第一話 マーヤちゃん登場 その1
初めて完結してる作品を投稿しました。
ぜひ読んでください。
頂いたイラストを挿絵として冒頭に挿入しました。
妖精フェブリスの加護が施された黄金の鎧を身に着け、伝説の火炎竜の尻尾から取り出した魔剣インフェルノを構え、俺は邪悪なる巨人と対峙した。
その巨人――グレンデルは百二十三人もの美少女を生贄として喰らい、数千というユーステス王国の兵士たちを嬲り殺しにしてきた恐ろしき魔物だ。人間が作り出した武器を弾き返し、砦よりも大きな身の丈から繰り出される攻撃はもはや災厄と言えるだろう。
だから俺はまず街から離れ、奴を人気のない砂丘へと誘いだした。
グレンデルの体重ならば砂に足をとられるに違いない。“金眼魔眼の奇策士”と呼ばれた俺だからこそ思いついた策であった。
「さあ来い巨人グレンデル! 我が名はユーステス王国第十三番騎士隊長ヴァン・ハードナー・シュバイツァである。いざ尋常に勝負せよ!」
王宮に仕え、絶世の美女である姫君と恋仲で、幾千もの魔物や怪物を退治してきた最強の騎士なのだ。
「ぐああああああああああああああああああああああああ!」
グレンデルは言葉にならぬ咆哮を上げ、手に持った棍棒を叩きつけた。その際に奴の足が砂に埋もれて態勢が崩れる。しめた、これをまっていたのだ。
「はっ!」と俺は神の火を纏った魔剣インフェルノの刃で棍棒を受け止める。衝撃で自分も砂に埋もれそうになるが、すぐに飛び退いて場を凌いだ。
天使の翼で編まれた長靴の力が発動し、俺の身体は数十メートル上昇していく。
「とどめだ! 今まで奪った命に地獄で詫びるがいい。必殺、暗黒爆炎殺劇剣!」
俺は魔剣インフェルノを振りかぶり、グレンデルの脳天目がけて――
「右城ちゃん!」
――振り下ろし――
「右城ちゃんってば!」
――た。
「もう、何ぼーっとしてるの右城ちゃんってば!」
「聞こえてるよ姉ちゃん! 部屋に入る時はノックしてくれって言っただろ!」
脳内妄想『勇者ヴァンの魔物退治』からいきなり我に返らされた俺は反射的に左苗姉ちゃんに怒鳴ってしまった。
「うう。右城ちゃん……なんでお姉ちゃんにそんなこと言うの……昔はこんな子じゃなかったのに……」
左苗姉ちゃんは瞳に涙を浮かべながら俺を見つめてくる。ああ、怒鳴るつもりはなかったのに。姉ちゃんを泣かしてしまった。
俺は自分自身にうんざりしながら自室のベッドから起き上がった。
そこはアニメのポスターが四方に貼られ、狭い部屋をさらに狭くしている本棚の上にはいくつものフィギュアが並んでいる。床は漫画やアニメ雑誌が散乱し、小さなテーブルの上にはお菓子の食べカスで汚れていた。
さっきまでベッドに寝転がりながらしていた“妄想”の世界とは全然違う。ユーステス王国なんてどこにもない。ここはただの俺の部屋である。それに装備しているのは妖精の鎧でも魔剣でもない。薄汚れたパーカーにだるだるのジャージズボン。
俺は十三番騎士隊長のヴァン・ハードナー・シュバイツァなんかじゃなく、ただのオタクの高校生、根賀倉右城である。
これが現実。見たくもない現実だ。
“妄想”は俺の趣味――むしろ生き甲斐である。ゲームにも漫画にも飽きた俺は、金もかからず飽きのやってこない遊びを思い付いた。それが妄想遊びだった。
妄想の中でならなんにでもなれる。勇者にだってなれるし、女の子とキョどることなく軽快な会話ができる。
妄想世界ではいつだって最強でモテモテだ。目を瞑るだけで異世界へ飛べる気がした。
そんな妄想から現実に俺を引き戻したのは大学生の姉である根賀倉左苗である。
左苗姉ちゃんは俺に優秀な遺伝子をまったく残しておいてくれなかったと思えるぐらいに美人で、大学でも言い寄ってくる男が後を絶たないという。
おっとりとしたタレ目の瞳に、栗色の柔らかな髪、なんだか全体的にふわふわとした印象が男受けするらしい。
もっとも実弟の俺からすればちょっと抜けたところのある頼りない姉にしか見えないが。
「ごめんよ姉ちゃん。怒鳴る気なんてなかったんだよ。ちょっとびっくりしただけで」
「そうよね。右城ちゃんがわたしにあんな乱暴なこと言うわけないものね。やっぱり右城ちゃんは優しい子だわ。大好きよ、むちゅー!」
「わあ! やめろってば姉ちゃん! 抱きつかないでくれって! ていうかキスもやめろ! 頼むから!」
左苗姉ちゃんはいきなり俺にタックルを食らわし、ベッドに押し倒してきた。姉ちゃんの愛情表現は過剰すぎる。グラビアアイドルのような豊満な胸が俺の身体に押し当てられ、ぷにぷにとした感触が全身を駆け巡る。
ダメだ。いくら同級生の女子にモテないからって姉に欲情したら人として終わりだぞ。理性を保て根賀倉右城! 姉ちゃんは思春期の性欲を舐め過ぎて困る!
「そ、それで。いったい何の用なんだよ」
「あのね、お姉ちゃんこれから図書館でお勉強するからお昼ごはんは自分で買ってきてね」
「えー。学校が休みの日ぐらい外に出たくねーんだけど」
「ダメよ。今日はいい天気なんだから、少しぐらいお日様の光に当たらないと腐っちゃうよ。でろでろになっちゃうよ。ね?」
左苗姉ちゃんはそう言って指で俺の頬をつついた。
「わかったよ。買いに行けばいいんだろ」
「オッケー。じゃあわたしはもう行くね」
じゃあねーと姉ちゃんは家から出ていった。思わず「ふう」と溜息が出てくる。台風が去ったような気分である。
俺はもう一度ベッドの上にダイブし、再度妄想の世界に浸ろうと試みる。
別に昼ぐらい食わなくたって平気だ。今日は日曜でカロリーを消費することなんかしてないし、昼を抜いても死にはしない。
むしろ人の多い休日に外に出るぐらいなら餓死を選ぶね。
下手にクラスメイトと外で会おうものなら大パニックを起こす自信がある。
地獄のような高校生活の合間であるこの日曜日にそんな死地に赴く理由なんかない。休みはずっと妄想世界で遊ぶんだ。