第百三十六話 バレンタインのお話④
一応3000文字書けたので投稿
手をどけてやると、若干涙目で頭を抑えるフレイが今度は普通に話し始めた。
「いやほら、今日バレンタインじゃないですか。バレンタインといえば、女子が男子にチョコを送る訳ですよ。で、私達のギルドの唯一の男性であるクノさんにチョコを贈りましょー、ってことになるのはもはや必然とも言える訳です」
「……そうか?」
別にバレンタインだからといって、男にチョコあげなきゃいけない訳でもないだろうに。
……まあ、貰えるなら嬉しいことではあるけれど。特に誰とは言わないけど、こう、さっきからカウンターでちらちらとこちらを見てるゴスロリ娘さんとかね。
「そーなんですよ! なんだかんだ、クノさんにはお世話になってますからね。イベントだったり、素材だったり、情報だったり。その恩返しとして、皆でチョコを作ったので、直接渡そうというのがこの集まりなのです!」
そう言って、ばっと手を広げてギルドメンバーを指し示すフレイ。
「もう少しで明日になっちゃうところだよぉ……あたしもー眠い……」
「リッカ、頑張って起きてるって言ったでしょ? クノくんにチョコ渡すんだ―って」
「んー。もー、だってクノくん遅いんだもん。まったくもー。めっ、だよ」
今にも寝こけてしまいそうな危うい雰囲気のリッカが、トテトテと俺に寄って来た。そして魔女っ子風マントの中から、可愛らしいオレンジの箱を取り出す。
「はい、クノくん。いつもありがとうのチョコだよー!
……本命だって思ってくれても、全然いーよ?」
「あ、ああ。有難うな、リッカ」
差し出されたそれを受け取る。
「えへへー?」
こてん、と可愛らしく首を傾げるリッカ。ちなみに背格好だけなら、エリザの次にストライクなんだよなぁ……って、いかんいかん。
……流石にリッカは雰囲気が幼すぎて……ねぇ? 俺はまだ檻の中に入りたくはない。あくまで妹的な可愛さだな。
しかしこの子、将来は小悪魔(天然)とかになりそうな予感。ノエル頑張れ、超頑張れ。
「ちょ、リッカ!? あう……もう、そんなこと言って」
「? なんでノエルちゃんが恥ずかしがってるの? いーじゃん、どうせあたしもノエルちゃんも、クノくんにしかチョコあげないしー」
「う、あう……い、いひゃそうだけどね、その、うぅ……」
そんなリッカのストッパー役であるノエルは、今まさにリッカに押され気味だ。なんとか加勢してやりたいところではあるが、加勢の仕方がわからない。……許せ、ノエル。
というか、やはりノエルは見た目の通りおしとやか慎み深い、大和撫子って感じだからな。こうやって男にチョコを渡すのは、抵抗があるのかもしれない。そういうことなら、無理することもないと彼女に伝えようとすると……
「ク、クノさん! これ、どうぞ! い、一生懸命作ったんですけど、あの、いつもお世話になってて、クノさんは頼りになるお兄ちゃんって感じで、お口に合うかどうかわからないですけど、あの、その……!?」
「……うおう。ノエルちゃんがものすごーくテンパッてる。その慌て様にびっくりだよ。ちょっと目が覚めちゃったよ―」
「……うう、すみません。とにかくこれ、チョコです。いつも有難うございますっ!」
「お、おお。有難う、ノエル。……そんなに緊張しなくてもいいぞ?」
「ひゃ、ひゃいっ」
まるで新入社員が名刺を渡すがごとく、腰を深く折り、腕を伸ばしてチョコを渡してくるノエル。落ち着いた緑色の包装紙で丁寧にラッピングされた、長方形の小箱だ。
こちらも慎み深く受け取ると、ぺこぺことお辞儀をする。礼をするのはこちらの方なので、お辞儀をし返すと更にそれに慌てたノエルがお辞儀を……と、典型的なお辞儀合戦をしていると、恥ずかしさが限界に達したのだろうか。一際大きく頭を下げると、その体勢のまま腕を伸ばして横に居たリッカをかっさらい、「失礼しましたぁぁ」とリッカを小脇に抱えて二階へと走って上がって行ってしまった。抱えられたリッカが、「ちなみにノエルちゃんもあたしも、初チョコだからー。やったねクノくんー! おやすみー!」と手を振り、そして二人がいなくなる。
「あら……いっちゃいました。いやー、クノさんもてもてですねー。私も鼻が高いですよー」
「いや、これはもてもてとは違うだろうに」
フレイに、リッカとノエルから貰ったチョコを示しながら肩を竦める。……いやでもまあ、年下の二人とは交流も少ないし、どう思われているか内心不安だったんだけど……少なくとも、嫌われている様子では無いようで安心だな。これも俺の溢れだす父性のお陰だろう。……冗談だ。
手にした二つのチョコはどうやらアイテム扱いのようで、インベントリに収納できるらしい。ずっと持っておく訳にも行かないので、いそいそとインベントリにしまいこみ、フレイの方を向き直ると――
「……っ、と。あぶな。
おい、いきなり顔の前にチョコを差し出すとは何事だ。しかもハート型の、尖った部分を向けてきおってからに。明らかに凶器だぞ。……しかしあれだな。バレンタインに、死因:ハート型チョコレートによる刺殺とかあったら面白そうだな。まさにハートでハートを仕留めるわけだ」
フレイがチョコレートを顔の前に差し出していた。ピンクのハート型の箱で、青いリボンがかかっている。
「あ、ごめんなさい……、って、何言ってんですか!? 流石にこの箱、そこまで尖ってねーですよ!? これで人が死んだらびっくりなのですよ! そしてハートを仕留めるとかいう表現、今初めて聞ききましたからね!?」
「そりゃそうだ。悪い、特に深い考えもなく言っただけだ。軽口という奴だな」
「……そうやって冷静になられると、テンション高くつっこんだ私が可哀そうなことになるのでやめてください……。なんで、私の時だけこんな残念なことになるんでしょうか?」
「さあ? なんでだろうな。フレイが面白いからかな」
「え? それって…………。
ん、んんー、いや、んー……
駄目です……どう頑張っても、恋愛感情的なアレには結び付きませんね。少女マンガは当てにならんです」
「あー、男キャラの意味深な言葉に、ドキッ、みたいなあれな。安心しろ、そんなつもりは全くねぇよ」
「ですよねー」
フレイには、俺がエリザが好きだって知られてるしな。意味深な事をあえて言うはずが無かった。
「はあ、まーいいです。ではクノさん、バレンタインのチョコレートです。
あ、テストが終わったら、また改めて現実でも渡しますからね!」
「チ○ルチョコ?」
「違いますよっ。あれは流石に冗談です。真面目な雰囲気を出しながら言わないでください」
「そっか。……んじゃ、まあ楽しみにしとくよ、でいいのかな。フレイのチョコはなぁ……御崎邸専属のシェフさんが作るといいんじゃないかな」
クリスマス会の時の、茹で卵を思い出す。あれは酷かった……
「さらっと私の手作りチョコが全否定されました……
……ちなみにその手に持っているチョコは、VRとはいえ一応手作りなんですけど」
「中身茹で卵だったりするのか?」
「チョコって言いましたよね私!? もう! あんまりからかわないでください! ……私だって、それなりに恥ずかしいんですからね」
むー、とむくれるフレイ。
そんな彼女の頭を、わしゃわしゃとではなく丁寧に撫でてやる。フレイはついついからかいたくなっちゃうんだよな。でも、感謝はしてる。そんな気持ちを込めて、いわゆる本気撫でというやつをやってみた。撫で力の高まりを感じるぜ。
「……クノさんはずるいですねーホント」
フレイの頬が紅潮し、目が少し潤む。
「……俺、今なら凶暴な肉食獣でも撫で殺しできそうだな……」
サバンナ行っても大丈夫だな。
「ぼそっとそういうこと言わないでください……」
フレイはというと、何故かさっきとは違った意味で涙目みたいだった。
早くバトルに入りたいが、
その前にもうひと悶着