第一話 マーヤちゃん登場 その2
グウウウ~~~~~~~~。
だが一時間後、俺の胃袋は裏切りの音を奏でた。
時計を見るともう午後二時になっている。
中学の頃から背丈が伸びていない俺の身体はそれでも食べ盛りのようで、空腹に耐えられないようだった。黄金の精神を持っていようと肉体には逆らえない。腹が減っていたら妄想に集中できない。これはまずい事態だ。
「くそ、なんか無いのか」
部屋から出てキッチンの冷蔵庫を漁ってみるが、食べられるものはろくにない。生のままのキャベツや魚があるが、料理なんてしたことない。
家庭科の授業の時、斑で料理を作る課題出ても「根賀倉は食器だけ用意してくれればいいから」と女子に言われ、みんながワイワイと楽しんでいる中、一人ぽつんと席に座って眺めていただけだ。
いや、全然悔しくないし寂しくないけど。むしろ何もしないで課題をクリアできたなんて儲けものである。
「カップラーメンの買い置きもないな……どうしよう」
テーブルの上には「これで何か買ってね」というメモと千円札が置かれている。
これはまじで外に買いに行かなくちゃいけないのか。コンビニやスーパーまでは歩いて十分はある。その間に何か嫌なことがあったら、せっかくの休日が一気に憂鬱になる。
外に出たくない。出たくない。
でも腹は減った!
「しかたないか。こうなったら千円で贅沢できるだけしてやる!」
千円札をポケットにねじ込み、意を決して外に出た。
初夏の日差しが俺を襲った。
もう六月も終わろうとしているせいか、外は結構暑い。
幸いいきなりお向かいのジーさんやおばさんに挨拶されることはなく、スーパーへと赴くため一歩踏み出す。気分だけはダンジョンを進む勇者の気分である。
あとはただモンスターと遭遇しないのを祈るだけだ。
「あっ、右城くん」
隣の家を横切ろうとした瞬間、玄関の扉が開いて中から芹沢ゆにこが現れた。
人形のように整った顔で、長い髪をポニーテールに結っているのが可憐だ。なんでこんな顔小さいんだよ。俺の母ちゃんの半分ぐらいだ。
モデルのようにすらっと伸びた手足に、高校生にしてはやや大きな二つの膨らみを白地のブラウスが強調している。
短めのチェックのスカートがこれまた可愛らしく、ついつい目がいってしまう。
ああ、なんてエンカウント率なんだ。ひのきの棒と布の服のまま最初の村から出た瞬間に魔王に襲われた気分である。
「お、おおおう。ちょ、ちょっと今からコンビニに行こうかと思ってさ」
俺は聞かれてもいないのにそう答えていた。すぐに後悔して顔が真っ赤になる。別に俺がこれからどこへ行くかなんて全然興味ないに決まっているのに何を言ってるんだ俺は!
「そ、そうなんだ」
案の定ポカーンとした表情になっている。
ゆにこは高校の同級生である。しかも同じクラス。その上生まれた時から隣の家に住んでいるといういわゆる幼馴染だが、アニメなんかと違って仲が良いわけでも、朝起こしてきてくれるわけでも、弁当を作ってくれるわけでもない。
家が隣同士というだけで本当に接点がなく、幼稚園から小学校中学高校と同じクラスだったというだけで交わした会話は合計で五分にも満たないだろう。
そんなのは当たり前だ。学校一の人気者、芹沢ゆにこが俺みたいな教室の隅で寝たふりをしながら妄想漬けの奴に話しかけてくるわけがなかった。
献身的な幼馴染なんて幻想だ。それこそ妄想の世界にしかいない。
俺がゆにこを好きかだって? 好きなわけないだろ。女子に好きになって酷い目に会ったことなんて数えきれないほどある。だから俺は好きにならない。
「やあ芹沢さん。あれ、そこにいるのは……誰だ?」
絶賛パニック中の俺の背後からさらにもう一人の同級生が現れた。今度は男子だ。同じクラスの池田だった。
「お、おう」
「ちっ、なんだネクラかよ。どけよ。俺は芹沢さんとデートなんだから」
池田は見下すような視線で言った。嫌な奴だ。俺はこういう奴が一番嫌いだ。でもネクラと言われても言い返す勇気はなかった。
「じゃ、じゃあ。俺は行くから……」
「うん。じゃあね」
ゆにこは俺相手にも笑顔で手を振った。くそう、可愛い。超可愛い。こんな風に挨拶を交わしただけでも有頂天になりそうな気分である。けどゆにこは池田とデートのご様子だった。
「ねえねえ芹沢さん。駅向こうにカラオケ屋ができたんだけどそこに行かない?」
「え? でも今日は今度の体育祭についてクラス委員として話をするんじゃあ……」
「いいじゃんいいじゃん。そういうのはあとでさ」
池田は楽しそうにゆにこに話しかけ、俺と反対の道を歩いていく。
やがて二人の姿が見えなくなってから、気付けば俺はコンビニではなく自宅の自室に駆け戻っていた。
「うわあああああああああああああ! ちくしょおおおおおおおおお!」
ベッドに飛び込み、布団を被って暗闇の中に逃げ込んだ。
悔しくない、悔しくない! 大好きな女の子を憎いあんちくしょうにとられたなんて全然思ってない! 俺は最初からなんにも期待してないんだから精神的ダメージなんかあるわけがないんだ。
己にしか矛先の向けようがない怒りと焦燥にかられ、俺は空腹なんて些細なことを忘れていた。やっぱり外に出るべきじゃなかった。こんな思いをするなら引きこもりになったほうがいい。
「こうなったら妄想だ」
とことん妄想だ。妄想で現実逃避するしかない。
妄想だけは俺を裏切らない。妄想の世界では俺は神にだってなれる。
俺は再び妄想を開始する。
巨人グレンデルを打倒した俺(王国騎士のヴァン)はユーステス王国の国王に認められ、美しき姫との結婚を果たした。その美しい姫はゆにこそっくりで……
「わたしはあなたのことを愛しています、勇者様」
純白のウェディングドレスを着た姫は、頬を赤く染めながら俺に抱きついた。俺は誓いの指輪を彼女の指にはめていく。
「おめでとーございます! 今ここに新たな国王と王妃様が誕生いたしました!」
王室の大臣はラッパを吹きながら囃し立て、突如百人もの踊り子たちが王室に飛び込んできて音楽隊の演奏に合わせてエロティックな動きを見せた。
王国の騎士たちが跪き、天使たちは祝福の言葉を俺と姫に投げかけた。
動物たちが互いに抱き合い、貧富の区別なしに国民が結婚パーティーへと参加して、俺と姫は幸せの絶頂だった。
「愛しているよ、姫」
「これからはゆにこって呼んでください。あなた」
俺と姫はお互いの瞳を覗き込むように見つめ合い、やがてどちらともなく唇を重ねようと顔を近づける。
ピンク色で柔らかそうな唇に触れそうになる直前、俺はあるものが気になった。
「なんだあいつ?」
祝福の舞を披露する無数の踊り子の中に、一人だけまったく踊ってない踊り子がいた。
彼女は何故かこっちをじっと見つめている。
他の踊り子とは違い、目立つ銀色の長髪で、幼くも可愛らしい顔をしている。歳は十五歳ぐらいだろうか。
アラビアの踊り子をモチーフにした露出度の高い踊り子服を着ており、下半身はハーレムパンツと呼ばれる、ゆったりとしたズボンだ。
幼い顔に不釣り合いにおっぱいが大きく、Dカップはあるように見える。その豊満な胸を包んでいるのはビキニタイプの布地だけで、他には何も纏っていない。ほとんど裸と言ってもいいだろう。
健康的な褐色の肌も相まってか、健全なエロさを俺は感じた。
でも、俺あんな女の子を妄想していない。あんな女の子を頭に思い浮かべてなんかいない。それなのに彼女はそこに存在していた。
「あはは。やっと見つけたぞ」
褐色の少女はにこりと笑い、その裸足でこちらへと向かってくる。
なんだ。なんなんだよこいつは。俺と姫の結婚を邪魔しようっていうんじゃないだろうな。消えろ。消えろ。俺の妄想から消えろ!
「それは無理だぞ。マーヤはご主人様の妄想じゃないからね」
そう言ってドンドン近づき、少女は顔がくっつくほどに俺のすぐ傍までやってきた。そしていったいどこから取り出したのか、彼女の手には宝飾がなされたペルシャ風の曲刀が握られており、その刃を俺の額目がけて突き刺した。
グサリ。
死んだ。妄想の中で俺は死んだ。
「ぎゃああああああああああああああああ!」
目を開けて布団から飛び出した俺は、一目散にリビングに下り、鏡を取り出して自分の頭を見る。
頭は割れてない。斬られてなんかいない。
血も出ていなければ痛みもない。当たり前だ、と冷静になった俺は自分に呆れかえってしまう。あれはあくまで妄想の出来事である。事実じゃない。現実じゃない。踊り子に頭を切り裂かれる妄想だ。でもなんで俺はそんな妄想をしたのだろう。いや、俺はあんな刀剣を持った踊り子なんて頭に浮かべていないはずだ、そもそも自分が死ぬ妄想なんてするわけがない。したくもない。
「きっと疲れてて変な妄想が混じっただけだよな」
深い意味なんてないはずだ。再び鏡に視線を移すと、頭から何かが飛び出していた。
「な、なんだよこれ?」
それは明らかに刀剣の切っ先だった。脳天から銀に輝く刀剣が出ている。
やがてズルズルと刀身が姿を現し、一気に人影が俺の脳天から飛び出してきたのだった。
「呼ばれて飛び出て、イマ~~~~~~~~ジン! 妄想魔神マーヤ・ラーニャちゃんのお出ましたぞ――――――――――――!」
俺の頭から女の子が出てきた。
何を言っているのかわからねーと思うけど……とにかくそれは本当のことだ。嘘でもなければ妄想でも夢でもない。
それはさっきの妄想の中で見た、俺の頭に剣を突き立てた踊り子の少女である。ロングの銀髪に褐色肌。露出の高い格好のせいで胸がボヨンボヨンと揺れていた。彼女は俺の頭の上に片足でバランスよく立ちながら、剣を構えてポーズをとっている。
「え……え~~~と。どちら様?」
「だからさっき言ったぞ。マーヤは妄想魔神のマーヤ・ラーニャなんだ!」
その少女――マーヤはえっへんと偉そうにふんぞり返っていた。
「い、意味がわからねえ! 俺の頭から降りやがれ!」
マーヤの足をとろうと手を頭にやると、彼女は「とう!」とジャンプして背後のテーブルに着地した。
「なにするんだよご主人様。きみの頭はすっごく乗り心地いいのに」
「知るかよそんなの……って、なんなんだよお前。どうやってここに現れた?」
いや愚問である。鏡越しであるが俺はこの目ではっきりと見た。
このアラビア風の少女は確かに俺の頭から飛び出してきた。それは間違いない。
でもそんなことが現実であるか? これこそ俺の妄想じゃないだろうか。いや違う。今は間違いなく現実だ。ここは妄想の王国でもなく、ちゃんと俺の家だ。
「マーヤはご主人様の妄想の世界から出てきたんだ。マーヤたちは妄想の魔神、つまりイマジン(想像)の魔神だからイマ神って呼んでもいいぞ。あははは!」
「魔神だって? お前が?」
「うん。イマ神だぞ。マーヤたちは人間たちの『集合無意識』の世界に住んでいる神様なんだー」
集合無意識――というのは学校の授業で聞いたことがある。確か哲学者ユングが提唱したという、人間の心の深層には共通する層が存在するという概念だ。つまり人間の心の底はどこか同じ場所で繋がっているということだ。
そんなところに神様が住んでいるなんて、どういう冗談だ。でも目の前の現実を受け入れないと、俺がただ頭のおかしい奴ってことになってしまう。
「そ、それで。その魔神様が俺の頭からなんで出てくるんだよ」
「それはきみの妄想が凄すぎて集合無意識の世界に繋がったからなんだ。たまにそういう人間が現れるんだよね。うんうん」
「げっ、俺の妄想ってそこまでのレベルなのか。褒められてる気がしねえ」
「それでね、マーヤたちイマ神の使命は、そういう集合無意識にアクセスできる人間のしもべになって願いを叶えることなんだ」
「願い事を――叶える?」
ふと俺は昔読んだアラビアンナイトの『魔法のランプ』の話を思い出した。あれもランプの魔神が現れてなんでも願いを叶えてくれるというものだったはずである。
なるほど、このマーヤとかいう魔神もその類なのかもしれない。
「マーヤはご主人様の下僕なんだから、なんでも言って欲しいぞ。どんな願い事も叶えてあげるぞ」
そう言ってマーヤはテーブルから降り、俺の目の前に立った。こうしてみると小柄な俺よりも少しだけ小柄だ。その割に胸だけは発育が良いようで、ビキニで覆われただけの丸出しのおっぱいについつい目が行ってしまう。
谷間のある胸。ビキニの横からはみ出る乳。ビキニの下からはみ出る乳。どれをとってもすげえ。
触ったらどれだけ柔らかいんだろう。鼻息が荒くなってくるのを実感した。
なんでも願い事を叶えてくれるっていうことは……ゴクリ。そういうこともアリなんだろうか。いやいや。そんな願いを強要するのは人としてどうかと……。
「どうしたのご主人様。マーヤのおっぱいばかり見て。変だぞ」
胸を凝視する俺に対してマーヤは首を傾げながら言った。
「みみみみ、見てねえよ! おっぱいなんか興味ないね! それよりも本当に俺の願いを叶えてくれるんだよな。もしかして三つだけとか?」
ランプの魔神は三つの願いを叶えてくれる話である。この妄想の魔神――イマ神も同じなんだろうか。
「ううん。違うぞ」あっさりとマーヤは否定した。「マーヤたちイマ神はご主人様が満足するまでずっと付き添い続けるんだ。それがマーヤの人間界に出てきた理由なんだ」
「へ、へえ」
俺は混乱のさなかに放り込まれた気分であったが、同時にガッツポーズをしていた。
まさか自分にこんな転機が訪れるとは夢にも思っていなかった。魔神に願い事を叶えて貰えればきっと俺の人生は万々歳である。リア充にだってきっとなれる。
「さて、じゃあ早速何を願おうか……」
俺は腕を組みながら考え込む。世界を我が手に! ていうのもいいし、スーパーマンみたいな力を手に入れるのもいいだろう。あとは友達が欲しいとか。新作のゲームが欲しいとかいくらでもある。
そうしていると、俺の腹がグーっとまたもや鳴った。
そういえば結局昼飯を食べ忘れていたことを思い出す。ああ、腹減った。
「ご主人様! お腹減ったんだね! じゃあマーヤが用意してあげるぞ! ねえねえ。今何が食べたい? 妄想して!」
マーヤはそう言って手に持っていた曲刀を掲げ、呪文を唱え始める。
「いふたふ・や~・しむしむ~!!」
そして曲刀を俺の頭目がけて振り下ろした。
――ざくり!
「ぎゃあああああっ!」
曲刀ががっつり俺の頭を脳天から鼻の辺りまで縦に切り裂いた。今度は妄想の中じゃない。現実にぶった斬られている!
「いだだだだだだ!」
文字通り死ぬほどの激痛が俺を襲った。
「いだだだだだだだだだ……わあっ!」
切り裂かれた俺の頭から飛び出したのは血でも脳みそでもなかった。
それはいくつものハンバーガーである。チーズバーガーにフィッシュバーガー。フライドポテトやナゲットまで飛び出してきた。
それは確かに俺が「食べたいもの」として想像した某ハンバーガー店の品々である。
頭から飛び出したハンバーガーは、ボトボトとテーブルの上に落ちていく。
「な、なんだよこれええ!」
絶叫を上げていると、マーヤは俺の頭から曲刀を引き抜いた。すると見る見るうちに縦一文字に切り裂かれた頭はぴったりとくっついて傷跡も残っていない。
「おいマーヤ! 俺に何をしやがった!」
「だから願いを叶えたんだぞ。イマ神が使える魔法はね、ご主人様の妄想を現実のものにすることなんだ。そのために頭をこの“イマジン・シャムシール”で切り裂いて頭の中から取り出す必要があるんだ」
マーヤは自慢げに語りながら危なっかしくも曲刀を振り回している。
このハンバーガーが全部俺の脳内から取り出されたものだって? 俺は一つハンバーガーを掴み上げる。たしかに感触や臭いは本物そっくりだ。でも味はどうだろう。ていうか自分の頭から出てきたものなんか気持ち悪くて食べる気にならない。
「ゲロゲロだよ。でも腹減ったしな」
空腹が限界に近づいていた俺は冷静な判断がつかなくなってきた。ええい、ままよ! と勢いよくハンバーガーに齧り付く。
「んん! 美味い! 確かにハンバーガーだこれは!」
「でしょでしょ。これはご主人様の妄想力にリアリティがあればあるほど現実の味に近づいてるんだぞ」
「ううむ。これはすごいぞ」
ぺろりと全部食べ終えて満たされた俺は、どうしたものかと考える。
このイマ神ことマーヤがいれば俺はなんでもできる。脳内で妄想していたことを現実にできるのならば、俺はなんにでもなれる。
「よしマーヤ! 俺を勇者にしてくれ! このくっだらねえ現実の世界を俺が求める冒険の世界に変えてやるんだ! ははははは!」
「よーし! まかせてご主人様!」ともう一度マーヤは曲刀を掲げた。「いふたふ・や~・しむしむ~!!」
――ぐさり。
またもや俺の頭に入刀された。
「ぎゃあああああああ! 願い叶える度に俺の頭を切らなくちゃいけねえのかよ!」
「それは仕方ないぞ。こうしなくちゃご主人様の頭の中から妄想を取り出すことはできないんだから。大丈夫だぞ。すぐに気持ちよくなるもん」
「なってたまるか!」
どんなマゾだよ!
マーヤに曲刀を突っ込まれながらツッコミを入れていると、俺の頭から何かが次々と飛び出していく。
やがてそれは俺の身体に纏わりつき、ずっしりとした重さが伝わってくる。
俺は鏡で己の姿を見て感嘆の息を漏らした。
「こ、これは妖精フェブリスの加護が宿った黄金の鎧!」
俺の身体に装着されたのは、まさしく脳内で妄想した勇者ヴァンの装備品そのものだった。煌びやかな金の鎧は、大昔にやったゲームの主人公と同じである。
「かっ、かっこいい!」
コスプレというレベルじゃない。本物の西洋甲冑だ。しかも黄金……ってことは、つまり、その……。
「お、重たい」
俺はその場に倒れてしまった。
ドスーンっと大きな音を立て、フローリングの床がみしりと言っている。
本物の鎧ってこんなに重いんだな。そりゃそうだよな。いくら妄想の鎧を現実化しようとも、現実の俺に体力も筋力がなければ着こなすことなんて不可能である。
「どうしたのご主人様。ほら! 冒険に出発するぞ!」
ノリノリのご様子でマーヤはふわふわと空中に浮いて俺を見下ろした。
「無理だ。これ脱がしてくれよ」
「え~~~~。せっかく出したのにぃ。外しちゃうなんてもったいないぞ」
「これじゃあ動けないんだよ! 兜と肩当てだけ残してあとは外してくれ!」
「は~~~~い」
しぶしぶという風にマーヤは俺の身体から鎧を外していく。身軽になったと言えばなったが、二つの角がついた兜と肩当てだけでも結構な重量で、これじゃあ首と肩が凝ってしまうだろう。
「でもこれまで外したら全然勇者じゃないよな」
これぐらいは我慢するとするか。
「よし! じゃあ今度こそ冒険に出発だ!」
魔神の力で勇者となった俺に待ち受けるのはいったいなんだろうか。
巨大な怪物か。恐ろしき悪魔か。手練れの盗賊か。はたまたドラゴンか。
俺は今までに味わったことのない晴れ晴れとした気持ちで玄関の戸を開いた。