第百四十一話 チョコレート戦争のお話②
「いやお前……何してんの」
え、何。朝六時とか言った? 馬鹿なの?
思わず目の前のミカエルにつっこんだ。
「ヤタガラスさんに言われて、クノさんが出てくるのを、待っててました! 今、ヤタガラスさんにも連絡しますね」
元気よく答えるミカエル。そして、なにやらウインドウを弄って、メールをしたようだ。
そういえば、おびき寄せ役はヤタガラスも担っていたっけか。この場にはいないが。
「ずっとここで?」
「はい!」
「朝の六時から?」
「はい!」
「一人で?」
「はいっ!」
「お前、可哀そうだな……」
「はいっ……って、ええ!? 可哀そう!?」
ぽんぽんとミカエルの肩を叩く。こいつも聞く限りではヤタガラスの被害者らしい。同情する。
流石、傍若無人さにかけては天下一品のヤタガラスさんだぜ。面倒な所は後輩的ポジションに丸投げとか、もういっそそういう風に生きられたら楽しかろうな。代償として、色々失う気もするけど。
俺はひとしきりミカエルを慰めるが、ミカエルは疑問符を浮かべた表情のままだ。
こいつまさか、自覚がないのか……! 素でパシられキャラか……それもある意味幸せかもしれないけど。奴隷の幸福的なね。まあミカエルが何処で誰にパシられてようが焼きそばパンを買わされてようが、俺には関係無いんだけど。
そう思いながらも、一応頭を撫でてやる。
「な、なんですかクノさん。ちょ、ちょっと優しくされたくらいじゃ、僕は揺らぎませんからね!」
「むしろ揺らぐ余地があることにびっくりだよ」
「ジュ、ジュースは一人一本までですからね!」
「何お前、リアル辛いの?」
勇者は混乱している!
いやいらんしジュースとか。どうした。
ミカエルはマントをぶわさぁとやって、指さしポーズで言ってくるが。なんでそこでキメてんだよ。お前の思考回路謎すぎるわ。流石は勇者。勇気のありすぎも問題なのかもしれない。きっと脳内で勇気が謎エネルギーに変換されてるに違いない。心なしぐるぐるお目目のミカエルを見て、そう思った。
「――――おっよー? どしたの勇者クンに九の字。あっちの道に目覚めた?」
「あっちってどっちだよ」
突然場に響く、軽薄な声。
それに条件反射的につっこみをいれながら、俺は声の方を向いた。
「おはろ~九の字。満を持しての、僕・登・場! キラッ☆」
「今すぐ退場させてやろうか」
「や~ん、九の字のいけずぅ」
ただひたすらうざかった。うざいオーラがもはや目視できそう。
今日も平常運転のヤタガラスは、相変わらずニヤニヤと笑みを浮かべて、ゆったりとした足取りで広場の方から歩いてくる。
「あ、ヤタガラスさん。おはようございます!」
「うむ、おはよう勇者クン。待機任務ご苦労だったね」
「はい!」
ミカエルがヤタガラスに駆け寄る。
なんか結構仲がよさそうというか、ミカエルが凄くいいようにあしらわれている。
「何お前ら、知り合いだったの?」
「ん? 何々、九の字は嫉妬してるのかにゃ~? 安心したまえよ少年。僕の親友ポジションは、君一人のものだぜフォーユー!」
「いらねぇなあ、そのポジション。例えるなら一週間分溜まった生ごみレベルのいらなさ。ていうか避けたさ。ミカエルに譲渡してやろう」
ヤタガラスの親友とか、ないわー……。すげぇ大変そう。きっとあいつの後処理で過労死する。実妹であるクリスの苦労がしのばれるなホント。
「え、いいんですか! 僕がヤタガラスさんの親友ポジション!」
なんで嬉しそうなのこの子。将来が心配だわ。
「……素直じゃないなー九の字は。
あ、勇者クン。ちなみに僕の親友を名乗るなら、友達料二千円プラス親友料一万円ね~」
「お金要るんですか!? うぅ~」
「やめてやれよ。……ミカエルも悩むな馬鹿。何お前まじでリアル辛いの?」
こんなのと付き合うと、もっと辛くなるよ?
ていうか早く来いよ保護者。なんでこんなアホの子を野放しにしてるんだ。手遅れになっても知らんぞ。
「……、じゃない。おい質問に答えなさいよ。スルーすんな」
「ん? ああ、僕らが知り合いだったかって? ああいや全然。顔を合わせたのも最近かなー。んでその時に手合わせをお願いされて、なんだかんだでこうなったのさー」
「なんだかんだってなんだよ……」
まあ別に興味もないけど……。
「ふぅー。……んでクノ。いきなり僕とかミカエルが現れても驚かなかったってことは、やっぱり今日の事は知ってるんだね?」
ヤタガラスは急に声のトーンを落として、少し真面目に聞いてきた。
「まあな。公式の掲示板使ってたし……つっても、人に教えて貰うまで気付かなかったけど」
「ああー、九の字は昔から掲示板苦手だったもんね~。まあいいや。気付いてたんなら話は早い。いつどこで何するかも分かってるんでしょ?」
「大体な」
現在時刻は、午前十一時半を過ぎたところ。午後一時の開戦までは、まだあと一時間以上あるな。んで場所は、第三の街のフィールドの何処か。あそこは基本的に荒野が広がっていて戦うには丁度いいんだが、北はどでかい岩山が鎮座してるから、それ以外が妥当だろうな。でまあ、何をするかだが……
「要するに、敵さんぶちのめしていけばいい訳だ。いやあホント、五百人くらいだっけ? これだけの人数相手にするのは流石に初めてだから、腕が鳴るなあ」
昔いくつかやってた対人ゲームでも、精々が百人程度のバトルロイヤルだったしな。そういや、あの時も実質俺一人対その他だった……なんだろう、俺は孤独の業を背負いし者なの? まあ今はエリザという名の精神の大黒柱があるから、なんなら千人力、万人力だけど。
「……相変わらずのバトルジャンキーですこと~。やー怖いわねー奥様?」
「え、あ、えっと、……こ、怖いわねー?」
「ミカエルに振ってやるなよ。キョドりすぎて心底気持ち悪い声になってるから」
「き、きも……!?」
ミカエルが胸を抑える。
あっ。
「とどめさしましたわー。ラストアタックは九の字ですわー。流石バトルジャンキー」
「……すまんミカエル。悪気は無かった」
「い、いえ。お構いなく」
ミカエルが苦笑いを浮かべる。
……こいつ、第一印象と結構イメージ変わったなあ。
それとも戦闘が関わらないとこんなもんなんだろうか。ある種のバトルジャンキーと言えば、そうなのかもしれない。
「でもまーあれだね。流石の九の字も、五百人は辛かったり?」
「さー、どうだろうな。どうせお前もあっち側でなんかするんだろ?」
「そうなー。確かに色々とするつもりではあるね~。いやーこの機会を逃すと、次に九の字に勝てそうなチャンスとか何時来るのかってカンジだしねぇ」
「ふぅん」
ヤタガラスの目が、キュピーンと光った。絶対ろくでもないこと考えてるぞこいつ。やはり要注意だな……
「あ、でも安心しなよ。オルトスとか、『グロリアス』のメインパーティーメンバーは僕を除いて参加はしないからさ」
「いや、お前以外は割とどうでもいい」
強いて言うなら、オルトスさんの打ち消し無効攻撃がちょっと面倒なくらいか? クリスの弾幕はむしろ、今の俺には相性が良いしな。他の青髪の人と、この前戦った双子ちゃんは……うん、まあ。もう少し頑張りましょうって感じだった気がする。
「おっよよー。あれ、意外と僕評価されてる? マジ僕愛され系?」
「や……一定の評価はあるが愛されはねーわ。マジで。本当に。やめろ気持ちが悪い。ちょ、や・め・ろ……!」
ぐいぐい近づいてくるヤタガラス。
そのおでこに拳をめり込ませながら、俺はぞろ移動を提案する。ここでくっちゃべってても埒が明かないからな。ちょいと肩慣らしもしたいし、フィールドへレッツゴーだ。
異論は出る訳もなく、俺達は連れ立って第六の街の広場に向かった。
―――
広場に来ると、丁度誰かが転移してくる所だった。白い光が徐々に人型を形作り、そしてあらわれたのは、
「あ、フィーアちゃん! おはよー!」
「おはよ、ミカエル。ごめん、遅くなっちゃった」
「ううん、全然待ってないよ」
「そう? なら良かったけど」
デートか! デートの待ち合わせで良くあるカップルの会話か!
……まあ実際にそんな場面に遭遇したこと無いから、あくまで小説の知識だけども。俺もいつかエリザと………………はっ。危うく仮想現実の世界で、仮想世界のその先へ踏み出す所だった。危ない危ない。
ていうかミカエル、全然待ってないとか流石に鯖読みしすぎだろ……。自分、五時間超待機しとったやろ……。
まあ、いいか。そんなことはさておいて、
「保護者、やっと来た―」
「ウン? 保護者? ああ、勇者クンのね……確かにあれは、保護者かもかも」
「ああ、やっぱりあいつら、セットだとしっくりくるわ。そういう仕様なの? 二人はプ○キュア?」
こう、ミカエルとフィーアが並んで立つと、ようやくそれで一人前みたいな。
むしろ仮面ラ○ダーW?
「それだけ付き合いが長いってことなんじゃな~い? そう、まるで僕と九の字のようにね!」
「うっぜぇ」
ちょくちょくヤタガラスにつっこみ(適当)を入れながら、俺達は第六の街の南フィールドに移動。午後一時のチョコレート戦争開幕まで、模擬戦(俺だけハブ)やったりモンスターと戯れたり、レイレイを自慢したりした。
……それにしても、皆なんで騎獣持ってないんだろうね。こんなに可愛いのに。必要性が無いとか言う口はナイフで縫いつけてやる。
「あ、でもオルトスは持ってるぜよー? 完全に趣味の奴。サイに甲羅付けたようなの」
「流石オルトスさん、わかってる」
俺のなかであの人の株がちょっと上がった瞬間だった。
そうこうしていると時間はあっという間に経ち―――
―――第三の街『ロビアス』の、南フィールド。
見事なまでに殺風景な荒野の真ん中で、ヤタガラスは告げる。
「じゃあ九の字のスタート地点はここねー。ボスエネミーはあんまり動かないでねー」
「誰がエネミーだ誰が」
「え、誰って……今回の役回り的には、完全にそうでしょ? 壊尽の魔王クノを討伐する大規模イベントだよ~」
ヤタガラスはからからと笑って言う。
「……ほう。大人しく倒されるとでも?」
「まさか。まあ、頑張ってくれないとこっちもつまんないし。ファ~イトだよ~」
「何そのやる気皆無な応援」
「あ、じゃあクノさん、また。今度会うときは敵同士です!」
「手加減はしませんから。リベンジです、今度こそ」
意気込んでくるミカエルとフィーア。
「むしろ俺等が仲間だったことってあっただろうか……?」
ついに、いよいよ、待ちにまった俺のための戦争だ。胸の内はドキドキワクワクだが、それを悟られないようにしれっと返しておく。ばいばいと手を振って、待ちの方へと去る三人を見送った。
ウインドウの端の時計を見ると、午後一時の十分前。
俺はインベントリから『黒蓮』を実体化させると、ヒュオンと一振りして、地面に突き刺してみた。
まあボスならボスらしく、してやりますかね。
「【多従の偽腕】」
ゾワッ――――
空間がざわめいて、いたるところから闇色の腕が顕現する。
感触を確かめるように、一斉に手のひらを開いたり握ったり。ああ、今日も調子が良い。
先ほどまでの肩慣らしで、俺のHPは既に1の状態だ。
【危機把握】によって、目を瞑っていても感じられる、第三の街に戻る三人の姿。
既に連絡が行っているのだろう。街の南門周辺には、沢山のプレイヤーがひしめいている。まだ街の中に居る者や、これから来る者もいるのだろう。確かに、五百人というのは嘘ではなさそうだ。
「さて、楽しませてくれよ……」
0時に間に合わんかった……