第四十三話 呪具のお話②
「花鳥風月」にあるカウンターの、その奥にある扉。
重厚な木でできていると思われるその扉の奥は、ギルド専属職人エリザの工房兼コレクションルームとなっていた。
明かりは天井からつり下がるランプのみだが、意外と明るいもんだな。
暖かなオレンジの光が、俺達を優しく照らしてくれる。床、天井、壁と全面木目の美しい木でできていることも有り、とても落ち着く空間だ。
二階にある個人の部屋二つ分くらいの部屋の真ん中には、なにやら作業に使う道具と思われる物がごちゃごちゃと置いてある大きな正方形のテーブル。
扉の正面奥には、巨大な竈のようなもの。その脇には、低い金属の台が置いてある。
ここも、俺達の部屋と同じくどこの街のギルドホームでも中身は共有のよう。でないと、こんなに道具を揃えたり物を置いたりできる訳が無いからな。
しかし凄い。何が凄いって、そこにある道具のほとんどが、俺では用途の想像もつかないようなモノだったからだ。
やはり、戦闘系のプレイヤーと生産系のプレイヤーでは、やっているゲームが違うのではないかと思うほど、差があるんだな。このゲームの場合は生産の自由度もかなり高いらしいから、余計にそう思う。
だって、何故かテーブルの上にフラスコみたいな物やらなんやらと混じって黒い服を着た可愛らしい熊のぬいぐるみまで置かれてるんだぜ?
あんなの何に使うかさっぱりだ。
……と、思ったらエリザが駆けより、慌ててそれをメニューに押し込む。
「ん?」
「いえ、これはなんでもないのよ?」
「はぁ、そうか」
まぁ、いいけど。
そして扉の両脇から威圧感を放つ、二つの大きな棚。そこには、これまた何かの道具や武器、装飾品が所せましと置かれていた。
「その左の棚の真ん中に置かれているのが、全て呪具よ」
若干頬を染めていたエリザだが、棚を指さすと誇らしげにそう言う。
びしっ、と指さしをするのに合わせて、黒いフリルのついたスカートがしゃらん、と揺れた。
「へぇ……これが全部呪具ねぇ……」
「βテストの時に持っていたものが無くなったから、少し数は減ったけども、だいたいここにあるのは20~30といった所かしら?」
「全部呪具だろ? 多いな!?」
そこには、大小様々な装備が置かれていた。いかにも禍々しい形をした剣から、至って普通そうに見えるネックレスまで。
色は若干黒が多いかな。それがエリザの趣味なのか、呪具全般に言えることなのかは知らないけど。
ちなみに呪具は“特殊効果”を持つ物がほとんどだ。普通の武器じゃ希少な特殊効果も、呪具であれば当たり前、と。なんか皮肉なものを感じるな。
“特殊効果”とは武器に付いているなにかしらの効果のことだな。スキルみたいな働きをするんだが、パッシブ効果においては基本的に所持しているだけで――というか実際には実体化にともなって発動する。アクティブ効果は装備してないと駄目みたいだけどな。
そして呪具とはその“特殊効果”において、マイナスの側面の強い効果を持っている装備のことである。
エリザの許可を得て適当に手にとってみたものの一部を紹介すると、
「《呪具》邪汰の鏡」(手盾) Vit+128
特殊効果:
一度の戦闘中に二度まで、魔法攻撃を威力を二倍にして反射する
Str減少-90% Int減少-50%
魔法を反射出来るのは嬉しいが、Str減少-90%だと?
俺に喧嘩を売ってるのか。
「《呪具》古の宝玉」(アクセサリ)
特殊効果:
全ステータス上昇+15%
装備者に状態異常〈鈍化Ⅲ〉〈呪いⅢ〉〈衰弱Ⅲ〉を常時付与
〈鈍化〉=動きをスローモーション化する 〈呪い〉=MPの回復速度が遅くなる
〈衰弱〉=被ダメージ増加
状態異常の効果は、こんな感じだ。流石にこれを付けて戦闘をする気にはなれんな、流石の俺でも。
特に〈鈍化〉が致命的すぎる。あれは単純にAgiダウンじゃなくて、“動き”自体を鈍らせるからな。剣速まで鈍ったらどうしようもないぞ。
「《呪具》荒廃の剣」(片手剣) Str+50
特殊効果:
状態異常付与〈劣化Ⅳ〉
Agi減少-20%
装備者に状態異常〈金縛り〉を一定間隔ごとに付与
耐久値 50/50
〈劣化〉=非生物系モンスターに有効、Vit/Min/Agiを下げる
〈金縛り〉=一定時間行動不可
これは正直……微妙すぎる。デザインは三つ又にねじれた剣?なんだが、片手剣なんだな。
使いどころが限定される呪具だn……いや、呪具自体普通は使わないか。
其れに耐久値も特殊だ。普通は100/100と表現されるはずなんだが、この剣は50/50と表示されている。これは耐久値が普通の武器の半分という意味なんだろうな。
どんな武器で有ろうとも、耐久値の表示は100/100で表わされる。武器ごとに違うのは、この数値の減りの速さだな。「黒蓮・壱式改」なんかは非常に優秀で、前に受け取ってから一度も回復していないがまだ耐久値は69/100だ。
「《呪具》ガチムチの短剣」(短剣)Str+144
特殊効果:
Str上昇+10% Vit上昇+25%
与ダメージ1.1倍
Int/Min減少-25%
装備者の最大MPは1となる
うん……コメントに困る。何? ガチムチの短剣て。ガチムチなのに敢えて短剣なのかよ。そこは大剣とかにしとけよせめて……
とりあえずMPが1になるとか、アウトだな。
Str上昇と与ダメージ増加には正直そそられるが、MP1は許容できない。
「濃すぎる……」
運営は良くもこんなもんをぽんぽんと作りだせるな……
一通り見て回って、俺はエリザの横の椅子に座った。
エリザは俺が見ている間、質問に答えてくれる時以外は無言で、俺のことをじっと見ていた。
そんなに凝視されると、ちょっと気が引けるんだがな?
「面白いでしょう?」
「確かに、面白いな。それに、デザインもグッドだ」
「でしょう。実はデザインの参考にするためにここに置いてる節もあるのよ」
「なるほどな」
コレクションなら自分の部屋に置けばいいのに、とかちょっと思ってたが、確かにそんな理由があるのなら納得だな。
「いくつか貴方におすすめの物も、あることにはあるのだけれど」
「あー、確かに何個か惜しい奴はあったけど……ちょいとデメリットのあくが強すぎだな」
Strを上げる呪具が有れば、俺の【武器制限無効化】でStr上げ放題じゃん、とか思ったけど、良く考えたらインベントリには装備は10個までしか仕舞えない制限があったんだった。
呪具は純粋な武器としての性能は微妙な奴が多いし(主に耐久値関連がなぁ……)、それでメインウエポンが入らなくなったら元も子もない。俺の場合メインとする武器の数が多いしな。
いやそうでなくても、デメリットの重複発動が怖すぎるから無理だけど。デメリットだけ残り続けるとか、流石は呪具といったところだよなぁ……
「そう、それは残念ね」
しかしこんだけコレクション、集めるのにどんだけ時間かかってるんだろ。職人組合だかで一度に手に入れられるとしても、そうそう頻繁に行ってる訳ではなさそうだし。
「そういえばさ、エリザ」
「何かしら?」
「呪具とか関係なくて悪いんだけどさ。エリザって、毎日どんくらい『IWO』やってるんだ?」
前にニートさんだと聞いたが、まさかほとんど一日中とかないよな?
ちょっと怖いもの見たさ的に聞いてみたが、エリザの答えは意外なものだった。
「そうね……その日によってまちまちではあるけれど、クノ達と同じくらいじゃないかしら? 制限時間警告を受けたことは一回もないわね」
「……そんなもんなのか?」
「別に私はゲームだけに生きがいを感じてるとか、そういう訳ではないしね。他にも趣味はあるし、家のこともやらなくてはいけないし」
「家のこと?」
「クノは確か一人暮らしみたいなもの、と言ったわよね」
「まぁ、そうだな」
そういえば最近両親の顔を見てない気がする。
夜遅くに帰って来て朝早くに出かけるorそのまま一日寝て夜にまた仕事に行く、とかいう意味不明なコトしてるからなぁ……
まぁ、それでも小さい時のように、顔を見ないのが“当たり前”ではないだけ、マシにはなったと思う。ホント、働くのが好きな人達だ。
働いてる方が休んでるよりも元気になれるとか、どういう身体の構造なんだろうね。
「私も、そうなのよ。上に姉が三人いるけれど、滅多に家には帰ってこないから」
「へぇ。エリザってお姉さんいたんだ」
しかし、家事にそこまで時間を割いているのか。
俺は所詮、似非だからな。御崎邸のメイドさん達のお陰で、家事に関しては一通り自慢できるレベルには有るけれど、基本面倒くさがりだからなぁ。
家事は最低限ですむように生活している、とも言える。それに、最悪俺がやらなくてもやってない所は夜遅くとかに帰って来た母さん(元気)がしてくれるというのも有るし。
いや、なるべく負担をかけないようにはしてるんだけどね。
「ええ。それも三つ子なのよ。珍しいでしょう?」
「へぇ。三つ子ねぇ……そりゃ、珍しい、かな?」
「かな? ってなによ」
三つ子といえば、御崎邸のメイドさん達も三つ子だし。
なんか割と身近にいるせいで、イマイチ珍しさがぴんとこないな。
「いや、俺の身近にも三つ子さんがいるんでね」
「ふぅん。なんか、おもしろくないわね」
「そんなこと言われてもな……」
どうしろと。
俺は天井を見上げ、椅子を後ろに傾けてバランスを取る。
ランプの明かりでできたおぼろげな影が歪み、その背丈を変える。
こんな繊細な影すらも再現とか……『IWO』すげぇな。
「そのまま後ろにひっくり返ったらおもしろいわよ?」
「不吉なこと言うなや」
「冗談よ。流石にそのままひっくり返ったら、最悪竈にどぼんだから。それを望むほど私はひねくれてないわ」
「おおっと怖いこというなよっ」
ガタンッ
慌てて椅子を正常に戻す。
ふぅ、迂闊なことやるもんじゃないな……
そしてそのまま机に頬杖をつき、エリザと他愛ない話をする。橙の優しい光の下というのは、どうしてこうも気持ちが穏やかになれるんだろうね。まぁそれは、話し相手のせいかもしれないけど。
フレイと話してる時のような疲れる感じがないからか?
あいつはホント元気すぎるんだよなぁ。後、立場が微妙に、対等というより俺があいつを躾けてる感じになってるってのもあるな。まじで犬かっつうの……
俺と話している時のエリザは、俺の希望的観測かもしれないが、とても楽しそうだ。フレイみたいな大げさな喜び方じゃなくて、こっちまで心がほっこりするような、落ち着いた暖かい感じ。
俺が柄にもなく、この時間がずっと続けばいいのに、なんて考えてしまうほどだ。
しかし、ずっと続く時間なんてものはなく。
「所でクノ、明日も学校でしょう? そろそろ落ちた方がいいんじゃないのかしら?」
エリザが心配気な声を出す。
メニューを呼び出して時刻を確認すると、いつの間にか日付が変わっていた。
「あぁ、もうこんな時間か。楽しい時間は過ぎるのが早い、ってな。エリザと居るとそれがことさら顕著に思えるよ、全く……」
はぁ、とため息をつく。
「そ、そうかしら」
「いや本当」
こんなに心穏やかに過ごせることは、他にない。それも、エリザとVRで出会えたお陰。エリザさん万歳、VR万歳、ってな。
しかし、割と長いこと工房で過ごしてしまったな。
「悪いなエリザ。随分と長居しちまった。迷惑……だったりしたか?」
「いえ、そんなことないわよ。私も、楽しかったわ……また、こういう風に話す機会があれば良い、と思うくらいにはね」
はにかみながら、そんな事を言うエリザ。
可憐な花を彷彿とさせるその笑みに、俺は不覚にも感情がさざめくのを感じた。
やばい、やたら可愛いな。
「そ、そうか……じゃあまた機会があればな。……とはいえ、毎日話はしてるが」
「ムードとかの問題、かしら?」
「あぁ、なるほど」
たしかに、ここはびっくりするくらい落ち着くからなぁ。
ムードの問題だったら、ここだけじゃなくて、誰も居なくなったギルドホームのカウンターとかでもいいかもしれない。
紅茶でも飲みながら歓談……うん、楽しそうだ。
「じゃ、また。おやすみ、エリザ」
「ええ、おやすみなさい、クノ」
俺はエリザにひらひらと手を振ると、重い木の扉を開けて工房の外に出て、二階に上がりログアウトするのだった。
―――
「クノ……今日も表情一つ変えなかったわね」
クノが出ていき一人になった工房で、エリザは、はぁ、と一人ごちる。
クノは常に、どこの鉄仮面だというほど表情が変わらないのだ。むしろなんで表情を変えずにあんなに声の調子だけ変えられるのか不思議なくらいである。
しかし、そこが良いのだろうか?
実際、エリザがクノ程落ち着いて会話ができる人は、これまでの人生でも初めてだ。それこそ、花鳥風月の他のメンバーでもいないくらい。
素の自分をしっかりと受け止めてくれて、その上で優しく放されているような……全く気負いがなく話せるというか……妙な安心感を、クノは与えてくれる。
だからエリザは。
そうやって彼と時間を重ねるうちに、どんどんと惹かれていく自分を自覚してしまっているのだった。
おおげさな出会いも、胸が躍るような冒険もなかったけれど。それでも、だからこそエリザの心は、クノから離れてくれなかった。
自分にかつてない安心感を与えてくれる、無表情で不思議な彼のことを考えるたびに、エリザは喜びと不満の同居した複雑なため息を吐く。
「こんな美少女と同じ部屋に二人っきりなのよ? それであれとか、あり得ないわ。全くもってどんな精神構造してるのかしら」
そういって、エリザは先ほど仕舞った熊のぬいぐるみをとりだし、テーブルの上に置く。
それには、黒い執事服が着せられていて、艶消しの加工を施した黒いガラス玉の瞳と合わせて、どことなくクノを連想させる。
「……でも、楽しいって、言って……私も……」
ふふっ
先ほどのクノの言葉を思うと、頬が自然に緩むエリザ。普段のイメージとはそぐわない、しかし見る者を虜にする可愛らしい笑みだった。
「……まぁ? クノがどうしてようと私には関係ないのだけどねっ!?」
が、その直後。はっとしたように慌てて緩んだ頬を引っ張って。
そして赤らんだそれを膨らませながら、ぬいぐるみの頭をぽふぽふと叩く。
妙なところで素直になれないエリザだった。
次は玲花回のハズ……ハズ
女子力のせいで全く意識されてない玲花さんェ……