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第四話 真夏の鍋パーティ!ポロリもあるよ! その1


「鍋が食べたいのう」

 ある日の放課後、いつものように写真部のメンバーは部室に集まってダラダラと遊んでいた。今日の遊びは『囲碁麻雀』である。麻雀卓に乗せられた碁石をシャッフルしながら藪坂先輩がそんなことを言った。

「あのですね。今が何月か知ってますか?」

 今はもう六月が終わり七月に入ったところだ。

 じきに夏休みがやってくるというのに何を言っているのだろうかこの人は。

「ふふん。貴君よ、昔の偉い人はこう言った。『暑いときに食べる熱い物ほど美味い物などない!』とな!」

「そんなアホなこと誰が言ったんですか?」

 呆れてものが言えない。俺はじっとりと頬を伝う汗を拭った。 

 暑い。かなり暑い。温暖化が進んでいるというのはどうやら嘘じゃないようだ。毎年毎年どんどん暑くなっている気がする。

 部室には当然冷房器具はなく、窓を開けると熱風が吹きこんでくる。

 ちらり、と横目でゆにこを見ると、彼女のセーラーの夏服が汗と太陽光で透けていた。かすかにブラの線が見え、ぴったりと生地が肌に張り付いているせいか膨らみが強調されてしまっている。

 それは藪坂先輩も体操服姿の山田さんも同じだった。天国と地獄を両方同時に味わっているような気分である。

 ともかく、こんな日に鍋なんて食べたら死んでしまう。

「鍋って美味しいんですか?」

 俺が暑さにもだえていると、ゆにこがそう言った。

「えっ、ゆにこ……お前もしかして鍋食べたことないのか?」

 彼女の言葉に驚いて思わず聞き返してしまう。この日本において鍋料理を食べたことがないなんて珍しいにもほどがある。

「えへへ。恥ずかしながら」

「それは意外であったな。ふむ」パンっと勢いよく藪坂先輩は扇子を開く。「では決まりだ! そういえばまだ新入生の親睦会を行っていなかったし、いい機会だ。これより鍋パーティーを開催しようではないか!」

「そ、それはいいアイデアですぅ。みんなでお鍋なんて楽しそうですね。あっ、でもでも。私みたいなゲロ豚と一緒に鍋なんて囲ってみんなの食欲を削いでしまったらどうしましょう。ああ、私なんかが出席すること前提で話していましたけど、きっと私は誘われませんよね。いいんです。私は霞でも食んで生きていきますです」

「何を言っておるのかね山田一年生! これは全員参加だ! 強制だ! 部長たるあたしの命令に逆らうことは許さーん!」

「いいんですか! 私が参加しても……嬉しいです!」

「でも藪坂先輩。鍋パーティーなんてどこでやる気ですか? 校舎は火気厳禁ですし、先生たちにバレたら廃部どころか停学喰らいますよ」

「ふむ。廃部のリスクを背負うことはあたしも不本意ではない。ではどうだろう。あたしの下宿先で行うというのは。言いだしっぺだからな、場所ぐらいは提供しよう」

「へえ。藪坂先輩って下宿暮らしなんですか?」

「ああ。女子たるもの今の世の中、一人で生きて行ける術を身につかねばならんからな。あたしは高校入学後一人暮らしをしているのだ」

「立派ですね」

 素直に俺は感心してしまう。いつも左苗姉ちゃんに世話されている俺は家事だってやらないし、一人暮らしなんてできる気がしない。

「なあに。大したことはないさ。では、今日の晩さっそく鍋パーティーおよび親睦会を行おうと思う。予定がある物は申し出るように」

「大丈夫です。出ますよ」

「はい。わたしも平気です」

「私なんかに用事があるわけないじゃないですか……勿論行きます」

「よし決まった! ではあたしは一足先に部屋に戻って用意をしておこうではないか。貴君らはスーパーに赴き食材を調達してきてくれたまえ」

「でも俺たち先輩の下宿先知りませんよ?」

「それなら大丈夫です。わ、私何度か藪坂先輩のお家にお世話になったことがありますし。ご迷惑じゃなければ買い出しの帰りに案内させていただきますです」

「そうなんだ。よろしくねキララちゃん」

「は、はい! 任せてください!」

 鍋パーティーか。鍋に限らず誰かと食事会するなんて今までなかったな、と俺は自分の過去を思い返す。

 楽しみだ。心から俺はそう思った。左苗姉ちゃんに電話して今日の晩飯はいらないと言わなくちゃいけないな。


     ☆


 早めに部活動を切り上げた俺たちは、先に変える藪坂先輩と別れ、学校近くのスーパーに寄ることにした。

 そういえば子どもの頃左苗姉ちゃんと一緒に母がスーパーで買い物するのをついていった記憶がある。それ以来特に来た記憶がない。俺のように自活してない男子高校生とは縁遠い場所だ。

 スーパーにやってきた俺たちは自動ドアをくぐった。

 街の人たちが多く利用する大手のスーパーだけあって、客数は多い。こりゃ商店街も寂れてしまうよな。近所がシャッター街になっていくのは寂しいが、やっぱりスーパーは便利である。

 色とりどりの野菜が宝石箱のように山のように積まれ、珍しい魚を扱っていたり、安物から高級肉まで揃えられており、日用品や調味料も一通り並んでいる。

「へえ。久々に来るとなんか新鮮で驚くな」

「そう? わたしは毎日買い物に来るからわかんないや」

「ゆにこがいつも買い物してんのか?」

「うん。部長みたいに一人暮らしじゃないけど、家事は自分でやってるから」

 笑顔でそう言うゆにこにときめいてしまう。なんて家庭的なんだ。やっぱり料理のできる女の子は素晴らしい。

「ご主人様! ここはどこだ! どこなんだ! すっごーい! なんでも揃ってるぞ!」

 俺とゆにこの買い物(山田さんもいるけど)を邪魔するが如く、マーヤが俺の頭から顔を覗かせる。

「マーヤちゃん! 会いたかったよ!」

 キラキラと目を輝かせて俺の頭の上のマーヤに、ゆにこは熱い視線を送った。

「なあなあ。ここはどこなんだ。どこなんだー!」

「ここはスーパーって言うんだよ。よかったらわたしが案内してあげるよ。そうだ、好きな物なーんでも買ってあげるわよ」

「ほんとか! いい奴だなゆにこ!」

「そうよ。だからほら、お手手繋ごうね~~~~。はーん。ほんとに可愛い」

 物で釣られたマーヤはゆにこと共にお菓子コーナーへと行ってしまった。

 あとにはぽつねんっと、俺と山田さんだけが残されることになった。

「…………」

「…………」

 気まずい。

 よくよく考えれば山田さんと二人きりで話なんてしたことがない。

 この子は過剰にまで卑屈だ。俺と同じ臭いを感じた、と出会った当初は思ったものだが、彼女の卑屈さと加害妄想には俺なんて足元にも及ばない。

 下手に話しかけたところで泣かしてしまうかもしれないと思い、なんとなく押し黙ってしまう。

 俺と山田さんは肩を並べながらカートを押していく。

 時折ひょいひょいっと鍋の具材になりそう食品をカゴに放り込んでいった。

「あ、あの」

「え?」突然山田さんが口を開いたので俺はぎょっとしてしまう。「ど、どうしたの?」

「ごめんなさい根賀倉先輩。わ、私と一緒にお買い物しても楽しくありませんよね。気まずいだけですよね。私みたいなゲロ豚不細工が横に並ぶなんておこがましいですよね。すいませんすいません。これから私は五十メートル後ろを歩くので殴らないで下さい」

 山田さんは突如ボロボロと涙を流しながらペコペコと頭を下げた。

「殴らないって! 別に謝らなくていいよ。ていうか悪いことなんかしてないじゃないか」

「でもでも、先輩ずっと怖い顔で黙ってますし」

「顔は生まれつきだ。黙ってるのはたんに俺に女子と会話をするほどの能力がないだけで、山田さんのせいじゃないよ」

「ごめんなさい。私なんかが気を遣わせてしまって! どうぞ気の澄むまで踏んで下さい。なんなら裸踊りでもこの場で披露しますから」

 今度はいきなり土下座まで初めてしまった。周囲の目が一斉に俺に集まっている。これじゃあまた変な噂が立ってしまう。

「落ち着いて山田さん! ほら立って! 早く食材を買って帰ろう!」

「ごめんなさい。そうでした」

 はっと我に返り、山田さんは涙を拭いていた。

「ふう……」

 まるで爆弾だ。いつ負の感情が爆発するかわかったものじゃない。

 この子を独りで相手にするのは俺にはきつい。ゆにこはどこに行ったんだ、と辺りを見回すと、彼女とマーヤは外のガチャガチャコーナーで楽しそうに遊んでいた。

 まったく人の苦労も知らないで。

 俺は肩を震わせる山田さんをなだめながら、買い物を続けた。

「そういえば」と俺は話を切り出す。このまま黙っていてまた泣かれても困る。「藪坂先輩の下宿先を知ってるんだよね。遊びに行ったことあるの?」

「え? は、はい。何度かお招きされたことがありますので」

「そうなんだ。そういえば山田さんって結構先輩と仲いいよね」

 俺の目からすれば相当慕っているように見える。唯我独尊な藪坂先輩と彼女は性格的に合うようには見えないのだが。

「はい。私、藪坂先輩のこと大好きなんです」

「へえ。あんな滅茶苦茶な人に付き合ってて疲れない? 俺もう入部して以来体がぼろぼろで持たないよ」

「そうですね。先輩は滅茶苦茶です。でもそのおかげで私は救われたんですよ」

 そう言う山田さんは珍しく笑顔だった。

 もしかして彼女の微笑みを見るのはこれが初めてかもしれない。分厚い眼鏡のせいか普段は表情がよく見えないが、こうしてみると山田さんは結構可愛い。

 思わずドキリとして、ときめいてしまった。

「救われたって……?」

「私、こんな性格だからずっと友達なんていなかったんですよ。いつもクラスメイトにイジメられてて……学校に来るのも苦痛で、この学校に入ってからも独りでした」

 突然の告白に俺は気分が沈む。

 それは俺も同じだ。いじめられていたわけではないが、ずっと孤独だった。

「そんな時に私に話しかけてきてくれたのが藪坂先輩なんです」

「ふうん。あの人にもいいところってあるんだな」

「出会いは廊下でぶつかったところからです。『どこを見て歩いているのだね。骨が折れてしまったではないか。治療費として百億兆円払いたまえ。なに? そんなお金がない? だったら体で払って貰おうか。わっはっは!』って私を写真部に連れていったんです」

「どこのたちの悪い当り屋だよ!」

 ○クザみたいな人だな藪坂先輩!

 前言撤回、どこもいいところなんかないし、むしろ大悪人だ。美談でもなんでもない。けれど当の山田さん本人はそこから先輩と付き合いが始まり、孤独ではなくなったようで、多少は明るくなったのだという。

 これで明るいのなら、藪坂先輩と出会う前はどれだけ暗かったんだろう。

 想像するとちょっとぞっとしてしまう。

「じゃあ今日はその藪坂先輩のためにも美味い鍋にしような。そのためにもどんどんうまい野菜と肉を買うぞ! っていうか代金は部費から降りるんだろうな」

 俺の財布はほとんど持ち合わせなんかないぞ。 

 カゴいっぱいに材料を詰め込んだのはいいが、いったいいくらになるんだろうか。

「大丈夫ですよ。私がとりあえず立て替えておきますから」

 山田さんは財布からカードを取り出した。

 そのカードは真っ黒である。

 まさか、それってブラックカード……? 選ばれた者にしか手にすることができないという、金持ちの必須アイテム!

 そんなバカな。いつもジャージ姿で野暮ったい山田さんがそんなお嬢様になんて見えない。何かの冗談だろうか。

「山田さん。失礼かもしれないけど、お家の人って何してるの?」

「えっと『モニクロ』って会社の社長なんですけど」

「げっ!」

『モニクロ』と言えば日本一のカジュアル衣料品販売の大手会社である。その社長は世界長者番付でトップファイブに入るほどだという。

 確かそこの社長も山田って言ったけど、まさか本当なのか。いやいやそんなことあるわけないよな。

 俺がモヤモヤとした気持ちのままぼうっとしていると、山田さんはカートをレジに運んで行っている。

 無計画に買いに買ったものであるが、一万円を超えていた。しかし山田さんは表情一つ崩さずカードで清算を済ませている。

「俺が荷物を持つよ!」

 慌てて重たくなったエコバックを持ち上げる。

「ごめんなさい先輩。そんな、私なんかのために持ってもらって。でもそうですよね。私が荷物を持ってもし落としてしまったら大変ですから。私みたいなトロい人間を信用できなくて当然ですよね」

「いやいやいや。俺が持ちたかっただけだから、山田さんは気を使わないでいいよ。こういうのは男の役目だからね」

 本当はかなり重たいが、こんなお嬢様に重たい物を持たせるわけにはいかない。世界有数の億万長者を相手にあそこまで傍若無人な態度をとれる藪坂先輩は只者じゃないな。俺みたいな一般庶民は畏れ多く思ってしまう。

「ご主人様~~~。見てみて~~~~!」

 スーパーを出ると、大量のトイカプセルを袋に詰め込んでいるマーヤが迎えた。その数は十や二十ではない。

 ガチャガチャの本体を見ると空っぽになっていた。

「わたしのお小遣い、全部なくなっちゃった……でも、マーヤちゃんが喜んでくれたからわたしは幸せよ」

 ゆには空っぽの財布を抱きしめながらも恍惚の表情を浮かべていた。

こっちはこっちで無駄遣いが過ぎる。

「じゃ、じゃあ今から藪坂先輩の下宿に案内しますね。私なんかが先頭を務めるのは申し訳ないですけれど、ついてきてください」

「はーい! 鍋かー! 楽しみだなー!」

 いつの間にか参加する気満々なのか、マーヤは俺の頭に飛び乗り、無理矢理肩車の格好をさせられる。

 そのせいで「なんで肩車するのがわたしじゃなくて右城くんなの」とジロリとゆにこに睨まれた。鬼の形相で。

 俺はその視線を避けつつ、山田さんの後をついていった。


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