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社畜解放運動

作者: 月並

朝目覚めると部屋はちらかり放題で汚い話しだが、寝ゲロもある。全身から酒の匂いがぷんぷんする。ああ。頭が痛い。二日酔いだ。尻ポケットに入っている財布をおもむろに出してみる。コンビニに行って水と薬を買ってこよう。



……あれ?残金が315円しかない。逆から読んだら円513。

なぜだ?記憶がない。


すると、部屋の角からぼさぼさ頭の同じように酒の匂いを纏う男がゴミ袋を頭から振り落としながらむくりと床から這いずり起きてきた。


え?誰?


「あー。頭いてぇ。今起きた」

「え。あの……。どなた様ですか?」

「覚えてないの?小中一緒だったじゃん!」

まじまじと彼の顔を見てみる。

あ!そうだ!小中幼馴染みだったケンジだ!だけど、高校進学と共に疎遠になって、大学進学と共に上京。現在フリーター。で、


「何でケンジがいるの?お前、東京に居たの?」

いやいや、そんな事よりもっと大事な事を聞かなければならない。しかし言葉が浮かばない。

「東京だよ。大学中退してフリーター。お前、まじで覚えてないの?昨夜の事」


え?いやいや覚えてない覚えてない。


「全然覚えてない」

「何かさ。電話がきたんだよ。お前の友達の友達から。ほら、丸井だよ」

「ああ。丸井ね。はいはい」


覚えてない。覚えてない。全然覚えてない。


「丸井から電話あって、面白い事になってるから来いって。飲み屋に」

「え?面白い事?」


覚えてない。覚えてない。全然覚えてない。


「お前が、宝くじ100万?当てたらしくてさ。『社畜解放運動』始めたる!とか言って、ある飲み屋で金を配り散らしててさ」

「え?」

財布を見てみる。残金315円。


「凄かったわけよ。お前、電話帳に入ってる友人にガンガン掛けていってさ。俺の連絡先知らないじゃん?でも丸井を通じて連絡きたからさ。飲み屋で『飲め飲め!俺の奢りだ!』とか言って。知らないサラリーマンのおっさんにも『社畜お疲れ!』とか言って、1万とか渡してたりしてたよ?おっさんはむっとしながらも金受け取ってたけど」

「あのー……。記憶がないんです」

「あー。飲んでたからね。そんで酔いつぶれたお前をマンションまで運びこんでお前は寝ゲロ吐いてダウン。ついでに俺もダウン」

「あのー。ケンジ君?一夜の過ちとかありませんよね?」真剣に聞く。

「ある訳ねぇだろ!」ゴミ袋を投げてきたケンジ。袋から中身のゴミが頭に散乱した。

「あのーケンジ君もお金貰いましたか?」なぜか敬語になる。

「貰ったよ」

「悪いんですけど、返して頂けませんか?」

「おう」ケンジはジーンズのポケットから財布を取り出す。

「はい。462円」


残金=315➕462=777円。

わーい。ラッキーセブン。


「いやいや。もっと貰ったでしょ?」語気を強めて言う。

「タクシー代で全部消えたから!俺の財布からも出したし、返して欲しいくらいだから!」


うそーん。覚えてない。覚えてない。

そうだ!


「俺、バイト行かないと!」頭に残るゴミを振り払いながらとにかく洗面所に向かう。

「は?バイトクビになったって言ってたじゃん」


え?今なんと?


「バイトクビになってから、前に買った宝くじが当選してたのに気付いて、昨夜?くらいに通帳に100万振り込んで、それから『社畜解放運動』する為に資金をちょっくら財布に出してきた!とか言ってたけど?飲み屋で」


貯金通帳!近くにあった鞄をおもむろに開けてみる。


あった!貯金通帳!

残高!0円!

おわた!


「俺は全財産を『社畜解放運動』へと投資した模様です」

「だろうな。半端なかったから」

「どうすれば良いのでしょうか?」

「お前、社畜は嫌だからもう働かない!って、豪語してたもんな」

「あのー。申し訳ないんですが。ちょっくら、本当にちょっくら、お金貸してくれません?」

「は?」

「いやいや、本当にちょっとでいいから!」両手を合わせてお願いする。

「覚えてないの?」

「え?何が?」

「俺もさ。バイトクビになった訳よ。ついでに家賃滞納してて、アパート追い出されて。そしたらお前が『俺たちは仲間だ!最近流行りのルームシェアしよう!』って言って、住んでいいって言ったじゃん」

「言ってない言ってない!」

「いや、言ったんだって!俺、荷物全部持ってきたからね?」黒い革のボストンバッグを見せてくる。

「……無理っすよ。残金ラッキーセブンですから」

「そこは2人で考えようぜ!な?」


確かに。1人よりか2人で良かった気がする。ただ、気がするだけ。


「まぁ、そうだな。また、宝くじ買いますか!」

「いや、当てられる気がしませんし。すぐにお金が欲しいんです」

「何で敬語なわけよ?」

「あのー。ケンジ君?『は』から始まって『く』で終わるやつ思いつきません?」

「……ハイアタック」



惜しい!いや、全然惜しくない!


「英語で言うと『W』から始まって『K』で終わるやつ」

「WEEK?」


あーん!確かに!っていうかケンジ。


「どんだけ働きたくないんだよ!」

「あー。WORK?今、分かった」

「すぐ現金で貰える仕事しかないじゃん!今すぐ!」

「えー?『社畜解放運動』の首謀者がそれ言っちゃうの?」

「言うよそりゃあ!アパート!そう!アパートの家賃とか光熱費とかどうするのよ⁉」

「だーかーらー。宝くじで……」

「無理だから!よし!今すぐ近くのコンビニでフリーペーパー取りに行くぞ!」洗面所へ急ぐ。

「えー?いやいや、別の方法考えましょうよー?」洗面所で歯磨きする姿を腕組しながらケンジが言う。壁にもたれかかっては離れて、もたれかかっては離れてと背中でリズムを刻む。


「コンビニで強盗とか?」


は?


思わず歯ブラシを口元から落としてしまう。口元は歯ブラシの泡だらけであったが、黙ってはいられなかった。

「何言ってんだよお前は!」

「きったねぇ!口ゆすげよ」

「あ。すいません」

なぜか謝ってしまった。口をゆすいで歯ブラシを戻す。

「犯罪じゃあないかよ」小声で言う。

「そうだよ。だけど、それしかない」

「いやいや、だから働けばいいじゃん!」

「お前さ。バイトクビになったんだろ?何でクビになったか覚えてないの?それも忘れた?」

「ムカつく社長がいまして……」

「覚えてるじゃん!」

「それは……まぁ」

「ムカつく社長が居て、どうした訳よ?」

「えー。仕事が出来ない俺の事をゴミ屑のように扱ってきまして、ゴミのような事を言われました」

「そんでそんで?」

「堪忍袋の緒というものが切れまして、『黙れよハゲデブ』と言いました」

「ハゲて太ってんだ?」

「はい……。ハゲて太ってました」

「そして?」

「クビですよ。即」

「まぁ、俺も似たような感じでクビになった訳よ。言うなら対人関係じゃん?」

「おう……」

「俺ら、コミュ障じゃん?そんでもって対人関係のスキル全然ないし、仕事出来ないじゃん?」

「ケンジは、コミュ障じゃあないだろ!」

「いや、コミュ障だから。違ったらクビになってないからね?」

「……確かに」

「だからさ。感動したよ?俺。『社畜解放運動』する!って聞いた時。考える訳よ。俺は一生汗水流して生きるのか。金という金の為に。赤の他人に『馬鹿』だの『屑』だの『出来損ない』って言われてさ。もう、楽しくねぇの。明るい未来がねぇの!」

「分かるよ。分かるけどさ。資本主義の日本ではやっぱりハタラカザルモノクウベカラズだし……」

「だから、働かない訳よ」

「いやいや!だから食っていけないから!」

「そこでだ。楽して金を手にいれる為にだ。コンビニの金をパクる」

「いやいやいや!やめようやめようそれは!上手くいかないから!」

「上手くいかなくてもいいんだよ!『社畜解放運動』だよ!警鐘を鳴らすんだ!」

「何で俺らがやる訳⁈」

「俺らがやらないと誰もやらないだろ?革命だ。革命が必要なんだ」

「俺らが小さな、いや大きな犠牲を負う訳ね」

「犠牲のない革命は革命ではない!いいか!日本人は勤勉で真面目だ。だけど、それも度を越すとたちが悪い。過労死なんて日本にしかないんだぜ?」

「俺らは過労死しないと思います」

「まぁな!即、辞めさせられるからな!だから!『社畜解放運動』を俺らがする。コミュ障で対人スキルが全くない俺たちが」

「何で俺たちが?」

「働けないからだ。俺たちは恵まれている!金はないけど、余暇がある!」

「もう、死ぬぐらいありますね。はい。現在、暇だしね」

「その余暇を革命に使うんだよ!そんでもって楽して金を手にいれる」

「最低じゃあねぇか!もういいよ!お前の話しは!」身支度を本格的に始める。


無駄だ。無駄な時間だ!


「待てよ!俺たちはさ!ただ、一方的に社会のせいにはしてない訳よ!コミュ障なのも対人スキルが無いのも自覚あるじゃん?そんで頑張ってる訳じゃん!」

「……うん。努力はしている。つもり」


「だけどだ。ハゲて太ってる奴とかがさ!言うわけじゃん!『役立たず!』って!それでさ、俺らはかちーんときて言い返せる訳じゃん?だけど、本当の社畜は言えないじゃん!そこでさ『本当に申し訳ありません』とか言う訳じゃん?」

「うん」

「可哀想じゃんか。俺らみたいに言えないんだぜ?言いたい事を」

「うん」

「だからさ。気付かせてやろうぜ?言っていいんだぜ?って。言ってもクビになるだけで死にはしませんよって」


何だか納得させられていく。


「社畜つまんねーじゃん。やりたいことやりたいじゃん?」

「うん」

「『社畜解放運動』やろうぜ」

「分かった。やろう。ただ、コンビニ強盗はパス」

「え?何で?」

「楽して金を手にいれるのは駄目だ。働かないといけない」

「楽したいけどな」

「だけど」

「だけど?」

「言ってやっても良いんだ。『お前は屑だ!』など『役立たず!』だとか言う奴には言っていいんだ」

「おう。そうだ!」


良いことを思い付いた。名案だ!


「俺のバイト先に行こう」

「え?どこ?」

「近くの鉄工場だ。そこに言って、まず社員全員の前で罵倒しまくる」

「誰を?」

「ハゲデブ。罵倒して、そいつの乗ってるクラウンのエムブレムをぶち取る!」

「いいねー!そいつはいい!ついでに俺はクラウンに唾を吐き捨てる」

「ちょうど、昼休みだ。あいつがぶーすかぶーすか豚のように飯を食ってるところだ。社員も全員居るはずだ」

「よし!行くか!」

ひとまず、服を着替える。上はそこら辺にあったTシャツにしたが、下のジーンズはちょっと高めだったダメージジーンズを履いた。ケンジにもあまり着ていないTシャツとジーンズを貸してやった。

「お前のジーンズまじかっけぇ!」

「だろ?」鼻が高くなる。

そうして近くの鉄工場へと2人は向かう。そうして、正面玄関を開ける。幸いな事に警備員は寝ている。


全然怖くない。全然怖くない。


そうして、みんながいるデスクの一室へと入る。


「ロックンロール!」内田裕也の迷言を言う。

すると、社員がぎょっとしてこちらを見てくる。社畜たちだ。中央のデスクにデブハゲがいた。

「お前!何しにきた!クビにしたはずだぞ!帰れ!」

「おい……」と、罵詈雑言を浴びせる前になぜかケンジが次のように言った。

「おい。デブハゲ。てめぇは、社畜歴何年だこら?」

社長はわなわな震えながらこちらに歩みよってくる。やばい。かんかんに怒っている。

「お前は誰だ?何なんだ⁉」

「質問に答えろよ?デブハゲ。勤務歴何年だ?」

「私か?ふっ。私は42年だ!」豚が鼻を鳴らす。

「そうか。その間にだ。どれだけの人にゴミのような言葉を投げかけた?」ところ変わって俺が言う。

「ゴミ?何の事だ!」

「『役立たず!』など『屑』など言ってきただろ?」

「はん?役立たずに役立たずと言って何が悪い?」

「だったらお前は一生ハゲデブだと言われても構わないな?」

「さっきから!なぜ私をハゲデブと呼ぶ!社長と呼べ!」

「うるせーよ。ハゲデブ!」ケンジが言った。

「お前らは何もなっていない!そうだ!ゆとりだ!ゆとり世代だからだ!私が若い頃はそれはもうぼろくそに言われた!『役立たず!』とも言われた!だが、私は屈強な心を持っていた!それでだ!それで私は社長になった!それなのにお前は!お前たちのような弱っちい若造は!すぐにへこたれよって!軟弱者が!」豚の顔は真っ赤である。

「お前は脳みそが軟弱だろうが」

「何だとー⁈」

それを聞いていた社員がくすくす笑い出した。始めは、社長が恐ろしくて固まっていた社員たちが、少しずつだが表情が和らいできたのだ。

「誰だ⁈今、笑った奴は⁉」

はっとした社員たちはまたとしても氷のように固まり。しーんと沈黙となった。


頭にきた。こいつには言ってやる。言ってやるのだ。


「この、デブハゲ!お前のような奴は老害と言うんだ!ゆとり世代を馬鹿にするな!『役立たず!』など『屑』だと言われるゆとりは、いや!社畜は!腸煮えくり返しながら『申し訳ありません』と心にもない事を言って笑うんだ!笑うんだよ!お前なんてお前なんて!」

そう言って、窓から外に飛び出す。


あんな奴あんな奴あんな奴あんな奴!


「こうだー!」

そう言って社長の愛車クラウンのエムブレムをぶち取る。

社員が思わず「あっ!」とした表情となる。そうして、ケンジも窓から飛び降りつつクラウンにかかと落としをくらわした。トランク部分は見事にぼこっていって凹んだ。

「何をするんだ!警察だ!警察を呼べ!」豚はわめく。

しかし、それを見た社員は大声で笑いだした。我慢していた何かが吹っ切れたようにみんなが顔を見合せて大声で笑う。

「笑うな!貴様ら!笑うな!」

しかし、社員の笑いは止まらない。


よし。逃げるぞ!


ケンジに通じたのか、2人同時に一目散に逃げ去った。


あー!楽しい!やってやった!やってやったぞ!


数時間後。すぐさま警察がアパートにきて2人は御用になった。警察に「なぜあんな事をしたのだ?」と何度となく聞かれたが、2人は一様に。


「社畜解放運動だ」と答えるのだった。

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