゃあっ!」
直後、ゆにこの頭から何かが飛び出した。
それはマーヤだった。マーヤがもう一人出てきたのか! と驚いたが、なんてことはない。これはゆにこの妄想から生み出された別のマーヤである。しかもゆにこは想像力が貧困なのか、粘土細工のようにふにゃっとしたマーヤになっていた。
「ゆにこはこいつと遊んでればいいぞ!」
ドンッと泥人形の自分をゆにこに押し付け、マーヤは走り出す。
「ああん。マーヤちゃんの等身大人形だ~~~~~。うちに持って帰って部屋に飾ろうっと」
愛おしそうにゆにこは泥人形を抱きしめている。もうなんでもいいのかこいつは。
「どけどけ~~~~。マーヤは妄想魔神のマーヤ・ラーニャだぞ~~~~!」
マーヤはぶんぶんと曲刀を振り回しながら部室から逃げ出した。その際に刃が藪坂先輩と山田さんの頭をも切り裂いていく。
「わあお!」
「はわわわわわっ!」
ポンポンっと二人の頭からも妄想が出てきた。
「うおおおおお金じゃ。金じゃああああ! 一攫千金!」
藪坂先輩の頭から大量の札束と硬貨が溢れ出してくる。あっという間に部室内はお金で溢れかえった。札束のプールの中で嬉しそうに泳いでいるが、一枚手にとってみると妄想のせいか一万円札の顔は福沢諭吉ではなく、マーヤの間抜け面になっている。これじゃあとても使えない。
「大丈夫、山田さん?」
振り返ると、人間サイズの歯ブラシと歯磨き粉が彼女の頭から出ていた。
えーと。なんで歯ブラシと歯磨き粉?
「ああ! これは私が今まで夢見たカップリング『歯磨き粉×歯ブラシ』ですぅ!」
うっとりとした様子で山田さんは己が妄想を見つめていた。なんなんだ『歯磨き粉×歯ブラシ』って。新手の暗号か?
「うおおおお歯ブラシさん大好きじゃあああああ!」
「きて、早くきて歯磨き粉さん! その太くて立派な体つきがたまらないわああ!」
「行くぞ行くぞ歯ブラシさんの敏感な○○○にわしの××を××××××するぞおおおおおおおおおおおお!」
「ああ、たまらないわ。歯磨き粉さんの○○が私の○○○にああ!」
「出る! 白い物が出るぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「ああかけて! 私の顔面にかけて、白濁したそれを―――――――――――――!」
ブリュブリュビュルビュルビル~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っという激しい音を立てて歯磨き粉の口から歯磨き粉が飛び出し、歯ブラシのブラシ部分に降りかかった。ただそれだけのことであるが、俺は呆気にとられてしまった。
「な、なんだったんだ今の」
「ああ、やっぱり『歯磨き粉×歯ブラシ』は最高ですぅ。このネタを現実に見られるなんて私もう幸せで、今すぐ死んでもいいぐらいです」
山田さんは「はぁはぁ」と物凄いいやらしい顔をしながら一連の歯ブラシと歯磨き粉の行為を見つめている。ああ、この子もこの子で変態なんだ。この写真部には変人しかいないのだろうか。
「って、マーヤの奴いったいどこ行ったんだよ」
嫌な予感がし、俺はあいつを追いかけるために部室から出た。すると、あちこちから悲鳴が上がっているのが聞こえてくる。
「完成原稿だ! これで間に合う!」
漫画研究部の部員からは同人誌が飛び出し、
「悪魔だ! 本物の悪魔だ! 俺の儀式は成功したんだ!」
オカルト研究会の生徒からはおぞましい悪魔が飛び出し、
「ヌードだ! ヌードデッサンだ!」
絵画部の頭からは裸の女性(生で見たことがない部分はモザイクがかかっている)が飛び出していた。
「これは大変なことになったな」
自暴自棄になったマーヤは手当たり次第に人を切り、妄想を次々と現実化させている。まさに妄想の辻斬りである。
「げええなんだこのグロいの!」
「きゃあああ気持ち悪い! 気持ち悪い!」
しかも段々と現実化のクオリティが下がっていっているようで、生徒たちの妄想はどれもグロテスクなものばかりになっていった。放課後で幸いだ。これが授業中だったりしたら大パニックになっているだろう。
「けどあいつを見つけるのはこれで簡単だな。妄想が生み出されている方向に走っていけばいいんだから」
どうやらマーヤは部室棟を抜けてグラウンドの方へと向かったらしい。野球部員たちが声を出し合い、白球を追いかけているところだった。
そのど真ん中にマーヤは走っていき、ズバズバっと頭を切っていく。
「な、なんだあああ!」
野球部員の頭から素っ裸の女子マネージャーがポポポーンと飛び出した。
一人だけではない、グラウンド上の九人全員の頭から同じ女子マネージャーの妄想が現実化されている。
「ああ! てめえも絵梨ちゃんが好きなのか!」
「お前こそ!」
「俺は部長だぞ! マネージャーは俺のものだ!」
野球部員たちはいつものチームプレイはどこに行ったのか、マネージャーをとりあってバットで殴り合う大乱闘に発展している。しかし、肝心のマネージャーの頭からは、サッカー部の部長(超イケメン)が現れていた。
哀れ野球部たち。恋愛ごとにうつつを抜かさないで甲子園を目指してくれ。
「はいカット! ああ。やっぱりこんなへぼいキグルミじゃ特撮なんか無理だよ」
マーヤの背中を追いかけてグラウンドを抜けて中庭に入ると、映画研究部の面々が集まっていた。その中の一人はへっぽこな怪獣のキグルミを被っている。確かにあれで映画を撮るのは無理があるんじゃないか。
そんな監督の頭をマーヤが切りつけた。
すると映画さながらのリアルな怪獣が監督の頭から「おんぎゃああ」と生まれたのだった。
「おおお! これこそリアル! これぞ特撮!」
「あのー監督。機材もミニチュアも全部壊されてますよ」
「ていうかヒロイン役の鈴木さんが食べられてますけど」
「誰か―! 助けてー!」
怪獣が暴れ回っているせいで映研は大騒ぎになっている。まったくやり過ぎだろ、そろそろ止めないと――
「おい、マーヤ! 足を止めろ!」
俺は中庭を走っていくマーヤの背中に声をかける。すると、ぴたりと足を止めた。急にブレーキをかけたせいか、そのまま「きゃうん!」と転んだ。
「ふえええん。痛いよー」
「おいおい何やってんだよ。おぶってやるからこっちおい」
ようやく追いかけっこも終わりか。俺はわんわんと泣きわめくマーヤを背中に乗せて、歩き出す。
「うう。ごめんだぞご主人様。ちょっと頭がうぎゃーってなっちゃったんだ」
「別にいいけどよ、早くみんなの妄想を元に戻してやれよ。学校中大騒ぎになっているんだからな」
「ううわかったぞ……あぐらぐ・や~・しむしむ~~~~~~」
ブンブンっとマーヤが曲刀を空に向けて振るうと、キラキラと粒子状にみんなの妄想が変化し、それぞれの脳内に戻っていった。
「ねえねえ、ご主人様」
「なんだよ」
「学校って怖いところなんだね」
マーヤの言葉に、いや、怖いのはゆにこだけだろうと苦笑してしまう。
「そうだ。怖いところだ。でも、逃げるわけにはいかないんだよな」
空を見上げるとすっかり茜色に染まっている。もう下校の時間か。なんだろう、いつもなら喜んで帰宅するのだが、今は少しだけ「まだ帰りたくない」と思えた。
それはきっとなんだかんだ言って、ゆにこと写真部の子たちと騒げたことが楽しかったからかもしれない。
まさか学校が楽しいと思える日がくるなんて思ってもいなかった。
きっかけはマーヤだ。こいつがいなければずっとゆにこと接点もできなかっただろう。そう言う意味では感謝しなくちゃいけないだろう。
「やっぱりご主人様の頭が一番落ち着くぞ」
そう言ってマーヤは背中から移動し、頭にしがみつく。ここがこいつの定位置なんだろうな。
「おーい右城くーん。マーヤちゃーん!」
しばらくして部室棟からゆにこが駆けてきた。しかし、俺とマーヤがくっつきあっているのを見た瞬間、彼女の笑顔が凍りつく。
「あ、あのゆにこ?」
「ちょっと右城くん! なんでマーヤちゃんを独り占めしてるの! そんなにくっつき合っちゃってどういうことなの!」
「いやいや、別にどうってわけじゃあ」
「右城くん! あなたはわたしの敵よ!」
「えええええええええええ!」
好きな子に宣戦布告をされてしまった。ゆにこからマーヤ、マーヤから俺、俺からゆにこという複雑怪奇な三角関係が出来上がってしまっている。なんだこりゃ、いったいなにをどう間違えばこうなるんだ!
「というわけでマーヤちゃん、わたしと交友関係を深めようねー。むちゅむちゅー」
「うわーキモイぞ! 近寄らないで欲しいぞ!」
マーヤはキックをゆにこの顔面に炸裂させた。
「ああ。愛のこもったキック……いい」
けれどゆにこはまたもや鼻血を出しながらうっとりとして、そのまま気絶した。
俺はこんな変態を好きでいられる自信がもうなかった。
第二話はこれで終わりです。
次回から第三話です。