第百四十四話 チョコレート戦争のお話⑤
思考が戦闘用に、完全に切り替わる。
さて。じゃあ。
始めよう。
――――街の方からプレイヤーが近づいてくるのが手に取るように分かる。
数はぴったり百。先ほどと同じような編成だが、違う点が一つ。
魔法だ。
こちらに向かってくるプレイヤーの一団の一部――百人中十人――は、同じ魔法の効果を受けていた。
その名も――いや、【危機把握】でもまだ発動していない魔法の固有名称までは分からないか。
その効果から仮に、『自爆』とでも呼ぼう。属性は火属性と土属性、それと……晶属性? 聞いたことの無い属性だな。
もっと深くまで、視てみる。極大まで増加した感知能力が、未知の魔法をつまびらかにしていく。
効果は名付けた通り。正に人間爆弾だ。プレイヤーを運び手として、遠隔操作で魔法を起動させるらしい。神風特攻という奴だ。
先ほどの結果を踏まえて、ついにプレイヤーを捨て駒的に使って来たらしい。カムフラージュの歩兵と、本命の爆弾。どうせ死ぬのなら、なんて思っているのだろうか。たしかに爆発系は、脅威ではある。
……魔法陣の位置は、使い手側にあるのか。まるで射出系の魔法のようだ。三属性も混ざった魔法となると、いろいろと変則的だな。
つまりこれを攻略するには……
簡単なことだ。
魔法の有効範囲外から、敵を殲滅すれば良いわけだ。
爆発の規模は……あー……およそ五メートルから十メートルといったところか。
これなら余裕だな。
距離を測って、タイミングを待つ。
プレイヤーの雄叫びが大きくなってきたが、気にならない。
「【惨劇の茜攻】〝彼の者に強き力を与えよ〟『筋力強化』。〝彼の者に更なる力を与えよ〟『筋力重加』。【斬駆】」
MPの百パーセントを使って、【斬駆】を放つ。
百人のプレイヤーは、右翼と左翼に分かれて俺を包み込むように迫って来ていた。
横に広い陣形だ。だが、甘い。万全を期すなら、もう少し広がるべきだった。数で押すにも、戦力を小出しにして長期戦に持ちこむにも、中途半端な形。
自爆特攻作戦が本命だからだろうか。
これでは倒してくださいと言っているようなものだ。
だから遠慮なく、刈りとった。
――――空気が軋み、震える。
黒剣から伸びた赤黒い刃が、獲物を飲みこむ巨大な顎のように両側から一斉にプレイヤー達に迫った。
触れた者を容赦なく切り刻み消し飛ばすそれは、薄い刃が幾層にも重なり組み上げられ、プレイヤー達を逃がさない程の高さと密度を持たせてある。
左右に二十本ずつ、計四十本の剣から放たれた五十メートル級の【斬駆】は、プレイヤーの波をあっという間に平らげてしまった。
そして最後に、中央でぽかんとした一人のプレイヤーで綺麗に重なり、彼を横に細切れにして紅い顎はその役目を終えた。
紅い刃が通った後を一瞬遅れて荒野の風が吹き抜け、プレイヤー達の残滓を散らしていく。
一撃にして百人ものプレイヤーが消滅したのだ。
視界を覆わんばかりの白い粒子が、目に痛いくらいだった。
「こんなもんか」
……これで敵の残りは、三百くらいか。
さて、じゃあ次は何がでてくるのか。
見せてくれよ、ヤタガラス。
……思わず笑い声を上げる俺の後ろでは、エリザが額に手を突きながらも、MPポーションを差し出してくれていた。ありがたや。
と、その時。
ふと、重力に従い下がったエリザの袖口に、光るものが見える。
「……って、ん? エリザ、それ……」
―――
「……ちょ、まじっすか」
状況を観察するヤタガラスの目の前で今、信じられないことが起こった。
彼はそれが本当であることを確かめるようにぐいぐいと目を擦り、もう一度望遠鏡を覗きこむ。
レンズの向こうにあったのは、クノの姿を視認するのも難しくなるほどの、大量の白い粒子だった。
「……いやいやいや。いくらなんでも……いや……おいぃぃ」
ヤタガラスの次なる作戦は、クノの考えた通り自爆特攻だった。
第一陣とクノとの戦闘を踏まえると、彼らがクノに接近出来た距離は六メートルから八メートル。
ヤタガラスの魔法『リーサルボム』は、元々火属性と土属性だった爆発魔法を、彼の持つ希少属性魔法スキルである【晶属性魔法】でカスタマイズしたものだ。
この晶属性は、他の属性の魔法と組み合わせることで様々な効果を発揮させることができる、特殊な属性である。ヤタガラスは今回これを用いて、魔法のカテゴリを射出魔法にして魔法陣を手元に置き、更に遠隔操作性を持たせた。
「ちょ……この魔法作るの、めちゃ大変だったんですけど! さっきドヤ顔で『僕の策士っぷり、とくとご覧あれ!』とか決め台詞っちゃったんですけど!」
『……格好良かったですよ』
ふわふわと浮く水晶玉から、渋めの男の声が聞こえる。
そんななぐさめはいらん。そう心の中でつっこみながら、ヤタガラスは考える。
「……なんだ、何が駄目だった……まさか、九の字の感知能力はどちらかというと解析系……? 事前に魔法の存在を知らなければ、前回と同じ規模だし同じように戦うはずだよにゃー。九の字反復繰り返しが好きだし……っあー、あー。まじか。まじかよ……」
ヤタガラスの手には望遠鏡の他に『リーサルボム』の射出元となった、結晶でできたグレネードランチャーが握られていた。そしてその銃口の周りには、十の数の起動用魔法陣。
ちらとそれらを見やり、魔法陣が全て機能停止していることを確認するとヤタガラスはグレネードランチャ―をぽいっと脇へ放った。
「……ここで仕留められなかったとすると、後は……」
ヤタガラスは瞑目する。
クノに勝てるとすればそれは、彼の弱点を徹底的についていくしかない。
彼の一番の弱点は、その防御力の貧弱さだ。
更にいうなら、彼は好き好んで自らHPを1にしている。
たとえ威力の弱い攻撃でも、当たりさえすれば確殺できるだろう。
そうなると彼を倒す時に真っ先に候補に挙がるのは、魔法による範囲攻撃だ。
相手が避けられない広い範囲に魔法を打ち込めばいい。ヤタガラス側討伐隊は人数が揃っているため、複数人で魔法を打ち込めば、すぐにでも方が付く。
――――あの黒い腕と、馬鹿げた感知能力さえなければ。
ヤタガラスは苦々しげに唇をかみしめる。
「やっぱそこなんだよなー……」
範囲魔法……例えば竜巻を起こしたり、巨大な水柱を出現させたり、大規模な爆発を起こしたり、空から雷撃を降らせたり、地面から無数の針を飛びださせたり。
そういった広範囲に効果の及ぶ魔法は、単体攻撃に使用される射出系魔法と呼ばれる魔法とは、種類が違う。その大きな違いの一つは、魔法発動時の魔法陣の出現位置だ。
射出系魔法は、術者の手元に魔法陣が展開し、そこから魔法が射出される。
しかし範囲魔法は対象の範囲を覆うように巨大な魔法陣が空や地面に展開され、そこから魔法が発生する。
そして魔法は、その魔法の威力を超える威力の攻撃によって魔法陣を壊されると発動しない。
つまりクノの近くに魔法陣の出現する範囲魔法は、クノ自身の攻撃力と手数の多さを考えると、幾ら複数人で使おうが実質的に機能しなくなるのだ。
「……こんな風にねー」
ヤタガラスは指示を出していた魔法使いの部隊が、クノの居る地点に広範囲魔法を重ねるのを確認した。
そして空と地面に大きな魔法陣が重なって出現した瞬間、それは上に向かって投擲された剣と、地面に突き立てられた剣によって機能を失った。
『……やはり失敗です』
ふわふわと浮かぶ水晶玉からは、苦々しげな声が聞こえる。
この討伐隊を組織したプレイヤーだ。ヤタガラスを参謀と仰いでいる。
「ですよねー……はあ。じゃあ次ー」
だからヤタガラスは先ほど、射出系魔法でかつ広範囲を攻撃できるというある意味反則技のような魔法を使用した。その結果は芳しくなかったが。
また、単純に射出系魔法や矢で弾幕を張るという方法も有効的でない。
ここに立ちふさがるのもやはり黒い腕と感知能力だ。
弾幕と言うのは大量に攻撃を放って相手の逃げ場を無くし、攻撃を当てやすくするものだ。
しかしクノを相手にする場合、相手は端から逃げるということを考えていない。
攻撃の軌道を精密に予測し、大量の腕でピンポイントに弾幕を凌いでしまう。
それに【バーストエッジ】という矢避けもあることを考えると、単純な物量で競り勝てる相手でも無い。
そもそも、相手にもナイフ投げというでたらめな遠距離攻撃があるのだ。ヤタガラスはいつぞやの闘技場を思い出して、身震いした。
そんなヤタガラスの下では、先ほどの魔法使いの部隊に弓手を混ぜた部隊が、門を出発する所だった。
クノの居る場所までは、門から五百メートルほどある。なにせフィールドの真ん中だ。
だから射出系魔法や弓矢は、門の近くからでは届かない。位置の視認さえできれば距離は関係ない広範囲魔法とは違うのだ。
ちなみに魔法使いの部隊はお揃いのモノクルをかけていて、これでクノを捕捉していた。
ヤタガラスの望遠鏡の、下位互換といった代物だ。
クノと遠距離攻撃部隊との差が百メートルほどになった時、戦火が交えられた。
遠距離攻撃部隊からは炎や雷の玉、大量の矢がクノに向かって放たれる。
一方彼からは、大量のナイフが返ってきた。
空を埋め尽くす魔法や弓矢に負けず劣らない数の、小さな黒い刃物。
それらは途中でぶつかり。そして当然のように状況は黒の軍勢に傾いた。
降り注ぐナイフに逃げまどう遠距離攻撃部隊のプレイヤー達。
触れただけでHPを根こそぎ持っていく小さな凶器は、次々にプレイヤー達を葬り去っていく。
一方クノはというと、ナイフで相殺しきれなかった魔法や弓矢を、悠々と黒い腕を振るって撃ち落としていた。
『失敗d「うぇーい。知ってる。」……どうなされますか』
「ぬいぬい。知ってるっつーか、知ってた。こんだけ人数揃えれば一発くらいはとも思ったけどなあ。鬼かあいつ」
『まさか、魔王がこれほどまでに強大な力を有していたとは……』
渋めの男の声は、不味い奴に喧嘩を売ってしまった、と今更ながらに後悔しているようだった。
「そーすっと後は、毒ガス攻撃とか……いや、吹き散らされて終わるか。弾幕とあんま変わらんぬ……アイテム系……火炎瓶とか? んー……数がなぁ。あのナイフの前じゃどうしようもにゃー」
『……生産系プレイヤーをあまり引きこめなかったのはやはり痛かったですか』
「そうなー。まあ爆発系の投擲アイテム自体、魔法系スキルと生産系スキルの混合だし、作れるプレイヤーの絶対数が少ないのよねー。これはしゃーなしでしょ」
まあ数を揃えられても、どうにかなる気はしないけど。
ヤタガラスはガリガリと頭を掻いて、そして一つ頷く。
「……かぁー、やっぱ正攻法じゃ無理か。もうちょいレベルが上がれば、なんか使えそうなギミックもあるかもしんないけど、今の時点じゃにゃあ……しゃーなし。やっぱ、あれしかないか」
『はあ……あれ、ですか』
ゲームの仕様だけでまともにやり合っても勝てない相手がいるというのは、どうなんだ。
ヤタガラスはこのゲームのバランスを考えた奴に一言文句が言いたかった。
もっとこう……クノだけに厳しいシステムを導入すべきだ。あいつ人間じゃないから。人間用の仕様じゃ生ぬるすぎるんだって。
テルミナススタァ・オンライン。過去にやっていたゲームでのあれやこれやも一緒に思いだして、彼は顔をしかめた。
本物の人外というものはいるものだ。
それをヤタガラスはこの一年以上で嫌と言うほど見せつけられている。
だから。
だからゲーム内の仕様だけで勝てないのなら。
ゲーム外から、勝てる要素を引っ張ってくればいい。
「ごめんね、エリザちゃん」
『エリザ……そういえば魔王の嫁とか巷で噂ですよね。黒薔薇の姫』
「ん。そうそう。まあその噂は僕が流したんだけど!」
ふん、と胸を張るヤタガラス。
勿論、威張るようなところではなかった。
『……は、はあ。そういえば今回の作戦の前に、黒薔薇にコンタクトをとられておりましたな。その黒薔薇は魔王と合流したようですが。……殺すなという指示もありましたし、何か考えがおありなのですか、虹の魔道士殿?』
戸惑ったように男が尋ねる。
「まあね。……これまで見てきたクノの感知能力なら、もうタネが割れてても不思議じゃないんだけど。でもそれはあくまで、能力だけを見れば。まあ、クノの性格を考えるならまだいけるでしょ。なんだかんだいって身内に甘いというか、警戒心が緩いからね」
『と、言いますと?』
「んーんっふっふっ! それは見てからのお楽しみなのよ。まあ大したことはしてないけど。でも多分、これがクノにとって最も効果的なんじゃないかなー」
まともにやってどんな攻撃も通用しないならば、まともにやらなければいい。
戦いは始まる前に既に終わっていたのだよ!
「後詰めのプレイヤーさん達は、全員突っ込んで」
『は、しかし……』
「いいからいいから。この後僕が隙を作る。そしたら一気に押し込んで、僕らの勝ちだ」
『……了解しました。総員、突撃します』
ヤタガラスは門の上から望遠鏡越しに黒衣の魔王と姫を見つめる。
そしてインベントリから、長大な銃を取り出した。
門の上に固定して、最後に望遠鏡をスコープのように取り付ける。
ところでヤタガラスの妹、クリスティーナの武器は『IWO』の武器の中でも特殊で、『銃』だ。
ヤタガラスは妹の武器を解析し、晶属性魔法の『物体創造』で銃のまがい物を作りだした。晶属性魔法は実に応用の幅が広く、生産系の真似ごともできるのだ。
七属性の属性魔法の保持という厳しい前提条件は、伊達では無かった。
クノの『偽腕』に近しいポテンシャルを秘めた、使い手次第では本当に凶悪な代物である。
結晶でできた銃は、発射時の威力に耐えきれずに一発撃っただけで粉々に砕けてしまう。
でも、それで十分だった。
「まあ、ラストアタックは僕がもらうけどねん」
門の下では、残ったプレイヤー達が一斉にクノに向かって進軍していた。
更にインベントリを操作して、ヤタガラスは一つのアクセサリを取り出す。
黒と透明の石が混ざり合ってできたような、不思議な意匠のブレスレットだった。
そしてそれを宙に放り投げ、
「……『炎球』」
炎属性の初級魔法で、打ち砕いた。
砕かれたブレスレットは、ギィィィイイイン――と不思議な金属音を響かせてから消滅する。
「――――『双白黒蛇の腕輪』。ジャヴォックも妙な呪具作ったもんだよね」
腕輪の消滅を確認したヤタガラス。
そして再びスコープを覗いた先。先ほどまでクノ達が居た場所では、丁度黒い電光を纏った白い球状の力場が発生していた。
「まあ、これで最後の盾は破ったかな。あとはもう一撃与えるだけ、っと」
白い力場が収まった後には、クノと、エリザ。その足元には赤黒い魔法陣が展開しており、それもすぐに掻き消えた。
クノの、『神樹の癒し』だ。これでクノの『残機』はゼロになった。
そこに討伐部隊が殺到していく。
「……さて、じゃあクノが"最愛の人の死"と歩兵部隊に気を取られてるうちに!」
ヤタガラスはスコープを覗きこみ、クノを表示させたレティクルに捉える。
スコープの向こうでは、周囲の黒い腕から紅い刃を繰り出すクノの姿。
それは先の光景の再現で、突撃していったプレイヤー達はなすすべもなく刈り取られていく。
「歩兵さんは全滅かにゃ? まあどうでもいいけど。
じゃあ、終わり……」
ヤタガラスの指が、引き金を引いて――――
「――――って、あれ? なんでエリザちゃんがいるの?」
その疑問を口にした時にはもう、引き金を引いた後で。
弾丸は真っすぐクノに向かっていく。
スコープの向こう側では魔王が、ヤタガラスの方をじっと見据えて立っていて。
そして次の瞬間。
その姿が、唐突にふっと掻き消えた。
「……え?」
ヤタガラスの腹部に、鈍い痛み。
咄嗟に振り向くとそこには、冷たい目をした魔王が居て。
「まあ、楽しかった」
そんなことを聞いた、次の瞬間。
ヤタガラスの身体は、内側からまるでザクロの実のようにはじけ飛んだ。
10/5 若干加筆