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第二話 ハイスクール・パニック その1



「ねえ起きて。もう起きないとダメよ」

 そんな声で俺は目を覚ました。

 ああ、眠たい。今日は憂鬱な月曜日である。

 ずっと布団の中で潜っていたい。そう思っても誰かが俺の身体を揺らし、起こそうと声をかけてくる。

「早く、起きて。起きてくれないと、悪戯しちゃうよ」

 甘い声が俺にささやく。いったい誰なんだ。左苗姉ちゃんの声とも違う。

「んん……」

 布団から顔を出して目を開けると、白いワイシャツの胸元から谷間が丸見えになっていた。

 だ、誰だ!

 この巨乳。それに朝起こしに来てくれる存在といえば幼馴染が定番である。俺の幼馴染といえばゆにこしかいない。

 まさかゆにこが俺の布団に潜り込んできたというのだろうか。あり得ない話じゃない。昨日俺はあいつにかっこいいところを見せたんだから。

「ゆにこ、俺!」

「早く起きてジリリリリリリリリリ!」

 がばっと布団から起き上がってその人物の全体を見て俺は心臓が止まりそうになった。

 そこには男の夢、裸ワイシャツの女体がある。しかしその頭部は女ではなく、そもそも人間ですらなく、目覚まし時計だった。

「なんだこの気味の悪い奴は!」

「起きてって右城ジリリリリリ。遅刻しちゃうジリリリリリ」

 声に目覚ましのベルが混じっていて余計不気味である。

「おい、これはお前の仕業なんだろ、出てこいマーヤ!」

 がっつんと自分の頭を殴ると、のそのそとマーヤが顔を出した。自室の部屋で鏡を見ると、頭に曲刀が突き刺さっているのが見える。

「おはようご主人様……ふわ~~あ」

 大きな欠伸をして、目をこすりながらマーヤは言った。

 こいつ寝惚けて俺の頭に妄想を取り出す曲刀を刺しやがったんだ。

だから「幼馴染が朝起こしてくれる妄想」と「目覚まし時計」という連想が合体して頭から出てきてしまったのだろう。

「この不気味な目覚ましをさっさとしまえ!」

「ふわぁ~~~い。わかったぞ~~~」

 まだ寝ぼけながらもマーヤは「よっこいしょ」と俺の頭に目覚まし女を入れ戻した。

 妄想を司る魔神――イマ神のマーヤ・ラーニャ。

 彼女が俺の頭からでてきたのはつい昨日のことである。どうやら俺の脳内に住みついているらしく、好き勝手出入りをしていた。

 妄想でなんでも願いを叶えてくれるというのは望ましいことであるが、これから先ずっとこいつと一緒にいないといけないのだろうか。

「ご主人様。マーヤまだ眠いぞ。もう少ししたら起こして欲しいな」

 そう言ってマーヤはぼふんっと俺の布団に倒れ込み、すーすーと寝息を立てて眠り始めてしまう。

 おいおい。ご主人様を放って寝るなよこのバカ魔神。

「けど、この状況って」

 見た目だけは可愛い女の子が俺のベッドで寝ている。

 こんなの妄想の中でしか起こり得ないことだと思っていた。

 相変わらずマーヤは露出の高い格好で、乳が無防備にもさらけ出されている。思わず生唾を飲んでしまう。

「ん~~~むにゃむにゃ」

 ゴロリと寝返りをうち、マーヤは俺の首に手を回した。

「ちょ、なにすんだよ」

「えへへへ~~~。猫さんだ~~~」

 夢を(妄想の神でも夢を見るのか?)見ているようで、思い切り俺を抱き寄せ、まるで抱き枕のようにしがみついてくる。

 がっちりと腕と足で俺の身体を固定し、ちょうど、マーヤの胸の辺りに俺の顔がうずまる形になっている。

 なんだ。なんなんだこの状況! 

 マーヤのおっぱいは柔らかく、ほとんど素肌のせいで直接触れているような気分だった。いい匂いがするし、気持ち良さで頭がおかしくなりそうである。

 こんなことが毎日続いたら俺の理性がどこかへすっ飛びそうだ。これはこれで危険な状況だ。ていうか既に我慢できそうにない。

 でもそれはできない。この状態をもしも誰かに見られたら。

「右城ちゃん。朝ごはんできてるわよー。どうしたのいつもは時間通りに起きてくるのに」

 ガチャリ、と扉が開かれて左苗姉ちゃんが入ってきた。

「うわああ! 姉ちゃん!」

 俺は咄嗟に起き上がろうとするもマーヤは俺にしがみついて離さない。

「右城ちゃん。あなた」

「違うんだよ。これは!」

 いったい俺は何を弁解するつもりなのか自分でもわかっていなかった。てっきり左苗姉ちゃんも混乱するかと思いきや、

「そうね。右城ちゃんも高校生だもんね。そういうことするお年頃になったのね」

 と納得したように言った。

「いや、だからこいつは――」

「でも高級ダッチワイフだなんて買うお金がどこにあったのかしら」

「ダッチワイフじゃねえよ!」

 いったい何を言い出すんだこの姉は!

 どこの世界に高級ダッチワイフを買って一緒に寝る高校生がいるか!

 でもなんて説明したらいいかわからない。俺の頭から出てきた、なんて言って左苗姉ちゃんが信じるかどうか。

「ううん。むにゃむにゃ。あれ、おご主人様。その人だれー?」

 今の騒ぎでまた目を覚ましたマーヤはぱちくりと目を瞬かせながら左苗姉ちゃんと目が合った。

「あれ? お人形さんじゃないの?」

「おっはよー! マーヤはねー、ご主人様の頭から出てきた魔神なんだー。どうかよろしくね。えへへへ」

 まるで無邪気な子供のように、まるで何も考えていないらしく挨拶をした。

「あらあら。マーヤちゃんって言うの。そう、お人形じゃなくて魔神さんだったんだ。それはすごいわね」

 なるほど納得したわ、とでも言うようにほっこりとした笑顔をマーヤに向ける。左苗姉ちゃんも左苗姉ちゃんで天然だった。

 ていうかすぐに受け入れるなんてある意味すごいな。

「ところでお姉さんは誰なんだー? ご主人様のお嫁さんかー?」

「何言ってんだよバカ魔神。あれは俺の姉ちゃんだ!」

「そうよマーヤちゃん。子どもの頃『ぼくおねえちゃんとけっこんすゆー』って右城ちゃんは言ってたけどわたしはただのお姉ちゃんの根賀倉左苗なの。お嫁さんになりたくてもなれないのよ」

「そっか。よろしくな、左苗!」

「自己紹介も済んだことだし、朝ごはんにしましょう。マーヤちゃんの分も作るからね」

「やったー!」

 左苗姉ちゃんは深く物事を考えないせいか、すっかり家族の一員のように受け入れていたのだった。

 これでいいのか、我が家は。


     ☆


「じゃあ、姉ちゃん。行ってきます」

「行ってらっしゃいね、右城ちゃん」

 食事と支度を済ませた俺は、憂鬱な気分のまま家を出た。

 ああ。今日は月曜日だ。

 一週間でもっとも憂鬱な日である。

 休みが終わって学校という名の戦場に赴くのは気が進まない。俺みたいに友達もいなければ勉強も運動も不得意な人間にとって苦痛でしかない場所だ。

「どうしたの? なんだか顔が暗いぞ!」

 俺の頭の上でマーヤが言った。こいつ学校にまでついてくる気かよ。

「おい。お前学校じゃ絶対顔を出すなよ。お前みたいなやつの存在が他の人に知られたら大騒ぎになるからな」

「え~~~~。それじゃあ退屈だぞ。せっかく人間界に出てこれたんだから、もっとマーヤも遊びたいぞ」

「ダメだ! わかったな。これは命令だからな」

「ブー。わかったぞ……」

 渋々マーヤは俺の頭の中に潜り込む。まあ確かに俺の頭の中なんて退屈極まりないかもしれないが、目立つのだけはごめんだ。

 人の注目を受けるということはろくなことがない。

 俺はこれからも目立たず、人の目につかず、ひっそりと、日陰の中で生きていくのだ。妄想を好きなように具現化できるようになったとはいえ、このダメ魔神じゃまたこの間みたいな大騒ぎになるに決まっている。

 教室の隅で誰にも声をかけられないぐらいに空気になること。それが学校でうまくやっていく唯一のコツだった。


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