第四話 真夏の鍋パーティ!ポロリもあるよ! その3
「それでは、新入部員の根賀倉くんの歓迎鍋パーティーをこれより開催いたす! では今日の主役である根賀倉くん、一言」
「え? 俺ですか?」いきなり藪坂先輩に降られて困惑してしまう。「えーと、今日はお日柄もよく――って、違うか。今日は俺のため? に鍋パーティーを開いて貰って大変嬉しいです。今日を期にみんなと親睦を深められるといいなーと思います」
「うむ。微妙な根賀倉くんの挨拶も済んだことだし、みんな、かんぱい!」
「かんぱーい!」
「ひ、ひどい……かんぱーい!」
俺たちはキンキンに冷えた麦茶をぶつけ合い、一気飲みした。
「っぷっはあ! やはり夏は麦茶に限るのう!」
まるでビールを飲んだおっさんのようなことを藪坂先輩は言う。
「さあ、じゃあ食べよっか」
「そ、そうですね。私はみなさんがとり終わったあとで結構ですので……」
「ご主人様! マーヤキノコ食べたい!」
「わかったよ、今とってやるから」
俺たちは思い思いに箸を伸ばし、具材を取り分けていく。
今日の鍋はとにかく適当にぶちこんだ寄せ鍋である。鍋奉行がいないせいか、鍋の中は混沌としていて、ぐちゃぐちゃになってしまっていた。
「はふはふ。やっぱり熱いですね」
俺は肉団子を口の中に放り込んだ。鍋の熱気と、熱帯夜の湿度のせいで汗がダラダラと出てきてしまう。
「うむ。だがこういう暑い日に食べる鍋もおつなものであろう?」
「それは認めますけど」
「キーノーコー!」
「マーヤちゃん。私でよければたくさんいれてあげますよ。はい、シイタケとシメジとまマイタケとエノキだよ」
「やっほー! ありがとーやーまだ!」
「なんでそんなキノコ好きなんだよ」
「キノコはなー。美味いんだぞー。えへへへ」
山田さんにキノコ類をとってもらい、美味そうにマーヤはがっついている。俺も負けてられないな。放っておくとすぐに具材がなくなりそうだ。
「どうだね、芹沢二年生。初めて食べる鍋の味は」
「はい。とっても美味しいです」
ネギ一つ、白菜一つを丁寧に食べ、噛みしめるようにしてゆにこは味わっている。本当に鍋を囲うのは初めてのようだった。
「わたしの家って父子家庭なんですよ。お父さんはいつもお仕事で、あんまり家にいなかったから、鍋を食べる機会がなかったんです」
そう言うゆにこの目にはかすかに光るものがあった。
「おいおい、なにも泣く事ないではないか」
「ごめんなさい。あんまりにも美味しくて。それに大好きな人たちと一緒にこうして食事をするってとってもいいものですね」
「そうだな。こういうのも、いいよな」
俺もクニクニと糸こんにゃくを噛みながらしみじみとそう思った。
家で鍋ぐらいはよくやるが、こうして友達同士で鍋を囲うのは初めての経験だ。今までこういう馬鹿騒ぎをする連中を斜めからバカにし、卑屈なことばかり言っていた過去の自分を情けなく思う。
ふと、そこで俺は「友達」という単語が素直に出てきたことに驚く。
そうか。俺たちはもう友達――仲間なんだな。
「今度は肉食うぞー! ぎゃはははは!」
それもこれも、やっぱりこいつが俺の頭から出てきたおかげ、か。
俺はマーヤの頭を撫でてやった。
「ふむそれにしても暑い。いや、熱い! いったいどうなっているのだ。なんなんだこの熱さは!」
汗だくになりながら藪坂先輩が苛々し始める。
「誰だこんな真夏に鍋をやろうと言い出したバカは!」
「あんただよ!」
思わず怒鳴り返してしまうぐらいにとにかく暑い!
しかも四畳半に五人でその上鍋を囲っているなんて尋常ではない光景だ。俺たちは麦茶をとにかくがぶ飲みしていたが、あっという間にお茶請けは空っぽになってしまう。
「しまった。こんなことならもっとお茶を作っておくべきだった……おおーい誰かお茶持ってきてくれたまえ。このままじゃ脱水症状を起こす」
「じゃあもう火を消しましょうよ」
「ダメだ! まだまだ具材は余っている。全部喰らうまで火を消すことは許さん!」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」
「ダメだダメだ! さあ食えお前ら!」
藪坂先輩は無茶苦茶なことを言い、熱々の野菜を嫌がる山田さんの口に詰め込んでいく。
「あ、熱い! はふはふ……熱いですぅ!」
「食うのはいいけど何か冷たいものがないときついな……」
「よーしこういう時こそマーヤの出番だぞ。茶色の冷たい飲み物を出せばいいんだよね。いふたふ・や~・しむしむ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!」
「いでえええええ!」
マーヤは突然俺の頭に曲刀を突き立てやがった。
ポポポポン! っと俺の頭から五つのグラスが飛び出てくる。その中には茶色なのか黄金色なのか曖昧な感じの飲み物が出てきた。
でもなんだこれ、麦茶なのか? 泡が沸いているが……
「おう。気が利くではないかマーヤちゃん。どれ、一杯いただくとするか」
「あっ、ちょっと待ってください!」
妄想の物体を口にしたら腹を下す、と注意しようとする間もなく、藪坂先輩はゴクゴクゴクと喉を鳴らしながら一気に飲み干してしまった。
「っぷうはああああああああああ! 最高だ! ちょっと苦いがこのお茶はめちゃくちゃ美味いぞ。皆も飲むがいい!」
「ほ、ほんとですか? じゃあ私も頂きますね。ありがとうマーヤちゃん」
「……マーヤちゃんが出してくれたものならなんでも飲むわ!」
山田さんもゆにこも美味そうにその液体を飲み干した。
確かに美味しそうだし冷たそうである。
「今回は大丈夫みたいだよ右城くん。お腹痛くならないし」
ゆにこはそう言った。確かに体調は悪くなっていないようだが……その顔は茹で蛸のように真っ赤だった。
「ひっく。なんら。頭がくらくらしていい気持ちになってきたお」
藪坂先輩もなんだか顔が赤い。様子が変だ。
「でもでも、なんだか余計に暑くなってきませんかぁ?」
山田さんも同じく顔から湯気が出そうである。
「おいマーヤ。みんなに何を飲ませた!」
「え? だから麦茶だぞ? ほら!」
マーヤは俺に例の飲み物を差し出した。やはり見れば見るほど麦茶っぽくない。ていうかこの独特の泡は間違いなく――ビールだ。
未成年が飲んでいい物じゃない。
「お前~~~~~。なんてもんを飲ませてるんだよ!」
「ええー! まさかマーヤ間違えたか? 間違えちゃったか?」
「大間違いだよ!」
一気飲みなんかしたもんだから、みんな酔っぱらっちゃっている。
「げらげらげらげらげら。なーんかかいい気持ちになってきちゃいましたよー。もう暑いし脱いじゃいましょう!」
山田さんはそう言っていきなり着ていた体操服をばさっと脱いだ。
プルルルン、と白いブラジャーに包まれた巨大なおっぱいが姿を現す。ズボンまで脱ぎ捨てて、パンツが丸見えである。
「山田さん何してるんだよ!」
「ふっふっふ。それは名案だな。どれ、あたしもこの衣を脱ぎ捨てようではないか。ひっく」
藪坂先輩はパジャマのボタンを一つ一つ外していく。見えたのはパジャマと同じピンクのブラで、可愛らしいリボンがついている。意外と少女趣味なんだな。彼女の胸は控えめではあるが、形は綺麗で、美乳の名が相応しいと思える。
普段珍妙な言葉遣いで荒々しいことばかりしている彼女の柔肌が見えていることに、なんだか背徳感を覚えてしまう。
「ふええええええん。暑いよ~~~~~~~~~~~~~~~」
今度はいきなりゆにこが泣き出した。泣き上戸なのか? と思っていると他二人のように服を脱ぎ始めていた。
「なんでみんな脱ぐんだよ!」
とはいえ脱がなければ暑くて仕方のない状況なのは確かだ。実際俺も汗だくで、シャツがもうびしょびしょである。
「右城くーん。暑いよ、助けてー!」
わんわん泣きながらゆにこは俺に抱きついてきた。
マーヤじゃなくて、俺に? 夢でも見ているのだろうか、下着姿のゆにこの肌が俺に触れ、あまりの気持ち良さに昇天しそうになる。
「あ、あたしはいったいここで何をしているのだ。あたしはダメなやつだ。いつもみんなに迷惑をかけて、ダメダメちゃんなのだ。もうお詫びとしてあたしの身体をみんなに捧げるしかない」
藪坂先輩は暗い表情でブツブツと呟き、俺に近づいてきた。
「げらげらげらげら。せんぱーい! なにしけた顔してるんれすくあ? もっとハッピーになりましょーよー! いーえい!」
山田さんは巨大な胸を武器に俺の頭を殴りつけてくる。
やばい、ここは天国だ――いや、地獄なのか。みんな暑さとアルコールのせいで変なことになってしまっている。
「マーヤさーん。私の頭から色んな物出してくださーい!」
「まかせてー! なーんでも出すぞー!」
「おいバカ、やめろ!」
俺が制止する間もなく、マーヤは酔っ払いと化した山田さんの頭を切り裂いた。
パカーン! と割れた頭からはモザイク塗れの卑猥な物体が大量に押し出てくる。狭苦しい四畳半がドンドン圧迫されていく。やっぱり地獄だ。ここは酔っ払い地獄だ!
「ふえええん。右城くん助けてー!」
「根賀倉二年生よ、今までの我が無礼を許したまえ。代わりにあたしの大切なものをア・ゲ・ル……」
「げらげらげら! ほらほら先輩! おっぱいですよー!」
「うわああああああああああああああああああああああああああああ!」
俺は逃げ出した。
チキンだと罵るがいい。
しかし酔っぱらった裸の女子高生三人を相手にするのは童貞野郎には荷が重すぎる。とんでもないプレッシャーだ。据膳喰わぬはなんとやらと言うが、そんな勇気は俺にはなかった。
バタンっと、藪坂先輩の部屋から出て、俺は頭を冷やすために下宿の廊下の窓を開け、夜風に当たった。
「まったく、こんなバカ騒ぎしてちゃ他の住人に怒鳴られるよ」
やれやれ、随分慣れたと思ったが、写真部の面々はやっぱり変な人ばかりだ。これじゃあ俺の体力なんて持たない。
けど、悪い気分じゃないな。
俺は今、充実している。マーヤが来る前の鬱屈していた自分はこんな気持ちになったことがなかった。
楽しいと、素直に思える。
「やっぱ大変なのは大変だけど」
苦笑しながらもそれさえも面白いと思える自分を発見する。
「いたたた……なんだか頭痛いよ……うう気持ち悪い」
しばらくすると部屋からゆにこが出てきた。少しは酔いが醒めたようで、泣いてはいない。服も乱れているが着なおしたようだった。
「大丈夫か?」
「あはは。なんだか変なところ見せちゃったね」
己の醜態を恥じているようで、さっきとは別の理由で赤くなっている。そんな様子もやっぱり可愛い。
「いいよ。マーヤのせいだしさ」
「えへへへ。でも鍋は美味しかったよ。今日はとっても楽しかったな」
「ああ。俺もだ」
俺たちは窓から空を見上げ、星を見た。
ああ、なんだかいい雰囲気だぞ。
まるで恋人同士みたいだ。なんて、ゆにこはそんなこと微塵も思っていないだろうけど、ついこの間まで隣同士に住んでいても言葉も交わさない仲だったのだ、かなりの進展と行ってもいいだろう。
俺は今最高に幸せな気分だ。
こんな充実感味わったことがない。
「……満足だ」
「ん? 何か言った?」
「いや、なんでもないよ。さて、そろそろ部屋に戻るか。あの酔っ払いたちを介抱しないといけないし」
俺たちが部屋に戻ると、空っぽの鍋と、グースカと下着姿でだらしなくもいびきをかいて眠ってしまっている藪坂先輩と山田さんがいた。
「あーあー。みんななんて格好してるの」
「いや、お前もさっきまで似たようなもんだったけどな」
俺は後ろを向き、ゆにこは二人の服を着させていた。しばらく起きそうにもなく、仕方なくそのまま寝かせてやることにする。
「あれ?」とそこで俺は異変に気付く。「マーヤがいない」
「あれれ。そう言えばいないね。さっきまで部屋にいたはずなんだけど」
「おーい、マーヤ。出てこーい。別に怒ってないからー!」
俺は大きな声であいつを呼んだが、出てくる気配はない。
窓を開け、外を覗き、廊下に出てあちこち探し回ったが見つからない。
「……マーヤ?」
その日、結局マーヤは俺の前に姿を現さなかった。
ここで第四話は終わりです。
次は最終章の第五話です。




