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第二話 ハイスクール・パニック その2


 俺が通う鵜飼高校は坂の上にある。

 毎日毎日この坂道を登っていくのは非常に骨が折れる。元来体力とは無縁の生活をしているせいか一向に慣れる気配がない。

 同じ学校に通う生徒たちが楽しそうにおしゃべりをしながら駆けていくのを見ながら、俺は自分のクラスである二年B組の教室へと入った。

「…………」

 みんなー! おっはよう! なんて学園ドラマのような挨拶はしない。

 そもそも俺が教室に入ってきたことにすら誰も注視しないし、興味もないのだろう。それでいい。特にドラマチックな展開もなく平和だ。誰に煩わされることもない。

 やがてホームルームのチャイムが鳴り、担任の山田美奈子先生(二十九歳。独身)が実家から見合いしろと言われたことについての愚痴を長々と話して、一日の授業が始まったのだった。

 授業もとくに何が起こるわけでもなく、置いて行かれないように必死に勉強するだけで時間が過ぎていく。それでも学校の授業というのは長く感じるもので、ようやく昼休みの時間になった。

「よっしゃあー昼飯だ―!」

 昼のチャイムが鳴ると同時にクラスメイトたちは一斉に立ち上がり、各々弁当を手にして机をくっつけあったり、購買や食堂に友達同士で向かっていく連中ばかりだ。

 当然俺には一緒に弁当を食べる友達なんていない。勉強も苦痛だが休み時間も苦痛だ。俺は自分の机で弁当を食べ終え、机に突っ伏した。

 俺みたいなぼっち野郎にできる昼休みのやり過ごし方は『寝たふり』だけである。

 寝たふりをしながら妄想にふける。砂漠のような学校生活の中でそれだけが俺のオアシスと言えた。

 今日はなんの妄想をしよう。そうだ。学校にトカゲ怪人が現れ、スーパーヒーローになった俺がやっつけるというのはどうだろう。

 さっそく俺は頭にピチピチの全身タイツを着込んだ自分と、恐るべき人型爬虫類の怪人を頭に浮かべる。

「あれ? ご主人様。マーヤに会いにきたのかー?」

 そのトカゲ男の影からひょっこりとマーヤが顔を出した。

 うっ、そうだった。こいつは俺の脳内――妄想の中で暮らしている魔神だ。妄想するたびに顔を出してもおかしくはない。まさかこれから俺が妄想するたびにこいつに邪魔されるんじゃないだろうな。

「ねえ、右城くん」

 またもや声をかけられ、俺は思わず「なんだよ!」と声を荒げながら顔を起こした。

 だけど次に俺に声をかけたのはマーヤではなかった。

「ごめんね、寝ているところ起こしちゃって」

 クラス一番の人気者、学校でも一二を争う美少女――芹沢ゆにこが俺の傍に立っていた。

「な、なんだよ?」

「あのね。ちょっと付き合って欲しいの」

 ゆにこはもじもじと、頬を赤く染めながら意味深に言った。

その直後ガタガタガタと一斉に椅子が動く音が聞こえ、クラスメイトたちが一斉に俺たちの方へと目を向けたのがわかった。

「おいおい。なんであの空気男に芹沢さんが?」

「うっそー。ゆにこって趣味わるーい」

「ていうかあの暗そうな男子誰だよ。あんな奴クラスにいたか?」

「ほら、あれだよ。あいつは……根暗くん」

「誰だよゆにこちゃんに罰ゲームさせてるのは!」

 ざわざわとクラスメイトたちは無責任なことを言い合っていた。この状況は非常にまずい。超まずい。目立ってしまっている。

「待てよ。付き合うってどういうことだ。俺はお前に用なんかないぞ」

「ここじゃなんだから、ね?」 

 俯きながらゆにこは俺の手をとり、無理矢理立たせて引っ張った。「おい」と制止する間もなく教室を飛び出した。

 ゆにこは封鎖された屋上へと続く人気のない階段の踊り場で足を止める。こんな場所に呼び出してどうするつもりだよ。そう思いつつも期待せずにはいられない。こういうシチュエーションは何度も妄想でシミュレーション済みである。

 そう、これは告白だ。

 学校のアイドルが冴えない男に惚れてしまう、なんていうのはどこにでもありふれた出来事である。それが自分の身にもついにやってきたのだ。やはり昨日、怪獣からゆにこを助けたのが利いたに違いない。

 でも困ったな。まだ心の覚悟ができていない。目立ちたくないからゆにことなんて付き合えないぜ、ふっふっふ。

「あのね、右城くん。お願いがあるの」

 そう言ってゆにこは吐息がかかるぐらいに顔を近づけ、手を握り締める。人形のように愛らしい顔が眼前に迫りドキリしてしまう。

「な、なんだよ」

「あの、その――」

 付き合って下さい、と言われるのか。ドキドキが止まらない。

「マーヤちゃんをわたしに紹介してください!」

「…………は?」

「あのね、あのね。昨日怪獣に襲われたわたしを助けてくれたあの褐色肌の女の子のことが気になって気になって。だってあの子ってとっても可愛かったんだもん。いやーん。もう昨日からあの子のことが気になって眠れなかったの!」

 目を爛々と輝かせながらゆにこは熱く語り出す。

 マーヤへの愛を。

 なんでだよ。

 どういう展開だよこれは!

 ゆにこを助けたのは俺のはずだ。いや、でも確かにマーヤの力によってあのチワワドラゴンを退治できたというのは間違いないが。

「だからね、お願いよ右城くん。早くここからマーヤちゃんを出して!」

 ぽかぽかとゆにこは俺の頭を叩いた。

「やめろ。痛い。わかったからちょって待ってろよ」

 俺は頭の中でマーヤに呼びかける。しかし返事はない。

「あっ、そうか。学校にいるときは絶対に出てくるなって俺が言ったからか」

「えー! なんでそんなこと言うの!」

 心底がっかりしたようで、ゆにこは深い深い溜息をついた。

 でも驚いた。ゆにこがこんな風に激しい感情を表に出したのを見るのはこれが初めてのことかもしれない。

 ずっと近くに住んでいながら、俺は彼女のことをまったく知らないことを痛感させられた。

「わかったよ。なんとか呼び出してやる」と俺は頭を軽く叩く。「おいマーヤ。ちょっと顔を出せ」

「え~~~~。でもでも、学校にいるときは出て来ちゃいけないって言ってたぞ」

「それは撤回だ。悪かったよ。いいから出てこい」

もそもそと俺の頭からマーヤが這い出てきた。俺の言っていることがころころ変わっているせいか不機嫌な様子である。

「もうなんだー。出るなって言ったり出てこいって言ったり、わけわかんないぞ」

「きゃあああああ! マーヤちゃんだああああああああ!」

出てきた瞬間、ゆにこはマーヤに抱きついた。

それはもうキグルミに抱きつく子どもさながらの勢いで、びっくりしたマーヤは目を丸くして体を強張らせている。

「な、なんだこの人間!」

「マーヤちゃん! とっても可愛いわ! ぺろぺろしたい!」

「やめろ、舐めるな、ばっちいぞ! うう苦しい。た、助けてご主人様! この人間気持ち悪いぞ~~~~~~~!」

 バシンっとマーヤはゆにこを叩き、なんとか脱出して俺の方へと駆けてきた。

「…………」

 叩かれたゆにこは鼻血をポタポタと垂らしながらぺたんっと床に座り込んでしまう。

「おい、血が出てるじゃないか。やりすぎだぞマーヤ」

「だって~~~~~」

「いい……」

「は?」

「いい! マーヤちゃんに叩かれるのってとってもいいよ! こんな気持ち初めて」

 恍惚の表情を浮かべながら叩かれた頬をうっとりと撫でている。

「もっと、もっと叩いてマーヤちゃん」

 うるうるとした瞳で懇願するようにマーヤに迫っている。

 やばい。意外な一面、どころではない。

 こいつは変態だ。

 学校一の人気者、みんなの憧れである芹沢ゆにこは真正のド変態だった。

 失望したというわけではないが、なんだか複雑な気分である。恐らくクラスの連中もゆにこの知られざる顔を知ったらドン引きするだろう。

「あっ、もう時間だ」昼休みの終わりを告げる予鈴が校内に鳴り響く。

「もう! もっとマーヤちゃんとお話ししていたいのに。好きな子とお話ししている時間は早く過ぎるってアインシュタインも言ってたもんね」

「ご主人様~~~。マーヤあの人間怖いぞ」

 マーヤは俺の影に隠れてガタガタと震えている。可哀相に。でも俺にとっては好都合だった。今まで一切接点のなかった俺とゆにこは、マーヤという共通点を得た。

 もしかしたらゆにことこれから仲良くなれるかもしれない。そう思うとやましい気持ちがふつふつと湧いてくる。

「ねえ、右城くん。わたし写真部に入部してるの。今日もしも予定がなかったら放課後、一度部室に来てもらっていいかな?」

「え? どうして?」

「うふふ。ひ・み・つ」

 可愛らしい仕草で人差し指を唇に当てた。やばい。ときめいてしまった。

ナチュラルにこういうことができるからこそゆにこは人気があるのだろう。正直男殺しもいいところである。

「じゃあ、また放課後ね」

 最後にマーヤにウィンクをし、パタパタとゆにこは階段を下りていったのだった。


     ☆


「なあなあ、ほんとにあの怖い人間がいるところに行くのかー?」

 長い長い午後の授業が終わって放課後。俺は昼休みに言われた通り、写真部へと向かうために部室棟へと向かった。

 けれど部室棟に足を運ぶのは初めてのことで、なんだか妙に緊張してしまう。

 部活に入っていない俺には縁遠い場所である。あちこちの部屋から楽しそうな会話が聞こえてきて、自分は場違いではないかと思ってしまう。

 やっぱり帰ればよかったかな。マーヤも嫌がっているし。

「でも行かないわけにはいかないだろ。あいつに誘われたんだから」

「なんだよ~。ご主人様はあの人間、ゆにこのことが好きなのかー?」

「ぶっ!」

 あまりに唐突に核心をついた質問をされ、思わず吹き出してしまう。

「そりゃあ、好きか嫌いかと言われれば嫌いじゃないけどよ」

 あんな可愛い彼女がいたら、楽しい高校生活が送れるだろう。正直なところ、俺は幼稚園に通っている時からゆにこのことが気になっていた。大多数の男子がそうであるように、俺もまた彼女に惚れている。さきほどの変態的な一面を見た後でもはっきりと好きだと言えるぐらいには。

 けどきっとあいつが俺を好きになることはない。やっぱりダメ男を好きになる美少女なんて妄想の中の話でしかないだろう。現実をわかってはいても、何かを期待せずにはいられず、こうしてほいほいと誘いに乗ってしまった。

「っと、ここか」

 部活棟の一番隅の部屋の札には『写真部』と書かれている。間違いなくここだろう。寸前になって緊張してきてしまい、ドアを開けるのをついついためらってしまう。この奥には初対面の部員がたくさんいるのではないだろうか。人見知りする俺からすればそれはかなりの苦痛だった。

 でも今更躊躇しても仕方ないだろう。マーヤを頭の中にしまいこみ、俺はドアノブに手をかけた。

「お邪魔しまあす」

「あっ!」

 部室の中には一人の女子生徒がいた。

 ホラー映画の貞子のようにもっさりとした長い黒髪と、度の厚い眼鏡のせいであまり顔がわからない。

 女子といえどなんとなく俺と同じ臭いがする。直感でわかる同族の臭いだ。普通ならばやや親しみを覚えるだろうが、彼女の格好が格好だったため、そうはいかなかった。

 何せその女子生徒は裸だったからだ。

 正確には全裸というわけではなく、下着姿である。淡い緑色のパンツ。それになんと言っても目を引くのは、左苗姉ちゃんに負けずとも劣らない、ブラに包まれてたわわに実ったバストである。ゆにこのようなモデル体型とは異なり、肉付きのいい丸みを帯びたフォルムで、女としての魅力が詰まっているかのようだ。

ちょうどジャージに着替えるところだったのか、ズボンに足を突っ込んでいるところだった。

「きゃっ」

 やばい。この状況は絶対叫ばれる。そうしたら俺の人生が終わる!

 どうにかしてくれマーヤ!

「おやすい御用だ! いふたふ・や~・しむしむ~~~~~~~!」

 俺の頭をかち割って、妄想が飛び出した。

 それはドロドロのスライムである。ゼリー状の物体が眼鏡の子へと飛んでいき、彼女の口を塞ぐ。ついでに手足も封じてしまう。

「んーんー!」

「げっへっへ。これで身動きはとれまい。助けも呼べないぜ。って、俺はどこの変質者だよ! なんか余計やばい状況になってないかー!」

 取り返しのつかないことをした気がする。この状況を誰かに見られたらどうなるのかわかったものではない。

「おいマーヤ! お前なんてことしてくれたんだ!」

 俺は頭から飛び出したマーヤの両頬をつねった。

「えー! だってどうにかしろって言うから。マーヤは悪くないぞ!」

「だからってこんなスライムなんてファンタジー系エロゲーじゃないんだから!」

「だって、ご主人様の脳内データから良さそうなのを選んだだけだもん!」

 マーヤはムキ―と怒りながら俺の頭に戻ってしまう。ともかくこの子をスライムから助けてあげないと――と眼鏡の子に近づいた瞬間、

「やあ諸君! 集まっておるかね。今日も楽しい部活動の始まりだ!」

 と最悪のタイミングで誰かが部室に入ってきた。

目を向けるとそこにはセーラー服の上に小豆色の甚平を羽織った女子生徒が、腕を組みながら仁王立ちをしていた。

耳が隠れる程度のショートヘアで、アスリート系の体型の上、女子にしては背が高い(ていうか俺よりも高い)。スカーフの色から三年生であることが分かる。

彼女はギラリと鋭い目を光らせ、手に持っている扇子を俺に向けた。

「ええい、貴様この乙女の楽園たる写真部で何をしておるか。あたしの聖域で部員にみだらな行為に及ぼうなどとは不届き千万。このあたし、藪坂千尋が成敗してくれるわ!」

「ちょっと待ってくれ。言い訳ぐらいさせてくれ!」

「問答無用! 脇固め!」

「ぐげえ!」

「チョークスリーパー!」

「ギブギブ!」

「フェイスロック!」

「あがあががががががががが!」

「アキレス健固め!」

「いでででででででででで!」

「バックブリーカー!」

「ぼほぅあ!」

「逆腕十字固め!」

「いったあああああい!」

「スピニングトーホールド!」

「ぎゃああああああああああああああああ!」

 藪坂と名乗った先輩は某肉体言語系魔法少女の如く次々と俺にプロレス技をかけてきやがった。地獄のような苦しみによって一瞬にして俺の身体はボロボロになり、床へと倒れたのだった。

「正義は必ず勝つ! わっはっはっは」

 屍と化した俺の上に腰を下ろし、扇子を広げながら彼女は笑っていた。なんて人なんだこの人は……ガクッ。

「こんにちはー。みんなもう揃ってるんだね」

 最後にひょっこりと顔を出したのはゆにこだった。

「やあ芹沢二年生。もう少し早ければあたしの有志が見られたところだったのに、惜しかったではないか。実は山田一年生を襲った変質者を懲らしめていたところなのだよ」

「あっ、右城くん。なにしてるの?」

「なにぃ! 芹沢二年生、貴様この変質者と知り合いなのかね?」

「彼はクラスメイトの根賀倉右城くんですよ。わたしが部室に来るように誘ったんです」

「なるほど。彼はそれで部室にいた山田一年生に欲情し、己が獣欲を抑えきれなかったというわけだ」

「違うっての! 俺が部屋に入ったらこの子が着替えてただけなんだ。たまたまだよ。故意じゃない!」

 ゆにこの前で変質者の汚名を着せられるなんてたまったものではない。

「うむ。そうなのか山田一年生よ」

 そう言って藪坂先輩は扇子で彼女を拘束しているスライムを叩いて落とした。

 ようやく口と両手足が自由になった一年生の女子生徒(山田さんと言うらしい)は顔を真っ赤にしながらすぐにジャージを着込む。

「あ、あの。私が部活のためにジャージに着替えようとしたら、こ、この人が入ってきて……でもそれは鍵をかけ忘れた私が悪いんです。本当は私みたいなゲロ豚の裸なんてみたくなかったはずです。本当にごめんなさい。私の汚い身体なんか見たら健康を害しますよね、なんでもしますから許して下さい。上靴でもお舐めしましょうか、それとも顔面でも踏みたいですか? あっ、お金が欲しいんですね。わかりました」

 山田さんは目をあっちこっちに泳がせて、テンパリながらまくしたてた。

 冗談――というわけではないようで、目にはかすかに涙が浮かんでいる。彼女の加害者妄想っぷりに俺はドン引きしてしまった。この子の卑屈っぷりは俺以上だ。卑屈のプロフェッショナルである。

「い、いや。ノックもせずに開けた俺が悪いんだ。それにスライムなんかで拘束したのが一番の原因だし」

「なるほど。事情はわかった。つまり両者に原因があったというわけであるな。喧嘩両成敗。これにて一件落着である!」

 バッと扇子を煽いで藪坂先輩は笑っていた。この人が状況をややこしくした張本人なのになぁ。

「右城くん、紹介するね。このプロレス好きの変わった人が写真部部長の藪坂先輩だよ。こっちは一年生部員の山田キララちゃん」

「はあ。どうも根賀倉です」

 俺は二人の女子に頭を下げる。やっぱり女の子と会話するのは照れくさい。

「それにしても」と藪坂先輩は眉を寄せた。「芹沢くんが客人を連れてくるなんて珍しいではないか。まさか彼はきみの恋人なのかね?」

 ドキリ、と俺の胸が高鳴る。俺とゆにこはそう言う風に見えるのか。もしかしてそんなつもりでゆにこは俺を呼んだのか。

「まさか、そんなわけないじゃないですか。冗談はやめてくださいよ」

 ……ですよね。

 わりとマジな顔でゆにこが否定したのを見て望みは薄いと落ち込んだ。

「わたしが今日右城くんを呼んだのは勿論、このためですよ」

 そう言ってゆにこは右拳に最大級の力を込めて俺の後頭部を思い切りぶん殴った。

「ぐああっ!」

 ただでさえ藪坂先輩の技でボロ雑巾のようになっていた俺はそのまま床に倒れ込む。しかしその衝撃で頭から「わあっ!」とマーヤが転がり出てきた。

「もっちろんマーヤちゃんに部室に来てもらうためだよ~~~~。あーん。マーヤちゃん。とっても会いたかったの!」

 目をハート形にしてゆにこは逃げようとするマーヤを抑えこんだ。完全に犯罪者の行動である。ていうかやっぱり俺はマーヤの付属品扱いか。ゆにこはあいつにしか興味がないようだった。

「あ、あの。芹沢先輩。私の目がおかしくなってなければの話ですけど、その女の子ってこの男の人の頭から出てきたように見えたんですけど……ううん。そんなおかしなことあるわけありませんよね。きっと私の頭がおかしくなってパーになっているに決まってます。ごめんなさいくだらないこと聞いてしまって……全裸で土下座してお詫びしますー!」

 一瞬にして着たばかりのジャージを脱ぎ捨てて本当に山田さんは土下座をした。

 彼女の突飛な行動にも慣れているのか「大丈夫だよキララちゃん」とゆにこは頭を撫でている。「本当にこの子、マーヤちゃんは右城くんの頭から出てきたんだよ」

「ほほう。それは本当かね」

 藪坂先輩はじっくりと食い入るように、捕えられているマーヤの顔を見つめる。

「ひいいい! こいつもマーヤに意地悪する気かー! 負けないぞー! マーヤは魔神なんだ。人間なんかに負けないんだからなー!」

 ジタバタとマーヤは暴れながら言った。バカ! 魔神だってことを迂闊に人に話すなよ。でも俺が頭に魔神を住まわせているなんてことを簡単に信じる人なんていないだろう。それこそ左苗姉ちゃんみたいな天然か、ゆにこみたいな変態じゃないと。

「う~~~む。魔神か。よし、信じた!」

 ポンッと手を打って藪坂先輩はそう言った。思わず俺はずっこけてしまう。

「そんな簡単に信じるんですか。こんな馬鹿げたこと!」

「ふむ。だってその方が面白いではないか。あたしは面白ければなんでもいいのだ」

「わ、私も信じますです。みんながカラスは白いって言えば頭をいじってでも白だと思い込めるのが私ですから」

 藪坂先輩も山田さんすっかりマーヤのことを受け入れた。まあ、俺もわりとすんなりこいつの存在を受け入れたのだから人の事は言えまい。なんだかんだ言って、超常現象を目の当たりにしたら信じるしかないのだから。

「それでね右城くんにお願いがあるの、ちょっとマーヤちゃんを貸してほしいんだ」

「なにする気だよ」

 なんだか嫌な予感しかしない。ゆにこは昨日マーヤに出会ったばかりだというのに怖いぐらいに夢中になっている。なにをやらかすかわかったものじゃない。

「うっふっふ。悪いようにはしないわ。痛くしない痛くしない」

 どす黒いオーラを放ちながら怯えるマーヤの服をゆにこはひん剥いたのだった。


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