第百六十三話 ホームに帰るお話
前回のあらすじ。
魔王死す。
大量の魔力砲によって、まるで巨大隕石が落ちてきたようにクレーターが出来た大地を、赤い月が照らしている。クレーターの底には、僅かに人型のような面影を残す、黒い残骸があった。動く気配は無い。
――魔王というからには、当然、第二形態で復活とかしてくるものかと思ったが。そういうのは無いらしい。あるいは、あったとしても、あの爆炎の中ではそれさえ喰らい尽していたか。
「『魔力砲』」
異音を響かせて、黒い残骸をレーザーと爆発が飲み込んだ。後にはもはや、魔王の痕跡など残ってはいなかった。一片たりとも、残しておいていいはずがないのだ。
魔王を殺し尽すのは決定事項だったが、それにしてもあっけないものだったな。これだけあっけないと、ひょっとするともう少し早くに来ても大丈夫だったかもしれない。その分だけ呪いを解くのが早まった訳だし、エリザには申し訳ない気持ちだ。いやでも、謝ったら逆に怒られるんだろうなぁ。
カラカラカラ――
辺りを見回すと、いつの間にか荒野の真ん中に白い光の門があった。ちょうど、魔王の領域に来る時にジャッジさんに出してもらったそれと同じものだ。
そして空を見れば、まるでポリゴンが欠けていくように崩れていく黒い夜空と赤い月。カラカラと間の抜けた音は、どうやらこの領域中から響いているらしかった。
魔王を殺したから、この場所の崩壊が始まっているのだろうか。よく分からないが、長居は無用らしい。
剣を全て戻して、俺は急いで白い門をくぐった。
―――
門の向こうは、行きと同じ、建物に囲まれた小さな休憩場だった。
ベンチには一人、ジャッジさんが足をぶらつかせて待っていた。俺が門から姿を現すのを見て、ぴょんとベンチから降りてこちらに歩いてくる。
「終わりましたか」
「ああ、完璧だ。塵一つ残さないレベルで消し炭にしてきた」
「……そ、そうですか いやなんとなくそんな気はしてましたが……」
軽く引き気味のジャッジさん。なんだよその微妙そうな顔は。もっと喜べよ。
「とにかく、魔王を滅して下さったことには、大変感謝します 『この世界』を代表して、お礼を言わせてください ――本当に、ありがとうございました」
ジャッジさんが、深々と腰を曲げて綺麗なお辞儀をする。見た目妖精さんに九十度のお辞儀されると、違和感がすごいんだけど。
そんな俺の違和感も我関せずと、ジャッジさんは頭を下げ続ける。
「あの、もういいんだけど。別に俺は、エリザ以外のために魔王を倒した訳じゃないし。そしてもっと言うなら、それさえ自分のためというか、俺が納得できるかどうかが問題だった訳で、」
なんだかジャッジさんの未だかつてないほどの真摯さを見て、しどろもどろになってしまう。
が、ジャッジさんは頭を下げ続ける。よく耳を澄ませば、なんだかぶつぶつと言っているようだ。
「これはサンク村の木こりのスティーブソンさんの分、これはスティーブソンさんの息子のスティーブサンさんの分、これはスティーブソンさんの奥さんのステッチさんの分、これはサンク村の雑貨屋の――」
「え、いやまじで何やってんの?」
「……世界中の人々を代表し、この秩序と絶対の精霊である私が、クノ様に感謝の気持ちを表現しています」
「言葉通り世界中の人分頭を下げ続けるつもりか!?」
「当然です 私は秩序と絶対の精霊ですから」
頭を下げたまま、俺にはよく分からない理屈を展開するジャッジさん。
「あとどれくらいかかるんだ、それ」
「およそ百二十億秒といったところでしょうか」
百二十億秒……人間の一生って確か、二十五億秒くらいだったよな。
「拷問か! 俺の方が耐えきれないわ! 屍通り越して乾物になってしまうわ!」
「しかし……クノ様はこの謝意に匹敵するだけの偉業を成し遂げた訳ですし」
「感謝の押し売りも甚だしいんだけど」
流石精霊、俺達人間とは時間感覚がまるで違うらしい。いやまじでそういうのいいから。俺は早く帰って、エリザが喜ぶ姿をムービーで撮らなきゃいけないんだぞ。IWOの録画機能で保存して、その後現実に戻ってこの日のために買った4Kのビデオカメラで保存するんだからな。はしゃぐエリザを高画質でフレームに納めるのだ。世界中のテレビ局をジャックしてその映像を流せば、きっとこの世から戦争はなくなるだろう。
その後、どうにか人間の時間は有限であるということを分かってもらい(この世界の中なら、極限まで加速すれば現実での影響はあまりありません、と真顔で言われた時には思わずジャッジさんに魔力砲を撃ちこみそうになった)、俺はどっと疲れながらギルドホームへ帰るのだった。
おいこれ、魔王倒した後の方が疲れるってどういうことだよ。真のボスは、ジャッジさんだったらしい。
―――
ギルドハウスに戻ると、何故かギルドメンバー全員が揃っていた。といっても最近は俺がアドルミットの神殿に籠りきりだったせいか、すっかり会って無い気がするが。特に全員と会うなんて何日振りか……むしろこれで俺がギルドのメンバーとか、おこがましいレベル。エリザとは毎日リアルで会ってたけどな。
それにしても、どうして皆揃ってるんだ。魔王のことはエリザの事情が事情だし、他のメンバーには言わないでおこうと、彼女と決めたはずだ。だから、俺が魔王を殺して帰ってくるのを待っていた、ということではないはず。首を傾げて入り口で立ちつくしていると、フレイがその答えを教えてくれた。
「あっ、クノさん! 今日はもう意味分かんない執念のレベル上げはいいんですか? 私達は今日ついにアドルミットの試練をクリアしたので、今からその祝勝会をやろうかというところだったんですが!」
「え、今更?」
おっと、口が滑った。
「むきー! 今更とはなんですか今更とは! 言っときますけど、めっちゃ大変だったんですからね! なんか紺色の試練がどうとか言って、大量のモンスターに追いかけ回された上に、パーティー分断されて、もうてんやわんやでしたよ! まあそりゃあ結局攻略には、今までで一番時間がかかりましたけど……それでも、クノさんと比べないでくださいよ! 私達も頑張ったんですからね!」
ぷんぷん、と口で表現するフレイ。相変わらずやかましい。が、このやかましさもなんだか懐かしい気がするのだ。
「クノ君はもう、レベル200だったか。なんか私達と倍近くレベルが離れてて、実感が全然湧かないね……。なんでそんなにレベル上げしてるのさ、というか、上げられてるのさ。試練クリアのために、私達も結構ハードなレベリングしたんだけど、スピードが段違いだよね。私のギルマスの威厳とか、もはや全くないよね」
「そこはそれ、企業秘密的なね。多分、カリン達に真似しろって言っても無理だろうし」
「いや、そうなんだろうけどさぁ……でも、なんかもうちょっとこう……。まあ、クノ君だなぁ」
ぼやくカリンだったが、紫色の試練でレベリングするには色々と大変なように思う。第一に、ドッペル君の姿が俺に固定されちゃってるらしいから、適正レベル200だしな。
「うぅ……すみません。わたしの生存能力が低かったせいで、ご迷惑をおかけして……すみません」
「いやいや! ノエルちゃんのせいじゃないですよ! むしろノエルちゃん、ヒーラーにしてはかなり火力も高い方ですし、今回の試練を乗り越えたことで、『スーパーヒーラー人』になったじゃないですか! もう私達のパーティーは、ノエルちゃんなしではやっていけませんよ!」
「そうそう。最終的にノエルちゃんも『皆癒し拳』と『ヒーラー波』を覚えたことだし、一件落着でしょー。いやー、あれは凄かったなー。私の『アトミックフレアボム改』なんか及びもつかないよ」
「いや、リッカちゃんのあれも相当だと思うけど。なんですかあの無差別範囲攻撃……わたしの『ヒーラー波』が無かったら全滅してたかもしれないんだから。すごく強力だけど、使いどころに注意してね」
「うへー、はーい」
「クノ君だしなぁ」と遠い目をし始めたカリンの後ろでは、なんだかノエルが落ち込んでいる。そしてそれをフレイとリッカが慰めていた。
のだが、なんか会話の端々に良く分からない単語が見え隠れする。なんだよ『スーパーヒーラー人』って。ネタなのか? いやでもノエルも否定してないし、あれか、ユニークスキルなのか? そうなのか?
お淑やかな眼鏡美人のイメージのあったノエルが、なぜかネタキャラになりつつあることに戦慄を隠せない。そしてリッカは……まあ平常運転なんじゃないかな。火の魔法が得意だったしな。火炎魔法なら、味方を巻き込むくらい日常茶飯事だろ。俺は絶対一緒に狩りしたくないけど。味方に残機を減らされる訳にはいかないし。
そして、肝心のエリザは――いつも通り、カウンターの向こうで紅茶を淹れていた。眼と眼が会うと、アイコンタクトで『おかえりなさい』と言われた。俺も、『ただいまエリザ。ついに魔王を倒してきたぞ。いや勿論倒すのは決定事項だったし、喜ぶ準備もしておいてとは言ってたから分かってると思うけど。それじゃあ呪いも解けた訳だし、めいっぱいはしゃいでくれ、なるべく目線はこっちでな。俺は録画機能をスタンバってるから。あ、フレイが邪魔だな。ちょ、どけフレイ。纏わりつくな、犬かお前は!』と返しておいた。そしてメニューから録画機能をスタートさせ、纏わりつくフレイを上手投げする。
エリザは、微笑んだまま、首を傾げていた。
――流石のオーラマスターにも、アイコンタクトで158文字は伝わらなかったらしい。
皆がいる前で声に出して伝える訳にもいかないし、祝勝会とやらが終わって、落ち着いてから伝えることにしよう。
その後、『IWO』内のお洒落なレストラン(プレイヤーが経営しており、『IWO』の女子人気ナンンバーワンなお店らしい)で行った祝勝会は、大いに盛り上がったし、盛り上がりすぎて店員さんから注意を受けた。フレイが。
俺は同行を遠慮したのだが、『いいじゃないか、クノ君もすでに試練をクリアしてることには変わらないんだし、久々にギルド団らんといこうよ』というカリンの弁により、結局ほいほいついて行ってしまった。そして経営サイドらしき女のプレイヤーにフレイが滔々とお説教を喰らうのを、横目にて微妙な気分で眺めながら、タルトを食べた。
美味しかったが、エリザのタルトには全然敵わないな。つい最近、現実で焼いてくれたのだ。ブルーベリーのやつ。『IWO』の女子人気ナンバーワン店をぶっちぎる美味さだなんて、さすがエリザだ。さすエリ!