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第百四十三話 チョコレート戦争のお話④

 

「……さてエリザ。じゃあ改めてお願いなんだが」

「……」


 ひとしきり戦闘の余韻を味わったので、来るであろう第二波に備えて準備だ。

 両手の剣を地面に突き刺す。


 何故か半笑いで引き気味というエリザさんの姿にちょっと傷つきながら、俺は先ほどのお願いの真意を話す。っていうか一応エリザを守ったような形だし、なんか良い反応があるかなーとか少し期待したんですが。そうですか、引かれますか。ヤタガラスのアホが戦犯なのはそれとして、元はと言えば巻き込んだ元凶は俺だしね。仕方ないね。はぁ……


「……っつーことで、〝復讐者〟の発動条件を満たすために協力してくれませんか」


 エリザに向かって手を合わせる。

 このゲーム、【バーストエッジ】の爆風の判定とか見てても分かると思うけど、所謂自傷・自殺行為が出来ない。【狂蝕の烈攻】みたいなのはHPを削るスキルだけど、これにしたってHPが0にはならないしな。


 まあさっきの戦闘で、〝復讐者〟を使わなくても火力は十分だってことは分かってるんだが……折角だしな。


「また厄介な称号だこと……もう、びっくりしたじゃない」

「いやすまん、言葉が足りなかったよな。ごめんなさい」

「まあ、いいけれど」


 エリザが呆れ顔で、自らの得物である弓を実体化させる。黒い蔓が絡み合ったような、気品漂う立派な弓だ。こころなし、俺の『黒蓮』とモチーフが似ている。


「じゃ、じゃあいくわよ?」

「お、おう」


 エリザが遠慮がちに弓に矢をつがえて、上目遣いでこちらを見てくる。

 そんな目で見られると、こっちまでどきどきしてくるんだけど……。


 エリザが一歩二歩と、俺から距離を取る。

 二メートルくらい下がった。


 矢がぴたりと俺の胸に向けられて、しばしその状態でお互い固まる。エリザの瞳が不安げに揺れているのが見えた。俺は努めて優しい声音で、後押しをする。


「さぁエリザ、いいよ。早く俺を、殺してくれ」


 そして言ってから気付くが、これじゃあ俺はただの変態じゃなかろうか。愛する人に殺されることを至上とする、極めてレベルと犯罪性の高い変態だ。変態・オブ・ザ・デッドだ。あれ、エリザならそれも悪くないと心の隅っこで思ってしまう俺は、ひょっとしてもう駄目なんだろうか。彼女のためなら命をかけられる、そんな男らしさの現れだと思いたい。


 しかし言ってしまった言葉は戻らないので、俺はじっとエリザの反応を待つ。


「……えっと、それじゃあ、いくわね」


 もじもじとしていたエリザだが、俺の言葉で覚悟を固めたようで、ひと思いに張りつめた弦を離した。

 ピィン、と弦の振動が聞こえて俺の胸の中心に伝わる軽い衝撃。俺のHPは瞬く間に0になって、そして『蘇生石』の効果によって1に戻った。


 同時に、虚空から生えてきた黒い鎖が俺の手足に絡みついていく。矢を放った姿勢のままそれを見るエリザはなにやら興味深そうにふむ、と頷いた。


「……なかなか洒落た装飾ね。服の雰囲気にもぴったりだわ。確か、サバイバルの時にも一度出していたかしら」

「ああ、千怨神樹な。そういやあの二泊三日は動画になってたっけか」

「ええ。あとは……一度、感知系のスキルがどうとか言ってギルドホームに帰ってきた時にもあったわね。あの時は本当に心配したんだから」


【危機把握】を使いこなしてる時か。そういえば、混乱していてわからなかったがあの時にも〝復讐者〟は発動していたのだろう。……エリザには心配をかけたようで、申し訳ない。申し訳ないので、未だに離れたままの彼女に一足飛びで近づいて頭を撫でてやると、「むー」と唸りながらも顔を緩ませる彼女だった。よーしよしよし。


 可愛いなあ。


 そうやって、俺が思わずここが戦場だという事を忘れてしまいそうになった時だった。


「――――ッ!」


 周囲に無数にあった、水と風属性の機雷魔法。

 それがタイミングを測ったかのように、一斉に魔法陣を展開した。


 一瞬のうちに空間を埋め尽くす、青緑色の魔法陣。効果は、起点から螺旋の槍が飛び出すというニードルトラップだ。発動すれば、俺もエリザもひとたまりもないだろう。


 だから俺は、次の瞬間には『偽腕』にナイフを掴ませて魔法陣目掛けて投げつけた。


 次々と破壊され、機能を失い空気に溶けていく魔法陣。


 ヤタガラス……、ああ、なるほど。エリザを送ったのはこういう意味があった訳。流石といったところか。


 今のはちょっと焦った。完全に意識の隙間を突かれていたし、間に合わなかったらと少し冷や冷やした。


 でも、良かった。

 エリザを守れて、本当に良かった。


 ――――パリィン


 俺の左胸で、ガラスが砕け散るようなエフェクトが弾ける。

 目の前でそれを見たエリザは、目を大きく見開いていた。


 いやホント、流石だよヤタガラス。人の隙をついて嫌がらせをすることに関しては、上を行くものはいないだろう。




 ……俺は後ろ手で掴んだ水の槍を、グシャリと握りつぶす。

 勢いを殺された魔法は水しぶきを上げ、役目を終えたとばかりに消えた。


 いくら俺でも、魔法陣の起動を感知すると同時にその全ての場所を正確に把握してナイフを投げるのは、困難だった。

 戦闘中なら常に位置を捕捉していたんだが……こちとら今はエリザタイムだったんだぞ! 畜生、邪魔しやがってあんの野郎。


 俺はさっきの一瞬で、魔法陣の捕捉は諦めた。意識の切り替えが追いつかなかった。


 だから、記憶の中の魔法陣の位置に、ナイフを投げつけたのだ。しかしいかんせん、数が多かったようで。撃ち漏らした一つが俺とエリザを貫くコースを取っていたので、この様というわけだ。


 せめて剣で払えば良かったんだが……エリザと共に移動したせいで、俺の剣は二メートルほど後方にあった。剣を手元に寄せるには、一旦消して、再度出現させなければいけない状況だった。こういうのも見越していたんだろうか、あいつは。

 多分、見越していたんだろうなぁ。


 恐らく魔法陣の起動タイミングも、俺が『蘇生石』を使った後と決めていたはずだ。


 俺が〝復讐者〟を使う姿は、動画に収められている。そして俺は、不本意ながらあいつとはそこそこ長い付き合いになっている。

 ヤタガラスのことだ。おそらく俺の行動は、ある程度読まれているのだろう。あの人を食った様な男の恐ろしい所は。俺が警戒する所以は。こういう所なのだ。ふざけた言動をしているくせに、無駄に頭が良いというかなんというか……


 ……まずは、一つ。俺の『残機』が減らされてしまった。


 でも、そうじゃなきゃなぁ。


「そうじゃなきゃ、面白くない」


 後方の剣を手元に出現させる。両手で握り心地を確かめる。


「クノ……?」


 エリザが心配気な目で見てくる。

 そんな彼女の頭を、俺はもう撫でてやれなかった。

 代わりに、言葉をかける。


「安心しろ、エリザ。今のはちょっと油断しただけだ。もう同じ轍は踏まないし、勿論エリザを傷つけなんてさせないよ」

「……私が心配しているのは、私自身じゃなくて貴方なのだけれど……。や、やっぱり、私は邪魔になるみたいだし、ギルドホームに戻るわね。今は敵もいないみたいだし、」


 申し訳なさそうに目を伏せるエリザ。

 現在もまだ、戦闘状態は継続している。だから街に戻るなら、『帰巣符』ではなく歩いていかなければならない。でも、


「そういう訳にも行かないみたいだけどな」


 たった今、街を第二陣が出発したようだ。

 小さく怒号が聞こえてきて、エリザははっと振り向いた。


「で、でも……私が居ると、貴方が全力を出せないのよ? だったら……いっそ、このまま出ていってあいつらに倒されて「駄目だ」……ふぇ?」


 言葉を途中で遮られて、ふぇ? とか言っちゃうエリザさんきゃわわ。

 ……じゃねぇな。

 それはともかく、エリザがあいつらに倒されるなんて許せない。


「俺がいるんだ。……エリザは誰にも、傷つけさせねぇよ」


 他のプレイヤーがエリザのやわ肌に傷を付けるだなんて、万死に値する。そう、万死だ。一万回殺し尽しても、まだ足りないくらいだ。想像するだけで腸が煮えくりかえる。


 これが……焼きもちというものなのだろうか?


「ふはははは……」

「ちょ、ちょっと、クノ?」


 何故だか知らないが、焼きもちでは無い気がした。

 まあいいや、なんでも。とにかく俺が嫌だってことだ。


「だからエリザ。何があっても、俺の傍に居ろ」

「……え」

「何度でも言おう。エリザは絶対に、俺が守るよ」


 気障ったらしくても、そう告げておく。


 ……この先ずっと、何があっても――


 俺はふいに、メイドさんの言葉を思い出す。『俺とは付き合えない』といった、エリザの……近衛理紗の顔を、思いだす。


 ――例えそれが、現実リアルの脅威であろうとも。




 ―――




「……ちぇー。これにも反応してくるのかよ。

 大きな攻勢が終わった安堵。一つ準備が終わった後に生じる隙。剣から離れるというのは大きな油断を示している。そして、好きな人・・・・に触れるという戦闘状態から乖離した安心感の中にあったはずなんだけど。……これだけ重ねても、まだ届かないかぁ。さっすがですわー九の字」


 第三の街の、外門の上。アーチ状になっているそこに腰かけて、ヤタガラスは呟いた。


「準備大変だったんだけどなぁ。つか、流石にあそこまでの感知能力は予想外だったし。なんなら最初にトラップ一斉起動で、あぼーん、みたいなことも考えてたんだけど。ざーんねん。――――いやマジで」


 手にしているのは、レンズが虹色に揺らめく望遠鏡のようなアイテムだ。それを覗いて、遠方の出来事を見ているようだった。


 レンズの向こうでは、クノが水の槍の一つを、素手でつかみ取っていた。


「でもまあ、……まずは一つ、いや二つかな」


 クノの左胸で、ガラスが割れるようなエフェクトが発生する。そんなクノの四肢には、黒い鎖が絡みついていた。

 それを満足げに見つめて、ヤタガラスは傍らに浮いている小さな水晶玉に話しかけた。


「はい、じゃあ第二陣そろそろ出るよ―。エリザちゃんを逃がすといけないからね。万が一でてきたら、適当にふっ飛ばして押し戻してくんさい。くれぐれも殺さないようにねー」

『了解しました! 第二陣、行きます!』


 うっしっしと笑い、また望遠鏡をのぞくヤタガラス。


「さぁてクノ、僕の策士っぷり、とくとご覧あれ。愛しのお姫様と一緒にね」



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