第七十話 火曜日のお話
12月21日、火曜日。
いつも通り学校に登校し、いつも通り玲花がやって来て、いつも通りきゃんきゃんとまくしたててくる。
「九乃さん! 昨日のあれなんですか! あれ! あれ!」
「あれ?」
もしや、クリスとの事か……?
正直エリザだけで勘弁してほしいんですが。
「ヤタガラスさんとの決闘ですよ! なんなんですかあの強さは!? いままで強い強いと当たり前のように思っていましたが、予想を軽々と超えてたんですけど……!」
あ、そっちか。良かった……
「そんな騒ぐ事でもないだろう。第一、オルトスさんとか相手ならまだしも、ヤタガラスだぞ? アイツそこそこ強いけど、多分カリンよりかは弱いぞ?」
『テルミナ』でも偉そうにギルドマスターやってたが、レベル差が無ければ不良軍団にも負けていたのではないだろうか。……や、流石にそれはないとしても、俺にフルボッコにされる辺りお察しだ。
「いや、九乃さんはヤタガラスさんのことを見くびりすぎですって……もぅ。いいですか? ヤタガラスと言ったら、ギルド『グロリアス』の名実ともにNO.2なんですよ? サブマスターなんですよ? そんな人が弱い訳ないでしょうが。明らかに九乃さんがおかしいです」
……ヤタガラスが、サブマス? 大丈夫かなぁ、『グロリアス』。
俺なら速攻でチェンジを申し立て……てもアイツ相手じゃ意味無いか。
「……んー……そんなこと言われてもなぁ。すまないが全くピンとこない」
「ヤタガラスさんが自分で名乗ってましたよね? 『虹の魔道士』って。あれはヤタガラスさんがその名の通り全ての属性魔法+特別な属性の魔法を使用することから付いた二つ名なんです。その多彩な手数から繰り出される圧倒的魔法の数々は、多くの魔法を使うプレイヤーの羨望の対象となっていて、だからほら……リッカとかノエルが、なんか落ち込んでましたよね?」
「……ごめん。戦う事しか考えてなかったから、よく分からんわ」
「このバトルジャンキーが!? ……まぁ、それは仕方がないとして。とにかくヤタガラスさんは、魔法使いにとってはカリスマ的存在なんですよ! わかりましたか!?」
いや、全く。
なんて事を言っても火に油を注ぐだけだろうし、呑みこんでおく。
一気にまくしたて、はぁはぁと息をする玲花。心なしか周囲の温度が上がったので、俺としては有り難いな。玲花暖房とか、お疲れ様です。
俺が涼しげな視線で玲花を見てやっていると、玲花は「うっ」と俺の方を見て身震いした後、首を振ってバン! と机を叩いた。
教室中から、集まる注目。あぁ、これにももう慣れてしまったなあ。
ヤタガラスと話す時の1/5くらいの威圧感を込めて周囲を見回すと、目を逸らしたり、教室から駆けだしたり、立ったまま寝たりと視線はすぐに外れた。ただ、女子生徒にははにかまれたのだが、なんなのだろうか……とりあえず注目はされなくなったので良しとするが。
そんな俺の、平穏を保つための密やかな努力もどこ吹く風。玲花はやっぱり興奮した様子でいかにヤタガラスが凄いかを力説し始める。いや、もういいって。
……なんだろうか、もしかしてヤタガラスの事が好きなのか?
「……やめといた方が良いと思うけどなぁ……」
「だからその魔法の範囲と精度は、たとえ私のような……え? 何がです?」
「ああ、いやなんでもない。そうだよな、これは本人の気持ちの問題だもんな、うん。どっちかと言うと、ヤタガラスの方に注意した方がいいか」
せめて真剣に受け取ってやれよって。それでヤタガラスが真人間に戻るのなら、それはそれでアリかもしれないな。玲花は大変そうだが。
「ヤタガラスさんがどうかしましたか? 今の私の話から、何かあるんですか?」
「いや、今の話は全然関係ないんだが、」
「無いんですね……」
「ヤタガラスのことが好きとか、物好きだなぁと」
「……す、好き!? ……って、え? ヤタガラスさん? え? いや、何でですか!?」
一瞬飛び上がった後、すぐにキョトンとした顔になる玲花。
……あれ? 違うのか。
「いやだからお前、こんだけヤタガラスについて語っちゃうとか、ヤタガラスの事好きなのかなぁと思って。違うの?」
俺が言うと、玲花はぴたり、と何かを考え込むように停止して。
そして止まった時間を解き放つように、目を見開いて机を両手で叩き。
「――違いますよっ!?」
廊下にまで響く大声で、こう叫んだのだった。
ざわめく教室。ドアの辺りに顔を出す、他のクラスの生徒。そしてびっくりして腰を抜かしている、少し早めに教室にやってきた教師。
……玲花はもう少し、その場を考えた方が良いと思うんだ……
―――
そして放課後。
玲花は朝からずっと、何か怒っている風だった。
昼休みにも俺の席にやって来て、いじいじと弁当を食べ、その後ずっと俺の脚を蹴り続けるし。制服が汚れるからやめてほしかった。
仕方ないので、靴を脱がせて、ついでに足裏をくすぐってやったところ、玲花の弱点が判明した。首と脇もそれなりに効く模様。
今も俺の前の席に、後ろ前反対に正座で座ってガッタンガッタンと椅子を揺らしている。そんな事してたら今にも……
ガッシャーン!
「……わわ、きゃあぁ――」
トスン
「こうなるだろうなとは思ってたよ」
「――ぁひゃう!?」
俺は腕の中で縮こまっている玲花の耳元で囁く。
どうしてこうも危なっかしいことばっかりするかねぇ……
「玲花は本当に、もう少し落ち着きというものを身に付けた方が良いと思うぞ? 割と切実に。あと、危険な事もするなよ、女の子なんだから」
「……あ、あ、あ」
その落ち着きのない脳みそにしっかりと刻みこまれるように、ゆっくり丁寧に囁いてやる。
「いつもいつも、俺が助けられる訳じゃないんだし。メイドさんとかにも迷惑かかるだろ? だからもう少しくらい、お嬢様の看板に相応しくお淑やかにしててくれよ」
「……は、はひぃ……」
「よし、わかったな」
俺はポンポンと玲花の肩を叩き、そっと体勢を立ててやる。
真正面から見た玲花の顔は、真っ赤で目が潤んでいて、しかも放心ぎみで……玲花さん?
「……さ、流石にこれは刺激が……」
「大丈夫か、お前?」
「……あ、はい大丈夫です! 大丈夫!」
「じゃあ俺がさっき何言ってたか、覚えてる?」
「……あー」
「……」
「てへっ」
可愛らしく舌をだす玲花。
あんだけ丁寧に忠告してやったというのに……
「全然大丈夫じゃない……ないが……もういいや。諦めることにしよう」
「な、何がですか?」
玲花がおずおずと聞いてくるが、
「頑張って思いだすんだな」
「えぇ!? もしかして愛の告白的な事を言ってまし、た? うわぁぁあああ、どうしようどうしよ、」
「それはない」
「……ですよねー」
というかそんな軽く愛の告白とか言わないでほしい。
俺は玲花に、随分と軽い男として見られているのだろうか……ちょっと凹むんだが。
「はぁ、まぁいいや。それよりも玲花。お前に聞きたい事があったんだが、良いか?」
「あ、はい。九乃さんの頼みなら断れませんからね! なんでも言って下さい! さぁ!」
この奴隷根性も、できれば直してほしいなぁ……
俺は手を広げながらずずい、と身を乗り出してくる玲花を椅子に座らせ、向かい合って話せる体勢を作る。
「実は『IWO』でちょっとした小技の練習がしたいんだけどさ」
「小技?」
玲花が不思議そうな顔をするので、言葉を付け足す。
「ああ、複合相殺ってやつ。wikiにちょこっと書いてあったのなんだけど、俺も物にしたいと思って」
「……これ以上火力を上げて何がしたいんですか……ってか、複合相殺ですか? 私も双剣で偶に成功しますし、九乃さんならできないってことはないんじゃ……」
んー。確かに両腕で二本だけなら、ちょっとやればすぐに覚えられるとは思うけど。
「いや、俺の場合は『偽腕』も合わせて得物が六本持てるからさ」
「……あぁ、成程……そうするとそれは果たして人間に可能なのか、甚だ疑問なのですが」
「練習すればなんとかなるんじゃないか?」
「そういうもんなんですかねぇ……や、九乃さんのポテンシャルならどうにでもなりますか……」
どっとため息を吐く玲花。幸せが逃げるぞ?
「そんな訳で、何か良い練習場所は無いだろうかとね。俺の攻撃力だと大抵のモンスターは複合相殺なんか使わなくても一撃でHPが0になるから、普通の狩り場じゃ駄目っぽいんだよな。かといってボスに挑み続けるのも効率悪くて面倒だし……」
玲花なら、何かいい情報を持っているのではないかと期待してみる。例えば、物理攻撃がほとんど無効のモンスターとか。最悪完全無効でも構わないかもな。死なないならば、モンスターの飛距離で大体成功したかどうかわかる気がするし。
「そうですねぇ……そういうことなら、”トレーニングルーム”とか利用したらいいと思うんですけど」
「……なにそれ」
「あ、はい。そうですよね、九乃さんが知ってる訳ないですよね……では説明しましょう」
「おう、頼む」
一瞬馬鹿にされた気がするが、事実なので何も言わない。教えて貰えるだけ有り難いし。
「私とかも最初の頃お世話になったんですが……第一の街『リネン』に、戦闘での動きを練習できる施設があるんですよ。そこに確か、モンスターに与えた一撃のダメージを計る機械……通称『パンチングマシーン』があったはずですから、それを利用すればいいのでは?」
「成程……そんな施設があったのか……」
俺は街の施設については疎すぎるからなぁ……折角だからゲームをそういう所まで楽しんでみたい気もするが、戦ってる方が楽しいからどうしてもその辺りの情報供給がおろそかになってしまうのだ。
しかし随分と便利そうな施設もあったもんだな。
その『パンチングマシーン』とやらは、100Lで一回測定ができるという(俗称はこの辺から来てるんだろう)まさにゲーセンにあるヤツさながらのシステムだそうなのだが、的を前後左右に動かして距離を調節したり、ランダムで自動移動させたりできるらしい。
では早速今日から、『リネン』で特訓といくか
……と言いたいところだが、今日は珍しく。本当に珍しく両親と外食に行く予定があるんだよな。
両親ともが纏まった時間が取れると言うので、クリスマスのお祝いの前倒しみたいな感じだ。
だからやり始めたら集中しすぎてしまうことを見越して、残念ながら『IWO』は今日一日封印。
特訓は明日からかな。