第百三十八話 バレンタインのお話⑥ 『近すぎる平行線』
一万字近くありますが、バレンタインであんまり話数引っ張るのもなー、と思った結果です。燃え尽きたよ……
静かなギルドホーム内に二人、残された俺とエリザ。ふと外を見ると流石にもう真っ暗で、どこの誰のものとも知れぬNPCの家々の明かりと、ぽつぽつと設置された街灯のオレンジがかった色合いだけが目立っていた。
エリザは黒いドレスを小刻みに揺らして、所在無さげに俯いてしまっている。俺もちょっとドキドキしてしまって、上手く言葉が出てこない。くそ、どうすれば……
……どうすれば、余りもののチョコをくださいなんて卑しい事を、彼女に告げられるんだッ。
いやね。俺だってそりゃ男の子だもん。そりゃ好きな人からはチョコ貰いたいよ。クッキーじゃなくて、ちゃんと砂糖とカカオの塊を貰いたいよ。高カロリーで血圧あげてなんなら鼻血を出しても構わないと思っている。VRではそうはならないだろうけど。でもさ、それを自分から言うのはちょっと違う訳じゃん? いくらカリンの台詞のせいでちょっと良い雰囲気っぽくなったからって、いや、なまじそうなってしまっただけに、いまさらそういうチョコ乞食みたいな事を言うのは気が引ける訳で。でも、だからといってここで引きさがるのも男としてどうなのというか、なんせバレンタインは年に一度しか来ないのだから。ここで機会をのがせば、またのチャンスは一年後になる訳だ。俺は一年もの間、悶々として過ごすことになる。なんならバレンタインにコンプレックスを持って、この後に控えている大規模プレイヤー戦闘にてブラッディバレンタインとはいかなるものかを紳士淑女の皆様に教えて差し上げなくてはいけなくなってしまう。流石に数百人だかの人間にトラウマを植え付けるようなことはしたくない。故にここで俺が俺が余りもののチョコレートをねだるのは、むしろ俺個人がどうこうというよりは数百人の精神の安定ということの方が比重が大きい…………訳無いな。俺チョコ欲しい。超欲しい。比重なんか10:0だ。不覚。まさか自分の気持ちを、自分の欲求を、他の誰かの責任にしてしまうとは。精神性が脆弱もいいところだった。情けない。ここはやはり、すっぱりと自分に正直になるのが一番ということだろう。
さて、では結論ドン。
「エリザ……」
俺は出来るだけ神妙な面持ちを作ろうとしてコンマ数秒で諦め、出来るだけ真剣な雰囲気を出そうと心掛ける。ところで、雰囲気とかオーラとかってどうやって意図的につくりだすんだろうね。こういうのは無意識の領分だと思うから、いざやろうと思ってみても難しい。今俺は、ちゃんとエリザにも伝わるようにオーラ的な何かを真面目な方向にシフトさせられているだろうか。
ちらりと彼女の方を窺うと、俯いていたのが顔をあげて、不思議そうな表情になっている。そしてしばらくじっと俺を見つめた後、真剣な表情になってくれた。
「な、なにゅ……何かしら、クノ?」
やっべぇかわいっ。一瞬その可愛らしい噛み具合と、平静を装って言い直すいじらしさに心を持って行かれかけた。危ないところだった、まさに瀬戸際だった。これに上目遣いが組み合わさっていたら俺は完全にKOされていたに違いない……。
すんでのところで持ちこたえた俺は、エリザを見つめながら、ゆっくりと膝を折る。
徐々にかがんでいく俺を見て、エリザの表情がだんだんとまた不思議そうなものに変わっていくが、こればっかりは説明のしようが無い。理屈じゃないんだ。心が、声にならない叫びをあげている。そう。チョコを、くれと。
心の奥底から溢れだす衝動にしたがって、俺は精一杯の気持ちを行動に表わそうとしていた。
……もう、これしかないだろう。俺は自分に素直になった。チョコをもらうためなら何でもしてやろう。これが俺の、正直な気持ち。一世一代の、土下座だッ!
「いや何をしてるのよ!?」
ぽかっ、とエリザに殴られて俺の一世一代は阻まれる。
「何って……土下座だけど」
「なんでそこで『当たり前だろ?』みたいな雰囲気をだしてるのよ……! 珍しいくらい真剣な感じだったから何かと思えば、えっと、……ええっと。……クノ。貴方一体、なんで土下座なんかしようとしたのかしら」
心底わからないといった風でエリザが問いかけてくる。なんでってそりゃ……
「いや、その……さっき、ギルドの皆からチョコを貰っただろ? でも、エリザからはまだ貰って無くて、お昼にクッキー貰ったからかなーとか考えたんだけどやっぱりこうなんというか、折角のバレンタインだし。俺の勝手な希望としては、可能であれば他の誰からよりもエリザからチョコレート貰いたいなー、なんて思ったんだけど、うんごめんやっぱ無理だよな。ちょっと調子乗りすぎてたわ……ごめん」
冷静になって考えてみると、やはり不味かった。どうしよう、とんでもなく卑しいやつだと思われてないだろうか。やはり、もっと良く考えるべきだったのだ……エリザの、チョコだぞ? 俺の土下座程度で恵んでもらえるなんて考え方が浅ましかった。こうなったら、最終手段としてリアルで実弾さんに頼るしか……! いやでも女の子だしな、プレゼントの方が良いか。
俯き、銀行の預金残高に思いをはせていると、エリザの様子がおかしい事に気付く。
口をあわあわとさせ、手も微妙に震えている。頬は上気しているし心なしか瞳の中にはグルグルが見える。完全に挙動不審だ。
「おい、エリザ? 大丈夫か?」
「うひゃうっ! ほ、他の誰よりも……チョコレート……あううう……」
肩に手を置くと、ビクン、とまるで陸にあげた魚のように跳ねられてしまった。ちょっとショック。
そしてなんか申し訳ない気持ちになったので、お詫びの意味も兼ねて、やはり相応の制圧力をもって事に当たった方がいいだろう。俺はきっと、この日のために父さん達の研究所の維持をしてきたんだ…………ちなみに、お手伝いとかではない。そんな領域は端から越えてた。
国の力の入れように反した人件費の削減っぷりにより、俺の資金力はそんじょそこいらの高校生を鎧袖一触にできるレベルだ。更には父さんがほぼ名前だけ会長なり社長なりをやっている幾つかのVR関連企業の株も持っているし、なんなら高額なバイトを紹介してもらうことも吝かではない。
とりあえず明日にでも、駅の方に行って数軒ジュエリーショップを見てこようか。良いのが無ければ有名ブランドの本社にでも……ふへへ。
俺がなんとなーく幸せな妄想をしていると、エリザが持ち直したようだ。こほんと咳払いをして、もそもそと喋りかけてくる。
「……ク、クノ。貴方が土下座をしようとした理由は、わ、分かったわ……。でも、どうして? どうして、そこまでしてくれるの?
それに、私に一番チョコを貰いたいだなんてそんな、まるで……」
そこから先は、言葉が続かなかった。でも、その雰囲気から直感的に分かったことがある。
エリザはきっと、今の自分の問いかけに対しての答えを、得ているんだろう。わかった上で、それでも確認の意味を込めて……
って、え?
その瞬間。俺は背中に氷水を流し込まれたような感覚に襲われた。
チョコレートだなんやかんやで浮かれていて、なんならチョコの焦げっかすでも貰えればいいと思っていた俺だが、さっきの言葉は先走りすぎたのではないだろうか。俺の記憶領域がフル回転する。
『他の誰からよりもエリザからチョコレート貰いたいなー、』
そういえばエリザが反芻していた言葉だが、こんなことをつい口にしてしまった気がする。それと、直前の土下座のこと。今日がなにより、バレンタインであること。
……あれ、これってもしかして。
俺……告白的なことしちゃってる?
明確にそう取られることはない……と思うけど、エリザが勘違いをするには十分かもしれない。いや、それは実際勘違いでもなんでもないんだけど、だからこそ取り返しがつかないというか……
しかしだとすれば、エリザの問いかけは一体何なのだ。彼女は今、上目になってこちらを窺っている。考えている時間はあまりない。早急に答えを出さなければいけない。
彼女に俺の想いが一欠けらでも伝わっているとして。
彼女がそれを、俺自身に確認したがる状況とは、それは……
今までずっと、疑ってきた。そんなことがあるのだろうかと。あっていいのだろうかと。
でも、もうそろそろ答えを確かめてみてもいいんじゃないか。
エリザと過ごした、長いようで短い日々が思い返される。
そういえば自分の想いに気付いたあの日。俺はどうしてそれを彼女に伝えなかったのか。
それは結局、この能面みたいな欠陥品の表情のせいだった。俺と一緒に居ると彼女が、有り体に言ってしまえばつまらなく感じるんじゃないか。今はまだ良いけれど、例えば恋人になったとする。この先ずっと過ごす中では、やがて俺みたいな欠陥品は気味悪がられて捨てられてしまうんじゃないのか。そうなることが堪らなく怖かった。俺はこの鉄仮面のせいで、自分に自信が持てなかった。彼女とのぬるま湯のような関係に亀裂を入れると分かっている行動を、俺はとることができなかった。
でも、実際はどうだろう。エリザは俺がどんなに無表情でも、その思いをズバリと言い当ててしまっている。まるで問題など何も無いかのように、変わる様子も無く微笑んでくれている。
俺は……俺は……
「エリザ。その質問に応える前に、俺からも一つ、質問させてくれないか。エリザにとっては、答えづらい質問ではない……と思う」
「……え? えと、うん、いいわよ」
「エリザ……俺は今、"どういう風に見える"?」
一瞬、息を詰まらせる。そして吸って、吐いて。
エリザからもたらされた答えは、
「すごく……悩んでるように見えるわ」
「っ」
困惑しながらもエリザは、"俺の内面"を言い当てた。まるで、なんでもない事のように。
はは……自分でいうことではないし、自慢じゃないが、俺は今まで、『悩んでる』なんて指摘されたのはエリザが初めてだ。それが、堪らなく嬉しかった。
「ええと、ごめんなさい。貴方を困らせるつもりではなかったのよ。本当に、ごめんなさい……忘れてくれて、」
「エリザ!! ……質問に、答えるよ。
俺が、エリザに対してあんなことをしたのは――――」
だから俺は彼女の申し訳なさそうな言葉を遮り、そして覚悟を決めた。
もう迷う理由なんてない。俺も男だ。前に、進まなきゃな。
「――――好きだからだ」
「……え?」
「エリザの事が、好きだから。世界中の誰よりも、何よりも。エリザのことを考えると、訳が分からなくなって頭の中がごちゃごちゃになる。それくらい――――好きだ」
「にゃ、あ、う」
言葉にしようと思えば、それこそいくらでも溢れ出てくる。この想いは本物なんだと自信を持って言える。でも、ただ言葉を重ねるだけじゃこの気持ちは伝えきれないと思った。
気が付いたら、あわあわと無意味に手だけ動かして立ち尽くすエリザを、そっと抱きしめていた。普通告白の場面でこんな強気なことしないんだろうけど。自分の精神性を疑う。そういえば俺、こうやってエリザを抱きしめることは、何度目だろうか。
そのまま耳元で囁く。
「エリザ……、いや、近衛理紗さん。
俺と……付き合ってください」
これこそ真に、一世一代と呼ぶべきではないだろうか。
勇気を振り絞って、決定的な言葉を告げた。
彼女の口から、意味不明な声が漏れ出て……
視界の端に、青いウインドウがチラつく。
そして、消えた。
……何が?
エリザが。
「……え?」
温もりを失った手を見る。
じっと手を見る。
死のうカナ。
―――
「――」
VR世界から、戻って来る。
……。
ところで俺が居なくなって困るのって、父さんの研究所くらいだ。
もっと感情的なレベルの話ではいろいろあるんだろうけど、そういうのは今どうでもいい。
実害を受けるというと言い方は変だが、あそこの人達が書類という強大な敵に押しつぶされてしまうかもしれないというのは由々しき事態だ。
父さんには、連絡するか。それで……うん。山にでも入ってみようかな。
ははは。新たな発見があるかもしれないしな。それで俺自身が白骨化して発見されたら、まあそれも一興だろう。ははは。ナイスジョーク。
ピンポーン。
こんな夜更けにも関わらず、ドアチャイムが鳴る。時計を見ると、かろうじて十二時になっていない、といったところだった。つまりあと数分……正確に言うと、三分二十四秒で十二時。
誰だろうか。それを推測する気にもなれない。そして、突然の来客に応える気力も無い。
ベッドで死んだように横たわっていると、それでもしつこく鳴るドアチャイム。
……もしかして、父さんか母さんだろうか。家の中に二人の気配は無い。
両親なら、こんな時間に帰って来るのも珍しくないし、どこかで家の鍵を無くしたのかもしれない。
だったら、開けてやらないとな。最後の親孝行になるかもしれない。ふふふ。
できるだけ平静を装うようにと、両頬を張る。そして、階段を下りて、玄関のドアに手をかけた。
チャイムは依然として続いている。
「はいはい、今開けるから――――」
「クノっ!!」
ドアを開けた瞬間、誰かに思いっきり抱きつかれた。というか、飛び付かれた。
突然のことに、バランスを崩して玄関に倒れ込む。いつもならあり得ない失態だ。下にマットがあって良かった。
ガチャン、とドアが閉まる。
フリルの目立つ、黒いドレス。艶やかな黒髪。妖しく光る赤い瞳。暗がりで良く見えないが、俺に抱きついている人物はまさしく……ええと……
「……エリザ?」
先ほど、俺の一世一代の告白のさなかに消えてしまったエリザだった。
ぎゅっ、と強く身体と身体が密着する感触は嬉しいが、それよりも俺は困惑の方が先に立ってしまう。
「エリザ……どうして」
問いかけると、エリザは顔を俺の胸に押し付けるのをやめ、俺を押し倒した格好のままぽつぽつと話し始めた。
「だって……だって、クノが……その、す、好きって、言ってくれたでしょう?」
「……ああ、言ったな。俺はエリザが、大好きだよ」
振られたショックで、冥府へと旅立とうとするくらいにはね。
大好き発言にエリザは頬を染めて、そのまま続きを話しだす。
「でも、そういうのはVRじゃなくて……ちゃんと、現実の貴方にやって欲しかったから……」
「あ」
……しまったぁ!!
その辺りの配慮を、全く忘れていた。だからエリザはあの時、途中で現実に戻って、そして今、俺の元へ来てくれたという訳か。
「はい、これ。クノへの、バレンタインチョコよ」
「あ……有難う」
エリザが渡してきたのは、シックな黒と白で彩られた、ハート型の箱。
おずおずと受け取ると、エリザは何処からか取りだした懐中時計を見てホッと一息を付く。
俺にも見せられたそれは、針に蛍光塗料が塗ってあって、十二時の三十秒前を指していた。
「間に合って、良かった……。それはその、ほ、本命というか。とにかく、そういうあれだから。だから……こうやってちゃんと、現実で渡したかったの。……ふふっ、ハッピーバレンタイン。クノ」
「……随分と遅いハッピーバレンタインもあったもんだ……」
時計を見ると、十二時。もう少し遅ければ、バレンタインは過ぎてしまっていた。
苦笑しようとして失敗すると、エリザが拗ねたような表情をする。大分目も慣れてきたな。
「……むぅ。クノが帰って来るのが遅いからじゃないの」
「まったくそれは、その通りだな……ごめんなさい」
「まあ。間に合ったから良しとするわ」
ふー、ともう一度大きなため息をついて、それからエリザは急に俺の上からどいた。
今更この状況が恥ずかしくなったらしい。俺もだが。
お互い立ち上がる。エリザは靴を履いたままなので玄関へ。俺もそれに合わせるように、適当に出ていたサンダルを履いて玄関に立つ。
「それで、クノ……チョコは渡してしまったのだし、分かっているかもしれないけれど……」
「ストップ」
俺はエリザの言葉を遮る。
「悪いが、ここは譲れない。ちゃんと現実で、言わなきゃだもんな」
「……ええ」
「外、出てみるか。今日は月が良く見えるだろ」
窓から差し込む月明かりを見て、俺は提案する。
ドアを開けると、先ほどは感じなかった冷気が身体に染みてくる。
人っ子一人いない閑静な住宅街。どこかで犬の遠吠えが聞こえたのが、より一層静けさを強調しているようだった。
見上げれば、満月とまでは行かなくても綺麗なお月様。思わず「月が綺麗ですね」なんて口に出しそうになったが、流石にそれはまだ早い気がしてやめた。そのうち、言うこともあるかもしれない。その時のために取っておこうと思う。
「……寒いか?」
「そうね……少しだけ。だから、男らしくすぱっと言ってくれると助かるわね」
そういって、意地悪そうにくすりと笑う彼女は、本当に綺麗だった。処女雪のように白い肌が、月明かりを受けてうっすらと輝いている。まるで異国の――いや、お伽噺のお姫様みたいだとさえ思った。
俺は彼女の前に立ち、もう一度、告白をする。俺は君の王子様役になれるだろうか。
エリザ、と言葉を紡ごうとして、止めた。
「理紗。俺は理紗のことが、好きだ。大好きだ。愛している」
すぱっと男らしく。短く愛の言葉を纏めた。彼女を愛している。世界の何よりも大切だと思う。彼女のためならば、神だって殺してやろう。なんて、流石にそれは大それているけれど。
愛……う、ううん。なんだか、凄くこっ恥ずかしい。
対して理紗も、顔を真っ赤にしながら答えてくれる。俺は赤くなっているだろうか。なってないだろうな……フェアじゃないというか、申し訳ないというか。
「ああ……九乃……。私も――――好きよ。大好き。きっとこれが、愛と呼ぶべきものだわ」
ぎゅっ、と抱きしめたのは、どちらからだっただろうか。
先ほどの焼き増しのようで、状況は全然違う。今はずっと幸福だ。
そして俺は耳元で、やはりお互いの関係を変える決定的な台詞を……
「でも」
その前に、彼女に先を越されてしまった。
耳を傾ける。
「でも、ごめんなさい、九乃……ごめんなさい……、っ。
私、ずっと考えてたの……考えて、結局、どうすればいいんだろうって……」
どうして理紗は、謝っているのだろうか。
「私は、貴方のことが好きだから……愛しているから……
だから、貴方と、付き合うことは……できないわ……、っ」
どうして、こんなにも震えて、泣いているのだろうか。
「想いを伝えあって、でもその先に進むことはできないなんて……。でも、これが私の考え付ける精一杯の落とし所なの……。ごめんなさい、残酷よね、幻滅したかしら……それならそうと、い、言ってくれれば……」
多分理紗には、まだ俺の知らない何かがある。
例えばメイドさんが思わせぶりにチラつかせてきた、何かが。
でも彼女の判断で、俺に話したくないと言うのであれば、俺にそれを責めることはできないし。ましてや幻滅なんて、するはずもない。
だから、
「馬鹿」
こつん、と頭を突いてやった。
「ふぇ?」
「俺はな、愛してるって言ったんだよ。愛ってのは、そんなに軽いもんじゃない。付き合う付き合わないで消えるほど、やわなもんじゃない。少なくとも、俺はそうだと思っている。だから――――心配するな。俺は理紗を、嫌いになんかなったりしないよ。この先、一生な」
俺の覚悟を舐めて貰っては困るのだ。この先、俺の内面を読み取ってくれる人なんか現れるかどうかわからないしな。仮に現れたとしても、俺はずっと、理紗を想い続けるつもりだけど。
……ちょっと、重いか? まぁ、正直な気持ちだしいっか。
「九乃……ぐすっ、んん……うぅ……ありがとう……」
それっきり、理紗は俺の胸に顔を押し続けて静かになってしまった。時折ぐすっ、とか聞こえるのはまあご愛嬌だ。ついでに俺の服がべたべたなのも、ご愛嬌。この服、洗うべきかどうか悩むな。
落ち着いた理紗に、俺は締めの言葉を紡ぐ。
「とにかく、付き合ってはいないけど、俺達は好き同士。……今は、これで良いよ。でも、いつか必ずその先に行って見せるからな」
「その先は……、ううん、そうね。そうなるといいわね。本当に……」
そう言って月を仰ぐ理紗の口調は、自分のことだろうに、どこか他人事のようだった。
……どうしたもんかね。俺は、理紗のため、いや俺自身のために、彼女の問題をどうにかしてやりたいと思っている。しかしその問題が何か分からないのだ。
手掛かりとなるのは、メイドさんの言葉。今考えても不自然で、思わせぶりな、『ゲームを頑張れ』『期待している』という言葉。
時期を見て、というか今すぐにでもメイドさんに事の仔細を調査に行きたい所だけどな。理紗は隠したいみたいだから、本人からは聞けないだろう。
とりあえず今は、その言葉に従ってみるしか、無いか。頑張れ、頑張れねー。ホント、分からんなー。
「そうなるよ。必ず」
「……」
「俺は理紗に対して、嘘は付きたくないからな。必ずと言ったら、必ずだ」
「……ありがとう」
とりあえず、決意表明はしておく。
そして、するっと滑りこんできた手を、指を絡めて握る。お互いの身体がくっつくのも、寒いから仕方が無いな。
「家まで送るよ」
「ふふ、ありがとう。……でも、九乃。ところで貴方、明日もテストなんじゃ……」
「大丈夫だ、問題無い」
今の俺はエリザミン補給率二百パーセントだからな。戦艦とだってステゴロできるし、テストなんか朝飯前だぜ。
そんな風に冗談を言いながら、俺は生まれて以来最高に幸せな気分で、月夜の道を歩くのだった。
……ちなみに、「エリザミンってなにかしら?」ときょとんとした顔で理紗に聞かれた時には、それはもうエリザミンの素晴らしい効能を語ってやったのだが、何故か若干引かれた。少しだけ傷ついて、大人になったバレンタインデーでした。
交わらず、しかし常に同じ方向を持ち、距離を縮めていけばいつかぴったりと重なる事もある
一時の交わりじゃなくて、末長く一緒になれたらなって