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第百三十九話 一応、期末試験二日目のお話

 奇跡のバレンタインの翌日、二月十五日、火曜日。

 昨日……正確に言うと、十二時回ってたから今日か。お互いの気持ちを伝えあって、理紗の複雑な事情を改めて認識した後。俺達は近衛家の玄関ホールで、しばらく語り合った。なんというかむず痒いのだが、なかなかお互いに別れ際の言葉を告げられなかったのだ。おやすみなさいが遠かった。


 ちなみに、貰ったチョコレートは早めに食べて欲しいといわれたので、家に戻って興奮も冷めやらぬテンションのまま食べた。滅茶苦茶美味しかった。ちょっと勿体なかったかもしれない。


 不思議なもので、付き合ってはいなくてもお互いに好き同士と分かると、今まで以上に会話が弾んだ。

 ……しかし、付き合ってなくてもこれだ。一体正式にお付き合いをするなんていうことになったら、どうなってしまうのだろうか。主に俺の心は大丈夫だろうか。多幸感に包まれたまま大往生してしまうんじゃないだろうか。


 いままで少し遠慮していたようなことも言い合えるような空気感になったというのが大きいのだろうか。ほら、嫌われちゃうかなーとか思うと、なかなか相手に自分の内面までは晒せないだろう? しかし、とりあえずそういう心配が無くなったという事で、俺は理紗にもっと自分のことを知ってもらおうと思った訳だ。この鉄仮面だからな。こういうことは積極的にやらないといけないだろう。


 いくら理紗がオーラマスターとしての力に目覚めかけているとはいえ、それは俺が努力を怠っていい理由にはならない。とりあえず話しやすそうな所から、ということで色々とネタにはことかかない祖父さん関係のことを喋ってみた。結果。『貴方の家庭事情って、一体どうなっているの……?』となおさら困惑を与えてしまった。俺の事をもっと知ってもらおう作戦、初っ端から躓いてますよオイ。どうすればいいの。


 そんなこんなで俺は今、理紗に俺の事をもっと知ってもらうため、上手い感じのエピソードを思案中だ。この難解な思索に比べれば、たかが高校一年生レベルの試験なんて簡単すぎて涙が出てくる。あくびはどうしてでるんだろうね。


「退室してよろしいでしょうか」


「え……ああ、はい。じゃあ、答案と問題用紙を預かりますね」


 今日は数Bと古典、そして物理という試験スケジュールが組まれていた。試験終了後、各自解散。最後に一番長い試験時間の科目というのは、実に都合が良かった。

 無駄に九十分もある物理の試験、何処かで見たようなワンパターンでつぎはぎチックな問題を早々に終わらせると、俺は意気揚々と教室を出る。荷物もないから気楽なものだ。心も身体も軽いね。時間にすると一時間以上早く学校を出て、家までの道のりをひた走る!


 そして道のりを半分くらい消化したところで、俺は別に長距離走が得意では無かったことを思い出した。取り込む空気がやけに干からびて感じられる。胸と脇腹はズキズキと痛みを訴えていた。堪らず、近くにあったコンビニに入る。何か飲み物でも買おうと思って、ふと気付いた。


「そういや、財布持ってきてねぇ……」


 すごすごとコンビニを出る。


 ついでに言うと、本当にシャーペンと消しゴム以外今日は所持していない。携帯電話すら携帯していなかった。あれは俺にとって、割と目ざまし時計と近しい存在意義を持っている。……こんなん言うのもあれだけど、メールも電話もほとんどこないからな! メールは精々玲花やクリスからぽつぽつと届くくらい。電話機能は……対父さん用になりかけている。


 この現状は健全な男子高校生としてどうかと思ったので、今日は理紗にメルアドと携帯の番号を聞いてみようと思う。……あ、でもそれは流石に付き合ってもいないのにずうずうしいだろうか……いやでも、例えば友達とかなら普通のことだよな。俺と理紗の関係は、まあ、なんて言ったらいいか判断に困るけれど。己の知識量の浅さが嘆かれる。『ご近所さんでゲーム仲間で相思相愛で主人と執事な彼女と俺』とか文章系ラノベのタイトルみたいになってしまう。最後のは違うか。


 でも好きな人の声はいつ何時であろうとも聞きたいものだしなぁ。むー……と、とりあえず聞くだけ聞いてみようかな。嫌だと言われたらその時は……、直接出向こう。家が近いって素敵。そのうちこの近さを利用して日本国憲法に抵触しそうな事とか横行しそうで怖い。主に俺が。自粛しなさい。頑張れ俺。

 流石に気持ち悪いので、朝起きたらまず理紗の家を確認して朝日とともにエリザミンを補給する癖から止めた方が良い。俺はいつからこんな変態さんになったんだっけな……? どうしよう、俺がしっかりしないと、そろそろ本気で一族郎党変態しかいない感じなのに……。


 と、そうやって自らのさだめに対して抗っていると、いつの間にか家についた。


 丁度お昼時だし、さっと何か食べてから『IWO』にログインしよう。理紗、もといエリザに会うためというのもあるが、日曜日にはビッグイベントも控えているからな。とりあえずの頑張りどころはそこである。

 俺に対してのヘイトは継続的に煽らなければなるまい。具体的には、チョコレート狩りという方法で。


 何を食べようかな、と冷蔵庫を漁っていると『ピンポーン』とチャイム音。

 宅配便だろうか? 随分とおかしな時間にくるものだ。この時間帯、普通なら誰も家にいないぞ。


 とりあえず印鑑片手にドアを開けてやると、そこに居たのは荷物を抱えたあんちゃんではなく、紙袋を抱えた理紗ちゃんだった。

 思わぬ想い人に登場に、思考がフリーズする。いつも通り黒いフリフリのゴスロリを着た理紗は、俺の顔を見て一瞬だけ安堵したような表情を浮かべると、笑ってこう言った。


「こんにちは。食材が余ったから料理しに来たわ」

「いやそれはおかしい」




 ―――




 目の前に、ほかほかと湯気を立てる黄金色に輝くチャーハンが置かれる。

 あれ、おかしいな。後光がさして見えるや……


 理紗曰く、お昼御飯を作ろうと思った所、非常に嬉しい事に俺のことが頭をよぎったのだという。それで、一人分余計に作るのも手間は大して変わらないからということでわざわざこうして俺の昼食を作ってくれた訳だ。やばい。素直に嬉しい。材料費の他にお給金を出してやりたい。


「どうせ、精神的に不健康な食事をしているのだと思ったのよ」

「誰の手料理が精神的に不健康……、いや待て。やっぱいいわ。確かにアレは不健康だと認めよう」


 咄嗟に己の手料理を弁護しかけたが、目の前のチャーハンと比較してみれば月とすっぽん、祖父さんと一般人だったので、止めておく。ちなみに『藤寺千日と一般人』、形は何となく似ているが、その内面は宇宙崩壊レベルで違うという意。ナニアレ人間ジャナイ。


「うん、不健康ね。貴方のその無表情は、食の貧相さも原因の一つかもしれないわね」

「……反論できない」


 確かに、美味しい食事は心を豊かにするとかなんとか。


「そ、それに……その、自分一人のためだけに作るよりも、好きな人のために作った方が、美味しくなるもの……」

「君は俺は殺したいのか」


 うれし。死因:嬉死。

 上目遣いでぽしょっとそんなことを言われたら、悶え死んでしまう。


 しかし、『好きだ』という認識一つで、世界はこんなに変わるものなのか……。自分が理紗を好きだと認識してからもそうだし、また、理紗が俺の事を好きだと認識してからもそうだし。なにより、俺が理紗のことが好きだと彼女が認識したからこそ、こんなに幸せな世界が今ある。


 思わずその小さな頭を撫でり撫でりとしてしまう。

 その感触に「んっ」といちいち可愛い反応をしてから、理紗は真面目ぶった顔で卓上のチャーハンを指さした。


「とにかくそういうことだから……早く、冷めないうちに食べなさい。そして私に感想を言いなさい」

「世界一美味しいです」

「まだ食べてないじゃない!?」


 おっと。ついフライングしてしまった。


「いただきます」


 椅子にちゃんと座って、自分で用意したスプーンでもってチャーハンを口へと運ぶ。ちなみに、食器は全て俺が出したものだ。なんか『あれ出して、これ出して』と言われて調理道具や食器を用意するのは、新婚さんみたいで楽しかった。やっぱり見てるだけじゃなくて、共同作業をしてこそなんだね。


 程良いぱらつき加減の米を、咀嚼する。対面へと座った理紗がじーっと見つめる中、俺は目を閉じ、そして確かな実感と万感の思いを込めていった。


「世界一美味しいよ、理紗」

「……はぅ……。あ、ありがとう、九乃。作り手冥利に尽きるというものだわ」


 料理の味というものは、結局のところ主観によるものだ。使った食材、味付け、調理法、盛り付けのしかたなんかも。人の好みには差異があって、食べる人によってその料理の評価というものはピンからキリまでに分かれる可能性がある。

 ならばこそ、俺の言った『世界一美味しい』という言葉が嘘偽りなく真実だということに納得して頂けるだろうか。

 断言しても良い。俺は、理紗の手料理が世界で一番美味しく感じるのだと胸を張れる。料理の味というものは、主観的なものだ。料理にも様々な要素があるが、忘れてはいけないのが作り手本人だろう。誰が作ったかによっても、きっとその味は変化するのだ。好きな人の手料理が、世界で一番美味しくないハズが無いっ。


 ……と、大見得切って偉そうに言ったが。まあ例外というのもあるよね、ということで。

 どうか、俺の料理を食べて理紗がどう感じるかとか、そういうクリティカルなことは聞かないでくれると有り難い。落ち込むから。

 それに、理紗の場合はそもそもプロ級に料理上手だしな。


「じゃあ、私も頂こうかしら」

「ああ、しっかしホント美味いな……何これ、なにこの絶妙なぱらぱら感。何したんだよ。秘術? 卵の仄かな甘みと、小さく切ったパリッとウインナーの塩辛さが米と実に良く馴染んでいて……」

「い、いちいち実況しながら食べなくてもいいから……もうおおげさね。

 ……はむ……、あら、美味しいわね。今日は随分上手く出来たみたいだわ」


 理紗も一口食べて、目を見開く。

 そしてふむふむと頷いて、「やっぱり食べて貰える人がいるって良いわね」と邪気の無い笑顔をこぼした。


「俺で良ければ、いくらでも食べる……もとい、食べさせていただくんだが

 ……迷惑じゃなければな」


 思わず口をついて出てしまったのは、そんな小さな希望。

 言ってしまってからハッとして理紗を見るが、当の本人はというと少し照れた様子で謙遜をしていた。


「そんな、迷惑だなんて……。じゃあ、折角だしこれからも、こうやってご飯を作りに来てもいいかしら?」

「勿論! 勿論だよ、願ったり叶ったりだ」


 理紗の言葉に、半ば食い気味に反応してしまうほどだった。

 やったぜ、これでこれからも理紗の手料理が食べられる。言ってみるもんだな。


「……実は、今日はその事を提案しようか、なんて思ってここに来たのよ」

「……おお」

「なんていうかその、やっぱり、付き合うとかは駄目だけれど、このくらいなら……あくまで、九乃の体調管理的な意味なのよ! むしろ好きな人がいれば、その人の健康のために策を弄するのは当然のことと言えるわ!」

「おお……おう?」


 いきなり理紗が、意味も無く叫ぶ。

 いや、意味が無いということはないか。昨今は強い主張ができる人間が少なくなってきているというしな。むしろ社会的に大いに価値があると言えるだろう、うん。


「……だから、これはセーフ。まだ大丈夫。一線は越えていないわ。うん……」


 一転、今度は呟くように何かを確認する。

 主張のためには、自分の考えを纏めることも大切だ。うむ、さすが理紗だな。


 理紗の高尚さを再確認しながら食べ進めると、チャーハンはあっという間に俺の腹に納まってしまった。変に油っこく無くて、やみつきになる味。あれならいくらでも食べられるな。

 食器を下げて、テーブルに戻って来る。理紗は小動物のように小さな口で、いまだチャーハンを頬張っていた。

 多少の手持無沙汰を解消するために、俺は学校からの帰り道に考えたメルアドと携帯番号の交換の事を理紗に持ちかける。

 すると、彼女の口からは予想外の言葉が返ってきた。


「私、携帯は持っていないのよ。パソコンで一応、メールは出来るけれど」

「あ、そうなんだ」

「だから、用があれば家まで訪ねてきて貰えると助かるわ。……折角、こんなに近いのだし。話をするなら実際に会って、顔を合わせてしたいわ」

「……ん。了解」


 会って話したい、か。

 ふふふ、覚悟しとけ理紗……。なんて、リアルストーカー的心情描写は放り捨ててと。


 家が近いというのは良いものだ。

 料理作ってもらうにしても、俺が出向くのが筋ってものだしな。その旨を伝えると、じゃあということで何故だか今日の夜ご飯も作ってもらうなんていう流れになっていた。熱烈な理紗による提案だからいいんだけどさ……そのうち、ヒモとか呼ばれないか心配ですよお兄さんは。

 とりあえず、食材費だけはきっちり払おうと思いました。


信じられるか? これでまだ付き合ってないんだぜ……(困惑


リアルの話は筆が乗っちゃって困る。気付いたら5000文字とか書いてたので、申し訳ないが今週もリアルオンリー。"再来週"からはVRのお話になります。しかし、なんかもっとこう、硬派なガチファンタジーとか書きたいなーと思索する今日この頃。


で、じゃあ来週はというと作者が帰省を考えているのでお休みです。久々に思いっきり堕落したい……

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