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第百五十三話 試練のお話(インタールード)

 第六の街の中央広場にて、久し振りに死に戻る。

【神樹の癒し】が発動していたためにレベルが3下がるのが微妙に痛いな。また上げ直してから俺のパチモンを倒しに行かないといけない。

 とりあえずレベル上げは北フィールドを入念に練り歩くとして、俺は蘇生石と超級ポーション、それから投擲用のナイフの補充をするために一旦ギルドハウスに戻ることにした。


「ただいまー」


 時間はまだ朝と言ってもいい頃で、俺の声に応えてくれるのはエリザくらいだろうと思っていたのだが、驚いたことにフレイもログインしていた。まじか、ポンコツだと思ってたのに、早起きができるだなんて……って、流石に馬鹿にしすぎか。自重自重。


「あ~っ!? クノさん、おかえりなさい! ちょ、死に戻りですか!? 死に戻りなんですか!? どうしたんですかクノさんらしくないですよ!」

「ああうん、ただいまフレイ。おはよう。ちょっとボスに挑んできたんだよ」


 駆け寄って来るフレイを適当にいなしながら、俺はギルドハウス内でしか使えない機能『ギルド倉庫』を使用し、中から蘇生石と超級ポーション、それからエリザが大量にストックしてくれているナイフを補充する。


 カウンターの方を見ると、なにやらエリザが難しい顔で考え込んでいた。おかえりって言ってほしかったぁ……。じっと見つめ続けていると、視線に気付いたのか、急に頬を染める。

 わずかな葛藤の後、唇が『おかえり』と動いたので満足だ。うん、満足ったら満足。俺は無欲で清廉な賢者として生きるのだ。日々の糧は僅かなエリザの言葉とカップ麺を食って生きる愛の賢者だ。


「クノさんそのレベルでボス戦行って来たんですかとか、そもそもソロでボス戦とかよく考えたら意味分からないですねとか、まあ言いたいことは色々あるんですけど今更なのでいいです……重要なのは、アレですアレ。……この街のボスって、クノさんがやられちゃうほど強いんですか?」


 なんか達観した表情のフレイが、眉をひそめて、ついでに声もひそめて問いかける。自然な動作で顔を近づけてくるフレイに『待て』と『伏せ』を命じながら、俺は試練のことを思い返す。


「んー、そうだな……ボス戦っていうか、ボスフィールドに居る神様から、試練が下されるんだよな。それで試練をクリアしたら、ボス討伐と同じ扱いになるらしい」


 アドルミットは明言していなかったが、もしかしたら試練と言うのは戦闘に限られたものでもない可能性もあるな。

 フレイの『伏せ』を解いて椅子に座らせる。エリザはというと、カウンターを超えてこちらに混ざろうかどうしようかと迷っていた。いつもならそつなく、紅茶でも持ってきながら自然に混ざるのに。……やっぱり、連日心を鬼にして不用意な接触を避けているのが堪えているんだろうか。こころがいたい。


「試練ですか……ふむー、前情報と同じですね。神様って、〝人を司る神・アドルミット〟ですよね?」

「なんだ、知ってたのか」


 どこ情報だよ。


「ええ、この街のフィールドとか、一個前の街のフィールドとかに、色々ヒントがありましたからね。情報は力なのです、私達は結構フィールドの探索とかもきちんとやってるのですよ?」

「そ、そうか。偉いな」

「えへへー」


 フィールド探索? なにそれおいしいの?

 腕輪をつければモンスターが勝手に寄って来ることもあって、俺は最低限のマップ埋めすらしていない。まあ、埋めなくても最初から公開されてるタイプのゲームなんだけど。


「でも試練の内容まではよくわからなかったんですよねー。なんかソースによって内容が色々で、もしかしたら一定の内容には決まってないんじゃないかってカリンさんとかは言ってます」


 ほぉ、流石カリン、鋭いじゃないか。

 ……いや、そんな考察すら一ミリもしてない俺が、偉そうにとやかく言えることじゃないけどね。


 とりあえず、なんか役に立つかもしれないので、あの玉座の間で起こったことをフレイに話して聞かせる。《魔神器》がどうとかいう所は省いたけど。


「――――というわけだ」

「……なーるほど。やっぱ挑む人によって試練の内容が変わるんですね~。厄介なのです。……それで、クノさんはアイテム使い放題のチートコピーに負けちゃったわけですかぁ。倒せるんですか? それ」


 俺の話にふむふむと頷いていたフレイだが、最終的にはうーんと首を傾げながらこちらに問うてきた。


「超級ポーション飲み放題とか、完全にチートも良い所じゃないですか。めっちゃ上位互換じゃないですか。いくらクノさんでも、ジリ貧から脱出するのは辛い気がしますけど……」

「まあ、倒せるか倒せないかでいったら、倒せるんだけど」

「マジですか」


 くわっ、と驚愕に目を見開くフレイ。


「仮に私達の試練にクノさんのコピーが現れたら、このゲーム引退する自信があるんですけど」

「ははっ、おおげさだな」

「いや、全然おおげさじゃないですから。あと二コリともしないで『ははっ』って言わないでください怖いです」


 真顔で首を振るフレイ。……本当にこいつは表情が豊かだなぁ。


 まあそれはともかく、あのコピーには致命的な弱点があるのだ。なんなら俺を除いた『花鳥風月』のパーティーでも、頑張れば…………頑張れば…………うーん、いや、ちょっと無理か。腐っても俺がコピー元なだけあって、流石に一パーティーに倒されるほど弱くは無いな。せめて前のチョコレート戦争規模の人員であれば、倒せるかもしれない。


「でも、所詮はパチモンってことだよ。神様がわざとそう作ったのかどうかは知らないけど」

「ほへー。まあクノさんですしね~。これからまた、挑戦しにいくんですか?」


 もはや考えることを放棄したのか、突っ込んだことは聞かずにアホっぽい表情で納得するフレイ。


「ん、いやとりあえず――」


 これも信頼されているということなのかな、なんて考えながら、とりあえず今はレベルを元に戻すことを優先させると告げようとする。

 が、それは深刻そうな表情でやっとこさカウンターから出てきたエリザの様相に遮られてしまった。


「……エリザさんのたーん」


 フレイが妙な事を呟いて、席を立つ。そのまま下手くそな口笛とともに二階に上がっていった。


 そのフレイと入れ替わりになるように、エリザがすとんと椅子に収まる。


 これはまずい。なんかよくわからないけど、このままではまずい予感がひしひしとする。


 緊急離脱を試みようとしたが、その前にがしっとエリザに服の裾を掴まれてしまった。

 ……あの、エリザさん? めっちゃしわになってます。


「一つ、質問をするわ」


 きゅきゅっ、とコートの生地をとがらせていくエリザ。もちろん手を離して少しすれば勝手に戻るのだけれど、その手の白み具合にちょっと異様さを感じた。


「……はい、なんでしょうか」


 思わず敬語である。


「貴方、メイドさん達になにか聞いたでしょう。今私が避けられているのは、そのせいなんじゃなくて?」

「……」


 エリザの言うことはずばりどんぴしゃだ。彼女の方でもやはり何か思うところがあったらしい。


 しかし、ここで仮に俺がメイドさんから聞いた話をして、エリザに魔王を倒しにいくと告げたとしよう。心配性の彼女のことだから、きっと俺のことを止めようとするんだと思う。たかがゲーム、しかし、されどゲームなのだ。そのゲームに、エリザ自身の命までかかっている。


 それは奇妙な現実感で、まるで悪夢のようだ。エリザが心配するのにもっともな理由もある。

 このゲームの『魔王』が異世界産の本物だとして、はたしてその不思議パワーの影響が現実に及ばないと、どうして言えるのだろうか。目の前の少女が、それをなによりわかっているはずだ。彼女は現に、ゲームの中の魔王から受けた呪いに、今も蝕まれている。もしも、俺が魔王と戦って、その結果エリザと同じように被害を受けたら……そんな風に、彼女の中で不安が生まれるのも当然のことだろう。


 だから、魔王退治のことは知られるべきではなかった。あくまで秘密裏に、こっそりと。エリザが気付いた時には、もう全て終わっていて、彼女が何一つ憂うことなく事態を解決することができればベストだった。


 でも、


「そう。そうなのね。やっぱり、聞いたのね」


 エリザは小さく、そう囁いた。彼女に言わせれば、ちょっとした雰囲気の差異なんかから、俺の喜怒哀楽を認識するらしい。それはまるで心の中を見通されるようだ。そこに言葉はいらなくて、だからこそ、俺はこのとき〝何も考えるべきではなかった〟。


 聡い彼女は、俺の反応だけで全てわかったようで……俺の装備の裾には、立派なチョモランマが創造されていた。ねじりすぎだと思う。


 俺はエリザに何か言われる前に、とりあえず言葉を紡ごうと意気込んで、


「っ!」

「……別に、なにも言わなくていいわ。貴方が考えていることは、わかっているつもりだから。その是非はともかくとして」


 そっと、唇を人指し指でせき止められた。

 澄ました顔をしているが、もう一方の人差し指は創造主となって山脈の形成に力を注いでいるので、きっと内心は額面どおりではないのだろう。


 もっと上手くやれたはずだという思いと、そもそも俺がエリザに隠しごとなんて無理だったのかなぁという思いが同時に湧きあがる。多分、後者が正しかった。

 このままエリザに隠しごとをしたまま、彼女を避けたまま、俺が魔王を倒せるかと言われると、まあアレだ。精神的ダメージ的な意味で、魔王を倒す前に力尽きていたかもしれない。真の強敵はいつも一番近くにいたのだから。

 だから、もう少し肩の力を抜いても罰は当たらない。エリザを救うことは最優先目標だが、エリザと他愛ない日々を幸せに過ごすことも、やっぱり大事なんじゃないか。先ばかり見過ぎて、目の前のことをおろそかにしていたんじゃないか。


 そんな風に、言い訳を重ねて、俺は微かに震えるエリザの身体を抱きしめた。やっぱり細い身体だった。細くて、今にも折れてしまいそうで……そして、なによりも暖かった。


 もう後戻りはできない。ゴリマッチョな天使は死んだ。清廉な愛の賢者も死んだ。ただ目の前の魔性の前ではひたすら無力で、もうそれでいいやと昇天した。代わりに悪魔がウォーミングアップを始め、まずは腕立て伏せからとりかかり始める。肉体改造計画だ。自分でも何言ってるのかちょっとよくわからない。


「んむっ!」


 急に抱きしめられたのがびっくりしたのか、エリザはしばらくか弱い抵抗を続けていたが、次第に大人しくなり、最後は両腕で抱きしめ返してくれる。


「……その、ごめん。俺さ、やっぱりずっとエリザと一緒にいたいんだよ。そのために魔王が邪魔だっていうのなら、なにがなんでも倒さなくちゃならない」


 耳元で囁く。その言葉をゆっくり噛みしめて、エリザは震える声で返してきた。その顔は見えないが、きっと先ほどまでの澄ました顔ではないんだろうなぁと苦笑……しようとした。


「……あ、貴方の気持ちは、嬉しい、けど。でもっ! 私なんかの、ために、クノが、」

「〝なんか〟なんて言わないでくれよ。俺にとってエリザは、なによりも大切なんだから」


 気障ったらしい台詞だが、まぎれも無い本心だった。絶対に口にはしないけれど、それこそ、この身の全てと引き換えにしても守りたいくらいに。

 これほどまで他人を思ったのは初めてだった。これほどまで他人を思えたのは初めてだった。この気持ちをくれたエリザに、俺は恩返しがしたんだ。欠陥品だった俺だからこそ、強くそう願う。あるいはこれこそが欠陥なのかもしれないけど、それでも構わないと思った。


「……うう。でも、私が魔王に呪いを受けたのは、アイツをゲーム世界に閉じ込めた、後なのよ? だからクノも、アイツに会えば、私と同じように呪われてしまうかもしれない」


 ……やっぱ、そこか。魔王というのは、やはり不思議パワーをゲームの中でもそれなりに嗜むらしい。

 でも、それは問題では無かった。だって、


「大丈夫。魔王の呪いは、魔王本人を倒せばころせば消えるんだろう?」

「……うん」


 若干涙声で、幼児退行気味のエリザの頭をなでながら、あやすように語りかける。


「だったら何も問題無いじゃないか。俺が魔王に負けるわけが無いんだから。だから、呪いを受けたって、そんなものはすぐに消えて無くなるよ」

「でもっ……んんー! んん、ん……」


 なおも続けようとする往生際の悪いお姫様の口は、優しく肩に押しつけてふさいでおく。彼女の呼気が直接触れて、左肩が生温かい。

 魔王を倒すというのは、俺の中では決定事項なのだ。いくらエリザの言だろうと、それが翻ることはあり得ない。これ以上エリザにネガティブな意見を言わせておくのも嫌だったので、緊急措置が取られた。


 しばらく俺の肩でもがもがしていたエリザが、がばっと身体ごと離れていく。ちょっと涙目だったが、想像したよりもその表情は酷いものでは無かったので一安心。


「せめて、口をふさぐならもっと他に……その……あるじゃない……」

「マウストゥマウスの方が良かったか?」


 俺としては、可愛らしい抗議が天使のようだったので、つい口をついてからかってしまったのだが、


「うぐっ……この、…………。ええ……そうよ」

「えっ」

「そうよ! 決まってるでしょう! 悪い!?」


 やけ気味に叫ばれてしまった。普段のエリザらしくない。

 これはあれか、さすがに放って置きすぎたのか。俺にエリザミンが不足してエリザの誘惑に抗えなかったように、彼女の方もなにかしら必須栄養素的なものが不足していたというのか。

 目を吊り上げてぐいぐい顔を寄せて来るエリザの肩を押して留める。待とう、ちょっと待とう、俺は嬉しいけど、興奮しすぎです。そんなにあのからかいが琴線に触れたのですか。


「なによぅ、クノの馬鹿。馬鹿馬鹿。馬鹿馬鹿馬鹿、ばーーかっ! そんなに私とキスしたくないの!?」

「いやしたいけど……」

「……え。したいの!?」

「したいよ!」


 思わず本心を漏らすと、逆に驚かれた。俺も一応思春期の男子ですからね?


「でも、その……あれだ。こういう雰囲気でするのはなんか違うというか」

「なによそれ」

「つまり……エリザ、目を閉じろ」


 やっぱり、最低限の雰囲気は必要だよね。ぐいぐい迫られるのは性に合わない。

 ビクン、と緊張した様子のエリザが目を閉じたのを確認して、俺はインベントリからナイフを数本実体化させる。


 フレイはともかく、他の三人はいつ来たんだか。出歯亀は感心しない、なっ。

 投擲されたナイフが階段付近の影を退散させたことを確認すると、俺は改めてエリザに向き直る。


 長い睫毛が伏せられ、白い肌は紅潮している。少しだけつきだされた唇だけがちょっとだけ不格好だが、それも合わせて愛おしかった。このまま押し倒して獣欲のままに夜想曲を奏でたいくらい。

 だが、あんまりキス待ち顔を眺めていてもかわいそうなので、一瞬だけ唇と唇を合わせる。


「……もっとディープな感じでも良かったのだけれど?」


 めちゃめちゃ顔赤いくせに、何を言ってるんだか。


「それはまた後で……魔王を倒した後にでもな」

「そう……それじゃあ、クノには頑張ってもらわないとね」


 エリザはそう言って、ゆったりと身体を倒すと、ぽふんと俺の膝を枕にし始めた。手ごろな重さが心地よい。


「……でも、頑張るのは明日からにしてくれる? どうしても今日頑張りたかったら、この私をどかしていくことね」

「ずるいなぁ。それは俺にとって、デコピンされるか心臓を抉られるかの二択みたいなもんだから」

「いくらなんでもおおげさすぎないかしら……」






 三月一日、火曜日。

 今日の戦果……ボス攻略の糸口発見。レベル、三ダウン。明日への英気、無限大。





フレイ「くぅ~、いちゃこらしおってぇ~!」

カリン「ふむ。なかなか良い雰囲気じゃないか」

ノエル「の、のぞきはよくないですよぅ……」

リッカ「そんなこと言ってノエルちゃんも見てるくせにー」


ナイフ攻撃にもめげない出歯亀四姉妹の図。このあとめちゃくちゃ皆で紅茶飲んだ。

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