第百五十九話 超越外装のお話
竜王のお爺さんの家、めっちゃ日本家屋。
クリアと俺の突然の訪問を、まるで予知していたかのような竜王に案内され、俺達はなぜか座卓を囲んでお茶をしていた。
「……うまうま……もなか美味しい」
「ほっほっほ。お気に召したようでなによりじゃよ。ジャッジ様に頂いてから、儂もすっかりはまってしまっての。最近では自作しとるんじゃ」
「これ手作りなのかよ……」
最中作る竜王とかどんなんだ。というか素人の手作りとは思えない完成度。店でも開くつもりなの?
「……というか。なんで俺はこんなところでのんきにお茶なんかしてるんだ」
「まあ、そう生き急ぐこともないぞ、若人よ。少しくらい老いぼれの茶に付き合っても罰は当たるまいて」
「……竜王ドラゴニアは……お菓子作れるから……すぐに殺さなくて大丈夫」
クリアはもなかのカスを口に付けたまま、ぐっと親指を立てる。
あーもう、こんなに食べ散らかして……。
「大丈夫ってなんだおい。まるで今までの奴らは殺しても大丈夫みたいな軽い扱いだぞおい」
「……お菓子を作れない奴らに……用は無い」
「お前の判断基準やばいな」
「……それほどでも……ない」
「ほめてねぇよ」
まぁ、クリアが言うのならいいけども。そもそも、こいつのお陰で俺はこんな所まで来られてる訳だし。とりあえず、今は熱いお茶でも飲んで心を落ち着かせるか……うおっ、なんだこのお茶、甘い。緑茶なのに甘いとか、抹茶オレかよ。なにこの爺さん、甘党なの?
一息ついて、開け放たれたふすまの向こうに見える緑園を眺める。昔、京都へ旅行に行ったことがあるが、格式高いお寺の庭がこんな感じだった。これ、一人で手入れしてるんだとしたら相当大変だろうな。多趣味なお爺さんである。
カポーン、と今にもししおどしの音が聞こえてきそうな静寂。
竜王はゆっくりと茶をすすっているし、クリアは俺の分の最中に手を出し始めた。都合、お茶も飲んでしまって俺は手持無沙汰になる。
彼女の食べこぼしを拾いながら、小声で問いかける。
「……そろそろ殺っていい?」
うずうず。
やはり、こんなところでじっとしているのは性に合わないらしかった。
「……ん、まあ、いい」
許可がでた。どうやら残りのお菓子は強奪していくことに決めたようだ。結局お菓子作れるか作れないかなんて、関係無かったね。ちょっと寿命が延びただけだ。なんて横暴なんだ、精霊さん。
しかし、こうして意味も無くのんびりしていることは俺にとって苦痛でしかない。さっさと終わらせて、超越外装を手にいれることにしよう。それが終わったらアドルミットのところでレベルを上げて、魔王討伐だ。
「じゃあ、竜王。尋常に死合おうか」
対面に正座する竜王に一言告げて、席を立つ。流石にここでおっぱじめるほど、風情を解さない訳ではない。まあ、人の形をしていて、こうしてコミュニーションすらできるものを斬ることになんの抵抗も無い時点で、それ以前のもっと大事なものを解していない可能性が高いんだけど。
「……儂は、直接的な戦闘力はないんじゃが。死合おうと言われてものぅ。どうせ死んでも死なない身じゃ、この首なら好きなだけもっていくがよい」
嘘つけ、今まで合った中じゃあ、あんたが一番強そうだろうがよ。
竜王は、静かに目を閉じて姿勢を正す。介錯みたいに首を落とせということだろうか。その静謐な雰囲気に、思わず気圧されてしまう。
「……いえーい、やっちゃえやっちゃえ」
「お前は本当にデリカシーとかいろんなものが足りないな!」
やんややんやと無表情で騒ぎ立てるクリア。なんだか俺に似た物を感じてしまって同族嫌悪というやつだろうか。無性に殴りたくなってくるが、これまでの恩もあるし、この子はこういう性格なのだと割り切らないと。
黒蓮を一本、インベントリから呼び寄せて構える。刃先から根元まで、つつっと小さな光が反射して走った。切れ味でいうなら、介錯にこれほど適したものもないのではないかというほど、綺麗な剣だ。まあ、両刃の西洋剣なのでそこは雰囲気無いけど。
「なるべく痛くしないでくれよの」
「痛みとか、感じるのか」
「儂らは、この世界で生きているようであり、死んでいるようである。だから、半分くらいは感じるものじゃよ」
そんなもんなのか。よくわからないし、わかる必要もないと思った。
竜王の背後まで歩みよって、極振りされた筋力値でもって一気に剣を神速の域まで持っていく。常人には視認すらできない速度で振るわれた剣は、黒い残像と、天に向かいながら霧散する白い粒子だけを残した。
実に、あっけないものだ。死んだら死体すら残らず、またいずれ生き返る。それがこの世界の理。
「それじゃあ、戻るか」
おとした視線を上げて、クリアの方を見ると……。
「って居ないし!」
『……お菓子ぃぃー……』
なんか遠くの方で、叫び声が聞こえた。どうやら人が神妙な気持ちになっている間、早々にお菓子を求めて飛び立っていたらしい。
自由だなぁ、精霊ってのは。悩みとか、なんもないんだろうなぁ。
ちょっと、羨ましくなった。
―――
場所は戻って、最初の浮遊島みたいな所。目の前にはでかいモノリス。
「……これであなたは……すべての超越外装の欠片を手にした……いえーいぱちぱち」
「スタンプラリーより楽勝な欠片集めだったなオイ」
なんせクリアの後ろについて行って、ひたすら不意打ちで【斬駆】をかますだけの作業だ。レベルは96まで上がった。
『『竜王の宝物庫』からアイテムを取得できます。取得しますか? YES/NO』
先ほどこんなポップアップが現れ、一も二も無くYESを選択し、『【超越外装《???》??型???】の欠片(1/5)』を手に入れた。これで五つ目の欠片なので、クリアの言う通り全て集まったのだろう。
「それで、こっからどうするんだ。全部集めた瞬間になんか光って超合体とかするのかと思ったら、そういうことでもなさそうだし」
YESボタンを押す時、ちょっと身構えてたのに。何も起きなかった。構え損である。
首を傾げていると、クリアがふわふわと飛んできて、がしっと俺の頭を掴んだ。そして、そのまま何かを引き出すように腕を引く――――うにょーんと、何やら餅みたいに伸びる光の塊が摘出された。俺の頭から。
「うおぉぉ!? 何今の!? おい、ちょっと大丈夫か俺、なんかすげぇ光るやつ取りだされたけど、大丈夫か!?」
明らかに重要度が高そうな見た目してましたけど。魂? 魂なの? 俺死ぬの?
「……うるさい……これこそが……超越外装なの」
光る塊は、スライムのように重力に従って、クリアの手から零れ落ちようとする。それを小さな手で一生懸命ねばねばとお手玉しながら、彼女は答えた。
「……俺、そんなスライムみたいなん装着したくないんだけど。なに、全身ベトベトで魔王と戦わないといけないの?」
いやまあ、それで強くなるんだったらやるけどさ。でもなんていうの、なんかこう……納得いかない。超越外装とかいうくらいだから、鎧とか、強化外骨格とか、連邦の白い悪魔みたいなのを想像してたのに。
テンションの下がる俺を尻目に、クリアは何事かぶつぶつと呟く。スライムが、金色に光った。経験値とか凄そうな見た目である。
そしてそれを、そのままこちらに投げてきた。
「……へーいぱす」
「うわっと」
キャッチしようにも、空中で広がっているので全てを受け止めきれない。
結果、水でも被るかのようにびしゃっと全身をスライムまみれにされた。
「……おい、クリア」
流石に抗議しようと、クリアの名を呼んだ瞬間。
スライムが一層光輝き、ゴウ、と風が吹いた。
足元から竜巻のように風が舞い上がり、俺を囲んで天高くまで伸びていく。それは徐々に黒く色づきだして、あっという間にクリアの姿が見えなくなった。バサバサと風にあおられる服を抑えると、体に付着したスライムがもぞもぞと動き始め、何かの形をとっているのを見つけた。やがてそれも確認できない程に、黒い暴風は強まり――――どのくらい時間が経ったろうか。体感では、数分。ほどけるように、突然風が消滅した。
開けた視界にまず見えたのは、強風の影響でローブがよれ、髪をぼさぼさにしてジト目なクリア。貞子みたいになってるから。怖い怖い。
「……もっと離れとくべきだった」
そういうの、自業自得って言うんだと思うよ。
それにしても、今のは何だったのか……と、一歩クリアの方へ踏み出して違和感を感じる。
なんか体が、重い。具体的には、体中に大量の重りを付けているみたいな――というか、なんかファンネルみたいなのがいっぱいくっついてるんですけど。
「……おめでと。それがあなたの……超越外装。魔王を倒すための、神に迫りし力」
不意に、頭の中に情報が流れ込んでくる。
――――【超越外装《666》魔王型ディスペア】
これが、俺の超越外装の名前だった。
……やっぱ魔王じゃねぇか!
おまけ・超越外装の楽しい仲間達
【超越外装《000》全能型クリエイター】
【超越外装《001》勇者型ジークフリート】
【超越外装《002》聖女型マリア】
【超越外装《003》天使型メタトロン】
【超越外装《004》半神型デミゴッド】
【超越外装《005》城塞型フォートレス】
【超越外装《006》聖人型ゲオルギオス】
【超越外装《007》賢者型パラケルスス】
【超越外装《008》魔術型クロウリー】
【超越外装《009》騎士型ランスロット】
【超越外装《010》戦女型ヴァルキリー】
【超越外装《011》人造型ドッペルゲンガー】
この12個が、正規の超越外装。
クノさんのは、欠片から使用者に合わせて創られたいわばオーダーメイド品。