第百四十五話 チョコレート戦争のお話⑥
よし、書けた…
プレイヤーの第二陣を【斬駆】の一撃で葬り去った後。
「……って、ん? エリザ、それ……」
俺はエリザの手首に、何やら奇妙なブレスレットを見つけて、思わず声をあげる。
黒と透明の石が混ざり合ってできたような、不思議な意匠のブレスレットだった。
「へ? なにかしら」
「そのブレスレット……朝もしてたっけ?」
指さし尋ねると、エリザは自分の手首をちらっと見やる。
「ああ……えっと、この変なイベントが始まるちょっと前にね、」
「変なイベントて……いやまあ、変か。悪い、続けてくれ」
「……えと、ヤタガラスがうちのギルドホームに駆けこんで来たのよ。それでこの腕輪を渡しながら、『早く九の字のところへ行くんだ! この腕輪をつけて! 急いで! ハーリー! 間に合わなくなっても知らんぞー!』とかいって、すごい剣幕で詰め寄るものだから……。その、クノのことがやっぱり心配になっちゃって、促されるままにコレをつけて貴方の所にきた訳なのだけれど」
……目に浮かぶなぁ。
マシンガントークでエリザを圧倒しながら、有無を言わせず勢いだけで彼女を従わせるヤタガラスの姿が。あいつ、無駄に演技力高いし。……ギルティ。
「……あの時は慌てていてよく確認もしなかったけれど。よく考えてみれば、なんなのかしらね、これ」
エリザが首を傾げながら装備欄を見て、そして驚いたような顔になる。
「……あら? 装備詳細が見れないわ」
「なにだそれ。怪しすぎるだろ」
「んー……呪具の類かしら。偶にあるのよね、特殊な手順を踏まないと効果が見えないものとか。……とりあえず不気味だし、外しちゃいましょうか」
まあ、それがいいだろう。そもそもヤタガラスから貰ったものだなんて……怪しいとかそれ以前に、俺が嫌だ。嫉妬の炎でヤタガラスをバーニングバーストしてやるレベル。
エリザは腕輪を外そうとしばらくウインドウと向き合って……そして、額を抑えながら呻いた。
「装備解除不可系の呪具……なんなのよ本当にこれ……」
「……ああー。外せないっていうのはいかにも呪いの装備っぽいよな」
今までありそうでなかったけど。エリザのコレクションの中にも無かった気がする。
「実際にそんな効果がある呪具は少ないのだけれどね。つまりは【解呪師】の力で呪い自体を解かないといけない訳ね……仕方ないわ、これに関してはあとにして……」
「いや、駄目だ」
……真面目な話、ヤタガラスが用意した罠という線が濃厚である。
俺があえて【危機把握】の範囲から外しているエリザに罠を仕込むとか、あいつのやりそうなことだしなぁ。
……あいつは少なくとも、俺がエリザのことを大事に思っていることは気付いてるだろうし。
というか、エリザが俺の好みにドンピシャすぎるってのもあるんだが。
ほら、よく男子同士で話すだろ、自分の好きなタイプとか。つまり非常に遺憾ながら、俺とヤタガラスも戯れにそんなことを語り合ったこともあるのだ。……あの時はまだ、ヤタガラスも普通の皮を被っていた……ちなみにヤタガラスの好みはまんまクリスだった。あいつシスコンすぎるだろ。
せこいずるいうざい、の三拍子がキャッチフレーズのヤタガラスのことだ。今回も、偶々気付かなかったらこれはそのままだっただろうし。やはりあなどれないな。
と、言う訳で。
「エリザ、ちょっと手を借りるぞ」
エリザのすべすべとした白魚のようなお手を拝借して、右手首に付いている腕輪をじっと見つめる。
「ひゃっ……」
装備詳細が見られない? ハッ、関係ないね。
『《呪具》双白黒蛇の腕輪(雌)』
『《呪具》双白黒蛇の腕輪(雄)』の耐久力が0になった場合、この装備の耐久力も0となる
この装備の耐久力が上記の効果により0になった場合、一定範囲に『憤激の爆風』を発生させる
この装備は女性キャラクターにしか装備できず、この装備は男性キャラクターの手によってのみ解除される
俺の【危機把握】にかかればこんなもんだ!
……ん、いや、うん。
正直うまくいくかどうか分からなかったが、【危機把握】有能すぎるだろ……。装備詳細閲覧不可もなんのそのとか、なんつーぶっ壊れ性能。神の目かなんかなの?
まあ、いいや。別にそれで不都合がある訳でも無し。
とりあえず外すには……俺が外せばいいのか?
普通装備の変更なんかは全部ウインドウでやるものだが……。
「よっ」
まあものはためしと言う事で、『双白黒蛇の腕輪(雌)』を持ってエリザの手のひら側に滑らせてみた。
「んっ」
くすぐったかったのだろうか、エリザが小さく声を上げる。
やめて。無駄に色っぽい声出さないで。
俺がエリザに心を乱されたこと以外は特に何も問題は無く。形状的に抜けないんじゃないかと思われた『双白黒蛇の腕輪(雌)』も、何故かすぽんと抜くことが出来た。
「……あ。外れたわね。どうやったの?」
「ん、えっとだな」
さっき【危機把握】で得た腕輪の情報をエリザに話す。
というか、それで情報を得られたこと自体にエリザは驚いていたようだが。
「あいかわらず理不尽ね貴方は……。それで、これはどうするのかしら?」
「んーどうしよっかなぁ」
ヤタガラスの作戦としては恐らく、この『双白黒蛇の腕輪(雌)』の効果の『憤激の爆風』とやらでエリザごと俺を攻撃しようとしたんだろう。……それが俺に通ると、ヤタガラスが思っているとすれば。俺はあいつに、【不屈の執念】【神樹の癒し】という盾を剥がされることになる。しかしそれでも、俺を倒すには足りない。ならばあいつはどうするのか……
あいつの性格を考えればきっと、最後の最後は自分で美味しい所を持っていこうとするのだろう。
この腕輪の効果を発動させた後に、ヤタガラスは自ら攻撃を仕掛けてくる可能性が高い。
と、すれば……ふむ。
あいつを倒す算段はたった。後はエリザをどうするかだが……
まあ最終的にヤタガラス一人にすれば、いいだろ。
懸念されるのは死に戻った奴らが再び戦場に戻って来ることだが……デスペナ期間中に全部終わらせれば問題は無いか。
ん……よし。
「これは俺が持っとくよ」
装備は出来ないけど、ただ持つだけならできる。アクセサリというカテゴリ自体に装備制限はないからな。適当にポケットにでも突っ込んどくか。
「……危ないものなら、いっそ遠くに投げるとかどうかしら」
「それも考えたけど……なんか、面白くないし。ヤタガラスを誘うのであれば、俺が持っておくのがいいんだよ」
「ん……そう。貴方がそういうのなら、いいのだけれど」
「まあ何も心配しなくていい。エリザのお陰で、俺は今最高に調子が良いからな」
そう言って彼女に笑いかけ……るのは無理なので、代わりに彼女の頭をぽんとなでて。
俺は『偽腕』に意識を移して、地と空を穿った。
バキィィィン――
いくつもの魔法陣が壊れる音がして、大規模な魔法の行使がキャンセルされる。
範囲魔法攻撃か……今の俺には、ただのでかい的だ。
「……あの、本体と『腕』でやってることが違い過ぎないかしら」
「ギャップ萌えというやつだ」
「絶対違うと思うの……」
エリザと他愛無い話をしながら、意識は戦闘モードから切り替えない。
そして、
「……ん、次は遠距離部隊かな? 捻りが無さ過ぎてつまらん」
「あの人数でもつまらんで切り捨てるのね……まあ、貴方にとっては敵の数なんてあまり問題ではないのでしょうけど」
「いや、あんまり多すぎるのは俺もきついぞ? まあそれでも燃えるが」
むしろこの戦いはそれが欲しかったんだけどなあ。
ヤタガラスとやり合うのは良いんだが、アイツが司令塔として張り切り過ぎてるせいか、いまいちあっち側のお行儀が良い。もっと武骨にぶつかって来てくれてもいいのになー。
なんてことを考えながら、向かって来た魔法や矢に向かって、『偽腕』からナイフを投射する。
全てを捉えることは難しいが、それでもそのほとんどを打ち落とせる。
あとは適当に残った物を処理して終了だ。くっはははは! ……え、単純すぎてホントつまらん。敵はというと、こっちの投げたナイフの雨に打たれて、全滅したようだ。ありゃ、やりすぎたか。
これで残りのあっちのプレイヤーは……ん……百三十人くらいか?
俺が敵のあっちの戦力を概算していると、一際大きな鬨の声が上がる。
見る。敵の数を数える。
なんと、残りの戦力が一斉にこちらに向かってくるではないか。
あ? ……全部……だよな?
あっちの正確な総数は分からないが、もう他に別働隊がある訳でもなさそうだし……てか、この荒野のフィールドは奇襲とかに全く向かない。更にいうなら、その作戦は俺に限って言えば全く通用しない。
じゃあ本当に、これで最後……ということは。
あいつがしかけるなら、このタイミングということか。
――――効果の発動を、【危機把握】で予知する。
すかさずポケットから『双白黒蛇の腕輪(雌)』を取り出し、
「エリザ、下がれ!」
街の方に向かって、軽く放った。
次の瞬間。
カッ!
眩しい光が瞬き、視界が白と黒に覆われる。
一番心配だったのは、エリザが巻き込まれていないかどうかだが、大丈夫そうだな……
流石、俺よりAgiが高いだけあるわ……
視界が暗転し、次の瞬間には俺の足元には紅い魔法陣が展開していた。
【神樹の癒し】――――俺のHPが0になった時、俺はHP1で復活する。
白い爆発が収まると、俺は先ほどと変わらない状態でそこに立っていて。
――そんな俺に、大量のプレイヤーが押し寄せる。【斬駆】。全て消し去る――
白い粒子が吹き荒れて、本日二度目の光景だ。
流れるようにこの工程を繰り返す。
ヤタガラスは、これが俺にとって隙になると思っているのだろうか。
……流石のあいつでも、思っているのだろう。
だから、ほら。
街の方を見る。【危機把握】が俺を害するものの居場所を教えてくれる。
向かって来たのは、小さな弾丸だった。
――――敵はもう、ヤタガラスのみ。
「【死返し】」
呟くのは、文字通り血反吐を吐きながら習得した俺のとっておきだ。
まあ血反吐を吐くというか、口以外のいろんなところからも血を吐いてたけど。やだ怖い。
俺はあいつの所まで瞬く間に移動して、
この戦いに、終止符を打つのだった。
……今度ヤタガラスに、ハリネズミのコスプレでもさせてやるかな。意外と似合ってた。