第百三十三話 バレンタインのお話①
「……第五のボス、メルティールがクノに初見討伐されましたっすけど。局長、あんだけ自信満々な台詞吐いておいてこりゃねぇっすよ……」
「……うむ。まさか、まさかクノがこれほどまでに成長を遂げるとはなぁ!! 畜生!! やはりヘルモードを突破された時点でアウトだったか。……むむう、これはもうゲーム的に適正な範疇のモンスターでは太刀打ちは……いや、彼一人をメタるだけならば幾らでも手は……しかし、それでは私のプライドが……
ふはは……我は驚いているぞ。極振りのハンデを抱えながらも、それを補ってあまりある程の能力を発揮するとは、流石あやつの息子といったところか」
「何ぶつぶつ言ってんすか……ってか、息子? あれ、局長って、クノと知り合いなんすか」
「あー、いや。ただ父親の方とは知己でな。お前も知っているはずだぞ? 藤寺正思、と言えば分かると思うが」
「あぁ……って、ええ!? バーチャルリゾート……楽園計画のっすか!?」
「そうだ。あそこのチーフだな」
「ちょ、普通に大物じゃないっすか!? 藤寺正思っつたら、そもVR技術の革命児的存在っすよ!? でもって凄い変わり者っていう噂の……その息子が、アレ!? ……ああなるほど。なんか納得っすわ。そんな人の息子ともなれば、こんだけぶっ飛んでてもおかしく、ない、かぁ?」
「おいこらこら、声がでかいぞ。個人情報なんだ、気を付けろ」
「あ、すんません……じゃないっすよ。いやそこは局長がまず気を付けるべきところだったと思うんすけど」
「ハッ、しまった! ふははは、うむ、忘れろ!」
「いやそんな理不尽な」
「ふははは、ならば仕方ない。記憶を改竄するしか、」
「いやすんません忘れました! 俺超忘れましたよ! いやあ、今何話してたっけなぁ、覚えてないなぁ~。ってか聞いてくださいよ局長、俺まじ、昨日の夕飯も覚えてないくらい記憶力悪くてっすね~」
「……まだ若いのに、お前も大変だな」
「憐みの目っ!?」
―――
第五のボス、メルティール討伐から数日が経った。今日は2月14日、月曜日。
おわかりいただけるだろうか。そう――バレンタインデーである。
俺の関心はただ一つ、エリザにチョコを貰えるかどうかだ。……勝算は、悪くないんじゃないかと思っている。いやうぬぼれとかじゃなくて、本当。なんせエリザは言っていた。花鳥風月のメンバーのために、お菓子作りをしていると。バレンタインには義理チョコや友チョコというものがあるからな。エリザの性格を考えて、最悪VRでなにかしらは貰えるんじゃないかと期待はしているのだ。というかなんなら、チョコでなくてもいいけど。失敗したクッキーとかでも全然オッケーだけど。よしんば焦げたカスの部分であっても、それがエリザの手作りとあらば喜んで食い尽す所存だ。……流石に、それは引かれるかな。
欲を言えば、こんだけ家も近いんだし、現実で手作りチョコなんか貰いたいとこではあるが。あるのだが。まあ、流石にそこまでは望み薄かね。エリザ、滅多に外出しないしなあ。かといって俺が今日エリザの家に行けば、なんか催促に行ったみたいで情けないし。
「おはよう玲花」
そんなことを考えながら、俺は今日も教室に入って玲花に挨拶をする。
自分の席にかじりついてうんうんと唸っていた彼女は、俺の声を聞くとばっと振り向いて……
「おはようございます、九乃さん! というか、遅いですよ! 何やってんですか! なにいつも通りの時間に登校して来てんですか! 今日は……期末テスト初日なんですよ!」
「ん」
まくし立てるように、こんなことを言ってきた。
こらこら、あまり大きな声を出すなよ。勉強してる他のクラスメイトに迷惑だろ。
「ん、じゃないですよぉ……。うう、今日は直前に九乃さんに聞いておきたいことがあったのにぃ」
「って言われてもなあ。朝は弱いんだよ。んな、テスト中だけ早く登校とか無理だろ普通」
「無理じゃないです、やればできますっ。……といっても、アレですよね。九乃さんはテストの脅威度が低いから、そんなのんきに構えてられるんでしょうけどねぇ。私なんか必死こいて英単語覚えてるというのにー」
「そういう玲花も、別にそんな焦ることは無いと思うんだがなぁ。昨日俺が見た限りでは、だいたい大丈夫そうだったし」
「うう、いや、そうなんですけどぉ……」
しゅんとなる玲花。
聞けばどうやら、ゲーム三昧の日々を送っているため清十郎さんに釘を刺されてしまったのだとか。それで、父親の心象を良くするべく、今回のテストは気合を入れねばならないらしい。
ゲーム三昧という程『IWO』をやっていたかと言われるとそうでもないような……ああいや、俺やカリンと比べたら駄目なのか。玲花はいつも早めにログアウトしていたが、それだって十時とか十一時だもんなぁ。確かに、心配になる清十郎さんの気持ちも分からんでもない。
「それにほら、やっぱり今までの成績が良いと、変にプレッシャーを感じちゃうといいますか……」
「うーん、そうか? 成績がいいのは結局今までの積み重ねだし、それっていつも通りにやればいつも通り良い成績が取れるってことだろ? おびえ過ぎだと思うんだけどなあ」
そもそも、高校なんて授業内容を理解しているかどうかに尽きる訳で。真に見るべきはテストの結果うんぬんじゃないと思うけどな。一夜漬けなんかしても、身に付かなければ最終的にはやらなかったのと一緒だ。
といっても、授業内容の全てが将来活用できるかと言うとそうでもないから、そのあたり、真に身に付けておくべきことの見極めは難しい。……だからこそ、俺なんかは面倒になって全て記憶しておくことにしている訳だが。
「ああぁぁ。九乃さんの記憶力が羨ましいです……」
「そればっかりはなぁ……まあ、頑張れとしか言いようがないが」
「うー。……九乃さん。ちょっと失礼」
玲花が俺の手を取り、そして彼女の頭の上に乗せた。
「何だ?」
「すいません、撫でてください。安心させてください。私は安らぎが欲しいんです。ヘイ、ギブミーリラックス!」
「なんだそりゃ。陽気な要求の仕方しやがって」
変な奴だなあ、と思いながらも撫でる。ほわぁ、と間の抜けた声をだす玲花だが、これでいいのだろうか。むしろこの顔を見るに、彼女曰く必死こいて覚えた知識が脳みそからだだ漏れていそうなんだが。
にしても、あれだな。玲花は外見だけなら超が付く程の美少女だが、もう頭撫でるくらいではドキリともしない俺を再確認。彼女との親密度が上がったと喜ぶべきなのか、男としてどうなんだと疑問を覚えるべきなのか……。まあ、俺はエリザ一筋だから、喜んでいいのだろうが。
「くふー、くふー」
にしてもこの……なんだ。物凄い大型犬感。
さっきまでテストどうこうと焦ってたのになぁ。ある意味、大物だよこいつは。
「ふひゃあぁ。……ん、よし。有難うございます九乃さん、もう大丈夫です」
「リラックスできたのか?」
「完璧です。今なら悟り開けちゃいそうです」
「そりゃ良かった」
ガララララ。
と、ここで教室の前の扉が空いて、テスト用紙を抱えた先生がやってきた。そろそろ席に戻らないとな。
「あっ。ごめんなさい九乃さん! 自分の用意が!」
「ん、大丈夫だよ」
俺は制服の胸ポケットからシャーペンと消しゴムを取りだす。
「俺、今日これしか持ってきてないし」
「……。な、なんかむかつくのですよぉぉ!?」
さて。それじゃあ、ちゃっちゃとテストを終わらせて、エリザに会いに行こうかな。
―――
「よっすー」
「あらクノ。早かったわね」
第六の街のギルドホーム。
家に帰って速攻で『IWO』にログインすると、エリザが出迎えてくれた。
この第六の街は『アドルトーグ』といって、今までの中世ヨーロッパ風の街並みというよりは、どちらかというか古代ヨーロッパ風だ。いや、古代ヨーロッパの街並みとか良く知らんが、なんとなくそんな雰囲気。『メルティール』のボスフィールドだった、似非コロッセオの流れを汲んでいる感じだな。ちなみに中央広場には、巨大羊羹を銀色に塗ったような、つるっとした長方形のモニュメントがあった。
『花鳥風月』が『メルティール』を倒してこの街に来たのは、つい昨日のことだ。カリンにボスの詳細を話したところ、『私達とは随分と相性が良さそうじゃないか!』なんて言ってボスを討伐に出かけて、二回目で勝ったらしい。ちなみに、あの初っ端のビーム。アレの判明しなかった効果というのは、当たったプレイヤーのステータスを一つ0にするというものだったようだ。……危ねぇ、必死こいて回避して本当に良かった。
「今日からテスト期間だからな。学校が終わるのが早くて助かる」
エリザに早く会えるしな。ここ重要。
「随分と余裕ね。これはあれかしら、勉強なんかしなくても100点取れるぜ、という?」
「まあな」
「露骨すぎる質問かと思ったら、思いのほかあっさりと答えが返ってきたのだけれど。私はどう対応すればいいのかしらね……。
まあ、いいわ。それより、聞いておきたいのだけれど。今日って、フレイは来るのかしら?」
聞きながら、習慣のように手が動くエリザ。勿論、俺に紅茶を入れてくれるためだ。器用なもんだな。
しかしフレイ、玲花か……俺は学校を去り際に見た、彼女の疲れた顔を思い出す。
「そうだな、夜に勉強が一段落したらログインするって言ってたけど。やっぱり息抜きは必要だってさ。
お菓子がどうとか言ってた関係か?」
「そうよ。実は、今日は朝からクッキー作りに精をだしていたのよね。ほら、これが完成品」
エリザがメニュー画面を操作すると、可愛らしい小袋に入った、食欲を誘う色合いのクッキーがポンとカウンターの上に出現する。手にとって眺めてみる……ほう、このバターの照り具合がまた、手作り感を醸し出していてグッドだな。
「それでその……、一応、自分でも味見はしたのだけれどね? やっぱり、作ったものには早く感想が欲しいというか、なんというか。あ、味は保証するから……今、食べてみてくれないかしら?」
もじもじしながら、そんなお願いをするエリザ。
――――有難う、バレンタイン。有難う。
いままでエリザの手料理を口にする機会はあれど、今日この日に、エリザからお菓子を貰うことに何よりの価値があるのです。これを食べないという選択肢があろうか? いや、無い。
「えっと、じゃあ。頂こうかな」
「ふふ、どうぞ。もう少ししたら紅茶も淹れられるから、その……い、一緒に食べましょう?」
「あー、確かにクッキーといえば紅茶だもんな。エリザの作ってくれたクッキーを片手に、エリザの淹れてくれた紅茶を飲める……なんて素晴らしい。俺は世界一の幸せ者だな」
しみじみと思う。
もう一度言おう。有難う、バレンタイン。これは、ホワイトデーのお返しは張り切らないとなぁ。基本は、なんだったっけ。三倍返し? ……これの三倍となると、店ごとプレゼントとか? ううむ、困った。難しいぞこれは。
「え? あ、うぅ。そ、そんな……買い被りすぎよ……ばか」
そして照れるエリザが本当に可愛い。消え入りそうな声で「ばか」とか言われた日には、これはもう悶絶ものだぞ。おい。俺が鉄仮面で本当に良かった。
エリザと居ると、自分の欠陥のことなんて忘れてしまえるようだ。むしろ、最近は感謝をする始末で……ああ、本当に。駄目だなこれじゃあ。こうやって自分一人だけ満足感に浸って、いつの日か自分が欠陥を抱えていることにすらどうでもいいと感じてしまうようになるのだろうか。
それは本当に……駄目だなぁ。
エリザが好きで、エリザが特別で、エリザと一緒に居たいからこそ……それは、駄目な気がする。
どうしたもんか。
そんなことを考えている内に、エリザが紅茶を入れてくれた。二人分のカップを置いて、俺を見て、カウンターを見て、そして彼女はカウンターを回って来る。トコトコと歩いて、ストンと座ったのは俺の隣だ。
「どうした?」
「……別に。なんとなく、カウンターの外で食べたい気分だったのよ」
「そっか」
俺はエリザの分のカップを彼女の前に置いてやる。俺達の間には、クッキーの盛られた白い皿。
「……ふふ。こうしてクノの隣でお茶を飲むというのも、悪くないわね。
ええとその、いつも間にカウンターがあった訳だし」
クッキーを小動物みたいに齧りながら、頬を緩めるエリザ。
そういえば、いつもはカウンターの中と外だったからな。彼女との距離を考えると……
「ああ。……うん。そうだな。実に良い」
難点はというと、さり気なくエリザの顔をガン見することが出来ないということだな!
さり気なくガン見。うん、これは非常に難しいことなのだ。
「実に良い、ね……。貴方、分かっていて言っているのかしら?」
「ん?」
「いーえ、なんでもないわ。
……ところでクノ。今日から始まるイベントのことなのだけれど」
エリザが振って来たのは、今日、バレンタインデーである月曜日から日曜日までの七日間行われる、とあるイベントの話だった。
『チョコレート争奪戦!~仁義なき狩人達の戦い~』と銘打たれたこのイベント。要旨はというと実に簡単で、期間中にモンスターを倒すと通常のドロップとは別に、特別ドロップとして『チョコ』が手に入るのだ。『友チョコ』『義理チョコ』『本命チョコ』の三種類に分かれており、『本命チョコ』は激レア――というか、期間限定のイベントレアモンスターからのドロップとのこと。
ちなみに誰からのチョコというと、『IWO』の女性NPC(AI入り)が作ったという設定らしい。各『チョコ』ごとに、説明文に誰からのものか書かれているそうだ。中にはあのジャッジさんのものも含まれているらしく、なんやかんやと煽りが付いていた。
そして『本命チョコ』を持ってイベント後に指定の場所に行くと、ミニイベントが発生するとかしないとか。ジャッジさんのイベントとか、ちょっと見てみたい気はする。
で。これのどこが『争奪戦』かというと、『本命チョコ』を手に入れたプレイヤーは公式にアナウンスがかかるんだそうだ。そして、手に入れた『チョコ』はなんと他のプレイヤーに奪われる。期間中は『チョコ』を持っているプレイヤーに限りいわゆる”プレイヤーキル”が許可されているのだ。もっとも、その場合のデスペナルティは無しになるけれど。そしてキルされたプレイヤーは、自分が持っているチョコを半分、ランダムで落とす。『本命チョコ』を持っていた場合は、確定で一つ落とす。
他人を殺して、チョコを奪い取る。なるほど、仁義なき戦いである。
「貴方は、どうなのかしら。やっぱりこういうイベントには興味はないのかしらね?」
ちらちらとこちらを見やるエリザ。
うーん、興味なあ。チョコうんぬんには、さほど魅力は感じないけど……ただ。
「『本命チョコ』は欲しいなあ」
「!? ええっ!?」
ぽつりと呟くと、大げさに驚き、慌てるエリザ。
どうしたんだ一体。
「え、え、クノ……貴方……そ、そういう人だったのかしら!? 現実とゲームの区別は付いてるわよね!?」
「おう待て、なんか失礼なこと言われたぞ。……そういう人、っていわれてもなぁ。だって、『本命チョコ』手にいれたら、アナウンスがされるんだろ? そうすると、他のプレイヤーが俺を狙ってくる訳だ。いやあ、そろそろ戦いのレベルを上げたいと思ってたんだよな」
何人規模で戦えるんだろうなぁ。大勢のプレイヤーを相手にするなんて、ギルド対抗戦以来か。あの時よりも、俺は確実に強くなっている。どこまで戦えるかな~。
わくわくしていると、エリザの動きが止まり、そしてゆっくりとカウンターテーブルに沈んでいく。
「え、あ。……はぁぁあああ、そ、そういうこと……」
「どうした、疲れた声出して。あ、カップが空だな。紅茶のおかわりを入れてやろうか」
「ええ、そうね。お願いしようかしら……はぁ、びっくりした……」
まだ湯気の立つ紅茶を、トポトポとエリザのカップに注ぐ俺。
……ふう。一息ついたしなあ、エリザからクッキーも貰えたし俺は満足だ。
それじゃあ後は、戦いのためのエサを狩りに行きますかね。
実は二週分に分けようと思っていたこの話。なんやかんやと忙しく、分けるにも字数的に微妙になってしまったためそのまま投稿。なので、最悪来週は短いorお休みかもです。……1日が25時間にならねぇかな……