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第百五十二話 試練のお話②

『君への試練はー、どれにしよっかな』


 アドルミットが虚空に手をかざすと、七つの小さな球が発生した。

 虹色のそれぞれを自らの色とするそれらから、アドルミットはまず赤い球をつまんで、それを通して俺の方を見る。


 パリンッ


 小さな音がして、赤い球が砕けた。

 続いてオレンジ色の球をかざす――砕ける。

 黄色の球――砕ける。緑の球――砕ける。青、藍色――砕ける。


『うっわー。君本当にレベル86? 本当は倍くらいあるんじゃないの……』

「さっきからなにをやってるんだ」

『うん、君への試練の内容を決めてるんだけど……』


 紫色――砕け……るかと思われたが、全体にひびが入っただけで止まった。少しでも力を入れれば粉々になりそうだ。

 アドルミットは顔をしかめて紫の球を見て、ぽいっとそれを後ろに放り投げた。手から離れた衝撃で、紫の球は空中でパラパラと散っていく。


『あーうん。どうやら、君の力は規格外みたいだね……人間に課す試練はいろいろあるんだけど、これを試練として課すのは久し振りだなぁ……』


 目を閉じるアドルミット。なんか回想が始まりそうなのでスキップを要求する。さっさとしないとHPバーの有無に関係なくアドルミット自身を斬りつけちゃうぞ。


『ちょ、やめてよ。僕だって斬られたら痛いんだからね……んじゃあ、おっほん。期待にこたえまして、君に課す試練は――――これだよ』


 アドルミットがパチン、と指を鳴らす。

 瞬間、彼の姿は跡かたも無く消え失せ、代わりにそこには、『』がいた。


 赤黒い瘴気を纏わりつかせ、五十本もの『偽腕』を侍らせた黒衣の剣士。

 傍から見るとあれだな、あの……結構、悪役っぽい。どうしてこうなったんだろうと考えるが、俺はいままで(極振りとしては)最良を選び取ってきたはずなので、後悔の念は湧いてこなかった。

 唯一、髪色が灰色っぽいところが2Pカラーな『俺』は、爬虫類じみた瞳で俺を見つめると、いきなり『偽腕』の群れをけしかけてきた。


『君への試練は、君自身を打ち倒すことだ。頑張ってね』


 上の方からアドルミットの声が聞こえる。姿が見えないのでまさしく天の声というやつか。


 オーケー、なるほど。なかなかいい趣味をしてるじゃないか神様。

 自分との対決。まさかリアルにこんなことが実現するなんて思ってもみなかった。バーチャル世界だけど。

 これなら確かに……実に楽しめそうだ。


「くははっ!」

『くははっ!』


 どこまでも無表情で嗤う『俺』の顔を見つめ、迫りくる黒腕に対して、こちらも同じ手で対抗するのだった。




 ―――



 地面を除いた全方位から襲いかかって来る偽腕を、こちらも偽腕で弾き続ける。

 俺と『俺』の間の空間では黒い腕が乱舞し、まるで暴風域のように剣風が吹き荒れる。

 時折くりだされるナイフによる遠距離攻撃を【バーストエッジ】で弾き、お返しとばかりにこちらもナイフを投擲する。

 相手の攻撃は俺の偽腕の壁に阻まれ、こちらの攻撃もまた同様。


 攻撃に特化しすぎて小さな要塞と化した俺達の間には、決定打というものが存在しなかった。


 お互いに同じカードを持っている以上、回数制限のある【斬駆】や【死返し】の使用は、相手の後出しを警戒して使用が躊躇われる。


 だから攻撃手段はおのずと偽腕の剣とありあまるナイフの投擲、そして【バーストエッジ】に限られてくるのだが、剣はともかくナイフは消耗品だし、【バーストエッジ】を撃つにはMPが必要だ。

 さらに『筋力強化』や『筋力重加』の補助魔法も使い続けることを考えると……持久戦では俺が不利になりそうだった。


 事実、俺は一度中級MPポーションによる補給を行っているが、対する『俺』は超級・・MPポーションを暇があれば・・・・・飲んでいる。超級MPポーション、無限なんだろうか。無限なのかなあ。無限っぽいなあ。なにそれずるい。

 ということは消耗品のナイフも無限に持っていると考えておいた方がいいかもしれない。


 さすが、試練ということはあるぜ。


『やっべ、アイテム消耗無効化つけただけで鬼性能だよこの子……まずったな』


 天の声が小声で口を滑らせる。おいおい、なんであんたが焦ってんだよバカ。


 俺がアドルミットに呆れている間にも、ナイフはビュンビュン飛んでくるし押し寄せる偽腕から放たれる一撃は、俺を百回殺してもおつりがくる威力だ。


 今はまだ均衡を保っているが……このままだと、ジリ貧で負ける。主に、消耗アイテムの数の差で負ける。

 何か状況打破の糸口は無いかと『俺』の顔を観察するが、微動だにしない。ただただ、その口からは時折笑い声が洩れるばかりだ。

 ちくしょう、不気味な奴め! もっと普通の反応しろよやりにくい!


 試しに、ギリギリ本体に当たらない軌道でナイフを投げてみる。

 赤い霧を纏いながら一直線に進んだナイフは、途中の『偽腕』に弾かれることもなく、動かない『俺』の耳の横をかすめるように通り過ぎていった。奴はナイフに目もくれず、淡々と偽腕を操っているようだ。もっと驚けよ。あと三ミリずれてたらお前死んでたんだぞ! 


 ふむ、【危機把握】も健在っと……

 お返しとばかりにすれすれを飛んでくるナイフの中で、俺はじっと考え込む。『俺』のスキル構成が俺と同じで、さらに効果も同じなので、もちろん奴のHPは1だ。ボスモンスターにあるまじき低HP。近所のガキのパンチでもかすりさえすれば死んでしまうような、スペランカーよりも耐久度の低い障子紙状態だ。


 どうにかして、なんでもいいから攻撃を当てさえできればなあ。


 今はお互い距離を取っているが、頑張れば相手に近寄れないこともない。


 〝血色の瘴気〟の固有能力である、HP減少が今のところ一番目的を果たすのに向いてそうだろうか。この瘴気は【バーストエッジ】の爆風を受けても、俺の周囲や纏わりついた武器から完全に消し飛ばされることはない。その範囲を考えると、俺自身が『俺』に肉薄することができれば、ダメージを与えるという目的は達せられるだろう。

 まあそこまで近づいたら、勿論こちらもダメージを受けるんだけど。相打ち覚悟で特攻は、最終手段かなぁ。


 相手の偽腕の剣から、【バーストエッジ】が掃射されるのに合わせて、こちらも【バーストエッジ】で迎え撃つ。赤黒い爆風が俺と『俺』の間で不吉に膨れ上がり、荒々しく余波が吹き付ける。もちろん攻撃判定つきだ。【バーストエッジ】の爆風は範囲を指定し、その範囲外には影響を及ぼさないはずだが、同程度の攻撃に晒されると消滅時に余波をまき散らすらしい。この余波が地味に厄介で、普通に斬撃で迎撃することができない。同じ面攻撃で対処しなければいけないのだ。


 余波を新しい【バーストエッジ】で壁を作って防ぎながら、考える。爆風の相殺には、おおよそ相殺する【バーストエッジ】の半分の数があればいい。

 ときに【バーストエッジ】の消費MPは極めて少なく、最大MPの2%ほどで発動させることができる。仮に五十本の偽腕の剣から【バーストエッジ】を一斉に打ち出すこともギリギリ可能だ。


 つまり五十本【バーストエッジ】を互いに打ちだせば、その余波を相殺しきれずに、お互い死ぬ計算なのだ!


 ……なんだろうなー。


 さっきから相打ちする算段しか立てられないや。しかも、【バーストエッジ】を普通に斬撃で迎撃されて、範囲の広い余波だけ【バーストエッジ】で対処される可能性もある。

 流石俺。更に、『蘇生石』【不屈の執念】【死返し】【神樹の癒し】を考えると、五回HPダメージを与えないと『俺』を倒せないことになる。


 どないせいっちゅう……いや、まてよ。

 恐ろしいことに気がついて、俺はどこから見ているかも知れぬアドルミットに声をかける。


「おーいおいアドルミットさん。さっきアイテム消耗無効化とかチート的なことが聞こえたけど……もしや、『蘇生石』まで消耗しないとか言わないよな?」


 試練がハードなのはいっこうに構わないが、流石にそれは無理ゲーにも程がある。ジャッジさんに直談判するレベル。


『……あっ!』


「あっ! ってなんだおい! もしかしてそうなのか! そうなんだな!?」


『……いや、待って。ちょっと待って……えっと、これをこうしてこう……よーしオーケー。


 ……ごほん。安心したまえクノ君! いくら僕でも、そんな突破できるわけの無い試練なんて課すわけないじゃないか。確かに君の目の前の『君』はアイテムを消耗しないが、その代わりに『蘇生石』は没収しているよ? なんの問題もない。さぁ続けたまえ』


 アドルミットの取りつくろった声が聞こえる。

 なんかもうさぁ、神様さぁ……


 俺が再びの抗議の声を上げる前に、相対している『俺』から凄まじい勢いで【危機把握】への反応がある。


 これは――――【斬駆】か!


 五十本複撃統合100%【斬駆】……ん、いや、あれ? よくよく数えると、五十本じゃなくて三十本だ。

 まあ、三十本でも十分に脅威なんだけど。


 今俺のMPは半分ほどしか残っていなかったため、これを迎撃することはできない。やはり超級ポーションはずるいよ。『蘇生石』ほどではないにせよずるいって。


 俺は一本しか所持できないとっておきのそれを瞬間で踏み砕き、MPを全快させると、こちらも【斬駆】をふるう。ちゃんと五十本だ。ターゲットは勿論『俺』だが、その途中で紅い刃同士が次々に衝突し、ついに一本もその刃がこちらに通ることは無かった。紅い破片がキラキラと舞い散り、空気に溶けていく。

 あぶねぇ、もうちょい【危機把握】への反応が遅かったら、対応が間に合わなかっただろう。


 余剰分の俺の【斬駆】が、『俺』に迫る。


 と、ほっとできたのもつかの間だった。


 再度【危機把握】が察知したのは、数瞬前と全く同じ反応。

 野郎、超級MPポーションに任せて100%斬駆を連打してきやがった……!?

 ポーションを足元に召喚して踏み砕く動作まで真似されると、流石にイラッときてしまう。


 それは反則だろ……


 こちらの【斬駆】の残りを打ち破りながら、数本の赤い刃が迫る。


 とりあえず中級MPポーションを踏み砕き、それらは甘んじて受ける。

 暗転する視界。『蘇生石』が発動し、HPが0から1に巻き戻る。復讐者の称号による黒い鎖が、手足に巻き付いてくる。なりふり構っている暇はなさそうだった。


 一歩、踏み出す。二歩目には、もうすでに駆け出していた。


 MPが回復する傍から【バーストエッジ】で加速し、『俺』に肉薄しようとするが、もちろん厚い『偽腕』の壁に遮られる。それをどうにかこちらも両腕の剣と偽腕で留めて、押しのけて、黒い腕の間をすり抜ける。復讐者の効果でせめぎ合いになれば押し勝てるが、相手の腕が纏っている瘴気は最優先で警戒しなければならない。

 わちゃわちゃと局所的にあつまる偽腕を全て把握して、捌き続ける。頭いてぇ……。こころなしか、相手の腕の管理操作が追いついていない風なことも幸いして、なんとか対処する。


 走る俺。【バーストエッジ】が飛んでくる。偽腕で斬り払い、回復したMPで爆風を生み出し余波を迎撃する。更に飛んでくる。迎撃、飛んでくる、迎撃、飛んでくる、


「あ、MP尽きた」


 勢いよく吹き飛ばされる俺。スタート地点よりも離れてしまった。『偽腕』をリカバリーに走らせるが、間に合わない。

 心臓の位置でガラスが弾け、【不屈の執念】が発動する。


 なんとか剣を地面に突き刺して勢いを殺すと、目の前に迫るのは五十本分の【バーストエッジ】の追撃。両手の剣を振るうも、結局なすすべなく、更に吹き飛ばされる。【神樹の癒し】が発動した。


 凄まじい勢いで風を切る我が身。そして空中で【危機把握】がキャッチしたのは、三回目の三十本複撃統合100%【斬駆】だった――――



 迫りくる三十本の刃は、死の恐怖を塗り固めたような紅い壁となる。そのたった一つの交点で、落下を続けることも許されず、俺は紅い刃に呑みこまれた。



【――】



 空を薙ぎ、そのまま地面に喰らいつく長大な刃。轟音。

 まるでそこに障害など何も無いかのように、あっさりと床を切り裂き、人工的に地の裂け目を作る。地獄まで続いていそうな、深く暗い亀裂が何十本も大理石の上を走った。



 石造りの床の下は、普通に土だったのだろう。

 もうもうと土埃が立ち、裂け目から噴出する。



 玉座の間っぽい空間を盛大に破壊するその所業は、まさに魔王的だ。



 その様子をちらと認識しながら――――



 俺は、『俺』の背中に剣を突き刺した。




 ――――【死返し】。




『俺』の身体から赤い棘が何本も飛び出して、彼の心臓ではガラスのようなエフェクトが砕け散った。彼の身体にも、黒い鎖が絡み付く。


「……ん?」


 先ほどの攻撃の威力が、そっくりそのまま上乗せされた一撃が、あっさりと『俺』を貫くことに少しばかり違和感を覚える。


『俺』は確かに、【死返し】を【危機把握】で察知していたはずだ。証拠に、俺が背後に転移した瞬間、彼は〝その右手に持った剣を、俺に向けようとした〟。


 考えて、違和感の正体を得る。


 ……なるほど。これが確かなら、俺は……


 俺はこの目の前の『俺』に勝利する算段を付けて、




 とりあえず今は、瘴気に絡みつかれて死に戻ることにした。


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