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第百五十七話 獣人王のお話

 


 俺達が転移したのは、だだっぴろい草原だった。背の低い草が一面に生えており、時折風に揺れている。なんだか爽やかな場所だなぁと思っていると、視界の端に全然爽やかじゃないものを見つけた。

 クリアはそれに向かって一直線に飛んでいき、


「……とうっ」

「んが!?」


 空中から急角度のかかと落としを喰らわせた。えげつなっ。

 クリアの強襲を受けて慌てて飛び起きるのは、さっきまで草原にあおむけで寝っ転がっていたでかい犬である。2mはあろうかという大きな図体に見合わず俊敏に立ち上がる。その犬は二足歩行で、普通に人間のような服を着ていた。もっというと、凄いユニクロ臭がする服を着ていた。無地で薄手の半袖に、ぴちぴちのスキニージーンズとか……なんだろう、なんかここ世界観違くね。


「誰だゴラぁ!? ……ってなんだ、嬢ちゃんか。部下のアホ犬どもがまた粗相したのかとつい怒鳴っちまった。すまんすまん」

「……許す」


 でかい犬と同じ目線まで浮かんで、偉そうにのたまうクリア。いや、そもそもクリアの方が悪いというか、完全に粗相してるんだけど。いいのかよ犬、それでいいのか。なんだか両者の間に和解のオーラが漂っていることからすると、それでいいらしい。

 犬の器がでかいのか、クリアが特別偉いのか……どっちもありそうだが。そういえば、クリアはこの犬のことを獣人王? だとかなんとか言っていたし。そりゃあ器がでかいのも納得。


 ちょっと離れた所で俺が二人のやりとりを傍観している間にも、なんだか話は進んでいく。……ちょっとクリアさん、俺の事を獣人王さんに紹介してくれたりしないのかな? もしかして自分でアプローチかけないとなのか。俺の社会力が今試されている。

 覚悟を決めて二人の間に割って入ろうとした時、クリアがぬるっとこちらを向いた。そして、俺を指さす。人を指さしたらいけませんってお母さんに習わなかったのかな。


「……じゃあウルベリィ、悪いけどそこの人間と戦って?」

「いきなりだなおい!」

「よっしゃ分かった! ボッコボコにしてやんよ!」

「お前も二つ返事で引き受けるんかい! 受け入れ早いな!」


 今までの二人の会話の流れは、なんかクリアが獣人王に『新しいお茶菓子入ったー?』みたいなことを聞いて、獣人王が『先日ジャッジ様から紅葉饅頭を頂いたぜー!』とか返したくらいだ。どこにも俺と獣人王が戦う要素がなかった。凄い、単に会話が繋がってないとかそういうレベルじゃない。もうクリアは会話する気無いだろ。それにノータイムで反応する獣人王も凄いけど。頭の回転が速いのか、びっくりするほど馬鹿なのか、どっちだろう。


「クリアの嬢ちゃんの頼みとあらば、断るわけにもいかねぇ。悪いが坊主、腹ぁ括ってもらうぜ」

「いや、うん。戦うのは俺としても本望なんだけどさ……」

「それに、嬢ちゃんの無茶振りと脈絡の無さは何時ものことだからな!」

「ああ、慣れてるのか……」


 どうやらクリアと獣人王は、かなり長い付き合いのようだ。この世界が異世界だった頃からだとすると、どれだけ長いものなのか想像もつかないが。まあ、そんなこと知る必要もないだろう。


 一歩こちらに踏み出すと、獣人王は空手のような構えを取った。

 途端に、空気が変わったのを感じる。纏わりつくようなこの感じは、強者が発する特有のものだ。レベル150は伊達ではないらしい。


 その後ろではクリアが、パカッと草原の一部を開けていた。いや比喩とかじゃなくてね、床下収納を開けるような感じで、四角く草原を開けてるんだよ。


「獣人王は、その敏捷性が最大の武器……彼はこの世界でも最速と呼ばれていた……じゃあ、私は下でコタツに入ってるから……終わる頃に、また来る」


 俺の方を見ながら、きりっとした顔で言う。そして、床下収納っぽい所に飛び込んだ。ぱこん、と音を立てて草原の蓋が閉まる。


「……緊張感ねぇな」

「なんだ坊主、力が抜けちまったか? 仕切り直すか」

「いや……大丈夫だ」


 目の前に、こんなに強そうで、こんなに経験値をもっていそうな奴が居るんだ。早く倒して魔王へ届くための糧にしないといけない。

 そう、早く。早く倒さなければいけない。俺に残された時間は有限なのだから。チャンスは最大限生かさないといけない。

 最速の王様だと? いいじゃねぇか、腕が鳴る。俺の反応速度・剣の速度とどちらが優れているか、試してみようじゃないか。


「悪いが獣人王……俺の踏み台になってくれ」


【多従の偽腕】――三十本あまりの黒い腕が虚空から這い出し、剣を取る。

【惨劇の茜攻】――暗い紅色の瘴気が溢れだし、自身と『偽腕』、黒剣を侵食する。

 〝彼の者に強き力を与えよ〟『筋力付加』

 〝彼の者に更なる力を与えよ〟『筋力重加』――ただ、力のみを伸ばすだけの補助魔法。揺らめく赤いオーラが、瘴気と溶けて混ざりあう。

【覚悟の凶撃】――次の一撃の威力を最大限高め、自身のHPは1となる。


 そして【形態変化メタモルフォーゼ】、【第三形態】適用。

 回復したMPで、『偽腕』を最大数、五十本まで呼び出し剣を持たせる。


 このユニークスキルは、アドルミットの話に付き合う代わりに俺のパチモンと戦った時に試してある。それはまさに、魔王と呼ばれるに相応しい能力だった。


「嬢ちゃんがいきなり戦ってくれっつーからどれほどの奴かと思えば……おいおい、そりゃなんの冗談だよ……」


 獣人王の目には、はっきりと映っているだろう。

 側頭部からは捻じれた黒い角を生やし、強膜を黒く染め、瞳だけが爛々と赤く輝くその姿が。

 荘厳な黒の衣装には鎧片のようなものが貼りつき、より鋭角的なフォルムで攻撃性を強調した、その姿が。

 実に体に馴染む。鼓動する心臓から、絶え間なく敵を蹂躙するための力が身体中に行き渡っていく。

 これが俺の得た力。そう、俺はこの力で――


「そういえばまだ名乗っていなかったな、獣人王」

「……」


「俺は、魔王を倒す(・・・・・)男――――藤寺九乃だ。気軽にクノさんと呼べよ」


「いやどう見てもおめぇが魔王だろうがッッ!?」


 ……アドルミットと同じツッコミをありがとう。


 獣人王はさっきまでの威圧感もどこへやら、うろたえた様子で俺に指を突きつける。犬の顔なのに、随分と表情が豊かだ。羨ましい。そしてお前も人に指を指すなと(略


「なんだその、剣の一振りで人間の群れを蹂躙しそうな格好は!?」

「知らん。気付いたらこうなってたんだよ」

「気付いたらっておめぇ、自然にそのスタイルを獲得するとかあり得ないかんな!? むしろそれ完全に、ナチュラルに魔王だかんな!?」


 失礼な。ああでも、『俺がお前の新しい魔王DAZE』みたいな口説き文句はちょっといいかもしれない。次にエリザを縛るのは、クソ魔王の呪いじゃなくて俺の愛だぜ的な。む……結構ありだな。

 しかし、それはそれとして獣人王の発言は聞き逃せない。エリザが作ってくれた服を少しでもけなす奴は許しておけぬ。


「つーか人の戦装束にけち付けるんじゃねぇよ犬。お前だってユニクロだろうが」

「ユニクロはいいんだよユニクロは! 動きやすいし通気性抜群なんだぞ!? 舐めてんのかてめぇ!」

「ほらな、誰だって自分の着てるもんにとやかく言われたくないだろ? 分かったらちょっと落ち着け。さっきのクリアとのやりとりみたいな、超反応の適応力を見せろよ」

「あれは慣れてるからだよ! 誰が好き好んであんな超次元ワープコミュニケーションとるかボケェ!」


 あ、やっぱり思う所はあったのか。なんか可哀そうだな獣人王。

 尚も言い募って来そうな彼だが、しかしもう時間が惜しい。こんなむさい毛むくじゃらと楽しくお話する時間なんて、俺のスケジュール帳には載っていないのだ。まだあと四人、『王』も残ってるっぽいしな。

 巻きでいこう、巻きで。


「だいたいおめぇ――」

「【斬駆】」


 五十本複撃統合、【覚悟の凶撃】載せ。

 紅い剣閃が空を埋め尽くし、彼我の距離を一瞬で食いちぎり、獣人王に必殺の刃が届いた。

 斬り飛ばされ、根こそぎ吹き飛ばされた草が風に巻かれ、視界一面に広がる。剣圧で巻き起こった風が土煙を発生させて、それが晴れた頃には、ただ抉られた裸の大地があるのみだった。


 そこに、獣人王の姿は無い。


 奴は、最速の獣人王はそう――――






「……あ、終わったね……じゃあ、次いく……これ、紅葉饅頭」





 ――――割とあっけなく、一瞬で血煙と化していた。原型もとどめないくらい、グチャグチャというかばしゃばしゃになったことだろう。空に昇っていく、白い粒子の残滓が目に痛い。レベル150とは、一体何だったのだろうか。最速の王とは、一体……。ポーン、というお知らせ音が耳元で鳴る。ああ、レベルが上がったんだな。


「……それにしても、早すぎ……お饅頭しか取ってこれなかった」


 クリアから紅葉饅頭を受け取って、口に含む。あっま。


 ……あれ? そういえばこれ、こんな完膚なきまでに倒しちゃって良かったんだろうか。王様死んじゃったけど大丈夫なんだろうか。生き還るよね? リスポンするよね、クリアさん、ねぇ!?




強くなりすぎたんやおのれは……

レベル差は覆すもの。ここからサクサク進んでいきたい。

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