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第百五十四話 試練のお話③

 三月四日、金曜日。

 二日をかけてレベルを86にまで上げ直したので、、今日は二回目のボスへの挑戦だ。


「それじゃあ、行ってくる」

「ええ、いってらっしゃい。気をつけてね」

「任せとけ、あのボスの性能はもう見終わってるから。エリザの朝ご飯も食べたしな、負ける要素が見当たらん」

「もう、調子良いわね。ちょっと前まで私を避けてたのは、どこの誰だったかしら?」

「そんな失礼な奴は、燃えるゴミの日に出してしまえ」

「どちらかと言うと、粗大ゴミじゃないかしら」


 エリザと軽口を叩き合って、ギルドから出る。早朝のアドルトーグの街は静かなもので、俺以外が動く気配すら感じない。最近はこの第六の街にも、随分とプレイヤーが参入してきてるみたいだけれどな。俺が街にいるのは大抵早朝か夜遅くだし、北フィールドでは誰もみないから、あまり実感が無い。


 ボスフィールドへの道のりは特に何事も無く、もはや見あきたホムンクルスっぽいのをサクサクと刈りながら転移魔法陣に辿り着く。ちょっとだけ大量虐殺して(矛盾)、〝ベルセルク〟による経験値の減少効果を解いておくのも忘れない。


「よし、行くか」


 前回の戦闘を頭の中で思い返し、俺が『俺』に勝つための方法をシミュレートする。準備というほどの準備は必要ない。ただ、要点だけおさえていけば順当に勝てる相手だ。数学の問題で、公式を知ってるかどうかの差みたいなものである。

 今からそれを、証明してやろう。さぁ神様、三分クッキングの時間だ。




 ―――




「やあ、きたねクノ君。待ちくたびれたよ」


 僕は試練の間で、一人の男を迎え入れる。光の粒子をまき散らしながら、突然この空間に現れたのは、『魔神器』を使いこなす面白い人間、クノ君だ。前回の挑戦から、どのくらいの時間がたっただろうか。すごく長い間待った気もするし、ほんの少しの時の気もする。僕の時間感覚を人間に当てはめるなんて意味が無いけれど、僕が彼を待っていたという気持ちは確かなものだ。だから、待ちくたびれた、なんて言ってみる。


「そうか。じゃあさっさと試練を始めてくれ」

「そっけないなぁ。もっと僕との会話を楽しんでくれないかな。神と話せる栄誉なんて、めったに無いよ?」


 前に試練を受けにきた人間は、もっと僕への敬意に溢れていた気がするんだけどなぁ。これが時の流れなのか、世界の差・・・・なのかはわからない。


「あいにく、興味がなくてな」


 彼の周囲に黒い靄が発生し、そこから黒い腕が這い出てくる。


 早々に魔神器を展開したクノ君からは、早く試練を受けたくてしょうがないという感じがひしひしと伝わって来る。一回惨敗しているというのに、随分とはやっているね。もしかして、被虐趣味なのかな?


「君、痛めつけられるのが好きなの?」

「まさか。どっちかと聞かれれば、痛めつける方が好きだな」


 無表情で、そんなことを言われた。おお怖い怖い。というか、それもそれでどうなんだろうか。

 まあいいや。それじゃあ期待に応えて、そろそろ始めようか。


「試練は前回と同じ、自分との相対だよ。いいよね?」

「問題無い」


 自分との相対。僕が課す試練の中では、ある意味最も簡単で、最も難しい試練だ。試練を受ける人間よりも少しだけ強い、その人間と瓜二つの『人形』を生み出して、それを倒してもらうだけ。言葉にすると、他の試練よりもずっと説明は楽だけど、試練を受ける人間が強ければ強いほど、この試練は激しく牙をむく。

 その証拠にクノ君は、僕の創りだした『クノ君』相手に、防戦一方だったしね。それだけ彼が強いということだし、そもそもこの試練自体、相当の強者にしか課さないんだけど。


 神である僕が、クノ君の情報を読み取って、それを写し込んで試練の相手を創りだす。その際に、彼の持つアイテムと同程度の効果を持つアイテムを、無制限に使えるようにしておくことも忘れない。あと、蘇生アイテムの削除ね。


 ……しかし、クノ君は随分と深く、強力にこの世界に馴染んでるみたいだ。情報が深すぎて、僕の力を持ってしても本家本元の彼の身体性能を人形に写し取ることはできなかった。

 出来上がった人形は、彼よりも数段と能力が劣っている。特に、知覚能力や思考処理能力の差は普通ならあり得ないレベルで存在してしまっている。この子、どんだけ異常な頭のつくりしてんだろう。それとも、向こうの世界の人間は皆こんなに非常識なのかな。


 それでも僕が追加付与した能力『アイテム消耗無効化』は、その差をカバーしてあまりあるけど。この人形は、コピー品としてはあまり満足できない出来なのに、単純な性能でいえば過去の試練の中で最高難易度だからね。


 さて、クノ君は一体どんな戦い方で僕の試練を突破するのかな。

 流石に人形が強すぎるので、次回挑戦からは少しずつ性能をダウンさせてあげてもいいかもしれない。


 なんて。


 そんなことを考えていられたのは、試練が実際に始まるまでだった。


 そして僕は今日初めて、ただの人間に〝畏れ〟を抱くことになった。



 それは、試練開始直後の出来事だった。

 両者はまず、互いに強化魔法をかける。そして先に動いたのは、クノ君。



「【斬駆】」



 クノ君の大量の魔神器から紅い光の刃が発生し、一点に収束するように人形に襲いかかる。MPを全て用いた、最大火力を開幕早々に使って来た。

 五十もの攻撃のタイミングを完璧に管理し、僅かなズレも許さぬ精緻な斬撃。僕の人形では真似しきれない部分の一つだ。


 当然人形も同じ技で迎撃をするけど、クノ君の刃の壁を全て突き崩すことは敵わなかった。ポーションを踏み割りながら、流れるように二撃目を放とうとするけど、僅かに間に合わない。

 なるほど、流石にあちらから仕掛けてきたものを、同じスキルの二連発でどうにかできるほどの余裕はないようだ。前回はその逆、こちらから仕掛けた場合は二連発で完封で来たんだけど、クノ君も学んだということか。


 そこらじゅうでキラキラと紅い粒子が舞い散る中、人形が超威力の一撃をもろに受けて、【不屈の執念】というスキルが発動する。復活スキルは結構レアなはずだけれど、クノ君は二つも所持しているんだよね。今回はそれが仇になっている。いくら火力があっても、一撃は一撃だから、復活系スキルとは相性が悪い。


 ついで、クノ君と人形はほぼ同じタイミングでポーションを踏み割る。

 ずっとつっこみたかったんだけど……せめて、かぶるとかさ。戦闘中に律儀に飲めとはいわないけど、流石に足でっていうのはあのポーションに対する冒涜だと思う。まったくどうなってるんだかこの世界は。


 MPを回復したクノ君は、【バーストエッジ】で急加速をしながら人形に近づいていく。対して人形は、同じく【バーストエッジ】で対応だ。基本的にこの人形は、相手と同じ技での対応を好む。

 人形の【バーストエッジ】は展開された大量の魔神器から同時に放たれており、クノ君は丁度その真っ只中に突っ込むような状況。全方位を爆風に囲まれて逃げられるはずも無し、前回はジリ貧気味だったし、今回は多少犠牲を覚悟で、肉を切らせて骨を断つような速攻を仕掛けようとしているのだろうか。それとも何か、隠し玉があるのか。


 固唾をのんで見守るが、クノ君はそのまま赤黒い爆風に呑みこまれてしまう。実にあっさりと。なにか対処をしようとした様子もなかった。


 そう、そんな様子はまったくなかったのに。


 いつの間にか彼は、人形の背後に立っており、まさに人形の背に剣を突き入れようとしていた。


【死返し】、か……彼の持つスキルの中で、トップクラスに出鱈目で、扱いの難しいスキルだ。

 攻撃の瞬間が見えているならともかく、死角からのいきなりの攻撃に、人形は【死返し】でカウンターをできない。

 ああそうか、なんてこった。本家のクノ君よりも、この人形の空間把握能力は低かった。そうだとも、【死返し】なんて高度なスキルをノールックで発動できる訳が無い。そしてその身体は、その能力は、回避という選択肢を初めから捨てている。

 必中の一撃が人形の体内で芽吹き、紅い棘を吐き散らす。


【神樹の癒し】が発動する。

 人形のHPが一瞬だけ全快し、1に固定される。


 それとほぼ同時に、クノ君に血色の瘴気が絡みついて、そのHPを0にするが……ああ、もう遅い、遅すぎたんだ。

 クノ君は『蘇生石』の効果で復活する。ついでに手足に黒い鎖が、彼を守るように巻きつく。


 そしてその間に、クノ君の瘴気が、復活した人形にまるで歓喜するように勢いよく絡みつき――――実にあっさりと、人形のHPを削り取った。


 人形が光の粒子となるその瞬間までにもう一回、クノ君を人形の瘴気が侵すが、それに意味なんて無い。クノ君の【不屈の執念】が発動して、それでおしまい。


 ガラスの砕け散るような音が妙に試練の間に響いて、そして消えていった。



「俺を真似するなら最低限、目を瞑っていても【死返し】は使えるようにするべきだったな。所詮、パチモンはパチモンか。まったく、前回苦戦したのがアホらしいわ」



 クノ君の独白に、軽口で返す余裕は無かった。



「……これは、どうしようもないなぁ」



 ついさっきまで彼のことを過小評価していた自分を、思いっきり殴ってやりたい。

 試練開始から、一分も経っていない間の出来事だった。


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